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エバ・ジェルバブエナ『仮面』@オーチャードホール



 エバ・ジェルバブエナの来日公演を再び観た。
 
 '17年9月16日〜17日の2日間、それぞれ異なる演目が上演された東京公演。フラメンコとコンテンポラリー・ダンスの融合が美しい詩を紡いだ初日の『アイ!』に続き、2日目の演目は『仮面』。

 オーチャードホールに集まった観客たちは、この作品の異様なムードに明らかに戸惑っていた。果たしてこれはフラメンコなのだろうか? 『仮面』は、『アイ!』以上にフラメンコの枠を大きく逸脱した、実に奇抜で挑戦的な作品だった。


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仮面
Apariencias
演出/振付:エバ・ジェルバブエナ
音楽監督:パコ・ハラーナ
出演:エバ・ジェルバブエナ、クリスティアン・ロサーノ、ダビ・コリア、アンヘル・ファリーニャ、フェルナンド・ヒメネス、マイセ・マルケス(バイレ)、パコ・ハラーナ(ギター)、アントニオ・コロネル(パーカッション)、ジョナタン・レジェス、アルフレド・テハーダ、アラナ・シンケイ(カンテ)


 『仮面』は'16年2月にカディスで初演されたエバの最新作。原題の“Apariencias”は、英語で“Appearances”、日本語で“外観、見かけ、うわべ”の意味。ステージにはそれを表す“仮面”が重要な小道具として度々登場する。

 エバがこの作品で目指したのは、“すべての見かけを捨て、様式にとらわれることなく、踊る私自身をフラメンコだと感じてもらえるような表現”だという。そこで重要なモチーフになったのが“アフリカ”。作品のインスピレーション源として、エバはインタビューで以下の面白いエピソードを語っている。

「フェイスブックなどで、アフリカの人がアフリカのダンスを踊る映像に、フラメンコの音楽を付けた映像を観たことがありますが、踊りは異なっていても、それはフラメンコになっていました。ただ、彼らにフラメンコの衣装を着せてしまったら、それはフラメンコではなくなると思います。
 つまり、形を真似なくても、スピリチュアルなエッセンスにフラメンコと通じるものがありさえすれば、それはフラメンコになるということです。これは、表現にとって大切なのは様式ではなく、誰かに何かを伝えて心を動かすことだと教えてくれます」(日本公演パンフレット/以下同じ)

 アフリカの踊りにフラメンコと通じる魂を感じたエバは、今度は逆に、フラメンコの踊りにアフリカの音楽を付けたらどうなるか、と発想した。

「私自身は伝統的なフラメンコを踊るときと同一ですが、その私がアフリカ音楽で踊るとき、観客はそれをどのように見るのか。感じるのか」

「世の中の人々は、私のことをフラメンカ(フラメンコを踊る女性)だと思っています。では、私の外見が変わったら彼らはどう思うのでしょうか? 『Apariencias 仮面』というタイトルには、そういったことに対する疑問も含まれています」

 要するに『仮面』は、フラメンコをアフリカという“仮面”で覆い、一度フラメンコの様式(仮面)を取り払った上で、改めてフラメンコの本質に迫ろうという作品である。それ風の衣装や髪型で“オーレ!”とか言ってりゃフラメンコになるわけじゃないのよ、そんなものなしに私が本物のフラメンコ魂を見せてやるわ! というわけだ。

 しかし、これが分かりにくい(泣)。

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第1場〈Hábito 習慣〉

 冒頭、ステージ中央にスポットライトを浴びて現れるのは、スキンヘッド(!)のエバ。扇情的なスネアドラムのビートが響き渡る中、赤と黒のモダンなドレス姿で、フラメンコとは全く異なるアグレッシヴな踊りを見せる。そこに黒いスカートをはいた上半身裸の男性ダンサーたちが加わり、ダンスはアフリカ風のトライバルなビートと共に群舞へ発展していく。エバが男性ダンサーの身体にロープを当てる儀式めいた場面もあった。完全に意味不明なコンテンポラリー風のパフォーマンスに激しく当惑する。とてもフラメンコの公演とは思えない。

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第2場〈Con todos ustedes みなさまとご一緒に〉

 続く第2場では、フラメンコ・ギターの単調なアルペジオと、お経っぽい低音コーラスがドローン状態で続く6拍子の不気味な曲に乗って、これまた意味不明なパフォーマンスが繰り広げられる。ステージ右側には赤い絨毯が敷かれ、そこに立つ上半身裸の男性が広げる大きな白いスカートに、プロジェクターで様々な記録映像が投影される。映像は、どこかの戦争や難民の様子を捉えたものらしかった。カンタオール(男性フラメンコ歌手)が物悲しい歌声を聴かせ、ステージ左側では男性ダンサー3人+女性ダンサー1人が群舞を披露。サパテアード(足を踏み鳴らすフラメンコの踊り)も入っていたが、振付や衣装の奇抜さもあり、印象は依然としてフラメンコからは程遠い。どこかの古代王朝の儀式でも見せられている感じだ。女性ダンサーはエバと同じくスキンヘッドで、その上、なぜかモンドリアン・ドレス風の衣装を着ている。何が何だか分からない。

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第3場〈Apariencias 仮面〉

 第3場でようやくフラメンコらしい光景が訪れた。スキンヘッドのカツラを取って黒いドレスを着たエバが、金色のマントン(フラメンコで使う大判ショール)を翻しながら華麗に舞う。演奏は6拍子の流麗なフラメンコ・ジャズ。この作品でパーカッショニストのアントニオ・コロネルは、カホン演奏の他に、ドラムセットを使って普通にジャズ・ドラムも叩いた。中盤ではギター演奏とカンタオールの歌をバックにエバがサパテアードを踏み、最後にまたドラムが加わって元のフラメンコ・ジャズ+マントンの舞いに戻った。15分に及ぶ熱演。ジャズとフラメンコ舞踊の混合は確かに作品のコンセプトを分かりやすく示していたと思うが、面白かったかと訊かれれば……微妙と言うしかない。

 この第3場あたりまで観客の反応はあり得ないほど薄かった。第1場では完全に拍手なし(確かに拍手をするような雰囲気でもなかった)。第2場が終わったとき、それほど感動したわけでもなかったが、このままではあまりに悲惨だと思い、私は率先して派手に手を叩いた。場面の途中ではなく、それは確かに第2場の終了時だったのだが、場内で拍手をしたのは結局、私一人だけだった(おいおい)。第3場が終わったときも私は真っ先に手を叩いたが、驚くほど疎らな拍手しか起こらない。これまで色々なコンサートや舞台公演に足を運んだが、こんなに出演者に冷たい観客は初めてだ。客席の人たちは、よほど偉い批評家か、エバの奇抜な舞台にドン引きしているかのどちらかだった。

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第4場〈Mentiras repetidas 繰り返される嘘〉──ダビ・コリアのソロ場面

 第4場では、フェルナンド・ヒメネス、アンヘル・ファリーニャ、ダビ・コリア、クリスティアン・ロサーノという4人のバイラオール(男性フラメンコ・ダンサー)が順にソロ・バイレを披露(ヒメネスとファリーニャはソロの後にデュオで踊った。コリアとロサーノは完全にソロ)。この中では3番目のダビ・コリアが個人的には最も印象深い。私が彼を生で観るのは、ロシオ・モリーナ『10年の軌跡』('14年4月、オーチャードホール)、アンダルシア・フラメンコ舞踊団『イマヘネス』('15年9月、東急シアターオーブ)に続いて3度目。最初にロシオ・モリーナの舞台で観たときからこの人は猛烈にカッコ良く、今回の公演でも私は彼の踊りを楽しみにしていた。

 ダビ・コリアはモスグリーンのジャケットを着て登場し、3つの椅子(2つにはカンタオールが座る)が置かれたステージで見事な舞いを披露した。反り返るほどに背筋を伸ばし、長い両腕をカマキリのように鋭く構える彼のバイレは、一挙一動が凄まじく絵になる。カンタオールのアカペラ歌唱とサパテアードで掛け合うくだりも緊張感たっぷりで素晴らしかった。彼自身の舞踊団の公演を是非とも一度観てみたいものだ。

 バイラオール4人によるこのソロ・コーナー(24分)は──ジャズ・ドラムとサパテアードの掛け合い場面などがあったにせよ──概ねフラメンコの様式を踏まえたもので、観客の反応もまずまずだった。伝統と革新のバランスという点では、この第4場がベストだったと思う。

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第5場〈¿Discutimos? 議論する?〉──この女性歌手の正体は……

 第5場では赤いドレスを着たエバのバイレや、ダンサーたちの群舞があった。構成要素が多くていまいち記憶が判然としないが、ひとつはっきり覚えているのは、頭にターバンを巻いた若い黒人女性歌手がドクロを手にして登場し、ソロ歌唱を披露したことである。彼女はそれ以前のいくつかの場面でも歌声を聴かせていたが、姿がはっきり確認できたのはこの場面が初めてだった(それまで彼女はステージ後方に登場していたようだが、1階10列目隅の私の席からは角度がキツくて見えなかった)。彼女は澄んだ可憐な声で、アフリカ、あるいはスペインの大地を思わせる穏やかな歌を聴かせた。誰、この人?

 調べてぶったまげた。彼女の名前はアラナ・シンケイ Alana Sinkëy。MJカヴァー集『Patax Plays Michael』(2015)で日本でもかなり話題になったスペインのラテン・フュージョン・ジャズ・バンド、パタックスでリード・ヴォーカルを務めていた女性である(パタックスを未聴の方には、YouTubeでまず「The Way You Make Me Feel」のパフォーマンス動画を視聴することをお勧めしておく)。当時はあまり気に掛けなかったが、今回の公演をきっかけにどんな人か調べてみると、彼女はギニアビサウ人の両親を持つアフリカ系ポルトガル人で、パタックスの他に、コスモソウル CosmoSoul というスペインのネオソウル・バンドで歌っていることが分かった。いやあ、びっくり。MJ曲を歌っていたネオソウル歌手が、エバ・ジェルバブエナの舞台に出ているのである。こういう風に繋がってくるから面白い。それほど出番が多かったわけではないが、出演者中、唯一のアフリカ系だった彼女は、スペインとアフリカを結ぶこの作品で非常に重要な役割を担っていた。

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第6場〈Y qué de soledades そして、なんという孤独〉

 クライマックスの第6場は、エバのソロ・バイレをたっぷりフィーチャー。公演プロモ動画を参照すると、過去公演ではカルメン・アマジャのような男装で踊っているが、今回の来日公演では普通に黒いドレス姿でのパフォーマンスだった。カルメン・アマジャ風の男装は、サラ・バラスのようにある程度背が高い細身の女性なら似合うが、エバのような小柄な女性は、やはりゆったりしたドレスの方が舞台映えすると思う。披露されたのは、彼女が得意とするソレアというフラメンコの代表的な曲種。叩きつけるような扇情的なリズムに乗ってスカートの裾をたくし上げながらサパテアードを踏むエバに、客席からも掛け声が飛ぶ。19分の熱演。最後はストレートにフラメンコの真髄を見せつけた。

 最後に出演者が横一列に並び、観客に挨拶。5分ほど拍手が続いたところで、エバが舞台袖から通訳の日本人女性を招き入れ、観客に向かって喋り始めた。予定外の行動だったらしく、適当なマイクが用意できなかったため、エバはカンタオールの一人から借りたヘッドセットマイクを手にしながら喋った。“心配しないでください。これから私は歌うわけではありません”。そう言って観客の笑いを軽く誘った後、エバはこの日の公演を、会場に来ている故フアン・ソト Juan Soto 氏──エバと夫パコ・ハラーナの仲を取り持ったという有名フラメンコ・ギタリスト('16年11月に他界)──の奥さんとお嬢さんに捧げます、と言った。本編83分+カーテンコール8分、計91分の公演だった。


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すっぴん(?)のエバ・ジェルバブエナ

 “すべての見かけを捨て、様式にとらわれることなく、踊る私自身をフラメンコだと感じてもらえるような表現”というエバの目標は達成されたのだろうか。1階席中央ブロックの観客を中心に、この日もスタンディング・オベーションは起きた。しかし、その喝采は、果たして本当にフラメンコの“仮面”を捨てた彼女に対して送られたものだったのだろうか。

 先述の通り、伝統的なフラメンコの様式から大きく逸脱した前半部で、観客は全くと言っていいほど無反応だった。彼ら(と言っても8割くらい女性客だが)の多くが反応したのは、もっぱら終盤で披露された“いかにもフラメンコ”という感じのパフォーマンスである。観客が支持したのは、フラメンコ魂を内に秘めたスキンヘッドのエバではなく、黒髪でフラメンコ・ドレスを着て踊る、飽くまで“フラメンカ”としてのエバ・ジェルバブエナだったように思う。それは基本的に私も同じだった。前日の『アイ!』では立ち上がって拍手をしたが、この日、私は最後まで座っていた。

「私はアフリカのことをすべてが生まれた、文化的にとても重要な地域だと感じるのです。アフリカの音楽には大地の香りがするし、その大地の要素はフラメンコにも通じるものです」(日本公演パンフレット)

 エバのこの発言に私は100%共感する。と言うのも、私はこれと全く同じことを、今年3月にブイカの来日公演でひしひしと感じたからである。アフリカ系スペイン人であるブイカは、アフリカの音楽要素とフラメンコを何の違和感もなく結びつけていた。アフリカとスペインどころか、ブイカの血は私たち日本人とも繋がっているのではないかと思うほど、そのパフォーマンスには普遍的な強い訴求力があった。“フラメンコ meets アフリカ”という今回の作品コンセプトに関して言えば、エバの表現は、残念ながらブイカの表現に遠く及んでいなかったと思う。スキンヘッドのカツラ、様々な衣装、小道具、プロジェクターなどを使った彼女のパフォーマンスより、私はブイカのたったひと声の方により強く心を動かされる。エバの表現はあまりにも観念的すぎた。

 しかし、“表現にとって大切なのは様式ではなく、誰かに何かを伝えて心を動かすことだ”という彼女の考えは本当に素晴らしいものだ。フラメンコは自由な表現が信条とも言われるが、その反面、日本舞踊と同じくらい保守的で閉鎖的な文化でもある。『仮面』はエバのコンテンポラリー・ダンス志向が悪い方に作用したと思うが、様式や伝統が重んじられるフラメンコの世界で果敢に挑戦をする彼女の姿勢には、惜しみなく拍手を送りたい。どんなに奇抜で突飛なことをやろうと、“誰かに何かを伝えて心を動かすこと”を信念とする限り、私はエバ・ジェルバブエナの芸術を支持し続ける。


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エバ・ジェルバブエナ来日公演 2017
【東京公演】
9月16日(土)16:00開演 『¡AY! アイ!』
9月17日(日)15:00開演 『Apariencias 仮面』
Bunkamura オーチャードホール
S席13,000円/A席11,000円/S席2演目セット券24,000円
【兵庫公演】
9月20日(水)19:00開演 『¡AY! アイ!』
兵庫県立芸術文化センター KOBELCO大ホール
A席10,000円/B席8,000円/C席6,000円/D席4,000円/E席3,000円






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