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熱狂の阿修羅ジャパン・ツアー2009

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 興福寺の創建1300年を記念して行われ、日本中を熱狂の渦に叩き込んだ「国宝 阿修羅展」in 東京。阿修羅が奈良を離れて東京を訪れるのは、'52年(昭和27年)に日本橋三越で行われた「奈良春日興福寺国宝展」(会期18日間で50万人動員!)以来、実に57年ぶり。この歴史的大イベントに合わせて、新聞、雑誌、テレビ等の各メディアはこぞって阿修羅特集を組み、阿修羅は'09年春、仏像ファンのみならず、一般のあらゆる人々の注目を集めた。

 '09年3月31日から6月7日まで、上野の東京国立博物館・平成館で行われた展覧会には、興福寺からやって来た生の阿修羅を一目見ようと、子供からお年寄りまで連日大勢の人々が詰めかけた。海洋堂が製作した阿修羅の公式フィギュア(2,980円)1万5000個が、開幕から僅か2週間で完売し、ネット・オークションでプレミアが付くなど、阿修羅展は序盤から異様な盛り上がりを見せた。展覧会は最終的に会期61日間で延べ94万6172人もの観客を動員し、同博物館の日本美術展覧会として歴代1位の記録を樹立。同館で行われた過去の西洋美術展と比較しても、「モナ・リザ展」('74年/150万人)、「ツタンカーメン展」('65年/129万人)に次いで歴代3位となる驚異的な動員記録を打ち立てた。
 2009年、日本で最も客を呼べるホットなスターが、天平の美少年、阿修羅であることは間違いない。


上野で会いましょう

see_you_in_ueno.jpg 閉幕が迫る6月某日、私も阿修羅展へ行ってきた。阿修羅のライヴに行くのは今回が初めて。決して仏像ファンでない私も、生阿修羅を特別ステージで360度から拝めるとあっては、やはり行かないわけにはいかない。当初は会期中頃のあまり混雑していない時期を狙うつもりでいたのだが、美術展でも映画のロードショウでも、終了間際にならないと行かないクセがある私は、結局、会期中で最も客足が集中する最悪の時期に東京国立博物館を訪れた。

 平日の午前9時50分頃に会場に到着すると、9時半の開館にもかかわらず、博物館敷地前の入り口では既に「只今の待ち時間 60分」のプラカードが掲げられていた。行列に並ぶのが嫌いな私はこの時点でいきなり折れそうになったが、1300年前の仏像が57年ぶりに東京にやって来たのだから、60分待つくらい何だ、と自分に言い聞かせ、そのまま長蛇の列に加わると、後はひたすら阿修羅の如き面持ちでじっと1時間を堪えた。

 場内はものすごい熱気に包まれていた。客層は50~70代の中高年が圧倒的に多かったが、小中学生の子供、学生風の若者、その他、一般の大人まで、展覧会場はありとあらゆる種類の人々でごった返していた。

 興福寺の寺宝、約70件が一挙に出品された今回の「国宝 阿修羅展」。展示品のほとんどが国宝、もしくは重要文化財というとんでもなさである。
 場内を押し合いへし合い進んでいくと、興福寺中金堂の跡地から出土したマニアックな鎮壇具の数々(興味がないとガラクタにしか見えない)、静謐で摩訶不思議な阿弥陀三尊像(特別出展 from 法隆寺)、造形と質感が美しい華原磬(かげんけい/金鼓)などの前座に続いて、いよいよメイン・アクトとも言うべき八部衆と十大弟子が姿を現す。


天竜八部衆 featuring 阿修羅

 今回の展覧会の最大の目玉は、阿修羅の所属グループである天竜八部衆の全8躯+釈迦十大弟子の中で現存する全6躯──即ち、天平6年(734年)からサヴァイヴした興福寺のレジェンドたち全14躯が寺外で初めて集結したところにある。更には、彼らがガラスケースなしで露出展示され、様々な角度(阿修羅に関しては完全360度)から眺められてしまうという、今後(少なくとも私の生きている間は)二度と実現しないであろう、まさに空前絶後の大イベントなのである。

 巨大空間に八部衆と十大弟子がそれぞれ向き合って立ち並ぶ光景は実に壮観。像高はどれも150cm前後の原寸大に近いもので、非常にリアルな存在感を醸し出している。

 釈迦の十大弟子はいずれも似たような渋い袈裟姿だが、容姿や表情にそれぞれ個性があって味わい深い。全員いかにも賢者といった風情で、私は見た瞬間、“あ、ジェダイ・マスターだ!”と思った。迦旃延と富楼那などは、是非、右手にライトセイバーを持たせてみたい。

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ライトセイバーを持った迦旃延(かせんえん/左)と富楼那(ふるな/右)

 見慣れぬ武器に“ありゃま”な迦旃延も良いが、富楼那のこのカッコよさはどうだろう。メチャメチャ強そうだ。ビンビンにフォースを感じさせる十大弟子なのである(ちなみに、仏教では“フォース(理力)”のことを“ダルマ(真理)”と呼ぶ)。

 一方、仏法の守護神である八部衆もジェダイくささでは負けていない。むしろ、戦闘キャラで異形の多い八部衆の方がよほど『スター・ウォーズ』的と言えるだろう。迦楼羅、鳩槃荼に至っては、間違いなくそのまま映画に出演できる。

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迦楼羅(かるら/左)、鳩槃荼(くばんだ/中央)、沙羯羅(さから/右)

 鳥頭人身の迦楼羅はちょっと愛嬌もあるのだが、目線の合う位置から眺めると、これが異様にコワい。あれはちょっと今までに感じたことのない戦慄だった。迦楼羅はもともと興福寺西金堂(734~1717)の向かって左最端の最上段に並んでいた像で、頭がちょうど参拝者の方を向くように出来ている。西金堂で彼のすぐ右横にいたのが阿修羅で、両者はお隣さん同士。八部衆の中で阿修羅に次ぐ人気個性派キャラが迦楼羅なのである。

 八部衆も十大弟子も、壁から凸状に突き出たステージ上にそれぞれ立っており、壁際まで行くと後ろ姿も眺められる。頭上にヘビを巻き○ソのように乗せた沙羯羅は、ヘビが背中を伝って身体に巻き付いている様子もしっかり確認できた。彼らをCGでそのままリアルに動かして映画を作ったら、どれだけ素晴らしいだろう。今でこそファンタジーとして割り切ることもできるが、彼らの存在の生々しさをその場で体感すると、昔の人々がこうした精霊たちと半ば一緒に暮らしていたのだろうということが容易に想像される。

 八部衆のうち鳩槃荼、畢婆迦羅の2躯、十大弟子のうち羅ご羅の1躯は、初日3月31日から4月19日までの期間限定展示で、残念ながら私が行った6月の時点では見ることができなかった。こんなに凄いならもっと早く行っておけば良かった、と後悔。

※『スター・ウォーズ』を介して仏教に興味を持った人には、『スター・ウォーズで「仏教入門」ですか』(マシュー・ボートリン著/ハーディング祥子訳/春秋社/2005)という打ってつけの入門書があるので、お勧めしておきたい。


 さて、いよいよ阿修羅である。
 阿修羅は八部衆の一員なので、本来は彼らと同じ場所にいて然るべきなのだが、さすがヘッドライナーだけあって、彼だけは更に奥の特別スペースで観客を待っている。阿修羅の映像を流す複数のモニターが設置された緩やかなスロープ状の暗い小道を抜けると、遂にその三面六臂の輝かしい異形が姿を現した。

 阿修羅のいる空間に入ると、スロープを上った分、観客はまずバルコニーのような高い位置から、その下のフロアにいる阿修羅を、やや遠方から見下ろす形で視界に捉えることになる。
 もちろん阿修羅がどういう姿であるかは知っていたが、実際にその異形を目の前にした時のインパクトは、事前の予測を遙かに超えていた。細い身体、小枝のように張り巡らされた6本の腕、そして三面の顔。全くどこにも隙が見当たらない、どこからも攻めることのできないような圧倒的な佇まい。こんな奴は見たことがない。写真や映像で見るのと、実際にその存在をその場で認識するのとでは、やはり全く感じ方が違う。にわかには信じがたい、脚の震えるような凄まじい存在感で、阿修羅は私の目の前に静かに立っていた。

ashura_onstage.jpg 阿修羅はフロアの真ん中に設置された特別ステージに立ち、暗い空間内で照明を浴びて黄金色に浮かび上がっていた。そして、その周りを三重四重に取り囲むものすごい数の観客たち。バルコニーの縁にも黒山の人だかり。凄まじい熱狂ぶりである(この場内の模様は、まさしくトップに掲載した画像の通りである。実際には特別円形ステージだが)。
 やや離れた場所からしばし呆然と眺めていた私も、間近で阿修羅を見るため、彼を取り囲む人混みの輪の中に加わることにした。老若男女のあらゆる人間が入り乱れ、前の方はものすごいモッシュになっている。ポゴダンス風にピョンピョン飛び跳ねるオバちゃんや小学生、ダイヴして人の波の上を泳ぐオッサン(これはさすがにいない)などに気をつけながら、なんとか2列目くらいの位置までは辿り着いた。ステージの縁には係員がへばりついており、“押し合うと危険です! 2列目以降の方はいま一歩お下がりください! 時計回りにゆっくり移動しながらのご観賞になります!”などと叫んでいる。人の流れに身を任せ、ステージの周りをゆっくりと回りながら、阿修羅を360度から観賞する。

 阿修羅の像高は153.4cm。既に他の八部衆を目にしていたので、その大きさ(というか、小ささ)に違和感はなかったが、実際に間近で見て、阿修羅の線の細さにはさすがに驚いた。しかし、下半身や頭部とのバランスを含めて眺めると、痩せてはいるが、不思議と痩せすぎる感じはしない。独特の均整を持った本当に美しいプロポーションをしている。6本の腕にしても完全に左右対称でなかったり、横から眺めると、きちんと直立しているわけでもなく、なんとも微妙な姿勢をしていたりするところもアナログ感に溢れて実に味わい深い。
 そして、その最大の魅力でもある三面の顔だが、写真や映像では割とあっさりしているように思われた左右の顔は、実際には遙かに造形がはっきりしていた。正面からパッとシルエットで見ると、左右の顔は髪の一部のようにも認識でき、それが阿修羅の三面から違和感をなくしているように思われるが、これを徐々に側面に回り込んで見ていくと、第二、第三の顔がはっきりと現れ、何か近づきがたい、目に見えないバリアのようなもので身を囲っているような阿修羅の神秘的な印象が深まる。左右の顔は正面の顔の真横ではなく、ちょっと上の方に付いていて、その辺りも阿修羅の三面に奇妙さと自然さが混在する由縁かもしれない。二度と拝むことができないかもしれない背面には、戦闘の神の厳しさと寂しさがそこはかとなく漂っているようでもあり、やはり趣深い。

 360度から阿修羅を眺めていて、私が最もハッとしたのは、阿修羅の右手側(向かって左側)から時計回りに進み、背後を経て、左手側の真横に来た瞬間だった。眉をひそめ、何とも言えない苦悶と憂いを滲ませたあの正面の顔が、真横から見た時、全く印象の異なるとても穏やかな表情に変わっていたのである。それは、穏やかと言うよりは、何を考えているのかさっぱり分からない、あるいは、何も考えていないような(間の抜けているようにも見える)空っぽの表情と言った方が相応しいかもしれない。私はその位置からしばらく動けなくなった。

 近づいたり離れたりしながら阿修羅の回りをゆっくりと2周半し、最後に、最も印象の強かった左半身真横の姿を目に焼き付け、私はその場を去った。


 興福寺八部衆における阿修羅の存在というのは、人気、実力共に、いわばジャクソンズにおけるマイケルのようなものであって、他の7躯とは明らかに出来が違う。単純に三面六臂のルックスからして他を圧倒しているが、シャープなボディ、表情の深み、真っ赤に塗られた肌など、様々な点で表現が複雑、特殊であり、造形の切れも際立っている。八部衆の中で阿修羅だけが鎧で武装しておらず、上半身裸、下半身には菩薩風のスカートを巻き、足にサンダルを履いているのも大きな違いだ。誰がどう見ても八部衆のスターは彼であり、今回の展覧会も、まさしくダイアナ・ロス&ザ・スプリームズ、ならぬ、阿修羅&ザ・八部衆(七部衆か)という感じだった。八部衆が解散することはさすがにないと思うが、将来的に阿修羅のソロ・デビュー(単独ツアー)が実現する可能性はかなり高いかもしれない。

 今回のステージで阿修羅は上から照明を浴びせられ、ほとんど陰影のない姿になっていた。こうした見せ方については賛否両論あるようだが、阿修羅の元来の居場所(興福寺西金堂の向かって左側最上段。西金堂の開いた扉からの自然光に照らされ、右斜め下から見られることを想定して作られたとも言われる)とは完全に切り離し、全く別の展示方法を採ることで、この世紀の大傑作の魅力を多角的に提示した今回の展覧会は、どう考えても素晴らしい。唯一の欠点は、微かに残る赤い彩色が強い照明のせいで分かりにくかったことくらいだろうか(実際、私は見ている間中、色のことはすっかり忘れ、造形にばかり気を取られていた)。

 三つの顔、いや、千の顔を持つ興福寺・阿修羅。様々に印象を変え、見るほどに深みを増す三面の顔に、私たちは無限の感情のドラマを見る。異形でありながら、どこからどう見ても破綻のない麗姿を博物館で眺めていると、“どうだ、西洋人にこんなものは作れないだろう、ざまあみろ”という気にもなってくる。阿修羅の魅力に死角なし、ということを強烈に印象づけられた展覧会だった。


It's a 仏's World

 ところで、「国宝 阿修羅展」は、実は阿修羅を見終えた時点でまだ前半終了に過ぎないのである。後半では第2会場に移り、鎌倉時代に作られた興福寺の仏像が登場する。これらは今後、2010年に天平様式での再建が予定されている中金堂(1717年焼失)に安置されるのだという。これがとんでもないダイナマイトで、思わぬ衝撃に完全にぶっ飛ばされた。

 まず、第2会場に入っていきなり登場する四天王(康慶・作)の4躯。醜い邪鬼を容赦なく踏みつけながら、鬼のような形相でこちらを睨みつける像高2メートルの巨体は、いずれも躍動感に溢れ、超リアル、超ド迫力。今にも動き出しそうで、目線の合う位置から見上げると本気で猛烈にコワい。踏みにじられる邪鬼の“ひでぶっ!!”な描写もグロテスクで激烈だ。八部衆の迦楼羅もコワかったが、こちらはそれを更に超える。私が幼児だったら間違いなく泣いていただろう。

Bosatsu_JB.jpg 四天王が左右に立ち並ぶ通路をおっかなびっくり進んでいくと、その突き当たりには、これまた超ド迫力、3.62メートルの薬王菩薩(写真)がドーンとそびえ立っている。そして、そのまま順路を曲がっていくと、これまた同じスケールで左右対称のポーズを取った薬上菩薩がデーンと現れる。展示内容は事前に写真で確認していたが……こんなにデカいなんて聞いてねえぞ!
 八部衆や十大弟子にしてもそうだが、本来の堂内でなく、博物館のだだっ広いシンプルな空間に点在することで、仏像そのものが持っている個性の強烈さ、造形のヤバさというものが逆にストレートに伝わってくる。次々と出現する常軌を逸した巨大キャラたちに、私は半ば異世界に迷い込んだような錯覚に陥り、歩きながら軽い目眩を覚えていた。ああ、オレって小っぽけな存在……。

 前半の阿修羅を含む八部衆、および十大弟子は、間違いなくこの展覧会のハイライトなのだが、後半の仏像群は全くノーマークだっただけに、とにかくインパクトが半端でなかった。すべて見終わってみれば、四天王のコワさと、薬王・薬上菩薩の重量感が頭にへばりついて離れない、という全く予想外の展開。ジャクソンズのフル・コンサートを観た後に、いきなりJBのショート・レヴューが始まり、メドレーで一気に全部持っていかれた、という例えは、この展覧会に対する私の印象をかなり正確に伝えるような気がする(そういやマイケルも見たよなあ、みたいな)。

 今回出展された阿修羅含む八部衆、十大弟子+αの仏像群だけでも尋常でないが、実は興福寺には他にもまだ、金剛力士、天燈鬼・龍燈鬼、無著・世親など、ヘッドライナー級の大物がうじゃうじゃいる(特に無著と世親はドープ!)。彼らまでやって来ていたら、会場には失神者や死人も出ていたかもしれない。恐るべし、興福寺。恐るべし、仏陀ワールド、なのである。

 何はともあれ、仏像はライヴが一番。生で拝まなければ意味がない、という点だけは強調しておきたい。

 すっかり虚脱してしまい、狂気じみた賑わいを見せる物販コーナーもほどほどに会場を出てみると、国立博物館前の行列は更に伸びており、私が来た10時前の時点で60分だった待ち時間は、90分に変わっていた。“修羅、修羅、阿修羅、修羅……”と山口百恵の「夜へ」を口ずさみながら、私は昼過ぎの上野をよろよろと後にした。


独占! 阿修羅インタビュー

 “天平の美少年”、“イケメン仏像”、“抱かれたい仏像ナンバー1”の名を欲しいままにする仏像界のスーパースター、阿修羅。今回私は、八部衆の一員である彼への単独インタビューに成功した。興福寺の阿修羅がこうした取材に応じるのは1300年間で初めてのこと。仏法を守る過密スケジュールの中、遂に実現した史上初の貴重な阿修羅・独占インタビューをお楽しみ頂きたい。

質問壱:今回の「国宝 阿修羅展」では、2ヶ月間で100万人近くもの人々があなたに会うために会場を訪れました。和銅3年(710年)の興福寺創建、あなたが造られた天平6年(734年)から1300年を経た平成という時代に、こうして大きな注目を浴びることになったお気持ちは如何ですか?

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質問弐:帝釈天との確執がインド情報筋から伝えられていますが、彼については正直どのようにお感じですか?

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質問参:戦闘の神だったあなたも、釈迦の説法を聞いて仏法の守護神になりました。どのような心境の変化があったのでしょう?

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質問四:もう少し詳しく訊かせて下さい。

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質問伍:現在、世界は大きな不況に見舞われ、生きる希望を失っている人が少なくありません。また、人間は私利のために相変わらず戦を行い、中には、核という恐ろしい武器を作って神に近づこうとする者もいます。このような現世の人々に対して何か言いたいことはありますか?

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質問六:好きな異性のタイプは?

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質問七:ずばり、あなたにとって仏教とは?

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質問八:最後に全国のファンに向けてメッセージを。

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 阿修羅の答えは常に深遠であり、容易にその真意を知ることはできない。たとえ同じ質問をしても、質問の角度や、問う側の心持ち次第で答えはいくらでも変化するように思われる。ひとつ間違いなく言えるのは、阿修羅は今後も釈迦の説法に耳を傾け、内に様々な感情を秘めながら合掌し、その三面六臂の異形と不思議な眼差しで見る者を魅了し続けるだろうということだ。
 さて、あなたは阿修羅から一体どんな答えを受け取るだろうか?
 
(八部衆全員のインタビューを掲載予定だったが、スペースの関係上、割愛する。尚、私見だが、インタビューでずば抜けて面白い答えを返してくるのは、やはり阿修羅であるように思う)

 
今度は九州で会いましょう

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 大興奮の阿修羅ジャパン・ツアー2009は、7月14日から九州国立博物館に会場を移して再スタートする。阿修羅が本州を離れるのは初めてのこと。
 九州の「国宝 阿修羅展」には、八部衆のうち5躯、十大弟子では全6躯のうち4躯が参加(5躯が不参加)。残念ながら九州では規模がやや縮小されるようだが、それでも興福寺の全14躯のうち9躯が揃う。もちろん、主役の阿修羅はきちんといる。そして、東京と同じくガラスケースなしの露出展示、360度ぐるり見放題。これだけでも行く価値は十分にある(ついでに、東京で即日完売した阿修羅フィギュアも、新たに1万4000個が限定販売されるという)。九州地方に在住の人は、このチャンスを絶対に逃してはならない。

 また、九州での日程を終えた阿修羅は、その後、ホームである奈良・興福寺へ戻り、そこで10月17日から約1ヶ月にわたり、凱旋公演とも言うべき「お堂でみる阿修羅 興福寺国宝特別公開2009」へ参加することが既にアナウンスされている。阿修羅たちは通常、興福寺の国宝館にいるが、「お堂でみる阿修羅」では、八部衆、十大弟子の天平グループ全14躯が仮金堂内に一堂に並び、天平時代における西金堂の仏教空間が再現されるようだ。阿修羅が堂内に安置されるのは、実に112年ぶりだという。1300年間慣れ親しんだ興福寺で、久々にお堂というステージに立ち、阿修羅はきっと最高の姿を見せてくれるだろう。

 何と言っても、阿修羅はライヴに尽きる。写真や映像だけでは、阿修羅を見たことにはならない。その場で直に対峙し、体験することでしか、彼の真の姿は見えてこないのだから。さあ、君も阿修羅を見逃すな!


阿修羅 JAPAN TOUR 2009
1st Leg - 東京・東京国立博物館 平成館
「国宝 阿修羅展」
2009年3月31日~6月7日

2nd Leg - 福岡・九州国立博物館
「国宝 阿修羅展」
2009年7月14日~9月27日

3rd Leg - 奈良・興福寺 仮金堂
「お堂でみる阿修羅 興福寺国宝特別公開2009」
2009年10月17日~11月23日



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山口百恵は阿修羅である(エントリー執筆予定

※追記(2009.12.22)
このエントリーは本当に書くつもりでいたが、直後のマイケル・ジャクソン急逝によって頓挫し、結局そのまま執筆のモチベーションを取り戻すことができなくなってしまった。待っててくれた百恵ファンがいたら申し訳ないが、このタイトルのエントリーはボツにしたい(代わりに“山口百恵は国宝である”というタイトルでDVDボックス『ザ・ベストテン 山口百恵』に関するエントリーを書いた)。百恵に関しては、沢田研二とのバトルを振り返る更に別のエントリーを書くつもりなので、今度こそ待ってて欲しい!



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