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黒人音楽ファンのためのサザンオールスターズ【第1集】



 ’19年12月20日に過去作品が一挙にサブスク解禁されたサザンオールスターズ。解禁後、私は2週間程かけて彼らのプレイリストをテーマ別に複数作った。なかなか記事を書けずにいたが、コロナ禍のせいで暇ができたので、ここらでちょっと紹介してみたい。

 まず断っておきたいのは、私はこれまでサザンの熱心なファンでは全くなく、遠い昔にレンタルでいくつかアルバムを聴きかじったり、テレビでシングル曲を軽く耳にする程度のごくライトなリスナーだったということ。彼らのCDは一枚も買ったことがないし、コンサートに行ったこともない。サザンに関する私自身の最古の記憶は、小学生の頃に『ザ・ベストテン』などの歌番組でよく見た「チャコの海岸物語」(をふざけた様子で歌う桑田の姿)や、同じ頃、両親が家でたまに聴いていた「勝手にシンドバッド」「C調言葉に御用心」「東京シャッフル」などの初期のヒット曲。私はそれらが好きだったが、今日まで基本的に洋楽一辺倒の音楽ファン人生を送ってきたため、彼らの作品をまともに聴き込むことはなかった。いつか本格的に掘ってみたいと思っていたところ、彼らの全作品がサブスク解禁。突如として現れた巨大鉱山を前に、私は歓喜と興奮で打ち震えたわけである。

 サザン音源が解禁されて、私はまず彼らの全アルバム/シングルに一通り耳を通し、“これは!”と思う曲をサウンドの傾向によって複数のカテゴリーに振り分けるという作業を行った。以下の5つがその分類。

●’20~’40年代オールド・ジャズ系
●’50~’60年代リズム&ブルース系
●’70年代以降ファンク系(ディスコ、ヒップホップ含む)
●ラテン系
●レゲエ系

 他にロック~ポップス系、バラード系などもあるが、私は彼らの黒人音楽解釈に興味があるので、上記の5つの系統に注目し、個別にLP形式で鑑賞用プレイリストを作成することにした。最も数が少ないレゲエ系の曲をまとめた『JAPANEGGAE』は過去記事で紹介した通り。今回は、アメリカの黒人音楽の影響をガッツリ受けた“黒いサザン”がピンポイントでたっぷり楽しめるその他のプレイリストを紹介する。


Tokyo_Shuffle.jpg


Southern All Stars - TOKYO SHUFFLE(東京シャッフル)

Side A:
アブダ・カ・ダブラ(TYPE.1)(1979)
東京シャッフル(1983)
MARIKO(1990)
マイ フェラ レディ(1998)
我らパープー仲間(1981)
Side B:
当って砕けろ(1978)
瞳の中にレインボウ(1978)
ジャズマン(JAZZ MAN)(1980)
青い空の心(No me? More no!)(1980)
流れる雲を追いかけて(1982)
Side C:
愛と死の輪舞(ロンド)(2005)
殺しの接吻 ~Kiss Me Good-Bye~(2005)
愛の言霊 ~Spiritual Message~(1996)
悲しみはメリーゴーランド(1985)
青春番外地(2015)
Side D:
Hello My Love(1981)
女呼んでブギ(1978)
Let It Boogie(1979)
Hey! Ryudo!(ヘイ!リュード!)(1980)
アブダ・カ・ダブラ(TYPE.2)(1979)

 サザンの“黒いプレイリスト”第1集は、ノスタルジックで鯔背な’20〜’40年代オールド・ジャズ系曲をまとめた『TOKYO SHUFFLE(東京シャッフル)』。

 オールド・ジャズというのは、ディキシーランド(ニューオーリンズ)・ジャズ、ブギウギ、スウィングといった、ビパップ登場以前の黎明期〜興隆期のジャズのこと。今でこそ“おじさんが聴く渋い音楽”というイメージのジャズだが、’20~’40年代、ジャズはマニアのための芸術音楽ではなく、現在のR&Bやヒップホップに相当するバリバリの大衆音楽/ダンス・ミュージックだった。ヴォードヴィル(歌、踊り、手品、曲芸、漫才、寸劇などから成る大衆演芸。イギリスでは“ミュージック・ホール”と呼ばれる)でも演奏されていたそうした古いジャズのスタイルは、ビートルズ(主にポール・マッカートニー)が「When I’m Sixty Four」「Honey Pie」「You Know My Name (Look Up The Number)」などの曲でも取り入れていた。プロローグ/エピローグとしてプレイリストの冒頭と末尾にそれぞれ別版で収録した「アブダ・カ・ダブラ(“TYPE.1”と“TYPE.2”。通常版の“TYPE.3”はシングル「いとしのエリー」B面に収録)をはじめ、サザンには、いかにもビートルズ経由でオールド・ジャズを咀嚼したような曲がいくつもある。

 NHK紅白歌合戦でも披露された’83年のシングル「東京シャッフル」は、初期サザンの代表的なオールド・ジャズ系曲。トレシージョのリズムに乗ってスキャットするマイナー調の軽快なスウィング歌謡で、クラリネットを使ったアレンジやドラムのタムタム・ビートは、歌詞でも言及されるベニー・グッドマン(「Sing Sing Sing」)の雰囲気。間奏に登場する女性バック・ヴォーカルのノスタルジックかつシュールな響きは、ビートルズ「Lady Madonna」を狙ったものだろう。とっくに忘れ去られた’30年代のスウィング・ジャズを、サザンはビートルズ仕込みのポップ感覚で現代的に聴かせる。

 「我らパープー仲間」は、キャブ・キャロウェイ「Minnie The Moocher」の換骨奪胎。『ブルース・ブラザース』(1980)に感化されたものだろうが、同映画の日本公開は’81年3月28日、「我らパープー仲間」収録のアルバム『ステレオ太陽族』は4ヶ月後の’81年7月21日に発売されているので、その反応速度と楽曲の完成度に驚かされる。

 ’90年代以降では、同時期のプリンスのジャズ趣味(マッドハウス等)とも通じるフュージョン感覚を持った「MARIKO」が良いが、圧巻は何と言っても’96年のシングル「愛の言霊」。バーブラ・ストライサンド「Woman In Love」との類似がよく指摘される曲で、私自身も長年それだけの曲かと思っていたのだが、今回のサブスク解禁で初めてまともに通しで聴いてみて驚いた。この曲、完全にエレクトロ・スウィングなのである。エレクトロ・スウィングがジャンルとして確立され、ヨーロッパで人気になるのは’00年代後半のこと。それ以前にも、例えばスウィングとエレポップを融合したタコ「Puttin’ On The Ritz」(1982)のような徒花ヒットはあったし、’90年代にもタコと同じオランダ出身のドゥープがスウィング+ユーロダンスの「Doop」(1993)をヒットさせたりはしていた。「Doop」と似たような曲想のスキャットマン・ジョン「Scatman (Ski-Ba-Bop-Ba-Dop-Bop)」(1994)という一発ヒットを覚えている人もいるだろう(他にもシャギー「Nice And Lovely」、ルーカス「Lucas With The Lid Off」といった同系のヒット曲はあるにはあった。興味のある方は拙プレイリスト『Clockwork Swing』を参照)。しかし、「愛の言霊」はそれらを考えてもかなり時期が早いし、何より音楽的な密度とプロダクション自体の完成度が驚くほど高い。今聴くと、10年後のエレクトロ・スウィングを先取りしているようにしか聞こえないのである。エレクトロ・スウィングの原点は、私見では先述のビートルズ「Lady Madonna」まで遡ることができる(スウィング・ビートにハーフタイムのビートを重ねるエレクトロ・スウィングの常套を既にやっている)。「愛の言霊」もその延長で出来た曲に違いないので、結局、偉いのはビートルズということになるかもしれない。ともかく、この曲の不幸はサビの歌メロが「Woman In Love」にあまりにも似すぎてしまったことで、そのせいで折角の先見的なサウンドが見過ごされがちだと思う。サザンのオールド・ジャズ系曲の最高傑作は間違いなくこれだろう。

 ディキシーランドやブギウギ調の曲は初期に多く作られていて、それらはLP2枚組形式の拙プレイリストでB面とD面に当たる位置にまとめてある。デビュー曲「勝手にシンドバッド」のB面曲だった「当って砕けろ」はスティーヴィー「Sir Duke」風の佳作。初期サザンはラテン調のイケイケな曲で人気を得ていて、この手のオールド・ジャズ系曲はもっぱらアルバムやシングルB面で発表されていたが、中には’80年の「ジャズマン」のようにシングルA面として発売されたものもある(こんな曲、売れるわけない!)

 ブギやディキシーランドは、サザンの登場以前、’70年代に宇崎竜童がダウン・タウン・ブギウギ・バンドでやっていた。「女呼んでブギ」「Let It Boogie」「Hey! Ryudo!」はいずれも宇崎風の曲。最後の「Hey! Ryudo!」は曲名通り、完全に宇崎竜童へのオマージュである(ビートルズの曲名「Hey Jude」と“竜童”を掛けている)。サザンでのデビュー直前、桑田佳祐は宇崎の事務所に入れてもらおうと彼のもとを訪ねたこともあったようだ。真逆とも言えるやり方で日本語ポップ・ミュージックの新たな地平を切り開いた2人。“Hey! Ryudo! 今さら云うのも変よね……”に始まる宇崎への公開書簡のような後輩・桑田のストレートなメッセージに胸が熱くなる。


Tokyo_Love_Call.jpg


原由子 - TOKYO LOVE CALL(東京ラブコール)

Side A:
東京ラブコール(1991)
I Love You はひとりごと(1981)
恋のメモリー:三昧編(1983)
がんばれアミューズ(1981)
Side B:
いつでも夢を(2002)
いにしえのトランペッター(1981)
ヨコハマ・モガ(1983)
今日の日はさようなら(2002)

 サザンの紅一点、原由子。彼女のソロ作品にもオールド・ジャズ系曲がいくつかあったので、それらもついでにLP形式でまとめた。上記『TOKYO SHUFFLE』とあわせて楽しめる姉妹編プレイリスト。

 桑田がオカマ役で登場する’81年のソロ・デビュー曲「I Love You はひとりごと」は、発売当時、放送禁止の憂き目にあった曲(桑田のリアルなオカマ演技のせいではない)。桑田は「いにしえのトランペッター」でもルイ・アームストロングの物真似で顔を出す。「がんばれアミューズ」には「いとしのエリー」の一節が登場。ビートルズ「You Know My Name」然り、余戯的な作品ゆえの“遊び”が多く含まれているのも、こうしたオールド・ジャズ系曲の聴きどころ。「いつでも夢を」「今日の日はさようなら」は原の昭和歌謡カヴァー集『東京タムレ』の収録曲で、前者は旦那とのデュエット(やたら丁寧な桑田の歌唱に楽曲への強い敬意が感じられる)。’83年の「ヨコハマ・モガ」は鮎川誠との浮気デュエット。

 原由子というのは面白い人だと思う。独特の透き通った歌声は童女のようでもあるし、時にコケティッシュな艶かしさも漂わせる。強いて言えば、デヴィッド・リンチの歌姫だったジュリー・クルーズに似ているかもしれないが(原が歌うサザン「そんなヒロシに騙されて」と、クルーズの’91年のプレスリー・カヴァー「Summer Kisses, Winter Tears」を聴き比べたい)、海外にはあまりいないタイプの歌手だ。サザンにおける彼女の存在とは一体何だろう。リンゴ・スター的な和み系マスコット・キャラには違いないが、彼女はドラマーではないし、“サザンのリンダ・マッカートニー”と言うにはあまりにも音楽的な貢献度が高い。最も近いのはフリートウッド・マックにおけるクリスティン・マクヴィーの存在だと思うが、リード・ヴォーカリストが3人いるマックと、基本的に桑田がメインのサザンではパワーバランスが異なる。何にせよ、原由子の存在がサザンというバンドに特別な魅力と潤いを与えていることは間違いない。彼女がいなければサザンはさぞかし窮屈で野暮ったい音楽マニア集団になっていただろうし、これほどまでに国民的なバンドになることもなかったように思う。バンドの守護天使とも言うべき特別な存在だ。


黒人音楽ファンのためのサザンオールスターズ【第2集】へ続く……(かも)



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