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我が道を往く──ジム・ジャームッシュ『パターソン』



「もしアメリカの標準的なバーに行って、詩だなんて口走ろうものなら、まずぶちのめされるのがオチだろうね(笑)。でも詩というのは僕にとってものすごく力強くて美しい表現形式だ。言語の新しい使い方の多くは、詩から来てる。ダンテはヒップホップ・カルチャーだったんだと思うね。なにしろ彼はイタリアの俗語で書いたわけで、そんなことは前代未聞だった。当時はラテン語で書くのが当たり前で、ペトラルカは上流社会のイタリア語で書いたけれど、ダンテはストリートの言葉を使った。詩人はある意味で、ものごとの最前線にいるんだよ。言葉の感覚とか、ヴィジョンにおいてね。
 言語は抽象的に使うことができる。つまり、言語は詩の中でとても美しいコードとして使うことができる。ものごとの様々なニュアンスや、複数の意味を担うこともできる。散文が凝縮されて韻文になったときには、数学的にも、抽象的にもなる。たくさんの詩人たちもやっぱり社会的に認知されることなしに、社会のアウトサイドで生きている。金のために詩作をするわけはないからな。ウィリアム・ブレイク──彼の最初の本だけは正規の出版形態をとったけど、そのあとは死ぬまで全部自分で出版していたんだ。そして誰もまともな関心を寄せなかった。ほかの無数の詩人にとっても同じことだ。僕は詩人たちをアウトローの幻視者だと思う。なんていうか、詩が好きだ。チクショウ、詩が好きだ。誰か文句あるか!?(笑)」

──ジム・ジャームッシュ、1999年
(『Jim Jarmusch Interviews〜映画監督ジム・ジャームッシュの歴史』/ルドヴィグ・ヘルツベリ編/三浦哲哉訳/東邦出版/2006)


 前作『オンリー・ラヴァーズ・レフト・アライヴ』(2013)は腐っていたが、ジャームッシュ、今回は良かった。間違いなく彼の後年の代表作になると思う。素晴らしい、と言うかわりに、ひとこと“Aha”と相槌を打ちたい。

 何も書くことがないので、かわりに『パターソン』の隠れエンディング・テーマ曲を和訳する。実際にエンドロールで流れるわけではないが、映画のラストで、主人公パターソンはこの歌の一節──“魚になりたいか?(Would you rather be a fish?)”──に思いを馳せる。やけに聞き覚えのあるその一節の出自を、私はエンドロールを眺めながら必死に考えていた。確かに自分が知っている歌だ。それが某有名映画の挿入歌だったことを思い出すのに、そう時間はかからなかった(私のこの歌との出会いは、故・野口久光が編纂した名編集盤『ハリウッド玉手箱』。'94年に出たその3枚組CDは、当時、私にとってビートルズの全アルバムにも匹敵する価値を持つものだった)

 '44年に公開されたそのアメリカ映画は、ニューヨークの下町の貧乏教会を立て直そうとする若い神父の奮闘を描く。劇中でこの歌は、彼と、彼が不良少年たちを集めて作った合唱団によって歌われる。彼は悪ガキたちに音楽の素晴らしさを教えるのだが、この歌は同時に、私たちに詩の面白さを実に分かりやすく教えてくれる。動物を使った喩えの妙、流れるような語り口、そして完璧な押韻。すべてが美しい。

 詩を翻訳で読むのはレインコートを着てシャワーを浴びるようなものだが……それもまた一興だろうし、少なくとも、何も浴びないよりはマシだ。




 Swinging On A Star
 (Johnny Burke/Jimmy Van Heusen)
 
 Would you like to swing on a star
 Carry moonbeams home in a jar
 And be better off than you are
 Or would you rather be a mule?
 
 星に掴まりたくないか
 月の光を瓶につめて持ち帰ろう
 いまの自分を越えてやろう
 それともラバになりたいか?
 
 A mule is an animal with long funny ears
 He kicks up at anything he hears
 His back is brawny but his brain is weak
 He's just plain stupid with a stubborn streak
 And by the way, if you hate to go to school
 You may grow up to be a mule
 
 ラバはおかしな長い耳
 聞くこと何でもはねつける
 背中は頑丈 でもオツムは弱い
 聞き分けのないおバカさん
 もし学校が嫌だって言うなら
 ラバになっちまうよ
 
 Or would you like to swing on a star
 Carry moonbeams home in a jar
 And be better off than you are
 Or would you rather be a pig?
 
 それより星に掴まりたくないか
 月の光を瓶につめて持ち帰ろう
 いまの自分を越えてやろう
 それとも豚になりたいか?
 
 A pig is an animal with dirt on his face
 His shoes are a terrible disgrace
 He has no manners when he eats his food
 He's fat and lazy and extremely rude
 But if you don't care a feather or a fig
 You may grow up to be a pig
 
 豚のお顔は泥だらけ
 はいてる靴もみっともない
 行儀の悪い食いしん坊
 デブで怠惰で品がない
 もし形振り構わなかったら
 豚になっちまうよ
 
 Or would you like to swing on a star
 Carry moonbeams home in a jar
 And be better off than you are
 Or would you rather be a fish?
 
 それより星に掴まりたくないか
 月の光を瓶につめて持ち帰ろう
 いまの自分を越えてやろう
 それとも魚になりたいか?
 
 A fish won't do anything, but swim in a brook
 He can't write his name or read a book
 To fool the people is his only thought
 And though he's slippery, he still gets caught
 But then if that sort of life is what you wish
 You may grow up to be a fish
 
 魚は小川で泳ぐだけ
 名前も書けず 字も読めない
 人をからかうことしか頭にない
 ツルッと滑るが結局つかまる
 もしそんな人生がいいんなら
 魚になっちまうよ
 
 A new kind of jumped up slippery fish
 
 新種の思い上がった魚さ
 
 And all the monkeys aren't in the zoo
 Everyday you'll meet quite a few
 So you see it's all up to you
 You can be better than you are
 You could be swingin' on a star
 
 猿は動物園とは限らない
 そこら中にごろごろいる
 すべては君次第ってこと
 いまの自分を越えてごらん
 星にだって掴まれるさ


Paterson2.jpg
オマリー神父(ビング・クロスビー)とニューヨーク不良少年合唱団

 上の和訳を終えた後、私はDVDでこの映画の日本語字幕を確認し、思わず感嘆の溜息をついた。字幕翻訳は金丸美南子氏。金丸訳は、多くの点で拙訳の上を行く名訳だった。そこそこ上手く訳せたと満悦していた私は、自分が調子に乗った“魚”に過ぎなかったことを思い知らされた。

 以前、ローレン・バコールの追悼記事でも書いたが、あらゆる種類の翻訳家の中で、私は映画の字幕翻訳家を最も尊敬している。普通の翻訳家が10文字、素人なら15文字は費やすだろう一行を、彼らはたったの5文字で訳す。そして、その5文字は、確実に的の中心を射抜いている。極限まで切り詰められ、磨き抜かれた彼らの言葉の切れ味は、本当に凄い。

 余談だが、この映画と『パターソン』のプロットには大きな共通点がある(終盤で主人公の大事な何かがアクシデントによって失われる)。ビング・クロスビー演じる神父が、金儲けのためではなく、趣味で音楽をやっているあたりも『パターソン』の主人公と通じるものがある(結局、彼はその才能を教会再建のために役立てるのだが)。ジャームッシュがこの映画の挿入歌を引用したのは、もしかすると(例によって)古典映画ファンに対する彼なりの目配せなのかもしれない。


Paterson3.jpg
『パターソン』──一見、幸せそうな食卓だが、ここで2人の間にはちょっとした壁がある(料理の味をめぐって)。2人の間の如何ともしがたいズレが、この場面を一層味わい深いものにしている

 "This taste great." you said and so, the sixth of July our salad anniversary.

 2人が食べているのはサラダではないが、『パターソン』のこのスチールを眺めるうち、私は俵万智の有名な詩を思い出した。上掲は'90年のジュリエット・カーペンター訳。かなり健闘していると思うが、如何だろう。『パターソン』の日本版を作るなら、主人公は歌人か俳人という設定がいい。

 翻訳とは決して越えられない壁を越えようとすることである。だから私は翻訳が好きなのかもしれない。素晴らしき哉、言語の壁。


「言葉がわからなくて、文化を誤解してるかもしれないとき、そんなときの心の状態が僕は好きなんだ。僕はほかのどんなジャンルのアーティストよりも詩人を崇拝してる。詩人が書いたものを翻訳することはできない。彼らのいる文化、そして言語の性質に完全に結びついているからだ。詩はすごく抽象的で、そしてすごく部族的だ。なぜなら詩人が所属する部族の人間だけが、その言葉の音楽的な美しさを味わうことができるからだ。音楽やサイレント映画はその逆で、普遍的だし、音楽やサイレント映画のほうが別の意味で上位の表現形式だと思う。ともかく詩は翻訳不可能で、だから僕は詩人を一番リスペクトしてる。言語の壁がこの星をこんなにも美しく、そしておかしなものにしているんだと思う」

──ジム・ジャームッシュ、1987年
(『Jim Jarmusch Interviews〜映画監督ジム・ジャームッシュの歴史』)


Paterson5.jpg
次回作はこの人主演でお願いします


追記('17年10月12日):
 「Swinging On A Star」拙訳、“星にぶらさがりたくないか”という訳を“星に掴まりたくないか”に変えた。“swing on a star”という表現は、星にぶら下がってぶらんぶらんと揺れているイメージだが(もちろんジャズのリズムの“スウィング”と掛かっている。“星でブランコ”という金丸訳も夢があって好きだ)、“より良い自分になろう”という歌のメッセージを踏まえ、私は“reach for a star”に近いニュアンスでこのフレーズを訳すことを考えていた。“星にぶら下がる”より“掴まる”の方が、上に向かって手を伸ばしている感じがする。揺れる感じ(スウィング感)を出すなら“ぶら下がる”だが、2文字削れることもあり、最終的に“掴まる”で手を打った。
 しかし、“太ってガサツで怠け者(He's fat and lazy and extremely rude)”、“君の隣にもいる(Everyday you'll meet quite a few)”という金丸訳の切れ味には敵わない。日本の作詞家だったらきっとそう書くだろう。本当に見事だ。




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