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Buika @ Sumida Triphony Hall 2017



 ブイカのコンサートを再び観た。

 大感動のブルーノート東京公演から3日後の'17年3月7日(火)、今度は錦糸町のすみだトリフォニーホールで“シンフォニック・スペシャル・ナイト”と題された彼女の特別公演が行われた。

 通常のバンド編成でのツアーと並行して、ブイカは'12年から世界各地で現地オーケストラと共演する〈Sinfónico〉というコンサートを断続的に行っている。その日本版となる今回の公演で彼女と組んだのは、会場のすみだトリフォニーホールを本拠地とする新日本フィルハーモニー交響楽団。'72年に小澤征爾によって創設され、クラシック分野での活動の他、イングヴェイ・マルムスティーンとの共演や、ジブリ映画(『千と千尋の神隠し』『ハウルの動く城』『崖の上のポニョ』)の劇伴などでも知られる多彩な表現力を持つオーケストラだ。

 ブイカ・バンドによる前菜的な第1部、ブイカ・バンドと新日本フィルが共演するメインディッシュの第2部、そして、デザートと言うにはあまりにも濃密で感動的だったアンコール。スペインの“ソウルフード”=フラメンコをベースにしたブイカの音楽を、特別仕立てのフルコースで味わうような大変に贅沢なコンサートだった。


第1部:ブイカ・バンド

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すみだトリフォニーホール、開演前のブイカのステージ(私は1階3列目で鑑賞)

 すみだトリフォニーホールの大ホールは約1,800人収容。パイプオルガンも備えた立派なコンサート・ホールだ。9,000円のブルーノート東京公演に対して、トリフォニーホール公演はフル・オーケストラ付きにもかかわらず、S席6,000円/A席5,000円という大変に良心的な料金設定だったが、場内には空席も目立ち、客の入りは多く見ても7割程度という感じだった。日本でのブイカの知名度を考えれば、それでもこの集客は大健闘だと思う。客層はブルーノート公演よりも幅広く、およそ30代から70代まで、ほぼすべての世代の人たちが観に来ていた。今回の来日公演の集客には、直前の3月3日にあったNHK〈あさイチ〉への生出演がかなりの効果を上げたように思われる。

 ステージにはハープや打楽器も含むフル・オーケストラの準備がしてあり(ピアノはない)、その手前にカホン1台とベース(アップライトとエレキ)が置かれたブイカ・バンド用のこぢんまりとしたスペースがある。あれ、ドラム・セットとキーボードがない……。第1部がブイカ・バンドのみの演奏、第2部がバンドとオーケストラの共演ということは事前に告知されていたが、バンドがブルーノート公演よりも縮小されたものだということは、開演前の会場で実際にステージを眺めて初めて分かった。一体、どんな内容になるのか。19時過ぎ、コンサートはほぼ定刻通りに開演した。

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ブイカ・バンドによる第1部の演奏。6弦エレキ・ベースを弾くあんたは誰?

 まずバンドの男たちが登場し、ブイカなしで演奏を始めた。バンドの構成は、カホン、フラメンコ・ギター、エレキ・ベースの3人。ブルーノート公演時にいたドラム兼カホン、トロンボーン兼キーボードの2人が不在。カホンは同じくラモン・ポリーナ、ギターはヘスス・デ・ロサリオだが、驚いたことに、ベース奏者はブルーノート公演のホスエ・ロンキオではなく、スキンヘッドの謎のオッサンに替わっていた。会場で無料配布されたパンフレットには、なぜかベース奏者のクレジットだけない。謎のスキンヘッド男は6弦エレキ・ベースを使い、ホスエ・ロンキオと似たようなジャズ・フュージョン調の演奏をする。あんた一体、誰? なぜロンキオと入れ替わる必要があるのだ?

 演奏開始から2分ほど経ってブイカが登場すると、場内は大きな拍手で包まれた。上半身に鮮やかな赤い刺繍が入ったスペイン調のゴージャスな黒いロングドレスは、クラシックのコンサート・ホールの上品な雰囲気によく合っていた。ブルーノート公演と同様、彼女はマイクスタンド前に敷かれた専用の絨毯の上に裸足で立つ。

 オープニングは、ベスト盤『En Mi Piel』(2011)で発表され、後に再録音版が5thアルバム『La Noche Más Larga』(2013)冒頭に収録されたブイカの自作曲「Sueño Con Ella」。私が観たブルーノート公演の2ndショウではやらなかった曲だ1stショウではこれが幕開け曲だった)。南国感漂うメジャー調の爽やかな演奏に乗って、控え目ながらも訴求力たっぷりのハスキーな歌声を聴かせるブイカ。力を入れて熱唱せずとも、彼女は声の深みだけで聴く者を十分に魅了する。

 1曲目を終えて“オハヨウゴザイマス”とブイカが挨拶すると、客席から笑いがこぼれた。“この時間にまだそう言うのか分かりませんが、私にはこれしか覚えられませんでした”と英語で続ける。“オハヨウゴザイマス”という挨拶はブルーノート公演でも観客にウケていた。常識的には確かに変だが、“おはようございます”は、人の出入りが24時間ある職場で昼夜に関係なく使う挨拶でもある。出勤してきたみたいで面白いし、この挨拶は彼女の陽性なキャラにも合っている。“コンバンハ”という日本語は覚えない方がいいかもしれない。

 2曲目は、ブルーノート公演でも披露された「Pizzica Di Torchiarolo」。イタリアのサレント地方の民謡をルンバ・フラメンカ調にアレンジしたこの新レパートリーは、トリフォニーホール公演でも観客の反応が非常に良かった。トロンボーン奏者が不在のため、間奏のソロはすべてギターが担当。スタジオ録音は一体どんな出来になるのだろう。この曲は次回作でシングルにしても良いのではないか。

 “恋の悲しみを歌います。恋は悲しく、盲目です”という曲紹介に続いて、3曲目は代表曲「No Habra Nadie En El Mundo」。そして、立て続けにもう一発、必殺のアフロキューバン・フラメンコ曲「Jodida Pero Contenta」が披露されたのだが……終盤でブイカがバンドの演奏と1小節ズレてしまい、肝心のリフレイン部分(“Tonta, todo en la vida se paga”)が決まらなかった。演奏中に拍の感覚が狂うことは時々ある。一旦、拍がズレて聞こえてしまうと、そう簡単には直らない。1拍や半拍ズレることはよくあるが、このときは1小節という何とも奇妙なズレ方だった。結局、最後はバンド側が強引にブイカのタイミングに合わせて曲を終わらせた。観客からは大きな拍手が送られたが、この日の「Jodida Pero Contenta」は残念ながらイマイチだった。

 演奏を終えると、“アリガトウ。また数分後にお会いしましょう”と言ってブイカはにこやかにステージを後にした。みじかっ。全4曲、21分。第1部はあっという間に終わった。

 ブイカのアフロ・スパニッシュな持ち味がさらりと披露された第1部。もちろん悪くはなかったが、3日前にブルーノート東京で喰らった白熱のフルバンド・パフォーマンスに較べると、あまりにもあっさりした内容だった。バンドは3人しかいないし、ブイカ自身も6〜7割くらいの力で流しているような印象だ。全然、食い足りない。もっとも、今回の公演の目玉がオーケストラと共演する第2部であることを考えれば、第1部はこれくらいの軽さで丁度良かったのかもしれない。ブルーノート公演と同じ演奏をここで聴かせていたら、第2部が霞んでしまっただろう。メインディッシュへの期待を募らせる、まさに“前菜”という感じの第1部だった。


第2部:ブイカ・バンド+新日本フィルハーモニー交響楽団

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ブイカ・バンドと新日本フィルハーモニー交響楽団

 20分の休憩を挟んで、第2部。
 
 オーケストラ団員がずらりと揃ったステージに、まずコンサート・マスターのヴァイオリン奏者、西江辰郎氏が登場。久しぶりに生で聞くオーケストラのチューニングの響きに胸が高鳴る。続いて、カホンのラモン・ポリーナとギターのヘスス・デ・ロサリオが再登場。オーケストラと共演するというのに、ジーンズの普段着のままだ。最後に、きちんとした身なりの男が現れた……と思ったら、さっきの6弦ベースの男! 第1部ではノータイだったが、第2部では黒スーツに黒い蝶ネクタイを締めた正装風の恰好で現れた。彼の正体は、パンフレットに“指揮”としてクレジットされているトニ・クエンカという人物だった(“ベース”とは書かれていなかった)

 そのクエンカがステージ中央の指揮台でタクトを振り、オーケストラの優美な序奏に続いて、コントラバスがマイナー調のお馴染みのベース・ラインを奏で始めた。ブイカの出世作となった'06年の2ndアルバムの表題曲「Mi Niña Lola」。イントロの物悲しいフラメンコ・ギターのメロディに乗って、第1部と同じ黒ドレスを着たブイカが再びステージに現れた。

 「Mi Niña Lola」は、ペペ・ピントというスペインのフラメンコ歌手が'30年代に歌ったコプラ──伝統的なフラメンコとは異なる、ゴージャスなオーケストラ演奏を伴った'30〜'50年代のスペインの流行歌──のカヴァーである。ブイカはこの古典曲を、ボレロ(「Quizás, Quizás, Quizás」「Bésame Mucho」のようなしっとりとしたラテン歌謡)の流儀で鮮やかに現代に蘇らせた。ストリングスはペペ・ピントのオリジナル版でもブイカのスタジオ録音版でも使われていたが、今回の公演ではフル・オーケストラの編曲が施され、より色彩豊かでドラマチックな音世界が広がる。オーケストラとの共演はジャズやポップスの世界で昔からの定番企画だが、「Mi Niña Lola」から始まるブイカの〈Sinfónico〉コンサートには、スペインの古き良き大衆歌謡であるコプラの再現・再解釈という意味合いもあるように思う。

 ブイカ・バンドの音はマイクを通して電気的に拡声されているが、オーケストラの音はスピーカーではなく、(ハープを除いて)すべてステージから直に聞こえてくる。クラシックのコンサートに滅多に行かない私は、まずその生音の繊細さと音の立体感に心を奪われた。フル・オーケストラをバックにしても全く存在感の揺るがないブイカのヴォーカルも素晴らしい。リラックスした第1部とは明らかに異なるテンションで、彼女はスペインの古い歌謡曲を情熱的に歌い上げた。メインディッシュはやはり一味も二味も違う。

 挨拶代わりの「Mi Niña Lola」の後、2曲目「Nostalgias」で、観客は今回のオーケストラ共演の真価を知ることになった。同じくブイカの定番レパートリーであるアルゼンチン・タンゴの古典曲(『Buika』『Mi Niña Lola』収録)。ギターのしっとりとしたソロから始まり、ブレリア形式のフラメンコ演奏がオーケストラの魔法のような音色でどんどんスケールを増していく。冒頭の「Mi Niña Lola」は元の編曲に丁寧に彩色を加えた感じだったが、「Nostalgias」はオーケストラの肉付けがより大胆で、新たな音色とカウンター・メロディが曲を完全に別次元へ引き上げていた。壮大なスケールの演奏に後押しされ、ブイカの歌声にも更に熱がこもる。第1部では歌唱に粗さも散見されたが、第2部では高い集中力でさすがの名唱を聴かせる。凄い。途中で私は涙が出そうになった。本領発揮の「Nostalgias」が終わると、客席からは1曲目「Mi Niña Lola」のとき以上の大きな拍手喝采が沸き起こった。

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オーケストラ編曲/指揮/ベース演奏のトニ・クエンカ

 オーケストラ編曲は指揮者のトニ・クエンカによるもの。ブイカが〈Sinfónico〉の公演を行うときは、必ず彼が指揮台に立つようだ。時にブイカとバンドのパフォーマンスを引き立て、時に強く主張してオーケストラ・サウンドの醍醐味を味わわせるクエンカの編曲は、様々な点でバランスが取れた素晴らしいものだった。

 トニ・クエンカは、ジャズとクラシックを股に掛けた活動を行っているバルセロナ生まれのジャズ・フュージョン系ベーシスト。ブイカと同じマヨルカ島出身の歌姫、マリア・デル・マール・ボネット Maria del Mar Bonet の芸能生活40周年記念作『Bellver』(2010)や、パコ・デ・ルシアのバンド・メンバーとして知られるフルート/サックス奏者、ホルヘ・パルド Jorge Pardo の'11年のコンサートでも同様のオーケストラ編曲を手掛けている。調べてみると、彼は、ブイカが無名時代にヴォーカルで参加した『キロメートル・ゼロ(Km. 0)』(2000)というスペイン映画のサントラ(マヨルカ島出身の鬼才アーティスト、ホアン・ビビローニ Joan Bibiloni が担当)内の1曲「Room 200」でアップライト・ベースを弾いていた。これまでブイカのアルバムには参加していなかったが、両者の交流は意外と長いのかもしれない。

 2曲目「Nostalgias」はサウンドのスケール感も圧巻だったが、もうひとつ観客の度肝を抜いた点があった。冒頭の「Mi Niña Lola」で指揮に専念していたトニ・クエンカだが、「Nostalgias」になると再び6弦エレキ・ベースを手にし、第1部と同じようにバンドの一員として演奏を始めた。観客側を向いてしばらくベースを弾いた後、オーケストラが入ってくる部分になると、彼はくるりと後ろを向き、左手でベースを弾きながら、右手でオーケストラを指揮し始めた。ハンマリング(フレットに強く指を叩きつけて音を出す奏法)だけで無理やりベース演奏を続け、同時にオーケストラに向かって右手を振るのである。なんじゃそれ(笑)。エレキ・ベースを弾きながらオーケストラを操る指揮者なんか見たことない。彼は多くの曲で同様の二刀流パフォーマンスを見せた。そこまでしてベースを弾くか? ベース演奏は素直にブルーノート公演のときのホスエ・ロンキオに任せ、自分は指揮に専念した方が良いのではないか? そう思った観客は私だけではないだろう。クエンカの明らかに無理のあるベース兼指揮のパフォーマンスは、この公演の大きな見所(?)のひとつだった。

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魂を揺さぶるブイカの歌声

 オリジナル版とは異なる12/8拍子の緩やかなビートに乗ってブイカがブルージーなスキャットを聴かせた「The Key (Misery)(『Vivir Sin Miedo』収録)、故郷マヨルカ島のトラムンタナ山脈を歌ったと思しき小曲「Tramuntana(アルバム未収録曲)に続き、“フラメンコの伝統的なリズム、ブレリアをお聞かせします。皆さんもきっと気に入りますよ”という曲紹介で始まったミゲル・リオスのカヴァー「Santa Lucía(『La Noche Más Larga』収録)では、オーケストラ演奏と同時に、ギター、カホン、ベースだけのフラメンコ感溢れるバンド演奏をたっぷりフィーチャーし、観客から再び大きな拍手を浴びた。“ファースト・キスの思い出です”と紹介されたパット・メセニー作品のスペイン語カヴァー「In Her Family(デジタル配信版『La Noche Más Larga』にボーナス収録)も、ハープを中心とした演奏で美しく聴かせる。ここまでが第2部の前半という感じか。

 “スペインの'30年代の伝統的なコプラです”という曲紹介で、7曲目は「La Falsa Moneda(『Niña De Fuego』収録)。スペインに渡って大成したアルゼンチン出身の女優/歌手、インペリオ・アルヘンティーナ Imperio Argentina(1910〜2003)の古典曲。コプラのカヴァーは、セットリスト上で要となる3箇所──幕開け、中盤7曲目、アンコール──に置かれ、コンサート全体の柱のような役割を果たしていた。歌手ブイカの礎となったこうした古典コプラのエッセンスが、往時を偲ばせる華麗なオーケストラ編曲で味わえるのが今回のコンサートの大きな醍醐味だろう。

 異色だったのは、続いて披露された「Soledad」。“孤独について歌いましょう。それは時に辛く、時に安らぎを与えてくれます。必ずしも悪いものではありませんが、良いとも限らない。孤独とはそういうものです”というブイカの紹介で始まったこの曲。パンフレットに記載されたセットリストを見て、5thアルバム『El Último Trago』収録のチャベラ・バルガスの曲かと思っていたら、全くの別曲だった。歌詞もメロディも全然違う。木琴が奏でるループ感覚のリフと、ブレイクビーツ風の生ドラム・ビートを軸にしたミッドテンポの雄大な曲。オリジナル曲なのか、それとも誰かのカヴァーなのか。オーケストラ団員が叩くドラム・ビートと、ラモン・ポリーナが叩くカホンのビートの噛み合い方が悪かったが、生オーケストラでトリップホップをやったような面白い演奏だった(ブイカのFBやインスタでこの曲のリハーサル映像が公開されている。本番ではもっとシンコペーションを強調した不自然なビートだった。リハの方が断然良い)

 コプラの再現にとどまらない野心的な演奏は、続く「Lascia Ch'io Pianga(アルバム未収録曲)でも聴かれた。ヘンデルのオペラ『リナルド』(1711)の有名なアリア「私を泣かせてください」を大胆に編曲したものだ。ブイカは美しいメロディを切々と歌い、オーケストラは本分のクラシック演奏を生き生きと行う。リズム・アレンジも面白い。前曲からの繋がりを感じさせるカホンによるブレイクビーツ風の4拍子ビートは、中盤になると12/8拍子に変わってフラメンコ度を増し、最後に再び元の4拍子に戻った。クラシックとフラメンコとヒップホップの要素が無理なく融合した素晴らしいパフォーマンス。私はこれ(と「Nostalgias」)にベスト編曲賞を贈りたい。三連のフラメンコ・ビートを生き生きと叩くラモン・ポリーナが、タメの利いたファンキーな4拍子ビートになると途端に精彩を欠くのが興味深い。フラメンコのリズム感覚がアメリカの黒人音楽のそれとは全く異なることを改めて感じさせる1曲でもあった。

 コンサートの最中、ブイカは英語で頻繁にMCをした。中でも、終盤にあった以下の話は特に印象深いものだった。

「教会の聖歌隊で神様のために歌っていた頃、私は周りから“声が汚い”と言われました。あるとき先生が“犬みたいな声で歌ってるのは誰だ?”と言うと、皆が私の方を振り向きました。それで犯人が自分だと分かりました。私はとても悲しかったです。自分は神様のために歌う資格がないんだと思いました。でも今、こうしてステージに立ち、皆さんが私の歌声や演奏に耳を傾けてくれています。今にして“あの先生はおかしかった。正しいのは自分だった”と思います(笑)」

 ここで客席から大きな拍手が起きたのは言うまでもない。この話に続いて歌われたのは「En El Nom De La Pau」という穏やかなフォーク調の曲(アルバム未収録曲)。タイトルはカタルーニャ語で“In the name of peace(平和の名のもとに)”の意味だが、検索しても曲の出自は分からない。上記のブイカのMCは、“平和について歌いましょう。(客席をあちこち指差しながら)ここにも、そこにも、あそこにも、そこかしこに平和が溢れています。私は悲しい思いをしていました……”という話から繋がったものだった。

 次の曲が始まる前、ブイカはこの話の続きのようなことを語った。

「自分について人が言うことは時に真実ではありません。自分のことを他人はとやかく言いますが、何が真実か、自分が何者か、自分が何をすべきかは自分自身がよく知っています。人が何と言おうと、自分がやるべきと思うことをやるべきです。これが私の意見です」

 穏やかな口調でそう語った後に披露されたのは、ドリーム・アカデミー、ベック、ズッケロらのカヴァーでも知られる英バンド、ザ・コーギスの'80年のヒット曲「Everybody's Got To Learn Sometime(アルバム未収録曲)。ゴージャスなオーケストラ演奏を伴ったブイカの力強い英語歌唱は、まるで'60年代のニーナ・シモンのレコードを生で聴くようだった。考えてみれば、ニーナ・シモンはクラシック畑出身の人である。オーケストラの演奏や、強い信念のこもったMCの言葉を通して、ニーナとブイカのイメージがピタリと重なった。

 最終曲は、お待ちかねの「Siboney(『La Noche Más Larga』収録)。“腰を振りましょう。ほんのちょっとだけ。はしたなくならないよう、エレガントにね(笑)”という前振りで始まったキューバのこの大スタンダード曲は、ブルーノート公演の激烈な高速アフロキューバン・フラメンコ版ではなく、オーソドックスなミッドテンポのルンバ編曲で披露された。演奏時間も短く、ちょっと物足りない気もしたが、ブイカの伸び伸びとした歌声や、パーカッションも入った華やかで乗りの良いオーケストラ演奏は、まさにコンサートの締め括りに相応しいものだった。演奏後、場内は大きな拍手喝采で包まれた。

 ここで終わっても十分に素晴らしいコンサートだったが、しかし、ブイカはまだ100%の力を出し切っていたわけではなかった。この後、彼女は会場中を熱狂と感動の渦に巻き込むことになる。


アンコール:ブイカ・バンド+新日本フィルハーモニー交響楽団+観客

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手振りを交えて歌うブイカ

 すみだトリフォニーホール公演の最後の数分間は、私にとって生涯忘れ得ない音楽体験のひとつになった。

 観客の大きな拍手に応えて、オーケストラ団員が残ったままのステージに、ブイカと3人の男たちが再登場。パンフレットのセットリストに記載されていなかったアンコール曲が演奏されることになった。“またお会いできることを祈って、私が小さい頃によく聴いたララバイを歌います”と言ってブイカが歌い始めたのは、ブルーノート公演でもラストを飾った「Ojos Verdes(『Mi Niña Lola』収録)。スペインの往年の大歌手、コンチャ・ピケールが歌った有名なコプラだ。

 ブルーノート公演のときと同じく、アカペラで1番を歌った後、カホン、ギター、ベースの緩やかな演奏に乗って2番が歌われる。トニ・クエンカは、ステージ中央にずっと置かれたままだったアップライト・ベースをここで初めて弾いた。オーケストラの伴奏はなく、新日本フィルの団員たちは何もせずにブイカ・バンドの演奏をじっと見ている。2番の結びの一節を繰り返して、曲は陽気なチャチャチャ調に変わる……はずだったが、そこでブイカは突然、カホンのラモン・ポリーナの方を振り向き、“Mari Carmen!”と言った。指示を受けたポリーナが、とっさにそれまでとは違うアップテンポのビートを叩き始めた。ブイカは何か予定外のことを始めたようだった。

「公式なショウはこれで終わりです。ここからはクレイジーにいくわよ」

 ブイカのこのひとことで、場内はドッと沸き上がった。

 「Ojos Verdes」を中断して彼女が始めたのは「Te Camelo(『Mi Niña Lola』収録)だった。「Mi Niña Lola」と同じペペ・ピントが歌った'30年代の古いフラメンコ曲。ブイカがラモン・ポリーナに向かって言った“Mari Carmen”は、同曲の歌詞に登場する女性の名前である。ブイカはこれを曲の合図にしているのだ。

 ブルーノート公演のときと同じアップテンポのルンバ・フラメンカ版での演奏。カホンのビートをバックにブイカがジプシー音階のシンプルなリフをスキャットで口ずさむと、ギターとベースがすぐにそれに合わせた。バンドの演奏に乗って、ブイカは手拍子をしながら、それまでの1.5倍くらいの声量で歌い始めた。なんの遠慮もない剥き出しのカンテが場内に大音量で響き渡る。上品なクラシックのコンサート・ホールが、まるで突然タブラオ(フラメンコのショウを見せる飲食店)に変わったようだった。品のいい高級フルコース料理の最後に、ブイカはいきなりガチなソウルフードを出してきたのだ。

 凄かったのはそれだけではない。この広い“タブラオ”には何十人というフル・オーケストラの団員がいる。ベース兼指揮のトニ・クエンカはブイカの意図を汲み、彼女がスキャットで繰り返す3音のリフを、その場でオーケストラに演奏するよう指示した。新日本フィルの団員たちは少し戸惑った表情を浮かべながらも、その3音を各自で適当に奏で始めた。弦楽器奏者の中には弓で弾く人もいれば、ピチカートで弾く人もいた。奏で方は人それぞれだが、彼らの音は徐々にリフとして形を成し、バンドの演奏と見事に調和した。

 全く先が読めないスリリングな展開が続く。ブイカがスカートの裾をたくし上げて歌うと、場内は更に沸いた。ブイカ・バンドと新日本フィルの即席アンサンブルに、最後に観客全員の手拍子が加わる。ブイカの圧倒的な歌声に導かれて、文字通り会場全体がひとつになっていた。予定調和的な通常のコンサートの盛り上がりとは違う、何かとんでもない高みに連れて行かれるような音楽体験。夢中で手を叩く私の脳裡には、ジェイムズ・ブラウンの'71年オランピア公演映像の終盤の光景が浮かんでいた。ジャンルは違うが、ブイカはJBと同じように、観客を一種のトランス状態に陥れていた。このときの騒然とした場内の雰囲気と、身が震えるような興奮は、とても言葉で伝えられるようなものではない。新日本フィルと観客を巻き込んだ即興版「Te Camelo」は、最後にブイカの合図で見事に締め括られた。

 「Te Camelo」が予定外のパフォーマンスだっただろうことは、様々な点から窺い知れた。私は1階3列目で観ていたが、前述の通り、新日本フィルの団員たちはかなり戸惑った表情で演奏していたし(同時に楽しそうでもあった)、ブイカの指示で「Te Camelo」に突入したとき、ベースのトニ・クエンカは曲のキーを見つけるのにちょっと手間取った。予定では「Ojos Verdes」を普通に演奏して終わりだったのではないだろうか。これについては新日本フィルの団員の方に話を伺いたいところだ。譜面通りに演奏することが大前提のオーケストラを相手に即興をやったのであれば、全く大した度胸だと思うし、それにきちんと対応した新日本フィルもさすがである。

 演奏が終わった瞬間、観客がドワッと席から立ち上がった。ブルーノート公演と同じく、当たり前のようにスタンディング・オベーションが起きた。日本のシャイな観客が立ち上がって拍手をするというのは、並大抵の状況ではない。どんなに素晴らしいパフォーマンスを見せられても、座ったまま行儀良く拍手するのが日本の観客である。私が過去に体験した舞台公演でまともにスタンディング・オベーションが起きたのは、一昨年のシルヴィ・ギエムの引退公演('15年12月9日、川口総合文化センター)のときくらいだ。ギエムの引退公演──しかも、最終演目『ボレロ』が終わった後──でさえ観客全員が立ち上がるまでかなりの時間がかかったが、ブイカのときは演奏終了と同時に一斉に観客が立ち上がった。ブルーノート公演に続いて、あっさり日本人を立ち上がらせてしまったブイカは本当に凄い。

 ステージを去る際、ブイカはそれまで両耳に付けていた耳飾りを、最前列にいた女性客2人に片方ずつプレゼントした。何も説明はなかったが、ブルーノート公演のときと同じく、また日本に来られるよう願をかけたのだろう。一度ステージを去った後も、彼女はカーテンコールに応えて観客の前に姿を見せてくれた。彼女のクシャクシャの笑顔が忘れられない。第1部(21分)と第2部(74分)、合わせて95分の超絶品フルコースだった。


WHEN YOU'RE A GOOD GIRL, YOU DESERVE TO BE EVERYWHERE
──良い子はどこにでも出ていける


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すみだトリフォニーホール入口の公演ポスター

 夢のようだったブイカの初の単独来日公演。ブルーノート公演とすみだトリフォニーホール公演はそれぞれ全く異なる内容で、歌手としてのブイカのスケールの大きさ、懐の深さを実感できる大変に充実したものだった。どちらをもう一度観たいかと言えば、彼女のルーツであるフラメンコとアフロ要素を前面に出したブルーノート公演──ほぼ全編、トリフォニーホール公演のアンコール並みの全開モードだった──になるだろうが、そこにとどまらない冒険的な音の広がりを見せたトリフォニーホール公演も十分に魅力的だった。特にアンコール「Te Camelo」の興奮と感動は忘れられない。バンド、オーケストラ、観客のすべてを歌声ひとつで引っ張ったブイカには、間違いなく音楽の神が舞い降りていた。

 '16年10月のニューヨーク公演時に行われたインタヴューで“過去の作品に較べると最新作(『Vivir Sin Miedo』)はポップ寄りですね”と訊かれ、ブイカは“私は良い子だからどこにいてもいいのよ。分かる? 悪い子だったら相応しくない場所もあるし、付き合えない人たちもいるけど、良い子ならどこだって行ける。地獄だろうと天国だろうとね”と答えていたが、今回のブイカはまさにそんな感じだった。小さなジャズ・クラブだろうと、クラシックの大ホールだろうと関係ない。彼女はどんなステージにも立つことができる。何をやってもこの人はしっくりくるし、芯がぶれない。こういう人こそ“エレガント”と言うべきだと私は思う。

 ひとつ残念だったのは、これだけ素晴らしい歌手であるにもかかわらず、トリフォニーホール公演が満席にならなかったことだ。公演後、SNSでは“今までブイカを知らなかったけど、〈あさイチ〉で知って観に行き、大感動した”という声がいくつも見受けられた。公演直前にテレビで初めて知った歌手を観に行くというのも、なかなかスゴいことだと思う。ブイカの歌にはそれだけ訴求力があるということだろう。彼女は単に存在を知られていないだけなのだ。

 ブイカの最重要ルーツであるフラメンコは、昔から日本で(特に女性の間で)非常に人気が高い。映画『ジプシー・フラメンコ』(2013)のパンフレットには、朝日新聞記者の伊藤千尋氏(『「ジプシー」の幌馬車を追った──気ままな探検隊が見た自由を生きる東欧の民』という著書も持つ)によるこんな驚くような記述があった。

「実は、フラメンコを踊る人口が世界一多いのは日本だと言われる。本場のスペインより日本の方が数の上では圧倒的に多い。なぜ日本にこれほどフラメンコが受けるのかといえば、まさに“自由と解放”を求めるからではないか。日本の社会風土は個人を社会に縛り付けがちだ。約束事が多い日本舞踊やバレエと違って、フラメンコは自由な表現が信条だ。自由に生きたい、表現したいという欲求の強い人がフラメンコに走りがちだ」

 裏付けとなるデータが示されているわけではないので真偽は分からないが、日本人がフラメンコ好きであることは確かである。私自身、3年前にエバ・ジェルバブエナの来日公演(今年9月に待望の再来日!)で初めて生のフラメンコに触れ、破壊的な衝撃と感銘を受けた。ブイカは踊り手ではないし、正統的なフラメンコをやっているわけでもないが、日本には彼女の音楽に共鳴する人がたくさんいると思う。彼女には、たとえばフランスのZAZのように、オーチャードホールで3日間公演できるくらいのポテンシャルが十分にあるはずなのだ。

 トリフォニーホール公演は満席にならなかったが、今回のブイカのコンサートはいずれも大盛況だった。1年後くらいに再び招聘されてもおかしくないくらいの盛り上がりである。会場に足を運んだ人は、誰もがその内容に心から満足しただろう。私は何度でも観たい。ブイカの存在が日本でもっと多くの人に知られ、今後、彼女の来日公演が頻繁に実現することを願っている。


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無料配布の簡易パンフレット(A4白黒両面印刷二つ折り/表裏/拡大可)──解説は佐藤英輔氏。ここに掲載されている第1部の演奏曲目は大幅に変更された

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左:パンフレットとあわせて配布された改定版セットリスト(A4白黒コピー印刷/拡大可)──第1部が内容未定になり、第2部に「Everybody's Got To Learn Sometime」が追加されている
右:終演後、会場ロビーに立てられたアンコール曲の告知板──“Ojos”の綴りが間違っている。先述の通り、実際には「Ojos Verdes」に続けて「Te Camelo」が演奏された。「Te Camelo」が予定外の曲だったことは、この告知板に書かれていない点からも窺い知れる



PART 1: Buika band
01. Sueño Con Ella
02. Pizzica Di Torchiarolo
03. No Habra Nadie En El Mundo
04. Jodida Pero Contenta

PART 2: Buika band with New Japan Philharmonic
01. Mi Niña Lola
02. Nostalgias
03. The Key (Misery)
04. Tramuntana
05. Santa Lucía
06. In Her Family
07. La Falsa Moneda
08. Soledad
09. Lascia Ch'io Pianga
10. En El Nom De La Pau
11. Everybody's Got To Learn Sometime
12. Siboney
-encore-
13. Ojos Verdes - Te Camelo

Live at Sumida Triphony Hall, Tokyo, March 7, 2017
Personnel: Buika (vocals), Ramón Porrina (cajón), Jesus De Rosario (guitar), Toni Cuenca (bass, conductor), New Japan Philharmonic (orchestra)

Buika: Japan Tour 2017
March 4 - Blue Note Tokyo (2 shows)
March 7 - Sumida Triphony Hall, Tokyo


※アンコールの際、最前列でブイカから耳飾りを贈られた女性客のひとりが、公演後にその現物写真をインスタグラムに投稿していた(既に削除)。結構、高価そうだが……。ブイカは世界中の公演先で同じことをしているのだろうか。だとしたら、アクセサリーがいくらあっても足りない!

※ブイカの新作『Para Mí』が'17年5月12日に配信発売される。ブルーノート公演の2ndショウで披露されていた5曲の新レパートリーのうち4曲を含む全5曲入りEP。そのひとつであるマンサニータのカヴァー「Ni Contigo Ni Sin Ti」は、先行シングルとして4月28日に発売(YouTubeでフル試聴可)。




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