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君が仲間である限り──全訳『DANCE PARTY』


MARTHA AND THE VANDELLAS - DANCE PARTY
LP: Gordy 915, 12 April 1965 (US)

Side 1: Dancing In The Street / Dancing Slow / Wild One / Nowhere To Run / Nobody'll Care / There He Is (At My Door)
Side 2: Mobile Lil The Dancing Witch / Dance Party / Motoring / The Jerk / Mickey's Monkey / Hitch Hike

Produced by William "Mickey" Stevenson, Ivy Jo Hunter

Singles from DANCE PARTY:
Dancing In The Street / There He Is (At My Door) (31 July 1964)
Wild One / Dancing Slow (13 November 1964)
Nowhere To Run / Motoring (5 February 1965)



 前回、“8月の歌”としてマーサ&ザ・ヴァンデラスの「Dancing In The Street」を和訳した。今回はそれに続き、同曲をフィーチャーした彼女たちの傑作アルバム『DANCE PARTY』を全訳する。私がモータウンで最も愛するグループはマーサ&ザ・ヴァンデラス、最も愛する曲は「Dancing In The Street」、最も愛するアルバムは『DANCE PARTY』である。アルバムの全12曲の歌詞を和訳する理由はそれだけでも十分だが、今年の夏は歴史的名曲「Dancing In The Street」の発売からちょうど50年という記念すべき時でもある。同曲の歌詞にもあるように、“The time is right(絶好の時)”と考えて全訳を試みた。

 『DANCE PARTY』は、「Dancing In The Street」('64年7月発売)の勢いに乗って制作され、翌年の'65年4月に発売されたマーサ&ザ・ヴァンデラスの3rdアルバム。マーサ・リーヴスとヴァンデラスの2人(ロザリンド・アシュフォード、ベティ・ケリー)によるパワフルで扇情的なヴォーカル、重戦車のようなビート、全編を貫く異様なまでの覇気には、聴く度に心が震え、血が騒ぐ。ウィリアム・スティーヴンソン&アイヴィー・ジョー・ハンターのチームによって制作された楽曲群は、ホランド=ドジャー=ホランドが手掛ける華やかで品の良いスプリームズ作品とは真逆のアナーキーな活力に満ちている。ここで暴発ぎみに炸裂したマーサ&ザ・ヴァンデラスの猥雑な魅力は、ある意味、当時のモータウンの方向性に抗うものだと思うが(次作で彼女たちはスプリームズ路線を踏襲させられている)、本作の奇跡的な素晴らしさは、そうした摩擦や軋轢の中でこそ生まれたように思われる。『DANCE PARTY』は、希代のスター、ダイアナ・ロスを擁するスプリームズに会社の力が注がれ、モータウンの看板女性グループの座を追われつつあった3人が赤信号を無視して暴走する、'60年代モータウン屈指の危険盤となった。

Dance_Party2.jpg
英音楽番組〈Ready Steady Go!〉のモータウン特番“The Sound of Motown”('65年3月18日収録/4月28日放映)出演時のマーサ&ザ・ヴァンデラス。「Nowhere To Run」歌唱中に撮影されたこのスチールは『DANCE PARTY』UK盤ジャケットにも使われた

 本作のテーマは、ずばり“ダンス”。ダンス・ナンバーばかりで固められたこのアルバムには、およそダレ場というものがない。約30分の演奏時間中、マーサ&ザ・ヴァンデラスは聴き手を激しく鼓舞し、ひたすら“ダンス”に加わることを要求し続ける。“黒人暴動を煽動する”という理由でラジオ放送が控えられたという武勇伝を持つ永遠の音楽讃歌「Dancing In The Street」、ミディアムスローのグルーヴに乗って心地よいチークタイムへ誘う「Dancing Slow」、マーロン・ブランド主演作のタイトルを借用しながらシャングリラス「Leader Of The Pack」(1964)の向こうを張る暴走族ソング「Wild One」、ジェイムズ・ジェマーソンの蛇行するベースラインが強烈な本作唯一のホランド=ドジャー=ホランド提供曲「Nowhere To Run(スティーヴンソン=ハンター作品に比べると、歌詞にはいかにも職業ライター的な巧さが感じられる)、スティーヴィー・ワンダーが共作者として名を連ねるハイテンションなバッドガール・ソング「Nobody'll Care」。A面を締める「There He Is (At My Door)」は、'63年の1stアルバム収録曲(ヴァンデラスの前身グループ、The Vellsの'62年シングルB面曲の再録音版)を使い回した“埋め曲”だが、これがまた良い意味で緩く、アルバムに絶妙な緩急を与えている。

 B面に突入しても勢いは全く衰えない。粘っこいシンコペーション・ビートがジェイムズ・ブラウン「Cold Sweat」(1967)を先駆けているとしか思えない重量級のファンキーR&B「Mobile Lil The Dancing Witch」、ダンス・パーティーへの心躍る招待状「Dance Party」、モータウンのお家芸とも言える自動車ソング「Motoring(疾走感溢れる曲調に反して、意外と安全運転を呼びかける歌詞が微笑ましい。さすが自動車の街!)、ジャークをテーマにした豪快なダンス・ソング「The Jerk」、ジャークのプロトタイプとも言えるモンキーをテーマにしたミラクルズのヒット曲の痛快カヴァー「Mickey's Monkey」、そして、アンコールのようにアルバムを締め括るのは、かつて自分たちがバック・ヴォーカルを務めたマーヴィン・ゲイのヒット曲の堂々たる自演版「Hitch Hike」。無軌道なダンス・ナンバーが怒濤のごとく押し寄せた後、よくできたロードムービーのように爽やかな余韻が残るのもこのアルバムの魅力だ。捨て曲なし。最初から最後まで最高に踊れる。これほど痛快で感動的なダンス・アルバムを私は他に知らない。

 マーサ・リーヴスは色んなタイプの曲を歌える人で、切ない女心を表現した繊細な楽曲でも大いに力を発揮するが(そうした彼女の多面的な魅力は次作『WATCHOUT!』等でたっぷり味わえる)、『DANCE PARTY』で彼女が聴かせる豪快な体当たり歌唱は、当時の女性歌手としては他にちょっと類を見ない熱気を孕んでいる。何も失うものがないような、向こう見ずで荒々しいマーサのヴォーカルには、リズム&ブルースやソウルと言うよりは、むしろ後のジョーン・ジェットあたりに直結するロックンロール〜パンク的な趣を強く感じる。洗練されたホランド=ドジャー=ホランド作品とは一味も二味も違う、まるで往年のリーバー=ストーラー作品のような破天荒な楽しさを持つスティーヴンソン=ハンターの楽曲も、マーサ&ザ・ヴァンデラスのポテンシャルを最大限に引き出したと言えるだろう。また、「Heat Wave」(1963)に代表されるシャッフル系の跳ねる軽快なモータウン・ビートがここで影を潜め、直線的で叩きつけるようなビートに変化している点にも注目したい。特に「Mobile Lil The Dancing Witch」や「Nobody'll Care」で聴かれる激しいシンコペーション・ビートには、数年後にジェイムズ・ブラウンが完成させるファンクの萌芽と言うべきものが認められる。

 “ダンス”というコンセプトのもと、リズム&ブルース、ソウル、ファンク、ロック、ポップのすべてを内包したこのアルバムには、21世紀のポピュラー音楽にも通じる非常にモダンなクロスオーヴァー感覚があるように思う。“マーサ&ザ・ヴァンデラスの歌には何か政治的な精神が宿っているように感じられた”と「Dancing In The Street」の作者の一人であるマーヴィン・ゲイも発言している通り、性急で緊張感に満ちたこのアルバムには、当時のアフリカ系アメリカ人たちの闘争が暗に映し出されてもいるだろう。ここでテーマにされている“ダンス”とは、つまり、己の存在を賭けた“闘争”のことでもあるのだ。そうでなければ、この異様なテンションは説明がつかない。公民権運動時代、モータウンというレコード会社が秘かに有していた政治性を、ここまで生々しく感じさせるアルバムはないのではないか。

 『DANCE PARTY』は、聴く者の身体だけでなく、心にも訴えるアルバムである。身も心も踊らせてくれる本当に最高のダンス・アルバムだ。私はこのアルバムにいったい何度助けられたことだろう。歌詞とあわせて鑑賞することで、感動は一層増すはずである。発売から半世紀経った今、このアルバムの変わらぬ素晴らしさを一人でも多くの音楽ファンと共有したい。さあ、踊ろう!

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