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何ものも僕らを引き裂けない



 1987年──私は〈ベストヒットUSA〉や〈MTVジャパン〉を毎週欠かさず録画する音楽好きの少年だった。親からもらう小遣いを貯め、数ヶ月に1枚、近所の小さなレコード屋でお気に入りのアーティストのCDを買っていた。その年のクリスマス、私は親にねだり、前からどうしても欲しかったCDを2枚買ってもらった。1枚はジョージ・ハリスンの『CLOUD NINE』、もう1枚はインエクセスの『KICK』だった。私は2枚のCDを繰り返し飽きることなく聴いた。

 その頃の私の数少ないCDライブラリーには、他にブルース・スプリングスティーン『BORN IN THE U.S.A.』、ジョン・クーガー・メレンキャンプ『THE LONESOME JUBILEE』、ヒューイ・ルイス&ザ・ニュース『FORE!』、ブルース・ホーンズビー&ザ・レインジ『THE WAY IT IS』、マイケル・ジャクソン『BAD』、スティーヴィー・ワンダー『CHARACTERS』、ジョージ・マイケル『FAITH』、ランDMC『RAISING HELL』などがあった。

 骨太でキャッチーなアメリカン・ロックが好きだった当時の私にとって、インエクセスの『KICK』はちょっと異質な作品だった。大ヒットした1stシングル「Need You Tonight」は、ポップでありながら、なんとも危険でセクシーな匂いがする曲だった。彼らのソリッドでファンキーなロック・サウンドはとても刺激的だった。その後、私の音楽の趣味はどんどん広がり、好きだったアメリカン・ロックは徐々に聴かなくなってしまったが、インエクセスの『KICK』は折に触れて棚から引っ張り出すアルバムだった。そして、聴き返す度にカッコいいなと思った。その印象は今でも変わらない。現在、私は『KICK』のリマスター盤を所有しているが、25年前のクリスマスに親から買ってもらった思い出の日本盤は今でも手元にある。

 マイケル・ハッチェンス──インエクセスのリード・ヴォーカリスト──が亡くなってから、今日でちょうど15年になる。私はこの人が好きだ。今日は彼を偲んで、その『KICK』の中から1曲紹介したい。インエクセスには名曲がたくさんあるが、どれか1曲フェイバリットを選べと言われたら、私は迷わずこの曲を挙げる。




 Never Tear Us Apart
 (A. Farris/M. Hutchence)
 
 訊かないで
 知ってのとおりだ
 言うまでもないこと
 僕は君の貴い心を愛している
 
 僕は………
 僕は佇んでいた
 君はそこにいた
 ふたつの世界がぶつかった
 何ものも僕らを引き裂けはしない
 
 僕らは
 千年だって生きられる
 でも もし君を傷つけてしまったら
 その涙をワインに変えてみせるよ
 
 言っただろう
 僕らは空だって飛べると
 人はみな翼を持っている
 ただ その理由がわからないだけなんだ
 
 僕は………
 僕は佇んでいた
 君はそこにいた
 ふたつの世界がぶつかった
 何ものも 決して僕らを引き裂けはしない
 
 僕は(訊かないで)
 僕は佇んでいた(知ってのとおり)
 君はそこにいた(世界がぶつかった)
 ふたつの世界がぶつかった(僕らは光り輝く)
 何ものも僕らを引き裂けはしない
 
 君は(訊かないで)
 君は佇んでいた(知ってのとおり)
 僕はそこにいた(世界がぶつかった)
 ふたつの世界がぶつかった(僕らは光り輝く)
 何ものも僕らを引き裂けはしない
 

 「Never Tear Us Apart」は、マイケル・ハッチェンスと鍵盤のアンドリュー・ファリスによって共作された6/8拍子のスロー・バラード。『KICK』('87年10月19日発売)からの4枚目のシングルで、当時、全米7位のヒットを記録した。劇的なブレイク、ギターのブルージーな低音リフ、間奏の直情的なサックス・ソロはいつ聴いてもしびれる。曲想は完全にブルースである。スクリーミン・ジェイ・ホーキンス「I Put A Spell On You」(1956)、ジェイムズ・ブラウン「It's A Man's Man's Man's World」(1966)などと同じタイプの楽曲だ(前者は激烈なサックス・ソロ、後者は流麗なストリングスを思い出して欲しい)。この曲はピアノで作曲され、もともとはファッツ・ドミノ風のブルース・ナンバーだったそうだ。プロデューサーのクリス・トーマスは、そこにシンセサイザー主体のアレンジを施すことを提案した(イントロから登場して曲のカラーを決定付けているシンセ・ストリングスがそれだ)。多くの人はインエクセスのことを単に“ポップなロック・バンド”くらいにしか捉えていないかもしれないが、よく聴くと、彼らのサウンドは黒人音楽のエッセンスを様々な形で貪欲に吸収していることが分かる。私がこのバンドに惹かれる理由は、彼らの黒人音楽の解釈の巧さにあるような気がする。

 歌詞はシンプルでストレート。上の和訳は、日本盤に付いていた内田久美子訳に私が手を加えたものである。ロマンチックなラヴ・ソングだ。ヒロイックと言ってもいいかもしれない。“I.........I was standing / You were there”というフレーズは、ベルリンの壁際に佇むカップルを歌ったデヴィッド・ボウイ「"Heroes"」(1977)、結びの表題フレーズはジョイ・ディヴィジョン「Love Will Tear Us Apart」(1980)を思い出させる。“Two worlds collided”の“collide(衝突する)”は、U2の「Bad」(1984)や「11 O'Clock Tick Tock」(1980)でも使われていた語だ。別に特殊な表現ではないが、このフレーズに私は何となくU2くささを感じてしまう。インエクセスはもともとニューウェイヴ・バンドなので、これらの作品がハッチェンスの詞作に影響を与えていたとしても不思議はない。“人はみな翼を持っている。けれど、なぜ翼があるのか分からない人もいる(だから飛べないんだ)”というくだりが特に素敵だと思う。まさに恋人たちの歌という感じだ。こういうことを歌ってちっとも嫌味にならないのがマイケル・ハッチェンスという男なのである。


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NEVER TEAR US APART (1988)
Directed: Richard Lowenstein

 '80年代の多くのアーティストと同じく、インエクセスも音楽ヴィデオの制作に力を注いでいた。彼らの成功に音楽ヴィデオが果たした役割は非常に大きい。特にバンドの絶頂期の'80年代後半には、MTVアウォードで“年間最優秀ヴィデオ”を含む5部門を受賞した「Need You Tonight / Mediate」をはじめ、印象的な名作がいくつも生み出されている。「Never Tear Us Apart」もその中のひとつだ。

 監督はオーストラリア人のリチャード・ローウェンステイン。インエクセス作品を中心に、同郷のクラウデッド・ハウスや、同時期のU2のヴィデオ(「Desire」「Angel Of Harlem」)などを手掛けていた人物である。「What You Need」「Need You Tonight / Mediate」「Suicide Blonde」といったインエクセスの代表的なヴィデオはすべて彼が監督している。

 「Never Tear Us Apart」の撮影は'87年12月、チェコの首都プラハで行われた。中世の面影をとどめる街並みが、“僕らは千年だって生きられる”というロマンチックな歌詞とマッチして何とも魅力的である。シームレスに場面が転換するワンカット風の編集(徹底されているわけではないが)も、緻密に計算された長回し撮影と相まって面白い効果を上げている。同時期のジャネット・ジャクソン「When I Think Of You」、ピーター・ウルフ「Come As You Are」のヴィデオ(いずれもMGMミュージカルへのオマージュ)でも使われていた演出だが、ここではそれが幻想的なイメージを作り出すのに一役買っている。シームレスに流れるように場面が転換する映像は、観る者にまるで夢の中の世界を彷徨っているような感覚を与える。現実離れした景観を持つ古都プラハは、この曲のヴィデオにまさに打ってつけのロケーションだった。実に美しいヴィデオである。

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旧ユダヤ人墓地での撮影風景──左はリハーサル(K・ペンギリーの外套が本番と違う)

 ヴィデオにはプラハ市内の名所がたくさん登場する。撮影場所については、1ヶ月前の記事“You were there──名作ヴィデオ・クイズ”で紹介した通りである。印象的な川のほとりの場面は、市内中心部を流れるヴルタヴァ川に架かるヨーロッパ最古の石橋、カレル橋の近辺の2箇所──橋の南に浮かぶ射撃島と橋の北西の川岸──で撮影された(本記事冒頭の写真はまさに撮影が行われた場所である)。カレル橋の東の末端に建つ塔の前でも撮影は行われた。ヴィデオには他に、旧ユダヤ人墓地、墓地に隣接するクラウス・シナゴーグ、旧市庁舎の側面にある天文時計、旧市街広場、プラハ城からの市内の眺め、プラハ城と城下町を結ぶ階段、射撃島から眺めた国民劇場の光景なども登場する。このヴィデオの真の主役はプラハの街そのものだと言っても過言ではない。中でも、サックス・ソロ場面で使われ、とりわけ強い印象を与える旧ユダヤ人墓地(まるでステージのような外観)は、このヴィデオが生まれる発端にもなった重要な場所である。「Never Tear Us Apart」は、“プラハに使える墓地がある”という監督ローウェンステインの提案から生まれた作品だった。


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プラハ市民会館(上)、「New Sensation」(左下)、「Guns In The Sky」(右下)

 ちなみに、『KICK』からの他の2本のヴィデオ「New Sensation」「Guns In The Sky」も同時期にプラハで撮影されたものである。監督は同じくローウェンステイン。撮影はいずれもアール・ヌーヴォー様式の建築で有名なプラハ市民会館(スメタナ・ホールという市内で一番大きなコンサート・ホールがある)で行われた。

 「New Sensation」は会館の正面にあるバルコニーが舞台。バンドはバルコニー上にいて、道路側に背を向けた状態で演奏している。メンバーによると、撮影は深夜に行われ、現場は死ぬほど寒かったそうである。曲が始まる前の導入部では、巨大な壁画があしらわれた市民会館の外観がオーケストラ風の壮大なBGMと共に大きく映し出される(建物の外観はエンディングにも静止画でちらっと登場する)。美しいブルーの色調、カメラの躍動感、鮮やかなコマ撮り映像と電流のエフェクト、髪を縛ったスーツ姿の雄々しいハッチェンス……すべてが素晴らしい作品だ。一方、「Guns In The Sky」は館内の廊下で撮影されている。同じ廊下を何度も歩くというワンアイデアの低予算作品なのだが、その無限ループ感がシュールで面白い。アフィのヴィデオ「Difficult」(2010)は恐らくこれに触発されたものだろう。インエクセスの“プラハ三部作”(と勝手に命名させてもらう)はどれも傑作だ。

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インエクセス・ファンのための“プラハの歩き方”(クリックで拡大)

 ヴィデオの撮影場所を特定するためにプラハの画像をネットで片っ端から拾い集めるうちに、私はすっかりこの街の美しさに魅了されてしまった。カフカや建築ファンだけでなく、インエクセス・ファンにとってもプラハは是非とも一度は訪れてみたい場所である。

※プラハ市内の名所で撮影された有名な音楽ヴィデオとしては、他にボーイゾーン「Every Day I Love You」(1999)、AFI「Silver And Cold」(2003)、リンキン・パーク「Numb」(2003)、カニエ・ウェスト「Diamonds From Sierra Leone」(2005)、ジェイソン・ムラーズ「Lucky」(2009)、ニーヨ「Part Of The List」(2009)などがある。若い世代の音楽ファンは、インエクセスよりも、むしろカニエ・ウェストのヴィデオによってプラハの光景(カレル橋や旧市街広場)を記憶に留めているはずである。1ヶ月前の記事“You were there──名作ヴィデオ・クイズ”の画像群には、「Diamonds From Sierra Leone」に登場する風景も混ぜてあるので、併せて確認して欲しい。カニエはよほどプラハを気に入っているらしく、後に「Runaway」(2010)や「No Church In The Wild」(2012)でもロケ地に選んでいる(名所で撮影されているわけではないが)。ちなみに、この記事を書いている最中に初めて知ったことだが、リアーナ「Don't Stop The Music」(2007)もプラハで撮影されたのだという(Radost FXというクラブらしい。プラハである意味が分からない……)。


ROCK HARD IN A FUNKY PLACE

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'87年、『KICK』発表当時のインエクセス

 インエクセスは面白いバンドだった。同時代のバンドで言うと、U2とサイケデリック・ファーズとデュラン・デュランを混ぜたような感じである。

 ロック・バンドにしては珍しく、彼らはオリジナル・メンバーの中にサックス奏者を擁していた。この特殊な編成は、バンドが兄弟を中心に結成されている点も含め、サイケデリック・ファーズと似ている(ファーズはヴォーカルとベースの2人が兄弟、インエクセスはキーボード、ギター、ドラムの3人が兄弟。チェッカーズにも似ているか……)。インエクセスは歯切れのいいギターのカッティングやリフを軸にしたファンキーでダンサブルなサウンドを得意とした。シンセを使ったポップなホワイト・ファンク、また、音楽ヴィデオが成功に大きく繋がったという点では、デュラン・デュランにも似ている(両者にはナイル・ロジャースが制作に絡んでいるという共通点もある)。

 最も近いのは、やはりU2だろうか。U2はアイルランド、インエクセスはオーストラリア出身のバンドである。彼らはポップ・ミュージックの中心地であるアメリカやイギリスではなく、いずれもその辺境、つまり、田舎から出てきた兄ちゃんたちであり、似たような垢抜けなさ、イモっぽさがあった。上の写真からも分かると思うが、フロントのハッチェンスはともかく、インエクセスのメンバーたちは皆揃ってイケてない。服装も相当にダサかった。U2と同様、辺境からアメリカの音楽を発見し、学習していったことで逆に面白いサウンドが生まれたような気がする。ハッチェンスとボノはキャラも似ているが(両者は親友でもあった)、インエクセスとU2はサウンド面でも色々と共通点が多い。メンバーが不動で、バンド全員が家族のように親しいという点も似ている。

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マイケル・ハッチェンス(左)、ジム・モリソン(中)、ミック・ジャガー(右)

 マイケル・ハッチェンス個人に関して言うと、彼はまず明らかにジム・モリソンのイメージを背負っている。革パンを穿き、マイクスタンドにかぶりついて髪を振り乱しながら歌う彼はセクシーで、いかにもロック・スターらしいカリスマ性があった。インエクセスを魅力的にしていたのは、何と言ってもハッチェンスのこのモリソン譲りの強烈なキャラである。

 ブルースをルーツにしたハッチェンスの豪快な歌唱スタイルはモリソンにも似ているが(酔っ払ったようなクルーナー唱法もそっくり)、ヴォーカリストとしてより個性が近いのはミック・ジャガーである。インエクセス作品を聴きながらハッチェンスのヴォーカルを脳内でミック・ジャガーに変換すると、何の違和感もないことに気付くだろう。『KICK』の最終曲「Tiny Daggers」などは、ストーンズがそのままレパートリーにできそうな曲だ。逆に、例えば「Hot Stuff」「Dance」「Emotional Rescue」「Miss You」「Undercover Of The Night」「Too Much Blood」といったストーンズのダンサブルな曲は、改めて聴くと、まるでインエクセスのように聞こえはしないか。この2つのバンドは黒人音楽の咀嚼の仕方がまるで一緒だと思う。もちろん、インエクセスがストーンズのエピゴーネンだったと言いたいわけではない。『KICK』の白眉と言うべき「Need You Tonight」「Mediate」のメドレーでは、独自のクールなファンクに続けて、ストーンズにはできなかったヒップホップの見事な白人解釈まで見せている(*)。'80年代に登場したポスト・ストーンズ的なロックンロール・バンドと言うと、多くの人は真っ先にガンズン・ローゼズを思い浮かべるだろうが、ストーンズがファンクやディスコまで呑み込んでいたことを考えると、ある意味、インエクセスこそ“ストーンズの正しい'80年代的展開”だったのではないかとも思えてくる。言うまでもなく、黒人音楽の白人解釈という点で、ローリング・ストーンズは史上最高のバンドである。'80年代、オーストラリアのイモ兄ちゃんたちは、ストーンズと全く同質の音楽をヒットチャートの上位に次々と送り込んでいた。「Need You Tonight」に至っては、ビルボード年間チャート1位である。偉大なことではないだろうか(ちなみに、『KICK』を気に入った私は、その後、『TALK IS CHEAP』でキース・リチャーズにハマり、『STEEL WHEELS』で完全にストーンズ・ファンになったのだった)

(*)「Mediate」のインスピレーション源は、ルー・リード「Walk On The Wild Side」(1972)かもしれない。“Doo, doo, doo, doo, doo, doo”というリフレインと終盤のサックス・ソロは偶然の一致だろうか? そう考えながら改めて「Mediate」を聴くと、今にもあの印象的なアップライト・ベースのリフが聞こえてきそうではないか。ラップ調のヴォーカルはヒップホップではなく(影響がないわけではないだろうが)、ルー・リードのトーキング・ブルース風の歌唱スタイルを意識している可能性がある。「Mediate」は'10年にトリッキーがカヴァーしてもいた。あと、全くの余談だが、'11年2月のメイシー・グレイ来日公演の際、終演後に流れたBGMが「Mediate」だった(メイシーは多分インエクセスが好きなのだと思う)。


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INXS feat. Terence Trent D'Arby Live in Sydney 1999
Date: 12 June 1999
Venue: Stadium Australia, Sydney, Australia
Performance: New Sensation / Kick / Never Tear Us Apart / What You Need

 '97年にマイケル・ハッチェンスが他界した後も、インエクセスはヴォーカルに何人か代役を立ててバンドを存続させている。そこにはまるで、山田康雄の代わりに栗田貫一が声を担当する『ルパン三世』のような自然さと、同時に、拭いがたい違和感がある(エピゴーネンとしては、'05〜10年にフロントを務めたJD・フォーチュンという男が最も優秀だった。見るからにバカっぽいが……)。どれだけ似たようなヴォーカリストを見つけて来てもハッチェンスの穴は埋めようがないし、模倣を繰り返す限り、絶対に先代を超えることはできない。すっかりトリビュート・バンドと化しているインエクセスだが、しかし、過去にたった一度だけ奇蹟が起きたことがある。'99年6月12日、場所はシドニーのスタジアム・オーストラリア。'00年のシドニー五輪開催のために建てられたスタジアムの公式オープニング・セレモニーで、インエクセスはヘッドライナーを務めた。ハッチェンスの穴を埋めたのは、なんとテレンス・トレント・ダービーだった。

 インエクセスが『KICK』で絶頂期にあった'87年にソロ・デビューし、インエクセスとは逆に、黒人の側から白人音楽にアプローチしていたのがテレンスだった。違うのは肌の色だけで、両者の目指している音楽には明確な接点があった。おまけに、テレンスはライヴでストーンズの秀逸なカヴァー(「Under My Thumb」「Jumpin' Jack Flash」)まで披露していた男である。相性は悪いはずがない。彼はハッチェンスの2つ年下で、バンドのメンバーたちとは同世代。その日、彼は友人でもあったハッチェンスのために、バンドの地元であるシドニーのステージに立った。

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 披露されたのはインエクセスの代表的ナンバー4曲。1曲目「New Sensation」からぶっ飛ばされる。テレンスの加入で一気にファンク濃度5割増しである。ヴォーカルがテレンスになっただけで、まるでウィルソン・ピケットの古典ナンバーのような趣になる。続く「Kick」も激烈。テレンスの相変わらず切れ切れなJB風アクションも最高だ。バック・ヴォーカル隊(白人女性2名+黒人男性1名)もR&B色を助長する。バンドの演奏自体は基本的にいつも通りだが、「What You Need」では途中からジャングル・ビートになり、テレンスの持ち歌「Do You Love Me Like You Say?」のフレーズを挿入して、このタッグならではの熱い展開を見せる。アップ・ナンバー3曲はどれも悶絶ものだ。まるでオーティス・レディングの「Satisfaction」を聴くような感動がある。

 “僕らの友人、マイケル・ハッチェンスの素晴らしい思い出に捧げます”というテレンスの前置きで披露される「Never Tear Us Apart」には言葉が出ない。ハッチェンスの葬儀の際、バンドのメンバーたちが彼の棺を聖堂から運び出す時に流されたのがこの曲だったという。公の場で演奏されるのは、ハッチェンスの死後初めてのことだ。このアンセムを、テレンスはハッチェンスとは全く異なる独自のソウル・マナーで歌い上げる。まるで鎮魂歌のようだ。“何ものも僕らを引き裂けない”という歌詞は、そのまま天国のハッチェンスへの手向けでもあるだろう。これ以上のトリビュートがあるだろうか。全く奇蹟としか言いようがない感涙の全4曲である。

 テレンスをフィーチャーしたファンキー・インエクセスは、残念ながらこの一夜限りで終わった。その後、彼がインエクセスの正式ヴォーカリストに就任し、バンド活動とサナンダ・マイトレーヤとしてのソロ活動を並行させていれば、双方にとって大いにプラスになったように思う。あまり長く続くとも思えないが、サナンダ+インエクセスで是非ともアルバム1枚は作って欲しかった。この組み合わせは最高すぎる。もっとも、一夜限りだからこそ奇蹟は起きたのかもしれないが……。いずれにせよ、私はこのライヴ映像を見て、インエクセスというバンドの面白さを改めて強く認識した次第である。


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 全盛期を過ぎた頃に他界したこともあって、マイケル・ハッチェンスはカート・コバーンのようにロック教の偶像として祭り上げられることはなかった。彼の死は不幸以外の何ものでもないが、それによって過大な評価が与えられなかったことは、ハッチェンスにとっても、代役を立ててバンド活動をそのまま継続しているメンバーたちにとっても幸いであったように思う。

 あまりまともに語られることがないのも、このバンドらしいと言えば、らしい。ロック・バンドとして真面目に語るには彼らはポップすぎるし、ポップ・バンドにしては真面目にロックしすぎている。そして、ロックと言うには彼らのサウンドはやけにファンキーだ。このよく分からないところがインエクセスというバンドの魅力である。U2のようにロックに対して批評的なアプローチをとらなかったことが'90年代以降の彼らの失墜──および、現在に至るまでの彼らのあまり高くない評価──の原因なのだろうが、だからと言って彼らの音楽が必ずしも劣っているということにはならないと思う。U2では踊れないが、インエクセスでは踊れる。「What You Need」「Listen Like Thieves」「Need You Tonight」「New Sensation」「Suicide Blonde」といった名曲の数々には、聴くと無条件で身体が動き出し、“It's only Rock 'n Roll but I like it”などという古くさい台詞をうっかり口走りそうになるマジックがある。たかがインエクセス、されどインエクセス。今日も私は『KICK』に耳を傾け、昔と同じように“カッコいいな”とただ単純に思うのである。

 ありがとう、マイケル・ハッチェンス。私はあなたのことをいつまでも忘れない。
 I LOVE INXS!



BECK, PALOMA FAITH, JOHN LEWIS, and KICK 25

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ベックとその仲間たちによる驚異の『KICK』全曲カヴァー(2010)

 おまけ情報。インエクセス作品は多くのアーティストにカヴァーされているが、特筆しておきたいのは『KICK』の全曲カヴァーに挑戦したベックである。色んなアーティストの過去の名盤を丸ごとカヴァーする彼の実験的プロジェクト“Record Club”の第4弾。'10年3月3日に約12時間かけて『KICK』の全12曲が録音され、その模様を収めた動画がベックのサイトで公開された。セッションには、ライアーズやセイント・ヴィンセントのメンバーも参加。クラウト・ロック的なアプローチで『KICK』の可能性が押し広げられていて実にスリリング。全曲面白い。ポーティスヘッドの『THIRD』が好きな人などにも一見をお勧めしたい。動画の公開のみで音盤化されていないのが残念だ。

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パロマ・フェイスによる「Never Tear Us Apart」カヴァー(2012)

 「Never Tear Us Apart」は、'12年9月にパロマ・フェイスによる素晴らしいカヴァー版が発表された。オリジナルに真正面から挑んだ入魂のカヴァー。ヒリヒリとした緊張感はかつてのアニー・レノックスを思い出させる。パロマ・フェイスは'09年にデビューしたイギリスのポップ・シンガー('85年生まれ)。声はブルージーだが、ルックスは奇抜で、パフォーマンスも演劇的要素が強い。ロイシン・マーフィー、エイミー・ワインハウス、ジャネル・モネイ、ラナ・デル・レイなどを混ぜ合わせたような雰囲気のアーティストだ。彼女はロンドンのセント・マーティンズ芸大の出身で、シャーデーやソフィ・ミュラーの後輩に当たる(デビュー曲「Stone Cold Sober」のヴィデオはソフィ・ミュラーが監督していた。別監督が手掛けた他のヴィデオもソフィ・ミュラー風だったりする)。「Never Tear Us Apart」は、過去にトム・ジョーンズ+ナタリー・インブルーリア(1999)、ジョー・コッカー(2002)、ベン・ハーパーミレーヌ・ファルメール(2010)らによっても取り上げられているが、これまでのカヴァーの中では私はこのパロマ・フェイス版を最も高く買いたい。個人的には、シーロー・グリーン、ザ・ヘヴィー、シール、ハムダン・アル・アブリあたりにソウルフルなカヴァーをお願いしたいのだが……。

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パロマ・フェイス「Never Tear Us Apart」が使われたジョン・ルイスのCF(2012)

 パロマ・フェイスの「Never Tear Us Apart」は、イギリスの老舗百貨店、ジョン・ルイスのCFソングに使われた('12年9月放映開始)。画面を左右に分割し、1925年に生きる少女と現代に生きる青年の時空を超えた恋を描いたハートウォーミングな作品。最後に“大切なものは変わらない(What's important doesn't change)”というメッセージと、ジョン・ルイスが'25年から掲げる“どこよりも安く(Never Knowingly Undersold)”の謳い文句が表示される。もちろん、主人公の2人は実際に時空を超えて付き合っているわけではなく、互いの相手は同時代に生きる別人に違いない。'25年の少女と現代の青年だけを取りだして並列しても関係が成立するところがポイントである。どこよりも安く商品を提供するジョン・ルイスのポリシーは、人を愛する気持ちと同じく昔も今も変わりません、というわけだ。“何ものも2人を引き裂けない”という歌詞が、不思議なラヴ・ストーリーを描いた映像に完璧にマッチしている。私は不覚にも感動してしまった。

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 MJ『BAD』と同じように、インエクセス『KICK』も『KICK 25』という25周年記念盤が出ている('12年9月24日発売)。オリジナル『KICK』(Disc 1)+アルバム未収曲、12"ミックス、デモ、ライヴ録音などをまとめたレア音源集(Disc 2&3)+メンバーが楽曲ごとに『KICK』を回想するインタヴューなどを収めた映像集(DVD)から成る3CD+1DVDの4枚組スーパー・デラックス版と、オリジナル『KICK』(Disc 1)+厳選レア音源集(Disc 2/スーパー・デラックス版のディスク2&3のベスト的内容)から成る2枚組デラックス版の2種類がある。私は'11年に出たリマスター盤『KICK』を持っているので、この25周年記念盤には手を出していない。これから初めて『KICK』を聴く人は、『KICK 25』の2枚組デラックス版を買えばいいのではないか(まあ、普通に単品の'11年リマスター盤を買ってもいいと思うが。安いし)。

 インエクセスのキャリアを手っ取り早く俯瞰したい人には、'11年に出た2CD+1DVDの3枚組ベスト盤『THE VERY BEST』がお薦め。このベスト盤は選曲と曲順が素晴らしい。時系列ではなく、聴いていて盛り上がるような順序で上手く並べられている。まるでファンが一所懸命に考えたベストテープみたいな構成なのだ(名曲オンパレードで怒濤の展開を見せるディスク1が凄まじい。超アガる。'11年リマスターで音質も最高)。私が待ち望んでいるのは、先述したテレンス・トレント・ダービー参加の'99年のライヴ映像のソフト化、および、インエクセスの音楽ヴィデオを完全網羅したDVDの発売なのだが、いつまで経っても実現しない……。



You were there──名作ヴィデオ・クイズ



※この記事は、もともと記事番号(URL)230で投稿され、'16年8月1日にfc2によって凍結された記事を、テキストの一部を削除した上、新たなURLで再投稿したものです。詳しくは“お知らせ:凍結記事復刻について”をご覧ください。

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