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クリムト展~ウィーンと日本1900@東京都美術館



 美術には全く疎い私だが、たまには絵でも見に行くか……ということで、閉幕寸前の《クリムト展~ウィーンと日本1900》に滑り込み(待ち時間30分)。


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「ユディト I」(左/1901年、油彩、カンヴァス、84×42cm)
「ヌーダ・ヴェリタス(裸の真実)」(右/1899年、油彩、カンヴァス、244×56.5cm)


 場内は全部で8つのチャプター(セクション)に分かれていた。展覧会の最大の呼び物にもなっている「ユディト I」は、〈ウィーン分離派〉と題された第5チャプターの初っ端にあった。ものすごい人だかりでよく見えない「ユディト I」より、むしろその右横にあった「ヌーダ・ヴェリタス」の方に目が行く。デカいからである。

 上掲の2つの作品画像は、私がレイアウトの比率を間違えたわけではなく、実際の両作品の大きさの違いを示している。「ユディト I」と「ヌーダ・ヴェリタス」は、これくらい作品サイズが違う。描かれている女性像自体はいずれもほぼ等身大で、それほど大きさに差はないが、上半身のみの「ユディト I」に対して、「ヌーダ・ヴェリタス」は全身が描かれた上、画面上下に意味不明な文言(誰かの詩らしい)とタイトルが記された金地の余白部分があるため、縦幅が更に長くなっている。写真で見たことはあったが、実際に本物を目にして、何より私はそのデカさに驚いた。

 “裸の真実”を意味する「ヌーダ・ヴェリタス」は、裸の少女が手鏡を鑑賞者に向けている立ち姿を描いた作品(いまいち鏡っぽくないが……)。“おまえら、真実と向き合え! ウェイク・アップ!”というメッセージのようだ。ブロンドのロングヘアにヒナギクを飾った少女はヒッピーのようにも見える。何と言っても、カンヴァスが極端な縦長サイズで、上下に手書きのタイポグラフィが配された(絵画と言うよりは)ポスターのような画面構成が洒落ている。その大きさや意匠からして、現在、私たちが街なかで見かける巨大広告や、駅構内の柱の映像広告などとそう変わらない印象も受ける。これを見て現代の人々(特に若者)が抱く感想は、“スゴい”でも“素晴らしい”でもなく、ただ単純に“カッコいい”ではないだろうか。

 旧約聖書外典に登場する女傑ユディトを描いた「ユディト I」は、さすがのオーラを放っていた。これはクリムト自身のデザインによる額縁も含めてひとつの作品になっている。「ヌーダ・ヴェリタス」のイラスト的な少女とは違い、ユディトは非常にリアルで肉感的に描かれている。上向き加減でこちらに視線を投げかけるユディトの恍惚とした表情は、カメラ目線で妖艶に歌う往年の沢田研二をちょっと彷彿させる(と言うか、そっくり)。よく考えると、マーク・ボランやジミー・ペイジにも似ている。これはロックンローラーの顔ではないのか。

 “油彩画に初めて本物の金箔を用いた作品”ということで、私はイラスト風の背景やユディトの纏っている装身具がそれかと思っていたのだが、実際に間近で見てみると単なる黄色い絵の具にしか見えなかった。「ヌーダ・ヴェリタス」画面上下の金地は間違いなく金色で、確かにそれらしい輝きを放っていたが、実際に金箔を使ったという「ユディト I」はそのようには見えなかった。私の目がおかしいのだろうか。一体どの部分にどのような形で金箔が使われているのだろう(美術素人の素朴な疑問)。

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「女ともだち I(姉妹たち)」(左/1907年、油彩、カンヴァス)
「第6回ウィーン分離派展ポスター」(右/1900年、カラーリトグラフ、紙)


 左上の作品画像「女ともだち I(姉妹たち)」は私が勝手にトリミングしたわけではなく、実際にこういうアスペクト比の作品である。19世紀後半のヨーロッパではジャポニズムが流行っていて、クリムト自身も浮世絵や鎧、着物といった日本の美術品・工芸品を個人的に数多く収集していたという(所蔵品も一部展示されていた)。彼の極端な縦長画面好きには浮世絵の影響が強いようだ。

 右上の画像は、クリムトが仲間たちと組んでいた新鋭芸術家グループ、ウィーン分離派が開催した展覧会のポスター。1900年の第6回は日本の浮世絵や工芸品を紹介する日本美術特集で、ポスターには菊川栄山という浮世絵師の鷹匠図という作品が使われている。このポスター、めちゃめちゃクールだ(しかも、鷹匠って……)。こういうデザインを見ると何でもかんでも画像を縦長にトリミングしたくなる。

 クリムトは工芸学校を卒業し、もともと劇場や邸宅の内装を手掛ける装飾家として活躍していた人だった。なので、彼の作品にはデザイナーや職人の仕事のような、パッと見て“美しい、立派だ、洒落ている”と思わせるキャッチーな装飾的意匠が随所に施されている。芸術作品であると同時に工芸作品のようでもある、そのバランスが実に面白い。


インスタ画家、クリムト

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「赤子(ゆりかご)」(上段/1917年、油彩、カンヴァス)
「白い服の女」(中段左/1918年、油彩、カンヴァス)
「家族」(中段右/1910年、油彩、カンヴァス)
「アッター湖畔のカンマー城川」(下段左/1910年、油彩、カンヴァス)
「丘の見える庭の風景」(下段右/1916年、油彩、カンヴァス)


 縦長画面好きのクリムトだが、実は正方形画面も好んで使っていて、インスタを意識しているとしか思えない上掲のような絵をたくさん描いている。画面比率に対するこのこだわりはちょっとグラフィック・デザイナーっぽい。

 クリムトの人物画は背景が写実的ではなく、何らかの模様だったり、ドヨーンとした絵の具のベタ塗りだったりすることがほとんどである。風景画になるとその傾向が全体に及び、一見、どういう場所のどんな部分を描いているのかよく分からないこともある。「丘の見える庭の風景」という絵は、よく見ると手前が庭で遠くに丘があることが何となく窺い知れるが、パッと見た感じでは意味のない模様のようにも見える。風景と言うよりは、風景をモチーフにした一片のタイルのようだ。

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「公園」(1910年、油彩、カンヴァス)※非展示作品

 “タイルみたいな風景画”の極端な例はこれである。今回のクリムト展には来ていなかったが、この「公園」という絵にいたってはインスタ映え以外の何ものでもない。風景の一部を正方形に切り取ってデフォルメし、グラフィックとして提示する。ここで重要なのは公園の風景だと分かることではなく、飽くまで全体的な色合いの美しさである。とはいえ、ロスコのような完全に意味不明な抽象画(まさしくタイル柄みたいな絵)ではなく、きちんと風景画としても成立している。このバランスがクリムトなのだろう。

 これならスマホの小さな画面でも十分に映える。クリムトはスマホの登場を予見していたのか?


“画家グスタフ・クリムトが描く女性はどうしてこんなに美しいんだろう”
──家入レオ(’19年5月29日、インスタグラム


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「葉叢の前の少女」(1898年頃、油彩、カンヴァス)

 クリムトが“インスタ画家”であることを裏付ける証拠(?)はまだある。彼は女性の肖像画をたくさん描いたが、モデルの女性を実際よりも官能的で魅力的に見えるようデフォルメして描いたという。そして、モデルの女性たちはそれを大いに喜んだという。つまり、彼は“盛って”いた。だから彼が描く女性は美しい。ナチュラルに“盛る”ことができる高性能アプリのようなクリムトが女性にモテたのはちっとも不思議なことではない(彼はアトリエに出入りする多くの女性と関係を持ち、少なくとも14人の子供がいた)。無いのはインスタグラムというメディアだけで、彼は100年前に今とほとんど同じことをやっていたのである。

 当然と言うべきだろうか、クリムト展には圧倒的に女性客が多かった。7割くらいは女性だったのではないだろうか。こんな“映え”な画家を女性が放っておくわけがない。クリムトの絵はいかにもお洒落でカッコいいし、おまけに絵に金箔や金属類が貼り付けられていたりで、女性が大好きな光り物の要素もある(ネオンや宝石など、女性はなぜかキラキラ輝くものが好きだ)。私は何も買わずにさっさと帰ったが、最後のグッズ売り場は完全に女性客でごった返していた。彼の絵は確かにインテリアとして家の中や自分のインスタのページに飾りたくなる。100年経っても効力を失わないクリムト作品のこうした“映え”要素は、先述したように、彼が装飾家としてキャリアを始めたことが大きく関係していると思う。

 しかし、クリムトは装飾家であると同時に、やはり立派な芸術家でもあった。私はそのことを展覧会の最終チャプター〈生命の円環〉で思い知った。


ALL GOOD THINGS NEVER LAST

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「女の三世代」(1905年、油彩、カンヴァス、171×171cm)

 最後の第8チャプター〈生命の円環〉に展示されていたクリムトの代表作のひとつ「女の三世代」。今回のクリムト展の最大のハイライトは間違いなくこれだった。すやすやと眠る幼い女児、それを愛おしそうに抱く若い母親、そしてその背後に顔を覆って項垂れる老婆の姿が、いずれも全裸で描かれている。女児はいずれ母親に、母親はいずれ老婆になる。異なる三世代の姿を通して、女の一生がひとつの画面内に端的に示されている。

 左右に広がる汚れた壁のような得体の知れない空間、画面上部の暗黒の不気味さはどうだろう。今にも3人を呑み込みそうだ。

 クリムトの絵は綺麗なのに、どこかおどろおどろしい。一見、甘美で官能的な彼の絵には、往々にして不吉な死の影がある。一番最初に紹介した「ユディト I」もそうだ。マーク・ボランやジミー・ペイジにも似たユディトが画面右下に抱えているのは、レス・ポールのギターではなく、男の生首である。自ら打ち取った敵将の首を持って恍惚とする女。「ユディト I」は、実はとんでもなくヤバい絵である(クリムトは続編の「ユディト II」でサロメを描いていて、そちらはもっと気味が悪い)

 生と死を対比したこうしたクリムト作品から感じるのは、命の儚さや、万物の諸行無常である。特にこの「女の三世代」にはそれを強く感じる。クリムトにはずばり「死と生」と題されたよく似たモチーフの代表作があるが、骸骨で死を擬人化したそれよりも、飽くまで得体の知れないものとして死を漠然と表現した「女の三世代」の方に私はより深く共感する。死と同時に、ここには鮮やかに愛が描かれているし、老いの惨めさもしっかりと凝視されている。そしてそれらの生が、海原に浮かぶ木の葉のように、あっという間に死に呑まれることを暗い背景がはっきりと示している。人間の生と死が凝縮されたこの絵を見るうちに、私の目にはどうしようもなく涙が溢れてきた。舞台や映画を見て泣いたことは何度もあるが、絵を見て涙が出たのは初めてのことだった。

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「亡き息子オットー・ツィンマーマンの肖像」(1902年、チョーク、紙)

 「女の三世代」の後、展覧会の一番最後の方に展示されていたこの小さなチョーク画が私に止めを刺した。クリムトが描く人物像は基本的にあまり血色が良くないのだが、この子供は特に血色が悪く、まるでゾンビのような顔色をしている。なんだこの気味の悪い絵は……と思いながらキャプションを読んで、私は絶句した。それは、生後81日でこの世を去ったクリムトの3番目の息子オットーを描いた絵だった。

 身体を包む白い布はいかにも素描的だが、顔は丁寧に描き込まれている。目がほんの僅かに開き、頬がうっすらと赤みを帯びている(ように見える)のは、もしかすると正確な描写ではなく、我が子の命をせめて絵の中に残したいという画家の願いゆえかもしれない。病室だったのか、あるいは自宅の部屋だったのかは分からない。死んでしまった小さな息子を見つめながら画家が紙にチョークを走らせていた数十分の時間を想像し、私はいたたまれない気持ちになった。彼は一体どんな思いでこの絵を描いたのか。

 そのクリムトも1918年に55歳で亡くなり、あっという間に100年が経過した。彼らと同じように、私たちもあっという間にこの世から消えてなくなる。ただ命の儚さを思いながら私は会場を後にした。


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クリムト展~ウィーンと日本1900
2019年4月23日(火)~7月10日(水)
東京都美術館
2019年7月23日(火)~10月14日(月)
豊田市美術館

※同時期に始まった六本木の国立新美術館《ウィーン・モダン~クリムト、シーレ 世紀末への道》展はまだ開催中(東京展:2019年4月24日~8月5日。大阪展:2019年8月27日~12月8日)。そちらでは「エミーリエ・フレーゲの肖像」「パラス・アテナ」といったクリムト作品(計47点)を見ることができる。



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グスタフ・クリムト『インスタグラムのための風景画』(2019.7.20)

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