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Sting──S.A.D.E.大賞1987



 独自のソウル・ミュージックをエレガントかつ果敢に追求しているアーティストに贈られるS.A.D.E.大賞。'87年の受賞者は、10月にアルバム『...Nothing Like The Sun』を発表したイギリスのシンガー・ソングライター、スティングさん(36)に決定した。

 '87年S.A.D.E.大賞のノミネートは以下の通り。


S.A.D.E. PRIZE 1987: NOMINEES AND WINNER
4 those with Soul, Attitude, Dignity, and Elegance

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THE SYSTEM
album DON'T DISTURB THIS GROOVE released 14 January 1987
MADHOUSE
album 8 released 21 January 1987
JANET JACKSON
album CONTROL: THE REMIXES released 26 January 1987
HERB ALPERT
album KEEP YOUR EYE ON ME released 13 February 1987
SMOKEY ROBINSON
album ONE HEARTBEAT released 14 February 1987
SHEILA E
album SHEILA E released 19 February 1987
JODY WATLEY
album JODY WATLEY released 23 February 1987
SIMPLY RED
album MEN AND WOMEN released 9 March 1987
LEVEL 42
album RUNNING IN THE FAMILY released 28 March 1987
PRINCE
album SIGN "O" THE TIMES released 30 March 1987
BASIA
album TIME AND TIDE released 3 April 1987
D.J. JAZZY JEFF AND THE FRESH PRINCE
album ROCK THE HOUSE released 7 April 1987
THE WHISPERS
album JUST GETS BETTER WITH TIME released 9 April 1987
FLEETWOOD MAC
album TANGO IN THE NIGHT released 13 April 1987
NONA HENDRYX
album FEMALE TROUBLE released 17 April 1987
SWING OUT SISTER
album IT'S BETTER TO TRAVEL released 11 May 1987
LISA LISA & CULT JAM
album SPANISH FLY released 19 May 1987
JILL JONES
album JILL JONES released 26 May 1987
FORCE M.D.'S
album TOUCH AND GO released 11 June 1987
ERIC B. & RAKIM
album PAID IN FULL released 7 July 1987
TERENCE TRENT D'ARBY
album INTRODUCING THE HARDLINE ACCORDING TO TERENCE TRENT D'ARBY released 13 July 1987
ALEXANDER O'NEAL
album HEARSAY released 29 July 1987
THOMAS LANG
album SCALLYWAG JAZ released July 1987
TOM WAITS
album FRANKS WILD YEARS released 17 August 1987
WENDY & LISA
album WENDY & LISA released 24 August 1987
COLONEL ABRAMS
album YOU AND ME EQUALS US released 25 August 1987
MICHAEL JACKSON
album BAD released 31 August 1987
ANGELA WINBUSH
album SHARP released September 1987
EARTH, WIND & FIRE
album TOUCH THE WORLD released 13 October 1987
STING winner!
album ...NOTHING LIKE THE SUN released 13 October 1987
ROGER
album UNLIMITED! released 21 October 1987
GEORGE MICHAEL
album FAITH released 30 October 1987
KOOL MOE DEE
album HOW YA LIKE ME NOW released 3 November 1987
STEVIE WONDER
album CHARACTERS released 6 November 1987
EURYTHMICS
album SAVAGE released 9 November 1987
PEBBLES
album PEBBLES released 16 November 1987
MADHOUSE
album 16 released 18 November 1987
MAXI PRIEST
album MAXI released 23 November 1987
FISHBONE
ep IT'S A WONDERFUL LIFE released 30 November 1987
MILES DAVIS and MARCUS MILLAR
album MUSIC FROM SIESTA released November 1987
MIKI HOWARD
album LOVE CONFESSIONS released December 1987
CARMEL
album EVERYBODY'S GOT A LITTLE...SOUL released 1987
FULL FORCE
album GUESS WHO'S COMIN' TO THE CRIB? released 1987
THE JAMES TAYLOR QUARTET
ep MISSION IMPOSSIBLE released 1987
JAZZ WARRIORS
album OUT OF MANY, ONE PEOPLE released 1987
JESSE RAE
album THE THISTLE released 1987
JUICY
album SPREAD THE LOVE released 1987
KENI STEVENS
album BLUE MOODS released 1987
LA LA
album LA LA released 1987
MICO WAVE
album COOKIN' FROM THE INSIDE OUT!!! released 1987
MORRIS DAY
album DAYDREAMING released 1987
WORKING WEEK
album SURRENDER released 1987


 年末恒例のS.A.D.E.大賞だが、'17年の今年はいつもより2ヶ月早く選考委員たちが集まり、特別に'87年のS.A.D.E.大賞が選出された。30年前にS.A.D.E.大賞があったら、一体どんなアーティストがノミネートされ、誰が大賞を獲得するか考えてみよう、という特別企画である。

 S.A.D.E.大賞はアメリカのメインストリームから逸れたオルタナティヴなブラック系アーティストを積極的に評価する賞だが、'87年の候補は現在より遙かに真ん中寄りで、全米チャートの上位を賑わせていたアーティストも数多く選ばれている(ホイットニー、アトランティック・スター、リック・アストリー等まではさすがに入っていないが)。これには理由がある。

 YouTubeもSoundCloudもBandcampもなかった当時、ミュージシャンたちは普通にレコード会社と契約を交わし、ラジオやテレビで盛んに曲をかけてもらう必要があった。限られたメディアを通して世に出るには、多くの聴き手にアピールする作品を作り、売れることが重要だったのである。白人アーティストより更にメディアが限定されていた黒人アーティストたちは、そうした制度に特に強く縛られていた。サウンドにその時代の流行があり、それに倣った作品が量産される傾向は今も基本的に変わらないが、当時は“オルタナティヴ”という在り方自体があり得ず、メインストリームを目指して売れ線の作品が作られる傾向が今以上に強かった。'80年代は“オルタナティヴ”ではなく、まだ“クロスオーバー”の時代だった。

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'99年6月、1日だけインエクセスに加入したテレンス・トレント・ダービー(詳しくは過去記事で)

 そうしたクロスオーバー時代の最先鋒は、言うまでもなくマイケル・ジャクソンプリンスジョージ・マイケルといった人たちである。'87年のポピュラー音楽界をざっと見渡すと、最も常道から外れたことをやっているR&B系アーティストは、業界のトップに君臨していたこの3人だったという気が強くする。彼らに比肩する強烈なスター性と、後のニュー・クラシック・ソウルにも通じる王道ソウル感(+ロック感)を併せ持ったテレンス・トレント・ダービーのデビューも鮮烈だったが、残念ながら彼はその後、結局、デビュー作のインパクトを超えることができなかった。

 今より縛りの強い時代だったとはいえ──あるいは、そうだったがゆえ──'87年にはポップな輝きを持つ素晴らしい作品が他にも数多く生まれている。

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ザ・システム「Don't Disturb This Groove」、ロジャー「I Want To Be Your Man」

 ファンク系では、プリンスをはじめとするミネアポリス勢が相変わらず好調だった。プリンス一家シーラ・Eジル・ジョーンズマッドハウスウェンディ&リサのアルバムはどれも佳作揃いだし、ジャム&ルイスは前年のジャネット・ジャクソン('87年に出た『Control』のリミックス盤が最高)に続いてアレクサンダー・オニールハーブ・アルパートモリス・デイらのヒット作を生み、アンドレ・シモンジョディ・ワトリーのデビュー作を手掛けて大成功を収めた。一方、ニューヨークのフル・フォースは、自分たちのアルバムの他に、リサ・リサ&カルト・ジャムの2ndやラ・ラのアルバムを送り出したし、同じくニューヨーク出身の黒白ファンク・デュオ、ザ・システムが「Don't Disturb This Groove」で大ブレイクを果たしたのも印象深い。

 が、この年、ファンク系で強烈だったのは、何と言ってもロジャーである。彼のソロ作『Unlimited!』は、今の音楽ファンの耳にも斬新に響くに違いない超未来的で全く独創的なファンク・アルバムである。しかも、恐ろしくポップだ。プリンス『Sign "O" The Times』の振り幅や越境ぶりも確かに凄いが、ロジャーの同作からは、プリンスにも作れなかった「I Want To Be Your Man」という特大ヒット曲が生まれた。スティーヴィー「I Just Called To Say I Love You」級の普遍性と先進性を兼ね備えた歴史的名曲である(今聴き返すとミゲルに聞こえて仕方ない)。当時、MJ、プリンス、ジョージ、スティーヴィー、ジャネットらの他に、フリートウッド・マック(『Tango In The Night』)、インエクセス(『Kick』)、U2(『The Joshua Tree』)、ブルース・スプリングスティーン(『Tunnel Of Love』)、ジョン・クーガー・メレンキャンプ(『The Lonesome Jubilee』)、ブライアン・アダムス(『Into The Fire』)、エアロスミス(『Permanent Vacation』)、ガンズン・ローゼズ(『Appetite For Destruction』)スザンヌ・ヴェガ(『Solitude Standing』)、ジョージ・ハリスン(『Cloud Nine』)、デヴィッド・ボウイ(『Never Let Me Down』)などを聴いていた洋楽少年の私の胸にも、ロジャーの「I Want To Be Your Man」は深く刺さった。'87年の年間ベスト・ソングはこれしか考えられない(あと、'87年で個人的に印象深いのはクラブ・ヌーヴォー「Lean On Me」だが、確認したらアルバム発売は'86年12月だった)

 ベテラン勢も負けていない。「I Just Called〜」や「Part-Time Lover」級のヒット曲こそ出なかったが、スティーヴィー・ワンダーの『Characters』は、『Hotter Than July』(1980)以来と言ってもいいくらいの大充実作。MJ客演曲「Get It」や、円形回転ステージを使った翌年春の来日公演も最高だった(私は母に連れられて武道館公演を2階席で鑑賞。大好きだった「Master Blaster」や、クリスタル・クリアな音響が忘れられない)。時代に即したサウンドでしっかり現役感をアピールしたアース・ウィンド&ファイアウィスパーズのアルバムや、何も変わっていないのに瑞々しいスモーキー・ロビンソンの『One Heartbeat』も優れものだ。

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スコットランドのファンク戦士、ジェシー・レイ(アルバム表題の“アザミ”はスコットランドの国花)

 その他、ファンク系で異彩を放っているのは、Pファンク人脈のジェシー・レイというスコットランド出身の覆面怪人が放った(唯一の)ソロ作『The Thistle』。制作はロジャー・トラウトマンで、それらしいガチャガチャとしたエレクトロニックなファンク感もあるが、ふざけているのかと思うくらいメロディアスでポップな楽曲や、ニューウェイヴ調の捻れたサウンド・センスには、一体何を目指しているのか分からない得体の知れなさがある。ジャケもとても'87年産とは思えない。このアルバムは一体どんなリスナーを想定して作られたのだろうか。'80年代は“オルタナティヴ”ではなく、まだ“クロスオーバー”の時代だった……と先述したが、『The Thistle』は全くもって“オルタナティヴ”としか言いようがない珍奇な作品である。未聴の方は、とりあえずYouTubeで「The Thistle」「Over The Sea」「Chainsaw」という3本のMVを観てぶっ飛んで欲しい(バーニー・ウォーレルも出演。やけに金が掛かっていそうな大規模なロケ撮影も謎だ)。'10年代の今こそ聴きたい驚異の大傑作オルタナR&Bアルバムである。

 オルタナティヴという点では、当時のアメリカのブラック・ミュージック界ではヒップホップがそれに当たる勢力だったと言うこともできる。DJジャジー・ジェフ&ザ・フレッシュ・プリンスエリック・B&ラキムクール・モー・ディーの他に、'87年にはLL・クール・Jの大ヒット作『Bigger And Deffer』、パブリック・エナミーやブギー・ダウン・プロダクションズの1st、N.W.A.一派のショウケース・アルバムなども出ている。また、それと並行して、クール・モー・ディーやヘヴィ・D&ザ・ボーイズも手掛けたテディ・ライリーの快進撃が、キース・スウェットのデビュー作『Make It Last Forever』でこの年の終盤から始まっている。勢いを増すヒップホップと、それに呼応したニュー・ジャック・スウィングの到来で、当時のアメリカのブラック・ミュージック界は大きな転換期に差し掛かっていた。この流れに焦ったプリンスが『The Black Album』を発売しかけて止めたのも'87年末のことだ。

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トーマス・ラング『Scallywag Jaz』、ケニ・スティーヴンス『Blue Moods』

 一方、'87年のイギリスに目をやると、ストック・エイトキン・ウォーターマン制作の一連のユーロビートもの(リック・アストリー、バナナラマ)、M/A/R/R/Sのハウス曲「Pump Up The Volume」、ペット・ショップ・ボーイズの2ndやユーリズミックスの傑作『Savage』など、いかにもイギリスらしいエレクトロニックなダンス・ミュージックの勢いが旺盛だが、その一方で、'80年代中頃からのレア・グルーヴ(ソウル・ジャズやジャズ・ファンク)流行りも続いていた。売れっ子のアレックス・サドキンが手掛けたシンプリー・レッドの2nd、誰もが知っている魔法の名曲「Breakout」を生んだスウィング・アウト・シスター(シャーデーのドリカム的展開)の1stは、その流れを汲んだ世界的ヒット作だが、'87年には“男シャーデー”とも言われたトーマス・ラングの1st『Scallywag Jaz(邦題:JAZに抱かれて)』も出ている。トーマス・ラングは、シャーデーと同じくヴォーカリストの名前がそのままバンド名というリバプール出身の5人組。エルヴィス・コステロをハスキーにしたような歌声は好みが分かれるかもしれないが、初期シャーデーに似たジャジーなポップ・サウンドは文句なしにカッコいい('96年を最後にリリースが途絶えていたトーマス・ラングだが、'16年に20年ぶりの復活アルバム『The German Alphabet』を発表している)

 しかし、“男シャーデー”という点では、'87年のイギリスにはもっと凄い作品がある。ケニ・スティーヴンスの1st『Blue Moods』。『Promise』と『Stronger Than Pride』の中間を行くようなスムーズでジャジーなR&Bサウンドと、熱くなりすぎないハスキー&ソウルフルなヴォーカルの組み合わせは、まさしく“男シャーデー”、あるいは、イーフレイム・ルイスをもっと素直にソウル寄り、あるいは、マーヴィン・ゲイ寄りにしたようでもある。イギリスでしか生まれ得ないクールネスとエレガンスを持った極上のベッドルーム・ソウル。シャーデー・ファンにはもちろん、ライが好きな人にも大推薦したい。'87年S.A.D.E.大賞の最有力候補でもあるこのケニ・スティーヴンス、実は今年の3月に、'89年の3rdアルバム以来、なんと28年ぶりとなる新作『Out Of The Blue』を、文字通り“出し抜け”に発表した(これがまた……)。


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Sting - ...Nothing Like The Sun
A&M, 13 October 1987 (UK)

The Lazarus Heart / Be Still My Beating Heart / Englishman In New York / History Will Teach Us Nothing / They Dance Alone / Fragile / We'll Be Together / Straight To My Heart / Rock Steady / Sister Moon / Little Wing / The Secret Marriage

Produced by Neil Dorfsman, Sting, Bryan Loren

 ケニ・スティーヴンスのデビュー作を蹴落として大賞を獲得したのは、スティングの2ndソロ作『...Nothing Like The Sun』。前作『The Dream Of The Blue Turtles』(1985)に続いて、ブランフォード・マルサリス(サックス)、ケニー・カークランド(ピアノ)らアメリカの若手ジャズ・ミュージシャンとがっちり組み、ジャズを土台にしたフュージョン音楽をポップ・ミュージックの土俵で堂々と展開した問答無用の傑作である。

 '80年代後半から'90年代にかけて、ジャズは英米のポップ・ミュージックにおいて非常に重要なコンセプトだった。イギリスでは'80年代半ばにクラブシーンでジャズがダンス・ミュージックとして再評価され、それが'90年代初頭のアシッド・ジャズのブームに繋がった。アメリカではニュー・ジャック・スウィングを通してジャズが同様にダンス・ミュージックとして復活の兆しを見せた後(ジャネットのニュー・ジャック・スウィング曲「Alright」のMVにキャブ・キャロウェイとニコラス兄弟が出演していたのは象徴的)、ギャング・スター、ア・トライブ・コールド・クエストらがヒップホップとジャズを明確に結びつけた。更には、イギリスのブラン・ニュー・ヘヴィーズが『Heavy Rhyme Experience: Vol. 1』(1992)で、続いてアメリカのグールー(ギャング・スター)が『Jazzmatazz Volume 1』(1993)で、イギリスのアシッド・ジャズとアメリカのジャズ・ヒップホップ(ジャズ・ラップ)の間に橋を渡し、同時に、英ヒップホップ・ジャズ・ユニットのUS3によるBlue Note発デビュー作『Hand On The Torch』(1993)が世界的ヒットを記録するなど、ジャズとヒップホップは入り混じりながら当時のブラック・ミュージックの大きな潮流を形成していった。この流れは、ソウルクエイリアンズを中心とする'90年代後半〜'00年代前半のネオソウル・ムーヴメントに引き継がれ、ソウル/R&Bを巻き込んで更なる発展と深化を見せることになる(そして、この流れが'10年代の新世代ジャズに繋がっていく)

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ジャズ・ルネサンスを高らかに宣言したギャング・スターの記念碑的シングル「Jazz Thing」(1990)、DJプレミアが共同制作したブランフォード・マルサリスによるヒップホップ・ジャズ・プロジェクトの1st『Buckshot LeFonque』(1994)、ヒップホップに接近したマイルス・デイヴィスの遺作『Doo-Bop』(1992)、グレッグ・オズビーのBlue Note発ヒップホップ・ジャズ作『3-D Lifestyles』(1993)

 そもそも“ジャズ”とは何だろう? ニーナ・シモンの言葉を借りればこうだ。

「私にとって“ジャズ”とは考え方や生き方のことだった。あるいは歩き方、話し方、考え方、行動のとり方など、アメリカの黒人がすることすべてを意味した。つまり“ジャズ”は黒人全体を見渡した場合のある一面であり、その点では黒人である私をジャズ・シンガーと呼んでも問題ないとは思う」(『ニーナ・シモン自伝 ひとりぼっちの闘い』/鈴木玲子訳/日本テレビ/1995)

 ニーナはこの記述の中で、自分がクラシック、フォーク、ポピュラー、ブルースなど様々な音楽を演奏していることを指摘し、黒人という理由だけで“ジャズ・シンガー”というレッテルを貼られることに嫌悪感を示しているのだが、その話は置いておこう(その自由さこそジャズ的だと思うが)

 ジャズとは要するに、アメリカ黒人のひとつの姿勢や生き様を示すものである。音楽的には、ある特定のサウンドやテクスチュアを表す言葉と言うより、むしろ音楽を演奏する際のひとつの方法論や作法を示す言葉と言えるのではないか。

 ジャズという音楽を私なりに分かりやすく定義するなら、それは“何からも自由な音楽(自由であろうとする音楽)”ということになる。ジャズはあらゆる束縛や決まりごとを嫌い、ひたすら自由に音を奏でることを追求してきた。要するに、何でもありな音楽である。

 その点、ヒップホップはジャズと全く同じ精神を有する音楽と言える。ターンテーブルを楽器の代わりにするなど、それまでの常識からは考えられないことだ。上掲のニーナ・シモンの発言の“ジャズ”を“ヒップホップ”に変えても、全く違和感がない。スパイク・リー監督映画『モ'・ベター・ブルース』(1990)のエンドロールを飾ったギャング・スター「Jazz Thing」で、グールーは“'90年代はジャズの時代になる”と宣言していたが、その“ジャズ”も“ヒップホップ”に置き換えることができるだろう。彼はヒップホップこそジャズの新たな形であるとはっきり知っていたのである。彼の予言通り、'90年代はジャズ=ヒップホップの時代になった。

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スティング

 スティング『...Nothing Like The Sun』は、アシッド・ジャズやジャズ・ヒップホップの興隆より少し早い'87年10月に発表された。当時、スティングのバンドにいたブランフォード・マルサリスとケニー・カークランドは、3年後に「Jazz Thing」でギャング・スターと手を組むことになる人物でもある(2人の演奏は同曲のインスト版で聴ける)。このアルバムが上記のジャズ・ルネサンスの流れの中にあるのは間違いないが、スティングがここでやっている音楽は当時の他の誰とも違っている。具体的なジャズ要素の他に、このアルバムにはファンク、レゲエ、ロック、ポップ、あるいは、サンバやスペイン音楽のようなワールド・ミュージックの要素もある。それらがジャズの自由な演奏力によって全く自然に混合されている。尚かつ、アカデミックで高尚な芸術音楽ではなく、誰もが楽しめる普遍的なポップ・ミュージックとして成立しているところが驚異的だ。

 ロックステディにファンクのエッジを加えたような1stシングル曲「We'll Be Together」からして、当時の他のダンス・ミュージックとは一線を画している。2ndシングルに切られたジャズ・ファンク「Be Still My Beating Heart」の研ぎ澄まされたクールネスも凄いし、「Englishman In New York」「Fragile」「Sister Moon」といった曲には、発表当時から既にスタンダードの風格が漂っていた。「Straight To My Heart」の変拍子はちょっとデイヴ・ブルーベックを思わせるし、ギル・エヴァンス楽団の演奏でジミヘン「Little Wing」をカヴァーしたり、ハンス・アイスラーの曲に自作の歌詞を付けるといった試み(「The Secret Marriage」)にも、人種を超越した深いジャズ精神を感じる。単にジャズっぽい意匠を取り入れたジャジー・ポップはいくらでもあるが、『...Nothing Like The Sun』はそれらとは次元が違う。翌年、スティングはこのアルバムを引っ提げ、東京ドームで死ぬほど素晴らしい公演を行った。ジャズがそもそも大衆向けのポップ・ミュージックだった点を鑑みれば、これこそ現代の“正しいジャズ”と言っても過言ではないのではないか。

 時代の流れがジャズに向かっていたとき、スティングは『...Nothing Like The Sun』でひとつの決定的な答えを出した。アシッド・ジャズともヒップホップとも異なる場所で。彼の解答は驚くほど洗練されていたし、誰にも真似できない独自のものだった。30年経った今聴いても、本当に素晴らしいと思う。

 '87年、スティングは世界一クールなミュージシャンだった。




S.A.D.E. PRIZE S.A.D.E.(エス・エイ・ディー・イー)大賞
S.A.D.E.大賞選考委員会によって選出され、毎年12月末に発表される謎の音楽賞。年内(1月〜12月)にアルバム/EPを発表した世界中のアーティストの中から一組に贈られる。シングル、ミックステープ、V.A.アーティスト盤、編集盤、サントラ盤は基本的に選考対象外(但し、例外的に選出される場合もあり)。'13年から'15年まで“シャーデー大賞”という名称で発表されていたが、'16年から“S.A.D.E.大賞”に改められた。シャーデーのメンバーは賞の設立・選考に一切関わっていない。

シャーデー大賞2013を占う(2013.06.12)
Alice Smith──シャーデー大賞2013(2013.12.30)
D'Angelo──シャーデー大賞2014(2014.12.30)
Buika──シャーデー大賞2015(2015.12.30)
Masego──S.A.D.E.大賞2016(2016.12.30)


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