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Daniel Caesar──知覚の扉



 '17年S.A.D.E.大賞をゲットしたトロントの新進R&B歌手、ダニエル・シーザー。めでたく初来日公演('18年3月5日@代官山UNIT)も決定したところで、グラミー賞にもノミネートされている彼の出世作「Get You」(2016)の歌詞を和訳することにしたい。

 米女性オルタナR&B歌手、カリ・ウチスとの共作/共演による官能的なスロー・ナンバー。ダニエルのうっとりとしたファルセット歌唱や、深いエコーの利いた音像が独特の夢幻的なムードを醸し出す。耳触りの良いスムーズなネオ・ソウル感と同時に、'10年代らしい倦怠感やチルアウト感を持った極めて中毒性の高い1曲だ。制作には同郷トロントのオルタナ・ジャズ・バンド、バッドバッドノットグッドが関与。彼らがバック・バンドとして参加したライヴ仕立ての音楽ヴィデオも、この曲の現実離れした陶酔感をよく表している。




 Get You
 (Daniel Caesar/Kali Uchis)
 
 Through drought and famine, natural disasters
 My baby has been around for me
 Kingdoms have fallen, angels be callin'
 None of that could ever make me leave
 Every time I look into your eyes I see it
 You're all I need
 Every time I get a bit inside I feel it
 
 干ばつや飢饉 災害のときも
 ずっとそばにいてくれる人
 王国が滅び 天使たちが呼んでも
 僕は決して離れはしない
 見つめるたびに思うんだ
 君さえいればいい
 深く知るほどそう感じる
 
 Ouu who would've thought I'd get you
 Ouu who would've thought I'd get you
 
 まさか君と結ばれるなんて
 まさか君と結ばれるなんて
 
 And when we're makin' love
 Your cries they can be heard from far and wide
 It's only the two of us
 Everything I need's between those thighs
 Every time I look into your eyes I see it
 You're all I need
 Every time I get a bit inside I feel it
 
 僕らが愛を交わせば
 そこかしこに君の声が響き渡る
 二人だけの世界
 その腿の狭間に埋もれたい
 見つめるたびに思うんだ
 君さえいればいい
 深く知るほどそう感じる
 
 Ouu who would've thought I'd get you
 Ouu who would've thought I'd get you
 
 まさか君と結ばれるなんて
 まさか君と結ばれるなんて
 
 [Kali Uchis:]
 And I'll take some time
 Just to be thankful
 That I had days full of you
 Before it winds down into the memories
 It's all just memories
 
 いま改めて
 感謝したい
 あなたといられた日々に
 すべてが思い出になってしまう前に
 すべてはただの思い出
 
 (If you've got someone you like
  Feel something that's right
  Somebody just tell somebody)
 
 (好きな人がいるなら
  感じるままに伝えるんだ)
 
 Don't you love when I come around
 Build you up then I take you down
 
 そっちへ行ってもいいだろ
 誘い出してあげるから
 
 Ouu who would've thought I'd get you
 Ouu who would've thought I'd get you
 
 まさか君と結ばれるなんて
 まさか君と結ばれるなんて
 
 [Kali Uchis:]
 This feels like summer
 Boy you make me feel so alive
 Just be my lover
 Boy you'll lead me to paradise
 
 夏のような気分
 あなたは私を開放してくれる
 恋人になって
 私を楽園へ連れていって


※上掲の歌詞はオリジナルの全長版。MVでは中盤のカリ・ウチスの歌唱部分(“And I'll take some time〜”)がカットされている。


GetYou2.jpg
ダニエル・シーザー「Get You」(監督:Liam MacRae)

 「Get You」の音楽ヴィデオは、507 Antiquesというトロントの骨董家具屋に観客を集めて撮影されたライヴ・パフォーマンス形式の作品である(但し、音源はオリジナルのスタジオ版)。シャンデリアがいくつも吊された薄暗い店内。狭い仮設ステージの上で恍惚と歌う主役ダニエルや、暗がりで演奏するバッドバッドノットグッドのメンバーたち(鍵盤のマット・タヴァレスを除く3人。リーランド・ウィッティはメイン楽器のサックスではなく、ギターを担当)に加え、ヴィデオ内には観客たちの姿が頻繁に登場する。思い思いにパーティーを楽しむ若者たち、人目を憚らずにキスを交わすカップルたち、古い肖像画や彫刻とオーバーラップで重ねられる少女たちの生き生きとした表情からは、ロマンチックでラヴ&ピースな場内の雰囲気がよく伝わってくる。ダニエルのライヴ・パフォーマンスというよりは、若者たちの開放的な気分を捉えることに重点を置いた音楽ドキュメンタリー的な作品だ。

GetYou3.jpg
'67年、カナダのテレビ番組〈The Rock Scene: Like It Is〉に出演したドアーズ

 何となく元ネタがあるような気がして調べたところ、「Get You」のヴィデオがドアーズに触発されたものだと分かって驚いた。参照されたのは、'67年に彼らがカナダ国営放送CBCの〈The Rock Scene: Like It Is〉という音楽番組に出演した際のパフォーマンス映像('67年9月14日、トロントのCBCスタジオにて収録。同年10月16日放映)。YouTubeで動画Part 1Part 2を見つけ、そこで彼らの演奏している曲が「The End」だと分かったとき、私にはこの意外な繋がりが腑に落ちた。

 ドアーズのデビュー作『The Doors』(1967)の最後を飾る「The End」は、ドラッグの酩酊感が漂うサイケデリックな演奏に乗って、じわじわと聴き手に覚醒を促す10分超えの長尺ナンバー。知覚の扉を開いて向こう側へ突き抜けるドアーズの決定的な代表曲のひとつである。

 「The End」の歌詞には、父親を殺して母親を強姦する衝撃的な場面が登場する。
 
  The killer awoke before dawn
  He put his boots on
  He took a face from the ancient gallery
  And he walked on down the hall
  He went into the room where his sister lived, and then he
  Paid a visit to his brother, and then he
  He walked on down the hall, and
  And he came to a door
  And he looked inside
  "Father?" "Yes, son?" "I want to kill you"
  "Mother? I want to..."
  
  殺人者は夜明け前に目覚め
  ブーツをはいた
  古代の画廊から顔をひとつ取ると
  廊下を歩いていった
  妹のいる部屋に入り それから
  弟のもとを訪れ そしてまた
  廊下を進んでいく
  ある扉の前へ来ると
  彼は中を覗き込んだ
  「父さん」「何だ?」「あなたを殺したい」
  「母さん あなたを……○△◇☆□!」
 
 この挿話は、父親を殺して母親と結婚したオイディプス王に関するギリシア神話を元ネタとしている(“古代の画廊から顔を取る”という一節はまさにそのことを指しているのだろう)。そして、この神話に因んで、人が幼少期に両親に対して無意識に抱く性的葛藤を“エディプス・コンプレックス”と名付けて説明したのが、オーストリアの心理学者、ジークムント・フロイトだった。ダニエル・シーザーのアルバムが“フロイト派(Freudian)”と名付けられている点と符合する。

 ちょっと余談めくが、ここで「The End」に関する作者本人の発言を紹介しておきたい。'69年のRolling Stone誌のインタビューで同曲のオイディプス部分について訊かれ、ジム・モリソンは以下のように答えている。

「オイディプスはギリシア神話の話で、ソポクレスが書いたものだ。それ以前の作品は知らない。知らないままに自分の父親を殺し、母親と結婚してしまった男の話だ。うん、確かに(「The End」と)似てるよね。でも、実を言うと、あの歌は俺にとってちょっと別の意味があるんだ。何を言わんとしてたのか自分でもよく分からないんだけど。あの歌は単純なサヨナラの歌として書き始めたもので。[誰に対して、何に対してのサヨナラ?]──多分、女の子とかだろうけど、でも、子供時代に対するサヨナラにもなり得ると思った。分からないけどさ。すごく複雑で普遍的なイメージを持つ歌だから、どんな風にも受け取れると思うよ」(26 July 1969, Rolling Stone)

 モリソンは聴き手に解釈を委ねようとしているが、彼自身にとって「The End」は、子供時代に別れを告げる通過儀礼の歌という意味合いがあったようだ(この発言に触れて、私はベンジャミン・クレメンタインの「Adios」を思い出した。演劇色の強さも含め、「The End」と「Adios」はよく似た作品だと思う。あと、久しぶりに『The Doors』を聴いて、このアルバムの構成──激しい煽動で始まり、黙示録的な余韻で終わる──が、プリンス『Purple Rain』とそっくりなことにも気付いた)

GetYou4.jpgGetYou5.jpg
〈The Rock Scene〉のロビー・クリーガー(左)、「Get You」のリーランド・ウィッティ(右)

 〈The Rock Scene〉の「The End」と「Get You」の映像を見比べてみよう。ジム・モリソンはそこでオイディプスの部分を歌っていないし、両者の間に特に具体的な類似は見られない。バッドバッドノットグッドのメンバーたちがロビー・クリーガーと同じ白いタートルネックを着ていたり、古い肖像画や彫刻と観客の少女たちの顔を関連づける編集(まさに“古代の画廊から顔を取る”)は、もしかするとそれを意識したものかもしれないが、「Get You」で参照されたのはドアーズの映像のディテールではなく、もっぱらバンドと観客の若者たちを包み込む陶酔的な雰囲気だと思われる。「Get You」のヴィデオにどことなくデカダンなムードが漂うのも、元ネタがドアーズだと思えば合点がいく。バッドバッドノットグッドというバンド自体がちょっとドアーズ的(ジャズの強い影響を受けたジャンル折衷型バンド)だったりするのも面白い共通点だ。

 ドアーズが知覚の扉を開いた50年後、ダニエル・シーザーは別の道筋を経て、同じ扉の前に立っているのかもしれない。そしてそれは、私たちの多くが人生のどこかで向き合う扉なのではないか。中を覗き込み、そこで彼は一体何を見つけるのだろう。


TO BE CONTINUED...



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【お知らせ】
ダニエル・シーザーの来日公演を告知した前回記事“Daniel Caesar──フロイト派、世界を駆ける”は、投稿から2日後に本文の内容(グラミー賞に関するどうでもいい話だった)を、『Freudian』ジャケット写真の撮影場所紹介に入れ替えました。興味のある方は再度ご覧ください。

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