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マイケルの最強ショート・フィルム10選【第10位】

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 '09年6月25日でその生涯に幕を下ろしたマイケル・ジャクソン。今年の音楽界の最大の事件は、とにかくこの天才パフォーマーの急逝に尽きる。

 ファンの一人として何か彼を偲ぶ特集エントリーを書きたいと思い、テーマを考えた結果、やはり、'80年代にリアルタイムでマイケルに夢中になった自分にとって最も思い出深く、また、彼が私たちに残してくれた最大の遺産のひとつでもある一連のショート・フィルム作品群について書くことにした。今日から年末までの2ヶ月間、全10回にわたって集中的に彼のショート・フィルムに関する連載を行っていくので、彼の作品が好きな人には最後までお付き合い頂き、一緒にこの希代のエンターテイナー/アーティストを偲んでもらえればと思う。


 '81年8月にアメリカで開局した音楽専門チャンネル、MTVによって'80年代に急速に普及したミュージック・ヴィデオ(日本では“プロモーション・ヴィデオ”、略して“PV”。かつては“ヴィデオ・クリップ”という呼称が一般的だった)。現在でも大量に作られ、ポピュラー音楽にはもはや不可欠な要素となっているこの映像メディアの可能性を一気に押し広げ、ひとつの決定的なスタンダードを設定したのがマイケル・ジャクソンだった。
 彼はアルバム『THRILLER』('82年11月30日発売)からカットするシングル曲のヴィデオに、それまでの常識では考えられない莫大な手間と予算を掛け、一般的には音楽の販促材料でしかなかった音楽ヴィデオを、エンターテインメントとして第一級のレベルにまで押し上げた。彼の作品以降、あの手この手を駆使して様々に野心的な作品が作られるようになり、そこから多くの優れた映像作家も生まれるなど、音楽ヴィデオというジャンルは映像アートの世界を大いに活性化させていくことになる。一般の劇映画と同等のクオリティをヴィデオに追求したマイケルは、'91年『DANGEROUS』の頃から自身の作品を“ショート・フィルム”と呼ぶようになった。

 彼が残した名作ショート・フィルムの数々をこれから振り返ることにするが、さすがに全作品を取り上げるのは厳しいので、独断と偏見により10本に絞り込むことにする。題して“マイケルの最強ショート・フィルム10選(Top 10 Badass MJ Short Films)”。一般的な評価とはあまり関係なく、単純にマイケルがヤバかっこいいヴィデオを10本選び、適当に順位をつけた。歴史的な重要性や作品自体の完成度もある程度は考慮するが、常識的なランク付けをすると、私が最高だと思うマイケルが語れなくなる危険性があるため、予めこのような措置をとらせてもらう。

 それでは、バッドでデンジャラスでインヴィンシブルなマイケルのショート・フィルム、まずは第10位から見ていこう。


#10
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SCREAM (1995)
Directed: Mark Romanek

 『HISTORY』からの第一弾シングル('95年5月31日発売)。'93年の児童虐待疑惑後、初めての前線復帰となった作品。ここでマイケルは、偏見、差別、虚偽に対して怒りを露わにしている。“不正にはうんざりだ/謀略にはうんざりだ/嘘にはヘドが出る”、“オレを圧迫するな/圧迫するな/叫びたくなる”。マイケル作品には極めて珍しく“fuck”という語が使われているあたりにも(“Stop fuckin with me”)、彼の尋常でない憤りが感じられる。自分を陥れる社会やメディアに対するフラストレーションが爆発した『HISTORY』を象徴するようなナンバーである。

 デュエットでタッグを組んだのは、マイケル作品に「P.Y.T.」(バック・ヴォーカル)以来の参加となった実妹ジャネット。『JANET.』(1993)でのレーベル移籍と軌道修正によって、当時、彼女は兄よりも確実にイケてる存在になっていた。プロデュースもジャネットの盟友、ジャム&ルイスによるものだが、ヒップホップ・ソウル寄りのサウンドではなく、「Rhythm Nation」系のハイエナジーでアグレッシヴなデジタル・ファンクを聴かせる。スーパースター兄妹による夢の共演ではあるが、形としては、妹のジャネットが兄の窮地を救うために一肌(というか、三肌くらい)脱いだ、といった感じの作品。
 ここで彼女は『JANET.』で築いた自然体でセクシーな現代風の女性イメージを持ち込まず、完全にマイケル・モードに合わせている。『JANET.』で“ジャクソン”の姓を敢えて捨てた彼女だったが、ここでは紛れもなく“ジャネット・ジャクソン”。“うちの兄ちゃんをイジメるなー!”と、最強の妹が宇宙的スーパースターの兄を救うために地球を飛び出した感動的な共演作である。

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 ヴィデオは宇宙船を舞台にしたSFもの。船内の様々な場所でマイケルとジャネットがパフォーマンスを繰り広げる様子が、美しい白黒映像でアーティスティックかつパワフルに描かれる。最新鋭の設備を備えた巨大船の乗員は、マイケルとジャネットの2人のみ。彼らは時にゲームで仲良く遊んだりする一方、宇宙生活の重圧の中で神経を尖らせ、絶えず苛立っているように見える。

 ジャネットの説明によると、ヴィデオは“2人が宇宙船の中にいて、外にいる邪悪な者たちと戦う”という設定だそうだ。実際に外敵が描かれるわけではないが、曲の文脈を踏まえた場合、“外にいる邪悪な者たち”は、スターを食い物にするメディアや悪人たちを想定していると思われる。

 '90年代以降、何かと奇行や変人ぶりばかりが取り沙汰され、一般的にも否定的な目で見られがちだったマイケルだが、彼のような桁外れのスターの人生というものを私たちは決して経験することがない。彼が日常的に受けていたプレッシャーがどんなものだったか、私たちには想像することさえできないのだ。それはまさしく、無気圧、無酸素、無重力の過酷な空間の中、小さな缶に入って身を守りながら生きながらえる宇宙飛行士の生活に似ているだろう。地球を離れ、果てしなく広がる真空の海原を進む宇宙船ジャクソン号。常に圧迫され、外部から閉ざされた孤独な宇宙生活は、つまり、マイケルの常軌を逸した(それこそ宇宙的な)スターダムのメタファーなのである。
 この船にジャネットが同乗してくれたことは、ファンにとっては嬉しいことだ(また、同乗する資格があったのも彼女だけと言える)。このヴィデオを観れば、マイケルの宇宙船がちょっとやそっとで沈むようなものではないことが分かるだろう。ジャクソン号はアンブレイカブルでインヴィンシブルである。


マーク・ロマネック

 「Scream」でメガホンをとったのは、'90年代を代表するヴィデオ監督のひとり、マーク・ロマネック。アン・ヴォーグ「Free Your Mind」(1992)、レニー・クラヴィッツ「Are You Gonna Go My Way」(1993)、オーディオスレイヴ「Cochise」(2002)のようなダイナミックでパンチの利いたパフォーマンス映像から、マドンナ「Rain」(1993)、デヴィッド・ボウイ「Jump They Say」(1993)、ナイン・インチ・ネイルズ「Closer」(1994)のようなアート志向の作品、あるいは、キース・リチャーズ「Wicked As It Seems」(1992)、ジェイ・Z「99 Problems」(2004)のようなモノクロのスタイリッシュな作品まで幅広く手掛ける秀才。ぶれのない明確なヴィジョンと美しい画作りで、常に印象的な音楽ヴィデオを生み出してきた。個人的には、レニー・クラヴィッツ「Are You Gonna Go My Way」系の一発KO狙いのような作品がとりわけ素晴らしいと思う。U2をフィーチャーした'04年のiPodのCFもロマネックの監督作。'02年にはロビン・ウィリアムズ主演『ストーカー(One Hour Photo)』で、念願の長編映画監督デビューも果たした。

 マーク・ロマネックへの監督依頼は、ジャネットによるものだった。

「初めて観た彼のヴィデオが何か忘れたけど、強烈に印象に残っている作品がいくつかあるわ。ナイン・インチ・ネイルズやマドンナのものよ。すごいと思った。マークは偉大な監督で、時に私たちの理解を超えている。当時から彼の作品は新鮮だったわ。この曲はレコーディングの時から彼にヴィデオを頼みたいと思っていた。マーク以外には考えられなかったの。だからレコード会社に監督は誰にするか訊かれて、私はマーク・ロマネックに頼みたいと即答したのよ。彼が引き受けてくれて本当にうれしかったわ。私はツアー中だったから、内容はすべてマークに任せた。彼は想像力豊かで、似通った作品はひとつもない。すごい才能よね」(2005, Directors Label Vol.04: Mark Romanek Best Selection)

 ちなみにジャネットは、「Scream」に続いて、『THE VELVET ROPE』(1997)からの第一弾シングル「Got 'Til It's Gone」でもロマネックに監督を任せ、そちらもまた傑作に仕上がっている。

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'95年5月、“視聴覚室”セットで撮影中のマイケルとジャネット

 撮影は、'93年秋から続いていたジャネットの〈JANET.〉ツアーが'95年4月22日に終了した直後の'95年5月に行われた(曲自体は彼女のツアー合間の'94年12月にレコーディング済み)。「Scream」のシングル発売が5月31日、ヴィデオ初公開が6月14日放映のABCのテレビ番組〈Prime Time Live〉(マイケル&リサ・マリー出演)なので、ヴィデオの規模を考えるとかなりタイトなスケジュールではある。

 マーク・ロマネックが説明する。

「7週間以内にヴィデオを作れと言われた。2週間でプランニングして、2週間で撮影。だから膨大な製作費がかかった。レコード会社のトップと電話で話した。彼は予算を見て非常に怒っていた。電話口で怒鳴られたよ。“うちは銀行じゃないんだぞ。おまえはイカレてる”って。僕は“大規模なヴィデオなのに準備期間が少なすぎる。この曲には宇宙船のイメージがある。マイケルの宇宙船ならすごいものにしなきゃ”。そしたら(高い声で)“そうだよ!”と言う声が聞こえた。電話の向こうにマイケルもいたのさ。そしてついにレコード会社のお偉方は観念したってわけだ」(2005, Directors Label Vol.04: Mark Romanek Best Selection)

 「Scream」の製作費は700万ドル。このヴィデオは“史上最も製作費が高いヴィデオ”としてギネス記録に認定されていることでも有名だが、監督のロマネックは、その点ばかりが注目されることについてはうんざりしている。

「製作費が最も高いヴィデオとしてギネスに載った。ウソだよ。もっと製作費が高かったヴィデオを知ってる。そんなレッテルを貼られたくない。優れたヴィデオ監督として評価されたいのに、“製作費が最も高いヴィデオ”だなんてさ……」


キューブリック+コクトー

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『2001年宇宙の旅』──ディスカバリー号内でジョギングするプール副船長

 このヴィデオを観てまず思い出すのは、スタンリー・キューブリック監督『2001年宇宙の旅(2001: A Space Odyssey)』(1968)である。宇宙船が出てくるSF映画はいくらでもあるが、このヴィデオに登場する船内の、どこかしら人の神経を逆撫でするような白を基調とするシュールな空間設計がキューブリックを思わせる。奇妙にのっぺりとしたレトロ・フューチャーなデザイン、荒唐無稽なSFとは一線と画するディテールへのこだわりも『2001年~』的だ。
 実際、ロマネックは熱烈なキューブリック信奉者らしく、彼のルックスもこの巨匠をもろに意識したような髭面だったりする。『2001年~』からの影響は、インタヴュー(DVD『Directors Label Vol.04: Mark Romanek Best Selection』の音声解説)でも語られている。

「制作にあたって考えたのは、豪華で壮大な作品にしようということだ。人々がマイケルのヴィデオに期待するのはそれだと思ったし、曲自体も複雑で激しく、インダストリアルな感じだ。作品作りでは不要なものを削ぎ落として、ミニマルな感じのものにしたかった。そして、9歳の時に観たキューブリックの『2001年宇宙の旅』への思いも込められている。ビートルズを見てバンドに憧れた若者のように、僕はあれを観て映画監督になりたいと思ったんだ」

 ロビン・ウィリアムズが「Scream」を観て、“『2001年宇宙の旅』を風変わりにした感じ。キューブリックとボブ・フォッシーが組んだみたいだ”と評しているが、これは実に的を射たコメントだと思う。白一色のシュールな宇宙船内で黒装束のフォッシーが踊ったら、確かにこんな感じだろう。

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『2001年宇宙の旅』──天井が息苦しさを与えるウェルズ的な構図

 「Scream」の美学を決定付けている要素としてもうひとつ重要なのは、ローアングルとパンフォーカスの多用である。
 ローアングルというのは、文字通り、対象を下からの角度で見上げるように撮る構図のこと。時には地面に穴を掘ってまでカメラ位置を確保することもある。画面にダイナミズムが生まれる他、特に室内場面の場合、天井が映り込むことで圧迫感や閉塞感を醸し出すことができる。パンフォーカスは、広角レンズを絞り込んで被写界深度を高くし、手前から奥まですべて均等にピントを合わせる撮影技法。広範囲の様々な事物を鮮明に収める際に使われるが(風景など)、最も効果を発揮するのは、手前に人物などを配置し、画面全体の遠近感/奥行きを強調する場合である。手前側の事物の大きさと背景側の事物の小ささの対比により、孤立感、不安感、威圧感などが生まれる。また、あらゆる事物にピントが合っているため、非常に客観的で整然とした印象の画面にもなる。すべてを同時に隈無く見つめるパンフォーカスは、冷徹な“神の視点”を想起させる(逆に言うと、どこにも意識が向かっていないので、狂人の視点も連想させる。いずれにせよ、常人の視点ではない)。
 ローアングルとパンフォーカスは『2001年~』でも多用され、独特の息苦しさや冷たさを画面に与えている。これらはいずれもオーソン・ウェルズが得意とした撮影技法で、彼の代表作『市民ケーン(Citizen Kane)』(1941)、『審判(The Trial)』(1963)などで非常に効果的に用いられていたものである。

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ウェルズ監督『審判』(左)とロマネック監督「Jump They Say」(右)

 「Scream」に関してロマネックはウェルズの影響を明言しているわけではないが、同じく彼が監督したデヴィッド・ボウイのヴィデオ「Jump They Say」を観れば、彼がウェルズ信奉者でもあることがよく分かる。そこでは、ジャック・タチ、クリス・マルケル、ジャン=リュック・ゴダールらの作品と共に、ウェルズの『審判』が引用されまくっているのである(最も分かりやすいのは、通路を歩くボウイの動きに合わせて、脇に座っている男たちが次々に起立する場面)。

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『未来世紀ブラジル』の拷問室

 同じく『審判』(およびキューブリック)から莫大な影響を受けている作品に、テリー・ギリアム監督『未来世紀ブラジル(Brazil)』(1985)がある。この映画もローアングル&パンフォーカスのオンパレードだが、映画終盤に登場する巨大な円錐形の拷問室(発電所の冷却塔内で撮影)と、これを広角で捉えながら急激に移動するカメラワーク(一気に視界が広がる)は、「Scream」に確実に影響を与えているように思う。これは、セットの類似を含め、マイケルが座禅を組んでいる“瞑想室”の場面に最も顕著だ。
 ちなみに、レニー・クラヴィッツ「Are You Gonna Go My Way」の巨大ステージ空間も、『未来世紀ブラジル』の拷問室を思わせるものがある。


 ところで、マーク・ロマネックはインタヴューで、「Scream」の元ネタとして、『2001年宇宙の旅』の他にもうひとつ興味深い作品を挙げている。

「作品の基になったのはコクトーの小説で、大きな屋敷で暮らす親を亡くした姉弟の話だ。彼らを二大スターとしてではなく、兄と妹として描きたかった。それでコクトーの物語が思い浮かんだ。インダストリアルなサウンドに合わせて、屋敷ではなく宇宙船を舞台にした。曲はロケットエンジンの音を連想させたし、音響効果も宇宙船を思わせたからだ」

 ジャン・コクトーのその小説というのは、『恐るべき子供たち(Les Enfants Terribles)』(1929)のことである。激しい愛憎で結ばれた姉弟2人だけの閉じた世界が、部外者の介入で悲劇的に崩壊していく様を描いたコクトーの代表作のひとつ。物語後半の舞台となる、姉が富豪の亡夫から相続した屋敷が、「Scream」では宇宙船に置き換えられているというわけである。屋敷は姉弟の巨大な“子供部屋”と化していくが、彼らの友人である2人の男女の同居人によって、その聖域は脅かされることになる。
 「Scream」には『恐るべき子供たち』に登場する近親相姦や同性愛のテーマは見られないが、まるで大きな子供のようにいがみ合ったりじゃれ合ったりする兄妹の姿は、確かにコクトーの描く姉弟に似ている。彼らは巨大な子供部屋=宇宙船に籠城し、互いにエゴを持て余しながら常に神経を尖らせている。兄妹2人だけを乗せた宇宙船は、他者を寄せ付けない無敵の要塞のようである一方、どことなく硝子の城のような脆さや危うさも感じさせる。そこはまさしく“聖域”と形容するに相応しい美しさを湛えた場所である。

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『恐るべき子供たち』は後にJ・P・メルヴィル監督によって映画化もされた
(コクトー自身による説明的ナレーションが鬱陶しいが、出来は大変良い)


 「Scream」は、マイケルの孤独で閉塞的なスター生活を暗示すると同時に、彼の“大きな子供”=ピーターパン的なパブリック・イメージを投影しながら(巨大宇宙船はマイケルの自宅=ネバーランドを表してもいるだろう)、実妹ジャネットとの密接な愛情関係をも巧みに描いている。この作品が、単に製作費が高いだけのスペクタクルに終わらない印象深い傑作になっている由縁である。ヴィデオを監督するに当たって、『2001年~』と『恐るべき子供たち』に思いを馳せたロマネックの閃きは実に鋭かったと言える。


プロダクション・デザイン

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“生活室”のデザイン画

「プロダクション・デザインはトム・フォーデン。『スター・トレック』等とは一線を画したエレガントな感じを出そうとした。宇宙船のデザインは建築にヒントを得て、あえてSF的にはしなかった」

 ロマネックが説明する通り、マイケルとジャネットが暮らす宇宙船の内部には、機械類がひしめく無粋な乗り物とはかけ離れた、まさに“屋敷”と呼ぶに相応しい洗練された未来空間が広がっている。この『2001年~』的な宇宙船内のエレガントな美術こそ、「Scream」最大の見所と言っても過言ではない。

 デザインを担当したトム・フォーデンはロマネック作品の常連。ナイン・インチ・ネイルズ「Closer」「Perfect Drug」、マドンナ「Bedtime Story」といったロマネック監督作、あるいは、同じく音楽ヴィデオ畑出身のターセム・シンが監督した映画『ザ・セル(The Cell)』(2000)で見られるような、シュールで悪夢的な美術がとりわけ印象深い。
 実際のデザイン作業は、トム・フォーデンを中心に4人のデザイナーによって行われたようだ。フォーデンは他の3人に3種類のセットを割り当て、それらが、1)複雑なセット、2)あまり複雑でないセット、3)こぢんまりした簡単なセット、になるよう注文を出したという。その結果、バラエティに富んだ12カ所の刺激的な宇宙船内空間が誕生した。

 このヴィデオにはCGも多用されているが、12の空間はロスのユニヴァーサル・スタジオ内に実際に原寸大セットが作られている。700万ドルという莫大な製作費の大部分は、つまりこの壮麗な美術に費やされているのである。これをぼんやり見過ごしていてはもったいない。
 目まぐるしくカットが切り替わるヴィデオでは、この素晴らしいプロダクション・デザインを細部まで観賞することが難しいので、ここでは空間ごとに分類しながら、マイケルとジャネットの宇宙船内をじっくり散策してみることにしたい。

※各空間の名称は、ヴィデオ内に登場する電子モニターの説明を基に私が勝手に付けたもので、正式名称ではない。ヴィデオ内で特に説明がされない空間に関しては、単に見たままの印象で命名した。
※いくつかの画像にはリンクが貼ってある。その空間のデザイン画が別ウィンドウで表示されるので、カーソルを画像上に当ててリンクを探して欲しい。



【通路 Hallway】
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 ヴィデオ内で最も登場頻度の高い場所のひとつが、この六角形の通路である。左右の壁はひだ状の柱のようなもので均等に仕切られ、壁の片側にはその仕切りごとに丸い窓が設けられている。通路がカーブする場合は、仕切り部分で壁が折れ曲がる。直線と曲線が美しく調和したデザインだ。通路全体の白と、窓(およびマイケル&ジャネットの衣裳)の黒の対比も美しい。距離を置いて立つマイケル&ジャネットの姿をパンフォーカスで捉えた画は非常に印象的である。
 基本的に照明が点いた状態で登場するが、ヴィデオ内には消灯した暗い通路にジャネットが一人でいる場面も登場する(その際、彼女は銀色のコートを着ている)。

 床で金平糖のような物体が回っている場面では、マイケルやジャネットが傾斜した壁の上でダンスをする様子も見られる。後述する“生活室”もそうだが、この宇宙船内のデザインは地球上と同じく天地が設定されていながら、至るところに人口重力が働いていて、壁や天井を自由に動き回ることができるようだ。『2001年~』に登場する巨大遠心機の人口重力室を高度に発達させたような感じである(『2001年~』の別場面のように、無重力空間内をグリップシューズを履いて動いているようには見えない)。

 この通路内には自動販売機のようなものも見られる。3つ並んだ機械には、左から“飲料(DRINKS)”、“寿司(SUSHI)”、“鎮静剤(STRESS CAPS)”と書かれている。マイケルとジャネットが宇宙で寿司を食っているという設定は、日本のファンにはちょっと嬉しいところかもしれない(寿司の味がする宇宙食だと思うが)。鎮静剤(鎮静サプリ)は、宇宙船内の自販機で扱われているものとしてはなかなかリアルだ。『2001年~』で、暴走したハルがボーマン船長に“鎮静剤を飲んでよく考えて下さい(Take a stress pill, and think things over)”と言う場面を少し思い出させる。


【カプセル Capsule】
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 マイケルとジャネットが睡眠をとるのがこのカプセル。SF映画によく出てくる人口冬眠機のようなもので、長時間眠る際に使用するものと思われる(『2001年~』にも登場する)。立ったまま眠るという設定が不思議。窓部分に表示される情報は、睡眠中の人物の健康状態を示しているのだろう。窓枠は先述の通路と同じ六角形でデザインされている。窓部分しか登場しないので全体像は不明。
 2人ともヘッドホンを装着して眠っているが、宇宙船が加速するとそこから強烈なノイズが発生する。宇宙生活の圧迫感の中では睡眠も儘ならない。


【視聴覚室 Media Room】
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 巨大モニターが設置された映画館のような部屋。雛壇状に観客席が設けられ、大人数を収容できる。巨大モニターの下には3つの座席が観客席と向き合う形で設置され、テーブルの上にはマイクが備えられている。プレスなどを招いた公的な会見や、会議などに使われる多目的施設と思われる。モニターには、カプセル内で歌うマイケル&ジャネット、日本のアニメ、ニュース・キャスターらしき男性が喋るテレビ放送が映し出されたりする。『2001年~』でも、ディスカバリー号内のモニターで乗員が地球のテレビ放送を観る場面があった。日本のアニメが上映されているのは、寿司や和室が登場するのと同様、ジャパニメーションの影響なのだろう。手塚治虫がキューブリックから『2001年~』の美術監督を依頼されていたこと(忙しくて断った)を考えると、このヴィデオの日本文化への言及には強い因果を感じる。
 この部屋では、マイケル&ジャネットがポン(Pong/大昔の卓球ゲーム)のようなテレビゲームで遊ぶ様子も見られる。ゲーム自体はレトロだが、メタリックな質感と丸みを帯びた立体的なデザインが未来的。似たテイストでデザインされた人型の椅子は、“観察室”、“舞踏室”、“遊戯室”にも登場する。個人的に最も好きなのがこの部屋だ。


【展望室 Observatory】
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 ギターが並ぶ大広間。マイケルがギターを叩き壊したりする。壁の中央には大きな丸窓がひとつあり、そこら地球が覗いている。窓に向かってスロープが伸びているので、展望を目的とした空間と思われる。壁が柱のようなもので仕切られている点とあわせ、デザインは“通路”と共通性がある。


【無重力室 Zero Gravity Room】
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 宇宙船内には基本的に人口重力が働いているようだが、この空間は完全に無重力。マイケルが大の字に身体を広げてグルグル回ったりする。極めて『2001年~』的な空間/構図である。

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『2001年宇宙の旅』にはこの手のトンネル状の空間が頻出する


【生活室 Habitation】
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 マイケルとジャネットが普段生活しているのがこの部屋。リビング・ルームのようなものだろう。壁と天井が傾斜したデザインは“視聴覚室”と共通する。宇宙服が壁に並んで掛けられているところに、やはり『2001年~』へのオマージュが感じられる。
 “通路”と同様、壁や天井には重力が働いていて、自由に動き回ることができる。マイケルが壁で踊る一方、ソファに座っているジャネットはご機嫌斜め。子供っぽくはしゃぐ兄が妙に気に障るようである。ジャネットも壁を伝って天井に上がり、マイケルと喧嘩のようなダンスを繰り広げる。

 「Scream」に起用されている振付師は4人──ジャネット人脈のティナ・ランドン Tina Landon、ショーン・チーズマン Sean Cheesman、マイケル人脈のラヴェル・スミス LaVelle Smith、トラヴィス・ペイン Travis Payne。このヴィデオは、マイケル&ジャネットだけでなく、両者の振付師たちのコラボ作品でもあるのだ。
 ティナ・ランドンはマイケルの「Smooth Criminal」にダンサーとして出演した後、ジャネットの'90年〈RHYTHM NATION〉ツアーに参加し、その後、'90年代を通してツアーやヴィデオでジャネットの右腕となった振付師/ダンサー。ショーン・チーズマンも同様に、ジャネットの『JANET.』期のツアーやヴィデオに参加していた人物。
 ラヴェル・スミスもティナ同様、「Smooth Criminal」に出演した後、〈RHYTHM NATION〉ツアーに参加。彼は〈BAD〉ツアーにもダンサーとして参加しており、その後、〈DANGEROUS〉〈HISTORY〉ツアーで振付主任/ダンサーを務め、マイケルの右腕となった。トラヴィス・ペインは'93年の後期〈DANGEROUS〉ツアーに参加していた振付師/ダンサー(ラヴェルと共に「Dangerous」の振付を手掛ける)。マイケルの急逝によってキャンセルされた〈THIS IS IT〉ツアーの振付主任がトラヴィスだった。ラヴェル&トラヴィスは、マイケルの長編ヴィデオ『Ghosts』などでも振付を担当している。また、彼らはアン・ヴォーグのヴィデオ「My Lovin'」「Free Your Mind」の振付で'92~93年のMTVアウォードで最優秀振付賞を獲得、'95年にはこの「Scream」で再び同賞に輝いた(2人は'94年の同賞受賞ヴィデオ、ソルト・ン・ペパ&アン・ヴォーグ「Whatta Man」にも参加しているという情報もある)。

 ジャネットによると、この“生活室”でのダンスはラヴェル&トラヴィスが振付を担当しているようだ。

「振付はティナ・ランドン。トラヴィス・ペインとラヴェル・スミスもいて、ファイト・シーンを振り付けた。ティナは私の仕事仲間だし、トラヴィスとラヴェルは兄のツアーに参加してたけど、皆で顔を合わせるのは初めてだった。ティナの振りをまず私が覚え、兄は私を見て覚えた。ファイト・シーンを入れることは現場で思いついたの。スペースを借りて振付を練習したわ。兄はすごくノッてきて、本気で私にかかってきたの。“かわさないとケガするぞ”と言ってね。振りはあったけど、本当に戦ってるみたいだった」(2005, Directors Label Vol.04: Mark Romanek Best Selection)


【画廊 Gallery】
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 マイケルとジャネットが芸術作品を鑑賞する宇宙船内の美術館。真っ白で簡素な直方体の部屋である。床に絨毯のように帯が伸びており、突き当たりの壁で垂直に折れた帯の先端部分に、様々な芸術作品が立体映像で現れる。鑑賞者はソファに座り、リモコンで作品を切り換えながら作品を楽しむ。作品の立体映像はモーフィングによって滑らかに変形する。このギャラリーでマイケルは平面的な絵画作品、ジャネットは立体的な彫刻作品を鑑賞している。

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 マイケルが観ている絵画作品は、登場順に、まず、アンディ・ウォーホル「Self Portrait」(1986)、ジャクソン・ポロック「Number 32」(1950)。実際の作品画像と見比べて初めて気付いたが、このヴィデオに登場するポロック「Number 32」は左右逆像になっている。これは明らかなミスだ。恐らくヴィデオ制作時によく確認しなかったのだろう(これに気付いたのは世界で私が初めてかもしれない)。とはいえ、ポロックの絵が左右逆像になっていたとして、いったい誰が気にするだろうか?

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マグリット「人の子」(左)とヴィデオに登場する類似作品(右)

 マイケルが観る3つめの絵画作品はルネ・マグリットである。「Le fils de l'homme(The Son of Man/人の子)」(1964)に酷似しているが、違う。マグリットの有名な「人の子」は、海辺に立つ山高帽&黒コートの男の顔面に青リンゴが浮かんでいる様子を描いたものだが、このヴィデオに登場する絵は、それと全く同じモチーフでありながら、構図やディテールが異なるのである(画像参照/男は胸から上部分だけが描かれている。シャツはウィング・カラー。ベスト、あるいはスーツの合わせ部分がコートの衿から覗く。背景は海ではなく平原のように見える。画面左上に記されたマグリットのサインの大きさから見て、「人の子」よりも明らかに小さな作品。服のディテールの違いから、「人の子」より古風な印象を受ける)。ネット上で画像だけは探し当てたが、この絵の正式名称と制作年を私は知らない(マグリットには似たモチーフの作品がたくさんあり、ネットではそれらの作品名と混同されているケースが見受けられる)。マグリット作品に詳しく、この絵に関して正しい知識をお持ちの方がいたら、お教え頂けると有り難い。

 尚、ジャネットが観ている3つの彫刻作品に関しては、私の貧しい美術知識では残念ながら特定することができない(2番目に登場する釈迦像は“降魔印”と呼ばれる印相=手の形をしているが、これは南方仏教の釈迦に多いという)。これら3体についても、ご存じの方は是非ご一報を。


【演壇 Platform】
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 ヴィデオに登場する12の空間の中で最も意味不明なのがこれ。ジャネットが宇宙船の底面にある大きな丸窓に立ち、テーブルに設置されたマイクに向かって喋って(歌って)いるのである。司令塔のようなものかとも思ったが、それにしては場所が変だ。宇宙船外の人間、あるいは知的生命体に向かって、実際に自分の姿を晒してメッセージを発するための場所としか考えようがない。

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 メイキング映像を見ると、この場面は、先に紹介した“展望室”の丸窓部分で撮影が行われている。“展望室”とこの“演壇”の丸窓が設定的に宇宙船内の同じ場所であるのか、あるいは、撮影上の都合で単に“展望室”のセットを使い回しただけなのか、正確なところは分からない。


【瞑想室・茶室 Meditation/Tea Room】
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 着物姿のマイケルが座禅を組んで瞑想する未来風の和室。宇宙生活の中では精神的鍛錬も大切である。庭石や松を配した日本庭園風の造りで、円形の空間を取り囲む壁面のデザインは何となく躙口を思わせる。実際、マイケルのすぐ脇に茶道の道具らしきものが置いてあるので、ここは茶室である可能性が高い(普通、茶室で瞑想はしないと思うが……。私が監督なら、着物姿のマイケルとジャネットに正座で向き合ってお茶を飲ませるか、花札をやらせたい)。神妙に座禅を組むマイケルだが、その心の静寂も宇宙生活の圧迫感によって掻き乱されることになる。尚、先にも書いたが、この空間のデザインは『未来世紀ブラジル』の拷問室によく似ていると思う。


【観察室 Observation Room】
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 マイケルがジャネットを観察している部屋。観察者の部屋と被観察者の部屋で2つに分かれている(構造的にはレコーディング・スタジオと同じ)。2つの部屋は恐らくマジックミラーのようなもので仕切られ、ジャネット側からマイケル側を見ることはできない。反乱者や捕虜を閉じ込め、取調や人体実験などに使用するものと思われる。マイケルが向かっている操作パネルの複雑さを見ると、被観察者の部屋の環境(温度、重力、酸素濃度など)を様々にコントロールすることができるのではないか。
 真っ白な空間に閉じ込められたジャネットは、備え付けのトイレで立ちション(!)をしたり、凶暴化して部屋の中を動き回り、“ムキ~ッ!”という顔をしたりしている。こんな部屋に閉じ込められたら、確かに数時間で頭がおかしくなりそうだ。この部屋の映像は非常にウェルズ~キューブリック的。尚、マイケルがジャネットにこのような仕打ちをしている理由は不明である。


【舞踏室 Ballroom】
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 マイケルとジャネットが揃ってダンスする広間。彼らの宇宙船にダンス・ホールがないわけがない。円形の広間の壁沿いには複数の椅子に加え、ダンス・スタジオにあるようなストレッチ用のバーが備え付けられている。そこで身体をほぐした後、2人は揃ってダンスを披露する。このヴィデオの最大の見せ場だ。
 
 “ティナの振りをまず私が覚え、兄は私を見て覚えた”というジャネットの発言を参照するに、このダンス場面の振付はティナ・ランドンが担当した可能性が高い。確かにジャネット・マナーのダンスで(最初に滑り込むところはフォッシーっぽい)、この場面では明らかにジャネットの方が強く押している。ジャネットはマジだが、マイケルは妹相手に本気で踊り倒すようなことはせず、かなり余裕を持って動きを合わせているような気がする。彼らは'76~77年のCBSのテレビ番組〈The Jacksons〉で一緒に踊ったことはあったが、共にスーパースターになった後、2人だけで組んでダンスを披露するのはこれがもちろん初めてのこと(そして、これが最後にもなってしまった)。これは本当に特別な瞬間である。

 ジャネットの一番のお気に入りも、やはりこのダンス場面だそうだ。

「一番のお気に入りは兄と2人で踊っているシーン。人前では初めてだったけど、昔は家でよく一緒に踊ったものよ。窓に映った自分たちの姿を見ながらね。家に大きなスライド式のガラス戸があって、私たちはその前に立ってダンスをした。これを観てると当時を思い出すわ。競い合って踊っていた頃をね(笑)」(2005, Directors Label Vol.04: Mark Romanek Best Selection)


【遊戯室 Recreation Room】
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 マイケルが壁打ちテニスのようなゲームをする遊戯場。デザイン的に最も完成度が高いのがこの場所ではないだろうか。この空間は本当にカッコいい。
 宙に浮かんだ碁石のような円盤状の球を、テニス用と卓球用を合体させたようなラケットで打ち、向かいの壁際に並んだ9つの標的(黒い壺)を破壊するゲーム。壁に当たった球は猛スピードで打撃者に向かって跳ね返る。かなり危険度が高そうで、マイケルは透明のゴーグルで顔面をガードしている。打撃者の背後には強化ガラスのようなもので仕切られた観客用の空間があり、仕切り面の上部に1本の細長いバーが通っている。この遊戯場のデザイン画を見ると分かるが、このバー部分には観客のためにゲームのスコアが表示されるようになっている。

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 標的を黒い壺にしたセンスが実に素晴らしい。壁際に並ぶ9つの壺が真っ白い空間にとても美しく映える。そして、壺が砕け散るCGイメージの美しさ。この白と黒のコントラストだけでもずっと眺めていたくなるほどだ。高そうな壺を見ると割りたくなる人がいると思うが、このゲームはそうした欲求にも応えてくれる(設定的に壺は立体映像だと思うが)。デザイン性、快感度、共に高いゲームである。


 以上、「Scream」に登場する全12カ所の宇宙船内空間を登場順に紹介した。次にヴィデオを観る時は、マイケル&ジャネットのパフォーマンスだけでなく、複数のデザイナーによる素晴らしい美術の数々にも是非目を向けて欲しいと思う。これを隅々まで楽しまなければ、製作費700万ドルも浮かばれないというものだ。


DANCING ON THE CEILING──天井でダンス

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『恋愛準決勝戦』──天井で踊るアステア

 このヴィデオにキューブリック『2001年宇宙の旅』とコクトー『恐るべき子供たち』からの影響があることは既に述べた通りだが、「Scream」に関して特筆されるべき古典はもうひとつある。フレッド・アステア主演映画『恋愛準決勝戦(Royal Wedding)』(1951)がそれだ。

 劇中に登場するソロ・ナンバー「You're All The World To Me」で、アステアは恋い焦がれる女性を想って部屋の中で歌い踊る。床の上で踊っていた彼は、やがて重力を無視してそのまま壁を上り、天井で逆さまになりながらウキウキとステップを踏む。まさに“天にも昇る気持ち”。重力を感じさせないアステアのダンスの魅力が、特殊撮影によって具現化された名場面である。アステアこそは世界で最初に天井で踊ったダンサーだった(ちなみに、ここで振付を担当しているのは、黒人タップ・デュオ、ニコラス兄弟の盟友で、壁を駆け上がってバック転するアクロバットを考え出したニック・キャッスルという男である)。
 突飛な展開ではあるが、この場面には不思議と不自然さがない。アステアなら天井で踊ってもおかしくないからだ。ギミックは時代と共に古くなる。実際、セットとカメラを一緒に回転させるこの天井ダンスの特撮技術は、今となっては原始的なものだ。この場面にタイムレスな魅力を与えているのは、結局、アステアの唯一無二の肉体なのである。

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『ブレイクダンス2』(左)と「Dancing On The Ceiling」(右)の天井ダンス

 これと同じ特撮技術を使えば、確かに誰でも天井で踊っているように見せることはできる。同じくMGMが製作した映画『ブレイクダンス2(Breakin' 2)』(1984)でブガルー・シュリンプが見せた天井ダンスはいいとしても、ライオネル・リッチーまでもが天井で踊るとなると、さすがに目を疑わずにはいられない(彼は'86年のヴィデオ「Dancing On The Ceiling」で、実際に『恋愛準決勝戦』のスタンリー・ドーネンを監督に迎え、オリジナルと全く同じ特撮で天井で踊った)。
 ギミックを意識させることなく、天井で踊って観る者を自然に魅了することができる人間はそうはいない。天井は踊る人間を選ぶ。そして、マイケル・ジャクソンこそは、アステアと同じく、真に天井で踊ることができた稀有なダンサーだったと言える。

 ムーンウォークで自由自在に移動するマイケルのダンスは、まさに重力の法則を超越している。アステアへのオマージュ「Smooth Criminal」で斜め45度に傾いたマイケルは、そこで確実にアステアから衣鉢を継ぎ、天井で踊る「Scream」において、文字通り、アステアと同じ場所に立った(天井ダンスは'97年の長編ヴィデオ『Ghosts』でも模倣されている)。アステアは生涯を通して地球から出ることはなかったが、マイケルの舞台は地球上ではもう収まらない。宇宙へ飛び出して縦横無尽に踊るマイケルは、ある意味、この時点でアステアさえも超えていた。

 この頃のマイケルに相応しい舞台はもはや宇宙くらいしか考えられず、このヴィデオは当時の彼の魅力を最大限に引き出した傑作だと思うが、逆に、地球に居場所がなくなってしまった宇宙的スーパースターの孤独感に満ちた哀しい作品でもある。
 その後、マイケルの宇宙船が地球に帰還することは、結局なかったような気がする。もしかすると、マイケルはスターチャイルドに転生し、今ごろ宇宙から私たちを見下ろしているのかもしれない。


MTV VIDEO MUSIC AWARDS 2009

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'09年MTVアウォード──マイケルと擬似共演するジャネット

 マイケルの死から約2ヶ月半後、'09年9月13日にニューヨークのラジオ・シティ・ミュージック・ホールで行われたMTVアウォードは、ジャネットによる兄への感動的なトリビュート・パフォーマンスで幕を開けた。
 マドンナがマイケルを追悼するスピーチを行った後、大勢のダンサーが舞台に現れ、マイケルのヴィデオを映し出す巨大スクリーンをバックに、メドレーで「Thriller」「Bad」「Smooth Criminal」の群舞を披露。最後はジャネットが登場し、「Scream」で兄との再共演を果たした。圧巻は、2人が揃って踊るダンス場面を再現するパート。ジャネットの姿が取り除かれ、マイケルだけが踊るヴィデオ映像を背景に、ジャネットがステージ上で同じルーティンを生で踊ったのである。

 演出はジャネットの現在の振付師/バック・ダンサー、ギル・ダルデュラオ Gil Duldulao。ステージには他にも、実際に「Scream」を振り付けたティナ・ランドン、トラヴィス・ペインをはじめ、ウェイド・ロブソン Wade Robson(「Black Or White」「Jam」出演)、クリス・ジャド Chris Judd(〈HISTORY〉ツアー・ダンサー)、タイス・ディオリオ Tyce Diolio(ジャネットのツアーやヴィデオに参加)など、マイケル&ジャネットに縁の深い振付師/ダンサーが多数参加し、全員でダンスによってマイケルを追悼した。

 亡き兄と共に踊るこの時のジャネットの気迫を、私は何と言って形容していいのか分からない。全力のパフォーマンスを終えたステージ上の彼女は、ニコリともしなかった。一瞬、天の兄を仰ぎ見た彼女。その胸中は察するに余りある。決して完璧とは言えないパフォーマンスではあったが、私はこれを観ながら涙が出そうになった。


 後日、ジャネットはMTVのインタヴューでこのトリビュート・パフォーマンスを振り返っている。稽古中、兄の面影を思わせるダンサーたちを見るのは、彼女にとって辛いことでもあったようだ。
 
「兄の生き写しを大勢見るようだった。泣くまいと思っていたけれど、何度も胸がいっぱいになった。鳥肌が立ったわ。皆が踊る様子はすごかった」

 実際に会場入りし、最後の通し稽古で兄の姿を目にした時のこと。
 
「スクリーンに目をやると、そこに兄の顔があった。私は泣き出してしまった。その場から立ち去らずにはいられなかった。感情が込み上げてきて、泣くまいと思っていたのに、何度も胸がいっぱいになった。いまだに兄の死を信じられず、受け入れられない時があるの」

 マイケルは妹のパフォーマンスを特等席から観ていた。

「兄はきっと観ていた。天から見守ってくれていた。楽しんでくれたらと思うわ」(19 September 2009, The Making of Janet Jackson's VMA Tribute Performance)

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