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イスラエル・ガルバン『黄金時代』@彩の国さいたま芸術劇場



 イスラエル・ガルバンの来日公演を観た。
 
 今年3月末にオーチャードホールであったマリア・パヘス&シディ・ラルビ・シェルカウイ『ドゥナス』(とんでもなく素晴らしかった)以来、7ヶ月ぶりの生フラメンコ鑑賞。大体、私はフラメンコの公演に行くたびに“こんな素晴らしい舞台は観たことがない!”と新鮮な感動を覚えるのだが、今回のイスラエル・ガルバンの公演は格別だった。こんな素晴らしいダンサーは見たことがない!


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黄金時代
La Edad de Oro
演出/振付:イスラエル・ガルバン
出演:イスラエル・ガルバン(バイレ)、ダビ・ラゴス(カンテ)、アルフレド・ラゴス(ギター)

 イスラエル・ガルバン Israel Galván は'73年生まれ、セビリア出身のフラメンコ舞踊家。“フラメンコ界のニジンスキー”、“フラメンコ界のピカソ”などと評される奇才で、カフカの小説『変身』を基にした舞台『ラ・メタモルフォシス』(2000)など、フラメンコの常識を覆す作品をこれまで次々と発表してきた。彼の独創的な踊りは、カルロス・サウラ監督の映画『フラメンコ・フラメンコ』(2010)でもロシオ・モリーナと並んで大変な異彩を放っていた。来日公演が本人の怪我で中止になったり('16年5月、彩の国さいたま芸術劇場)、遠方の芸術祭でしか行われなかったり('16年10月、あいちトリエンナーレ)と、なかなか生で観ることができなかったが、今回ようやくその機会に恵まれた。

 今回の演目は'05年に初演され、これまで世界中で260回以上上演されてきたというガルバンの代表作『黄金時代』。10月27日(土)~28日(日)の2日間、彩の国さいたま芸術劇場で行われた関東公演のうち、私は2日目を観た(1階席8列目にて鑑賞)

 19世紀末~1930年代のフラメンコをイメージしたという『黄金時代』。出演者はバイレ(フラメンコの踊り)のイスラエル・ガルバン、男性フラメンコ歌手、ギタリストという最小編成の3人で、舞台には彼らの座るイスが3脚あるのみ。3人揃って舞台に現れ、観客に一礼してから開演という始まり方も至ってシンプルだったが、そこからの90分の密度は全くとんでもないものだった。

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魔法の掌を持つガルバン。フラメンコ界の貴公子? それとも気功師?

 イスラエル・ガルバンは伝統的なフラメンコを土台としながら、そこにバレエ、パントマイム、コンテンポラリー・ダンスの要素を加えたような奇妙なバイレを踊る。フラメンコの型に縛られない意外性に満ちた振付、次から次へと泉のごとく動きが湧き出す彼の身体的ボキャブラリーの豊富さにはただ驚くばかりである。中でも特に素晴らしかったのは、掌の使い方。彼の掌は、あるときはアバニコ(女性フラメンコ・ダンサーが使う扇)のように見えるし、あるときは空気を切り裂く刃物、あるときは宙をひらひらと舞う木の葉のように見える。鋭く真っ直ぐに開かれたガルバンの掌を見て、私はマリア・パヘスが『私が、カルメン』公演時のアフタートークで、アバニコを開くことを“魂(心)を開くこと”と説明していたのを思い出した。ガルバンはまるで気功師のように掌で気の流れを操っているようだった。

 そうした個々の動きと同時に印象的だったのは、彼の間合いの独特さである。静と動のメリハリが利いた……と言うか、静と動が共存しているような実に不思議な動き方をする。呼吸や気に全く乱れがなく、静の延長にそのまま動があるような、恐ろしく研ぎ澄まされた所作。来日公演に先駆けたインタビュー記事(埼玉アーツシアター通信 vol.76)で、取材者の舞踊評論家、石井達朗がガルバンのその動きを“日本の居合道などを思い起こす”と表現していたが、まさにそんな感じである。次の動きが全く読めず、“あっ”と思った瞬間には斬られている。男性フラメンコ・ダンサーと言うと、一般的には髪を振り乱しながら闘牛士のように勇壮華麗に舞う野性的なイメージがあると思うが、ガルバンはそうした従来の男性フラメンコ・ダンサーとは明らかにタイプが違う。彼のバイレは動よりも静、野性よりも知性を感じさせる。陽光ではなく月光を思わせる、とでも言えば雰囲気が伝わるだろうか。

 ダンス・ファンである以前に音楽ファンである私にとって、フラメンコのバイレの最大の魅力は、タップと同様、それが自家発電ならぬ“自家発音”のダンスという点にある。フラメンコの踊り手は自ら音を出す打楽器奏者でもあり、他の共演ミュージシャンたちと常に対等な関係にある。器楽面でもガルバンのパフォーマンスは素晴らしく、サパテアード(足を踏み鳴らすフラメンコの踊り)、パルマ(手拍子)、フィンガースナップ、ボディパーカッションといった基本技はもちろん、時には口と手を使って変な音を出すなど、様々な技を駆使して自らの身体を楽器化していた。動きだけでなく、彼は音のボキャブラリーも実に豊富だ。特に、舞台前方で歌い手のダビ・ラゴスと向き合い、激しいサパテアードでカンテ(フラメンコの歌)と対話のようなパフォーマンスを繰り広げた中盤の一幕は、ミュージシャンとしてのガルバンの特性が際立つ名場面だった。また、サウンド面では、照明で床の一部に特徴的な四角形のスポットを作り出し、そこでサパテアードを踏むときのみ音にエフェクトを掛けるという演出も印象深い。低音とエコーを利かせることで、まるで巨大な太鼓の上でサパテアードを踏んでいるような不思議な効果が生まれた(足だけでなく、ガルバンは床を手で叩きもした)。ガルバンのダンスは視覚面と聴覚面、いずれにおいても高い表現力を持つ無敵の二刀流なのである。

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シュワッ! 空飛ぶガルバン(前半では黒、後半では白いフラメンコ・シューズで踊った)

 そうした卓越したパフォーマンスの中で私の心を何より惹いたのは、ガルバンの表現が持つ“軽み”だった。“ユーモア”と言い換えてもいい。彼はフラメンコで笑いを取るという実に稀有な才能を持っている。フラメンコと笑いはイメージ的にちっとも結びつかないと思うが、彼はいとも自然にそれをやるのである。例えば、後半のある1曲の最中、華麗にサパテアードを踏みながら横移動するガルバンが、行き過ぎてそのまま舞台の袖に消えてしまうという場面があった。観客はそれを見て思わず吹き出した。会場中が息を詰めて見守る緊迫したパフォーマンスの最中にこれをやるのだからたまらない。マイケル・ジャクソンがショート・フィルム「Black Or White」の後半部で、驚異的なソロ・ダンスの最中にズボンのチャックを上げるユーモラスな場面があるが、あれと一緒だ。どれだけ真剣で緊張が張り詰めていても、ガルバンのバイレには常にどこか力の抜けたところがある。緩急が絶妙で、一定の緊張感を保ちながらも息苦しさが全くない。高尚でありながら、妙に人懐こい。そこが本当に素晴らしいと思った。

 約90分の本編終了後に繰り広げられたフィン・デ・フィエスタ(フラメンコのショウの最後によく行われるアンコール的な即興パフォーマンス)が、これまた実に粋だった。3人並んで観客の大拍手に応えた後、歌い手のダビ・ラゴスがギター、ギタリストのアルフレド・ラゴスがバイレ、イスラエル・ガルバンがカンテという具体に、各人が持ち場を替えて短い即興曲を披露したのだが、専門外の芸なので当然、皆あまり上手くない。アルフレド・ラゴスがガルバンの振付を真似て飄々と踊ってみせると、客席からは笑いと共に爆発的な拍手喝采が沸き起こった。一度退場した後、再びアンコールに応えて、今度はガルバンがギター、ダビ・ラゴスがバイレ、アルフレド・ラゴスがカンテを担当。ガルバンのギターはミュート弾きでぎこちなくリズムを刻むだけの素人同然の演奏だったが、これがまた盛り上がる。観客の拍手は一向に鳴り止まず、最後の最後には3人が再び本来のパートを受け持ち、ジプシー・キングスの「Bamboleo」を即興で歌いながら退場するという最高のオマケがついた。フラメンコの来日公演でスタンディング・オベーションが起きることは滅多にないが、このフィン・デ・フィエスタでは、私を含めて半分くらいの観客が立ち上がって大喝采を送った。立ち上がらずにはいられない。今回のイスラエル・ガルバンの公演はそれくらい素晴らしいものだった。

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フラメンコの幻想詩人、イスラエル・ガルバン

「わたしが幼少のころは“フィエスタ”、つまり祭りが盛んだった。いろいろな芸人たちが、多彩なパフォーマンスを騒々しく繰り広げていました。その前の時代に溯ると、“静かなフラメンコ”というものが存在していた。それに対して、わたしの時代のフラメンコというのはリズムとハーモニーのフラメンコです。パコ・デ・ルシアとかエンリケ・モレンテとか。“黄金時代”というのは“静のフラメンコ”の時代のことです。この時代はハーモニーとかリズムを引き立たせるよりも、静かな方向に向かいます。今のやり方でこの時代を作品にすると、逆に新鮮な感覚をもたらすのではないかと思うんです」(埼玉アーツシアター通信 vol.76、2018年8~9月)

 作品のテーマである“黄金時代”についてガルバンはそう説明する。映画『フラメンコ・フラメンコ』で彼が踊る無伴奏ソロ・ナンバーも、ずばり「静寂(Silencio)」と題されていた。今回の公演では、ガルバン流のその“静のフラメンコ”をたっぷり満喫することができた。

 19世紀後半~20世紀初頭、“カフェ・カンタンテ”と呼ばれる大衆酒場(現在のタブラオの前身)を通してフラメンコがスペイン全土で大きく発展した時期が、一般的にフラメンコの“黄金時代”だと言われる。その時代のフラメンコが実際にどのようなものだったのか門外漢の私には知る由もないが、豊かなボキャブラリーで観客に親密に語りかけるようなガルバンのパフォーマンスを観て、彼の言う“静のフラメンコ”とは、要するに“詩”を指しているのではないかと思った。彼はかつてのフラメンコが持っていたかもしれない純朴な詩情を現代に蘇らせようとしているのではないか。劇場のフラメンコに対する、カフェのフラメンコ。あるいは、ハレ(非日常)のフラメンコに対する、ケ(日常)のフラメンコ。ガルバンの舞台を観ながら、私はフラメンコが人々の暮らしを潤す身近な“詩”だった遠い黄金時代のことを想像した。

 とはいえ、あまりに奇妙で、時にシュールな印象すら与えるガルバンのバイレが、実際にフラメンコの黄金時代に踊られていたものだとはとても思えない。このズレは一体何なのか。その謎を解く鍵は、『黄金時代』という作品名が、フラメンコの“黄金時代”を指すと同時に、ルイス・ブニュエル監督のシュルレアリスム映画『黄金時代(仏原題:L'Age d'Or/西訳:La Edad de Oro)』(1930)と呼応している点にあるかもしれない。ガルバンはカフカの『変身』をフラメンコ化してしまうような人物なので、意識的なダブル・ミーニングである可能性は十分に考えられる。数々の不可解なポージング、脈絡のない動きの連鎖、不合理な音の響き(太鼓のような音がする床)、人を食ったユーモア……ガルバンは確かに、ブニュエルの自由な幻想を肉体で翻訳しているようにも見える。その大胆かつ豊潤なイメージの連鎖は、まさしく無意識から生まれる夢のようである。ガルバンの『黄金時代』は、シュルレアリストが幻視したフラメンコの“黄金時代”なのではないだろうか。

 今回の来日公演を観て、イスラエル・ガルバンは私のフェイバリット・ダンサーになった。これほど軽妙で独特な筆致を持つダンサーは、私には他にフレッド・アステアかマイケル・ジャクソンくらいしか思いつかない。フラメンコ・ファンだけのものにしておくにはあまりにももったいない、本当に素晴らしくエレガントなダンサーだ。ダンスや音楽に興味がある人は、絶対に彼のパフォーマンスを生で観るべきである。ガルバンは今年45歳。踊り手として最高に脂が乗り、彼の芸術は今まさに黄金時代にあるだろう。新作を引っ提げての早期の再来日を切望する!


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彩の国さいたま芸術劇場の空('18年6月29日夕方、フィリップ・ドゥクフレ カンパニーDCA『新作短編集』鑑賞時に撮影)

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彩の国さいたま芸術劇場は本当に素晴らしいハコ。大ホールは広くも狭くもないちょうどいい規模で、音響も申し分ない(776席。『黄金時代』を観ながら、ロシオ・モリーナの『アフェクトス』をここで観たかったと何度も思った)。料金設定も良心的な上、立派な公演パンフも無料配布される。JR与野本町駅から徒歩7分で、地元住民しかいない広い往復路は快適そのもの。周囲に高い建物がなく、劇場周辺はいつも空が綺麗だ。ここへ来るといつも幸せな気分になる。次回も是非ここで公演を!

イスラエル・ガルバン『黄金時代』
2018年10月27日(土)~28日(日)
彩の国さいたま芸術劇場
一般S席6,000円/A席4,000円
2018年11月2日(金)~3日(土)
名古屋市芸術創造センター
一般7,000円

イスラエル・ガルバン+YCAM『Israel & イスラエル』
2019年2月2日(土)~3日(日)
山口情報芸術センター[YCAM]スタジオA
一般3,000円

※イスラエル・ガルバンは'19年2月、山口市で山口情報芸術センター(Yamaguchi Center for Arts and Media。通称 YCAM=ワイカム)の研究開発チームとコラボ公演を行う予定。ガルバンの動きを学習したA.I.(人工知能)とガルバン本人が共演する実験的な内容らしい。“フラメンコ界の異端児”と言われる彼らしい試みだと思う。私はとても山口まで行けないが、中国地方にお住まいで興味のある方は足を運んでみてはいかがだろう。






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