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スキヤキの日



 6月15日はスキヤキの日です。


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 坂本九「Sukiyaki(上を向いて歩こう)」が初めて首位に立った’63年6月15日付けBillboard Hot 100チャートを完全プレイリスト化した。“記念すべき~”という枕詞は何にでも使われるが、これぞまさしく記念すべき歴史的な週だろう。

 「Sukiyaki」はその後、6月22日6月29日の同チャートでも首位をキープし、奇しくも沖縄に在留していたことがある米海軍兵を中心に結成された男女混成ヴォーカル・グループ、ジ・エセックスの「Easier Said Than Done」(6月15日付けチャートでは赤丸急上昇中で50位)にその座を渡すまで3週連続で1位を記録した。

 「Sukiyaki」と首位争いをしていたのがレスリー・ゴア「It’s My Party」だったということは、今回このプレイリストを作って初めて知った。「It’s My Party」は2週連続で1位になった後、「Sukiyaki」のせいで2位に転落したが、「Sukiyaki」が1位だった3週間の間、そのままずっと2位に居座っていた。「Sukiyaki」がなければ間違いなく「It’s My Party」が1位を独走していたはずである。こんな超強力曲を抑えてよく3週も1位になったなと思う。

 このプレイリストを聴くと「Sukiyaki」が1位になったときアメリカでどんな曲が流行っていたのかよく分かる。非リアルタイム世代の私には馴染みのない曲だらけだが、それでも2位の「It’s My Party」をはじめ、クリスタルズ「Da Doo Ron Ron」(4位)、ビーチ・ボーイズ「Surfin’ U.S.A.」(13位)、ジェイムズ・ブラウン「Prisoner Of Love」(18位)、リトル・ペギー・マーチ「I Will Follow Him」(27位)、ザ・タイムズ「So Much In Love」(55位)、ドリス・トロイ「Just One Look」(72位)といった歴史に残る名曲がいくつもランクインしていることに驚きを禁じ得ない。’63年6月、「Sukiyaki」はアメリカでこれらの名曲よりも多くの支持を受けたのである。

 あとから考えると、’63年6月という時期も「Sukiyaki」の全米制覇に貢献したように思われる。これがあと半年〜1年遅れると、ビートルズとモータウン作品がアメリカで猛威を振るい始めるからである。

 ビートルズのアメリカ上陸は’64年2月で、同月1日には「I Want To Hold Your Hand」で彼らが初めて全米1位を獲得。ビートルズの曲はそれから立て続けにアメリカで1位になり、’64年4月4日にはBillboard Hot 100の1~5位を彼らの曲が独占するという伝説の大記録が生まれている。一方、モータウンはそれまでマーヴェレッツ「Please Mr. Postman」(’61年12月)、スティーヴィー・ワンダー「Fingertips」(’63年8月)が全米1位になっているが、破竹の快進撃が始まるのは、メアリー・ウェルズ「My Guy」(’64年5月)に続いてスプリームズ「Where Did Our Love Go」(’64年8月)が1位を獲得する’64年半ば以降のことである。モータウンは「Sukiyaki」が1位になった’63年6月15日の週にも、マーサ&ザ・ヴァンデラス「Come And Get These Memories」(32位)、マーヴィン・ゲイ「Pride And Joy」(37位)、メアリー・ウェルズ「Your Old Stand By」(51位)といった曲をチャート内に送り込んでいるが、後のヒット曲製造工場ぶりに比べるとまだ大人しい。ビートルズとモータウンの二大勢力があったら「Sukiyaki」は1位になっていなかったかもしれないが、それでも’63年6月の3週連続全米1位が歴史的快挙であることに変わりはない。

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ケニー・ボールの元祖(?)「Sukiyaki」、“Sukiyaka”のタイトルで作られたUS盤初期プレス

 そもそも、アメリカで全く無名の日本人歌手が日本語で歌った楽曲がなぜ1位になったのか……という話はウィキペディアなど様々なサイトでまとめられているので、興味のある人は各自適当にググってほしい(手抜き)

 ググるのすら面倒くさい人のために一応要点を書いておくと、’61年10月に発売されて日本で大ヒットした坂本九「上を向いて歩こう」は、アメリカでヒットする約半年前、まず英ディキシーランド・ジャズ・トランペッターのケニー・ボールによって「Sukiyaki」のタイトルでインスト・カヴァー版が発表され、’63年2月に全英10位のヒットを記録している。ケニー・ボール版はアメリカでは不発に終わったが、坂本九のオリジナル版「上を向いて歩こう」を偶然入手したアメリカのラジオDJが番組でそれを「Sukiyaki」として紹介すると、リスナーから問い合わせが殺到。アメリカのCapitol Recordsの意向で危うく“Sukiyaka”と改題されそうになりながらも、「上を向いて歩こう」は最終的に無事(?)「Sukiyaki」として’63年5月にアメリカでシングル発売され、翌月、全米チャートの首位に上り詰めた(アメリカでの坂本九の芸名が“Samurai Q”とかにならなかったのは全く幸いなことだ)



 ケニー・ボールの所属する英Pye Recordsの社長が商談で来日した際、土産に渡された日本のレコード群の中に「上を向いて歩こう」のシングル盤が混じっていたという偶然や、タイトルを英語圏のリスナーにも覚えやすい「Sukiyaki」に変えたことなども大きいが、要は、「上を向いて歩こう」は単純に楽曲、編曲、歌唱の素晴らしさが支持されて海外で大ヒットしたわけである。

 「Sukiyaki」も含め、過去にBillboard Hot 100でトップ10に入った非英語歌唱曲には以下のようなものがある(オレンジ色は1位獲得曲)。

Nel Blu Dipinto Di Blu (Volare) - Domenico Modugno(イタリア語/’58年8月全米1位)
Sailor (Your Home Is The Sea) - Lolita(ドイツ語/’60年12月全米5位)
Al Di La - Emilio Pericoli(イタリア語/’62年7月全米6位)
Sukiyaki - Kyu Sakamoto(日本語/’63年6月全米1位)
Dominique - The Singing Nun(フランス語/’63年12月全米1位)
Guantanamera - The Sandpipers(スペイン語/’66年9月全米9位)
Eres Tú - Mocedades(スペイン語/’74年3月全米9位)
99 Luftballons - Nena(ドイツ語/’84年3月全米3位)
Rock Me Amadeus - Falco(ドイツ語/’86年3月全米1位)
La Bamba - Los Lobos(スペイン語/’87年8月全米1位)
Sadeness (Part I) - Enigma(ラテン語・フランス語/’91年4月全米5位)
Macarena [Bayside Boys Remix] - Los Del Rio(スペイン語/’96年8月全米1位)
Gangnam Style - PSY(韓国語/’12年10月全米2位)
Gentleman - PSY(韓国語/’13年5月全米5位)
Despacito - Luis Fonsi & Daddy Yankee feat. Justin Bieber(スペイン語/’17年5月全米1位)
Mi Gente - J Balvin & Willy Williams feat. Beyonce(スペイン語/’17年10月全米3位)
Fake Love - BTS(韓国語/’18年6月全米10位)
Mía - Bad Bunny feat. Drake(スペイン語/’18年10月全米5位)
Boy With Luv - BTS feat. Halsey(韓国語/’19年4月全米8位)

 決して数は多くない。アジア圏の言語で歌われた楽曲で1位になったのは、現時点においても「Sukiyaki」1曲のみ。但し、近年はK-Popの躍進が目覚ましく、この記録が更新されるのも時間の問題かもしれない。

 「上を向いて歩こう」は、“音楽に国境はない”ということをヒットチャート上で証明した数少ない作品のひとつである。Spotifyにはテイスト・オブ・ハニー版(ストリングス編曲はクレア・フィッシャー)や4 P.M.版をはじめ、世界中の「Sukiyaki」カヴァーを約400曲(!)集めた感動的なプレイリストも存在する。改めて偉大な曲だと思う。この曲が全米1位に輝いた6月15日は“スキヤキの日”として日本で正式に記念日にされても良いのではないだろうか。



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