2017 09123456789101112131415161718192021222324252627282930312017 11

PREV | PAGE-SELECT | NEXT

≫ EDIT

Nat King Cole──自然の子



 クレイグ・マクディーンが撮影した美しいスーツ姿のベンジャミン・クレメンタイン前回記事参照)を眺めるうち、ナット・キング・コールを思い出した。スクリーミン・ジェイ・ホーキンスやジャン=ミシェル・バスキアを彷彿させる佇まいのベンジャミンだが、彼はナット・キング・コールの無頼版のようでもある。

 ナット・コールの代表曲「Nature Boy」(1948)は、いかにもベンジャミンが歌いそうな曲だ。説話風の啓示的な歌詞と魔法のように美しいメロディを併せ持つこの名曲は、これまで数多くの歌手に歌われてきたが、ベンジャミンほど相応しい歌い手はいないのではないか。遅かれ早かれ彼はこの曲を取り上げると思うので、ここであらかじめ歌詞を訳しておきたい。




 Nature Boy
 (eden ahbez)
 
 There was a boy
 A very strange enchanted boy
 They say he wandered very far
 Very far
 Over land and sea
 A little shy and sad of eye
 But very wise was he
 
 若者がいた
 実に不思議な若者だった
 海山かけてどこまでも
 どこまでも
 彷徨ったそうな
 うつぶした悲しげな目
 だがとても賢い男だった
 
 And then one day
 A magic day he passed my way
 And while we spoke of many things
 Fools and kings
 This he said to me
 "The greatest thing you'll ever learn
 Is just to love and be loved in return"
 
 ある日のこと
 彼と巡り合わせた
 愚者から王者のことまで
 語り合ううち
 彼はこう言った
 「この世で一番の幸福とは
  愛を捧げ 愛に与ること」
 
 "The greatest thing you'll ever learn
 Is just to love and be loved in return"
 
 「この世で一番の幸福とは
  愛を捧げ 愛に与ること」


NatureBoy2.jpg
エデン・アーベ(左)とナット・キング・コール(右)。'48年6月、CBSのTVトーク番組〈We The People〉出演時。両者はここで初めて顔を合わせた

 世にも美しい「Nature Boy」を作ったのは、イエス・キリストのような風貌をしたエデン・アーベ eden ahbez(1908〜1995)という風来坊のおっさんである。東洋の神秘主義に傾倒し、長髪に髭面、白いローブにサンダル履きという出で立ちで、'40年代からカリフォルニアで自然回帰生活──野宿とも言う──を送っていたアーベは、ヒッピーの元祖とも言われている。大文字表記に値する言葉は“God(神)”と“Infinity(無限大)”だけであるという理由から、彼は自分の名前をすべて小文字で記すような男だった。

 ロサンゼルスのレストランでピアノ弾きをしていたアーベは、'47年に自作の「Nature Boy」をナット・キング・コールに売り込んだ。コールのロサンゼルス公演の際、アーベは舞台裏へ行き、コールのマネージャーに“彼に渡してくれ”と言ってボロボロの譜面を差し出したが、相手にされず(そりゃそうだろう)、仕方なくコールの付き人にそれを託した。譜面を見たコールが曲を気に入り、コンサートで披露すると「Nature Boy」はたちまち評判になった。レコード化が決まり、作者の承諾を得るべくコールたちが所在不明のアーベを探したところ、彼はロサンゼルスの山の斜面にある有名な“HOLLYWOOD”の看板の最初の“L”の文字の下で野宿していたという。コールのレコードの爆発的大ヒット(7週連続全米1位)によって、アーベは一躍時の人となった。その後も彼は「Land Of Love (Come My Love And Live With Me)」(1949)という、いかにも「Nature Boy」の二匹目のドジョウを狙ったような曲をコールに提供している(そちらは見事にコケた)

NatureBoy3.jpg
Eden's Island: The Music Of An Enchanted Isle
LP: Del-Fi Records DFLP-1211, 1960 (US)

Eden's Island / The Wanderer / Myna Bird / Eden's Cove / Tradewind / Full Moon / Mongoose / Market Place / Banana Boy / The Old Boat / Island Girl / La Mar

Full album streaming on YouTube

 「Nature Boy」1曲で歴史に名を残すエデン・アーベだが、実は生涯でたった1枚だけ自分名義のアルバムを発表している。リッチー・ヴァレンスの在籍やサーフ・ミュージックで知られるハリウッドのレーベル、Del-Fi Recordsから'60年に出た『Eden's Island』がそれだ(大文字表記に値する言葉は“God”と“Infinity”だけと言いながら、ジャケに思い切り“EDEN AHBEZ”と書いてあるのはどういうわけか)。異国情緒漂うマリンバ、フルート、パーカッションや、様々な自然の効果音が入ったラウンジーなオケに、アーベの青くさい歌声やビートニク風情の詩の朗読が乗った奇妙な代物だが、ボヘミアン感覚溢れる摩訶不思議で幻想的な音世界は、さすが「Nature Boy」の作者と唸らせるものがある。一般的にはエキゾチカに分類されているが、むしろムーンドッグなどと同じアウトサイダー・ミュージックの系譜に連なる作品だろう。Del-Fi Records社長のボブ・キーンによると、当時このアルバムは500枚も売れなかったという(そりゃそうだろう)。6曲目「Full Moon」は、ディミトリ・フロム・パリ制作のキャロル・ロール「Passe De Toi」(1996)でサンプリングされていた。Island時代のトム・ウェイツが好きな人、放浪癖のある人、奇人変人に興味がある人には必聴と言っておきたい。時代を超えて妖しい光を放つ、ジャケ通りの神盤だ。

 '60年代後半にはブライアン・ウィルソンやドノヴァンとの交流もあったようだが、その後は音楽界で名前は聞かれず、結局、エデン・アーベは'95年に交通事故でこの世を去った。享年86歳。

NatureBoy4.jpg
16世紀のポーランドの宮廷道化師を描いたヤン・マテイコ「スタンチク」(油彩/1862)

 後年、エデン・アーベは「Nature Boy」に関してこんなことを言っていたという。

「若い頃、私は神を捜し求める少年に想いを馳せた。年老いた今、私は少年を捜し求める神に想いを馳せる(When I was young I dreamed of a boy searching for God. Now I am old and I dream of God searching for a boy)

 この発言は、「Nature Boy」の歌詞に“愚者(fools)”と“王者(kings)”が登場する点とあわせて興味深い。

 “王者”と対比される“愚者”は、単なる愚か者ではなく、中世ヨーロッパの王侯貴族に雇われていた職業的愚者=宮廷道化師(jesters)を指していると思われる。彼ら道化たちは、小噺、冗談、歌や音楽、曲芸、奇術などの様々な芸で主人たちを楽しませた。また、その愚かしさゆえ、彼らは王家への批判(揶揄、毒舌)を含む自由な言動をある程度まで許されていたという。鋭い洞察力と歯に衣着せぬ物言いで支配者層を笑い飛ばした道化たちは、“王様は裸だ!”と叫んだあの小さな子供とよく似ている。“バカには見えない布”が見えなかった子供は、まさに(社会的な)“愚者”だからだ。

 神を求める若者(≒少年)の心には、必ず権力への意志が潜んでいる。物事の真理を解き明かし、掌握することによって強くなりたいのである。“子供(少年)”を“愚者”の仲間とするなら、究極の力である“神”は“王者”の仲間と言えるだろう。しかし、その“神”は胡散くさい。本当の神はどこか別のところにいるのではないか。かつて神を捜し求めた青年アーベは、年老いて、子供や愚者──彼らは端から神など求めていない──の自由な精神の中にこそ、真の神性を見出したのかもしれない。


神話の伝承者たち

NatureBoy5.jpg
ナット・キング・コールズ

 オリジナルのナット・キング・コール版は、不思議な体験談をそっと語り聞かせるような親密な歌唱と、繊細で優美なピアノのタッチがとにかく素晴らしい。語り口は飽くまで柔和でありながら、同時に深遠な響きがある。レコード化以前にステージで披露し、全く知られていない曲にもかかわらず観客を魅了したという話も頷ける。ナット・コールはまるで魔法使いだ。まさにスタンダード(標準、手本)と言うべき決定的なヴァージョンである。

 前にも書いたことがあるが、ナット・コール版の他に「Nature Boy」で私が好きなのは、『Out Of Sight』(1964)収録のジェイムズ・ブラウン版である。女性の裏声コーラスが妖しく響くエキゾチックで優美なリズム&ブルース編曲、ベルベットのように艶やかなJBの歌声、いずれも魔法がかっている(編曲者は「Prisoner Of Love」「It's A Man's Man's Man's World」と同じサミー・ロウ)。比較的新しいところでは、映画『ムーラン・ルージュ』(2001)のサントラに提供されたマッシヴ・アタック版が印象深い。そこで歌唱を担当したデヴィッド・ボウイは、かつてヒッピー時代に“「Nature Boy」外伝”といった趣の「Wild Eyed Boy From Freecloud」(1969)という歌を作っていた。寂寥とした彼の歌唱とマッシヴ・アタックの歪んだダブ音響には、まるで太古の神話を蘇らせるような幽玄さがある。

NatureBoy6.jpg
ベンジャミン・クレメンタインズ(「I Won't Complain」より)

 「Nature Boy」を歌う者は、歌手である前に語り部でなくてはならないと思う。ベンジャミン・クレメンタインはまさにそういうタイプの歌手だし、彼はエデン・アーベの世俗離れしたボヘミアン気質と、ナット・キング・コールの気品を兼ね備えた男でもある。マーシャ・ヴァシュコヴァ監督(「I Won't Complain」「Phantom Of Aleppoville」)は、ベンジャミンのことをずばり“神話の伝承者”と評した。彼ならコール版の域に達することができるはずだ。

 現在、ベンジャミンは“放浪の旅(The Wandering Tour)”と題した世界ツアーを行っている。その旅がもし「Nature Boy」によって締め括られたら、どれだけ素晴らしいだろう。あるいは、彼はいずれ何らかのテーマを持ったカヴァー集を作るかもしれない。そこで取り上げるのも良いだろう。彼が「Nature Boy」を歌う日を私は楽しみに待っている。


【参考文献】
eden ahbez - Wikipedia
A Strange Enchanted Boy | EDEN'S ISLAND




関連記事:
Benjamin Clementine──哀悼(2014.12.23)
Benjamin Clementine──ヴードゥーの子(2015.02.06)
Benjamin Clementine──礎石(2015.02.23)
Buika──シャーデー大賞2015(ベンジャミン、惜しくも受賞ならず)(2015.12.30)
Benjamin Clementine──倫敦(2016.01.06)
Benjamin Clementine──トランプの黙示録(2017.02.05)
Benjamin Clementine──ネメシス(因果応報)(2017.02.15)
Benjamin Clementine──さらば(2017.03.01)
Benjamin Clementine──アレッポヴィルの怪人(2017.06.14)
Benjamin Clementine、'17年9月に新作リリース(2017.06.29)
Benjamin Clementineの放浪の旅(2017.07.11)
Benjamin Clementine──文句はない(2017.07.17)

| Man's Man's Man's World | 04:45 | TOP↑

PREV | PAGE-SELECT | NEXT