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D'Angelo and the Vanguard @ Pacifico Yokohama 2016



 ディアンジェロ&ザ・ヴァンガードのコンサートを観た(再び)。
 
 すでに伝説化しつつある'15年8月の初来日公演から僅か7ヶ月後の再来日。前回、私は唯一の単独公演だったゼップ東京公演を最前ブロックで鑑賞し、20,000円のプレミア・チケット代金と共に燃え尽きた。あの時、Dは観客に向かって最後に“最高だった。また会おうな(That was so beautiful. So we'll meet again)”と言っていた。15年先くらいの再会を思い描き、私はDのその言葉を胸の奥に大切にしまったのだが……奴がこんなにも早く戻ってくるとは、あのとき一体誰が予想しただろうか。遅すぎたり早すぎたりで、この人のタイミングは本当にわけが分からない。


Y'ALL AIN'T READY──ゼップ東京公演を超えたD


またかいな……

 '15年8月半ばの来日公演の後、D&ザ・ヴァンガードは北米で4公演を行い、9月6日、プリンスの聖地でもあるミネアポリスのファースト・アヴェニュー公演をもってツアーを終えていた(その後もいくつかショウの予定があったが、Dの体調不良などを理由にすべてキャンセルされた)。バンドのメンバーたちはしばらく自由行動をしていたが(アイザイア・シャーキーはレイラ・ハサウェイのバンドで'15年12月末、クリス・デイヴは自身のプロジェクト、ドラムヘッズで'16年1月末に来日公演も)、その後、Dが再びヴァンガードの面々を召集し、'16年3月後半から新たなツアーが始まった。3月17日のウェリントン公演を皮切りに、メルボルン(3月19日)、シドニー(3月21日)、バイロンベイ(3月24日、26日)という日程でニュージーランド〜オーストラリアを廻った後、日本再上陸となる。どうやらオセアニア限定の単発的な気まぐれ小ツアーらしく、その後のコンサート予定はなし。日本のファンは実にラッキーだ(※4月初旬、6月末に行われる英グラストンベリー・フェスへの出演が新たに決定した)

 日本公演は、3月28日(月)パシフィコ横浜国立大ホール、3月29日(火)大阪国際会議場メインホールの2日間。私が行った横浜公演は一応ソールドアウトになったが、今回は前回のような熾烈なチケット争奪戦にはならなかった。ゼップ東京公演のチケット(9,000円)にはネット上で2万〜7万円くらいのプレミアが付いたが、今回の横浜公演チケット(S席11,500円、A席9,800円)は概ね定価〜1万円台の常識的な価格で取り引きされていた。『Black Messiah』発表から1年以上経って旬が過ぎた感は否めないし、前回観たから今回はパス、という人もかなりいただろう。また、パシフィコ横浜国立大ホールは、ゼップ東京(2,700人収容)の1.5倍以上の人数を収容する。前回観られなかった人たち+何回でも観たい物好きな人たちが、ちょうど漏れなく参加できる適正規模の興行だったように思う(ちなみに、前回はチケットがあまりに希少で会場周辺にはダフ屋もいなかったが、今回は普通にいた)

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パシフィコ横浜国立大ホール1階席(ディアンジェロ公演の場合。×××部分がステージ)

 私は某プレイガイドの先行予約に当選したが、回ってきたのは1階36列目という、かなり遠方の席だった。がっくし。が、実際に会場へ行ってみると、ステージは思ったよりずっと近くに感じられた。なぜだろう。パシフィコ横浜国立大ホールは、興行によって1階1〜9列目の可動席(上の座席表で黒く塗られている部分)が潰され、ステージが前方に設営される。今回のディアンジェロ公演はそのパターンだった。実質的な最前列は10列目となり、36列目という私の席も27列目に繰り上がっていたのである。国立大ホールの最大キャパは約5,000人──東京国際フォーラムのホールAと同規模──だが、可動席(全710席)がなかったので、実際の動員数は恐らく4,300人くらいだったと思う。ステージが広く、客席も横広がりなので、規模の割りには親密感のある──それでいて開放感もある──落ち着いた雰囲気のとてもエレガントな空間だった(広くて天上の高い喫煙所も実に快適)

 観客も落ち着いていた。前回は、Dに対する音楽ファンの注目や期待が最高潮に達していた時期に実現した超待望の初来日で、ゼップ東京に集まった観客たちは、みんな飢えた犬のように今か今かとDの登場を待ちわびた。夏のスタンディング会場ということもあり、開演前の場内には異様な熱気が立ちこめていたのだが、今回は違う。まるでピクニックか花見にでも来たような涼しい顔で、開演予定の7時30分を回っても、みんなのんびりと入場したり、呑気にトイレへ行ったりしている。前回のゼップ東京公演は43分遅れで開演した。時間通りに始まるはずがないことを、みんなきちんと知っているのである。

 案の定、開演は今回も大幅に遅れた。定刻を10分過ぎた7時40分頃、異例の場内アナウンスがあった。
 
「本日はご来場いただき、誠にありがとうございます。開演まで、準備作業のため、もうしばらく時間がかかる見込みです。お待たせして申し訳ございません。今しばらくお待ちください」

 一体、何の準備だ。誰の準備なんだ。この時点で、少なくともあと30分は始まらないだろうことが容易に察せられた。

 開演予定時刻からぼんやり待つこと40分。8時10分になって、二度目の場内アナウンスがあった。

「本日はご来場いただき、誠にありがとうございます。大変お待たせして申し訳ございません。間もなく開演いたしますので、もうしばらくお待ちください」

 にわかに盛り上がる場内。Dは遂にやる気になったようだ。……が、この後、観客は更に20分も待たされるのである。

 開演前の場内には、それまでずっと'70年代のソウル/ファンク・クラシックがBGMとして流れていた。耳を澄まさないとよく聞こえないくらいの小さな音量だったが、私が気づいた範囲では、ジミー・キャスター・バンチ「It's Just Begun」、アース・ウィンド&ファイア「Getaway」、ビル・ウィザーズ「Who Is He (And What Is He To You)」などが流れていた(EW&Fは、実は公演終了時にもう一度流れることになる)

 8時10分に二度目の場内アナウンスがあった後、今度は大音量でJ・ディラ「Think Twice」が流れ始めた。ディラの曲はその後も続いた。ゼップ東京公演のときと全く同じパターンである。今回も『Welcome 2 Detroit』と『Donuts』のよく分からないチャンポン再生だったが、曲順は前と違った。以下、8時10分から18分間にわたって流れたディラ曲の完全リストを記しておく。

Think Twice
One For Ghost
Rico Sauve Bossa Nova
Workinonit
B.B.E. (Big Booty Express)
Brazilian Groove (EWF)
Y'all Ain't Ready
Gobstopper
Dilla Says Go
Thunder
One

 「Y'all Ain't Ready(おまえら準備できてない)」(それはあんただろ!)の後、「Gobstopper」を挟んで、「Dilla Says Go(ディラ曰く“行け”)」。もしかすると、ディラのトラックはDの“やる気スイッチ”なのかもしれない。「Thunder」の途中で客電が落ち、「One」が早々とフェイドアウトしたところで遂に開演となった。時刻は8時28分。余裕の1時間押しである。Dは──少なくとも遅延に関しては──見事にゼップ東京公演を超えた。


THE RETURN OF THE HEAVYWEIGHT FUNK CHAMPION
──ヘヴィー級ファンク王者の帰還


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「Devil's Pie」──リッチモンドの黒い怪鳥、D登場

 “テケテケテケテケ……”というお馴染みの電子音サンプル(ピエール・アンリ&ミシェル・コロンビエ「Jericho Jerk」)に続き、ヘヴィー級のベース・リフが響くと、会場は大きな歓声で包まれた。今回の幕開け曲は「Ain't That Easy」ではなく、「Devil's Pie」。かつて〈Voodoo〉ツアーでもオープニングを飾ったDJプレミア制作の必殺曲だ。イントロに乗ってDが姿を見せると、場内は更に沸いた。黒い羽がワサワサとついたゴシックなストールで上半身を覆い、鳥のお化けみたいになっている。ちょっとグラム・ロッカーっぽいファッションだが、雰囲気としては“烏天狗”という形容がしっくりくる(下駄を履かせたい)。しばらくステージで運動していなかったせいだろう、体型は前回来日時よりもデブって見えた。

 「Devil's Pie」は、〈Voodoo〉ツアー同様、カッティング・ギターやホーン・サウンドを加え、'80年代後半のプリンス(「Crystal Ball」あたり)を彷彿させる不穏なエクスペリメンタル・ファンクに仕立て直されていた。が、今回は〈Voodoo〉ツアー版と違い、途中でメジャー調に転じてバンドが全開になり、ゴスペル的な祝祭感・高揚感と共に一気に観客を天まで連れていくような新展開があった(まるで「Eye No」みたいだった。この曲、プレミアのオケのドープさにばかり耳が行くが、もともとは「Starfish And Coffee」みたいな曲だったのではないか?)。頭打ちのスネアでクリス・デイヴが煽りまくり、Dものっけから激しく咆哮する。シャトルの打ち上げみたいな垂直上昇感がスゴい。天狗っぽい格好はダテではないのだ。

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「Red Hot Mama」──ファンカデリックで観客をメタリックKO

 Dのマザーシップはロケット・エンジンで一気に大気圏を突破し、そのままファンカデリックのカヴァー「Red Hot Mama」で宇宙空間へ躍り出た。『Black Messiah』序盤の方向性に合致するハードなブラック・ロック曲で、これも今回の小ツアーの新レパートリー。アイザイア・シャーキーがメタリックな音色で分厚いパワーコードを弾き、ジェシー・ジョンソンがジミヘン〜エディ・ヘイゼル流儀の傍若無人なギター・ソロをカマす。Dも例の変形ギターを手にしてのパフォーマンス。バンドの演奏も相当にハイエナジーだが、何よりD自身のテンションが異常なほどに高い。“イェアアアー!”、“ギェアアアー!”、“△□◎♢▽☆ー!”といった、まるでコンサート終盤のようなブチ切れたシャウトを連発し、プリンス「Endorphinmachine」ばりの勢いでガンガンに攻めまくる。中盤では、右手を軽く握って横に振るような仕草をしながら“妄想ごっこってやつだ。頭をシゴくんだ。オーライか、トーキョー?!(“It's what we call "mental masturbation". Jerkin' off your mind. Is that alright, Tokyo?!”)”と言ってDが観客を煽る場面もあった。横浜なのに“トーキョー”という点も含め、ちっともオーライじゃない煽りだったが、観客はとりあえず“Yeah!”と答えていた(“mental masturbation(精神的自慰)”というのは、自己完結した享楽的な空想のことを言う。要するに、“妄想男子”とか“妄想女子”といった文脈で使われる“妄想”のこと。“想像力でぶっ飛べ”的なニュアンスでDはそう言ったのかもしれない。ちなみに、ファンカデリック『Standing On The Verge Of Getting It On』で「Red Hot Mama」の次に収録されている妄想ソング「Alice In My Fantasies」には、ずばり“mental masturbation”というフレーズが登場する)。前回はじわじわとファンク度を上げ、ボディブロウのような演奏で巧みに観客を酩酊させていったが、今回のDは明らかに最初からKOを取りにきていた。防衛戦に臨む現ファンク世界王者Dである。

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7人編成の新ヴァンガード(横浜公演でジェシーはキャスケットを被ってフライングVを弾いていた)

 D自身は重量化していたが、再編ヴァンガードは前回よりも軽量化した7人編成。サックスとトランペットのホーン隊2名、更にバック・ヴォーカル隊から紅一点のジョイが抜けた。その他、編成自体は同じだが、ベースはピノ・パラディーノから息子のロッコ・パラディーノに、鍵盤はカーク・フランクリン(プリンス〜Dファン必聴。良書『新R&B入門』でなぜか選外だった)の長年の相棒で、クリス・デイヴのドラムヘッズにも参加していたボビー・スパークスに交代。ホーン隊がいなくなったため、鍵盤奏者の仕事の半分はホーン・サウンドを再現してその穴を埋めることに変わっていた。クリス・デイヴ、アイザイア・シャーキー、ジェシー・ジョンソン、バック・ヴォーカルの野郎2人は続投。各人の立ち位置は前回とほぼ一緒だが、右端のジョイが不在のため、左端に固まっていたバック・ヴォーカル2人が左右に散った。野郎ばかりでステージは猛烈にむさ苦しい。

 ゼップ東京で10人編成の音の厚みを体験した者にとっては、この人員削減だけでもかなり物足りなく感じられるが、たった7公演の小ツアーのために再びこれだけメンバーを揃えてくれたのだから、あまり文句は言えない。ホーン隊の不在が特に痛いが('70年代のオーセンティックなファンク感にこだわったDのライヴに、やはり生のホーンは欠かせない要素だと思う)、コンサート序盤に関しては、それを反映してきちんとセットリストも刷新されていた。

 「Red Hot Mama」から1小節のスネア頭打ちを合図になだれ込んだのは(もろにプリンスっぽい繋ぎ方!)、これまた新レパートリーの「Feel Like Makin' Love」。〈Voodoo〉ツアーでもやっていた定番カヴァー曲だが、今回はアレンジをガラリと変えてきた。Dには珍しい清涼感のある煌びやかなシンセ、ミュート弾きの軽快なリズム・ギターは、ここ数年のトレンドでもある'80年代初期ディスコ・ファンクを思わせるもの。リミックス的な編曲センスや、プリンスっぽいポップな粘着ファンク感で、古典曲を今風に実にカッコよく聴かせた。ロケット発射したマザーシップに完全に乗り遅れていた私は、ここでようやく少し追いつくことができた。とはいえ、ここでジョイ(あるいは、ケンドラ・フォスター)の不在の重みを感じ、いまいち乗り切れなかったのも事実である。こういう艶っぽいR&B曲では、やはり女性バック・ヴォーカリストが欲しい。ヴィジュアル的にも、女性がいるのといないのとでは華やかさがまるで違う。これは男の世界……だが女がいなけりゃしょうがない──JBもそう歌っていた。

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「Really Love」──艶やかなファルセットで観客の心を盗むD

 セットリストが変わったのは以上の冒頭3曲までで、これ以降は基本的に前回の縮小版みたいな内容だった。「Feel Like Makin' Love」の次に披露されたのは、スパニッシュ調の人気バラード曲「Really Love」。イントロのストリングスSEは前回よりも短めセットリスト上の呼び名は「Clare Fischer Interlude」から、きちんと「Brent Fischer Interlude」に改められた)。Dはインタールードの間にバックステージで軽くお色直し。前回のポンチョに代わり、今回は上の画像のような盗賊っぽい格好で、またまた素晴らしい歌声を聴かせてくれた。

 パシフィコ横浜国立大ホールの音響は決して悪くなかったが、全体的に中高域のキツいギスギスしたサウンドで、音数が増えるとベースが埋もれがちなのが気になった(アリシア・キーズの'13年横浜アリーナ公演──まるでAMラジオを爆音で聴かされているようだった──に較べれば、遙かにまともな音だったが。開演前に大音量で流れたJ・ディラのトラックは非常にクリアな音像だったので、会場の構造というよりは、むしろPA操作に問題があったように思う)。ゼップ東京で「Really Love」を聴いたときは、ピノ・パラディーノの寡黙なウォーキング・ベースに魅了されたが、残念ながら今回、この曲でロッコ・パラディーノの演奏はほとんどまともに聞こえなかった。代わりに耳が行ったのは、クリス・デイヴのドラム。微妙に遅れて付いてくるようなバスドラのスウィング感が気持ち悪くて気持ち良い。終盤では前回と同じようにDとアイザイア・シャーキーの掛け合いが観客を沸かせたが、私はずっとドラム・ビートの不思議な揺らぎに耳を傾けていた。

 これに続くメッセージ・ソング「The Charade」では、イントロでDが観客に拳を掲げることを要求。一体感が生まれにくい広いホール会場だからだろう、Dは前回以上に強く観客に呼びかけていた。サビも積極的に歌わせようとしていたが、日本人が歌うには難易度が高く、さすがに大合唱とはならなかった。後半では、シャーキー、D、ジェシーの3人が並んでギターを弾くお馴染みの場面も。前回、ステージを左右に移動しながらソロを弾いたジェシーは、今回は中央から微動だにせず(笑)。基本的にあまり動かない人ではあるが、今回はいつにも増してアクションが少なく、まるでリハーサルでもやっているような雰囲気で黙々と演奏に打ち込んでいた(疲れていたのかもしれない。一応、リード・ギタリストなのだから、もうちょい派手めに動いた方が良いと思うのですが……)。バンドのパフォーマンス自体は前回と同じくらい熱かったと思う。が、爆音の演奏が洪水のように観客を飲み込んだゼップ東京公演に較べると、やはり客席とステージの物理的な距離が気になる。音もステージも遠く、どうしても傍観してしまいがちだ。単にこちらの意識の問題とも言えるが、少なくとも、ゼップ東京公演のときにあった、有無を言わさず参加させられるような感じはなかった(逆に、サウンド自体は前回よりも聴きやすかった。ゼップ東京では何が鳴っているのか分からない“ウォール・オブ・爆音”状態だったが、今回は各パートの音がきちんと判別できた。PAのミックスはかなり頑張っていたと思う)

 客席とステージの間にある物理的、あるいは感覚的な距離は、(私に関して言えば)結局、最後まで完全に埋まることはなかった。次の「Brown Sugar」は、今回もフレッド・ウェズリー「Four Play」を下敷きにしたPファンク仕様での演奏だったが、ホーンが鍵盤で代用されたため、前回ほどの完コピ感はなかった。女性客と男性客に分けてサビを歌わせるコール&レスポンスや、“Wave from side to side!”と言って観客に両手を振らせる盛り上げ方は一緒。「Sir Nose D'Voidoffunk」を引用したブリッジ部分でのDのランニング・マン風ステップも軽快そのものだ。前回、私はここで完全にタガが外れてしまい、最後までずっと踊り狂っていたのだが、今回はステージを遠くから静観してしまった。悲しいかな、同じものを見て、人は何度も同じようには感動しない。私の心の中には“慣れていくのね……自分でもわかる”とクールに呟くセイラ・マスがいた。

 「Brown Sugar」が終わると、クリス・デイヴがクラップ音でバックビートを叩き始め、そのまま「Left & Right」が始まった。前回はここで圧巻の「Sugah Daddy」があったが、それが端折られて、いきなりアンコール・パートへ飛んでしまった形だ。ホーン隊──特に、メイシオ・パーカー風のパーカッシヴなソロを吹くサックス奏者──がいないのが寂しかったが、「Chicken Grease」〜高速ジャム「What It Do」と繋がる20分超えのファンク・メドレーは今回も凄まじかった。

 前回、Dは「Chicken Grease」冒頭でプリンス「Play In The Sunshine」のコール&レスポンス(“♪Hey nah na hey hey”)をやったが、今回は「It's Gonna Be A Beautiful Night」の“♪Oh wee oh, oh oh”だった(笑)。プリンスのこの定番コール&レスポンスは、東京公演では“♪To-ki-o, oh oh”となるが、Dは──公演中にやたら“トーキョー!”と観客を煽っていた割には──素直に“Oh wee oh”と歌っていた(Dはプリンスの“To-ki-o”コールを知らなかったのではないか)。いずれにせよ、「Chicken Grease」がプリンスへのオマージュ曲であることを改めて強く印象づける場面だった。

 Dは観客を乗せようと前回以上の大奮闘を見せた。ジェシーがギターを掻き鳴らしてチキン・グリースを聴かせる場面では、例によってDが“両手プラプラ・ダンス”を観客にやらせたが、今回は更に(確か「What It Do」の時に)ザ・タイムの“鳥ダンス”に似た動きもやらせた。他にも、「Chicken Grease」で“U love me cause I'm funky cause I...”という早口フレーズを歌わせようとしたり(そんなの誰も歌えねえ!)、ソウル・クラップを叩かせたり、客席に降りて最前列とステージの間を一気に駆け抜けたりと、とにかく大熱演。演奏を休止して帰るように見せかけ、“グッゴー!”で再開するお馴染みのフェイントも大いに盛り上がった(演奏が止まった瞬間、ステージが暗転してDにスポットが当たる照明も良かった)。“まだ帰りたくないだろ?(You don't wanna go home yet?)”というDの煽りに、観客の半数は今回も“Yeah!”と答えていたが、その直後にDが“Hell no!”ではなく、観客に敢えて“Yeah!”と叫ばせたのも印象的だった。日本人が“No”と言えないことに気づいたのかもしれない。

 熱狂のファンク・メドレーを終えると、Dとバンドはステージを去った。時計を見ると、9時31分。まだ63分しか経っていない。ゼップ東京公演はアンコール前までが64分だったので、時間的にはあまり変わらないのだが……。前回は「Sugah Daddy」でKOされた後、アンコールで更に「Left & Right」〜「Chicken Grease」メドレーが来た。この後、Dは日本初披露曲で未体験ゾーンへ連れていってくれるのか……?

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アンコール曲──イントロでDの衝撃発言が……

 5分後、大歓声に応えてDが一人で再登場。ステージ中央でスポットライトを浴びながら静かにピアノを弾き始めたのを見て、最終曲が始まったことを悟った。がっくし。

 今回は「Spanish Joint」も「Sugah Daddy」もなかったので、Dがピアノを弾くのは意外にもそれが初めてだった。プリンス風情の流麗なピアノ演奏がしばらく続いた後、Dの口から出た衝撃的なひとことに、4,300人の観客は耳を疑った。

 “ヨコハマ……”
 
 Dはボソッと、しかし、はっきりとそう言った。少し照れくさそうに。“ヨコハマ”と言った後、今度は続けて“タソガレ……”とは言わずに(言ってほしかった)、“トーキョー……ジャパン!”と言った。この瞬間、会場中がドッと沸いた。ザッツ・ライト、ディス・イズ・ヨコハマ!

 パシフィコ横浜に集まった観客に向かって、この日、Dはずっと“トーキョー!”と言い続けていた。正確に回数を言うと、「Red Hot Mama」で4回、「Feel Like Makin' Love」で1回、「The Charade」で2回、「Brown Sugar」で4回、「Left & Right」で4回、「Chicken Grease」で2回、計17回“トーキョー!”と言った(私はずっと“正”の字を書いて数えていた)。関東地区はパシフィコ横浜の1公演のみなので、会場には確かに東京人もたくさん集まっているのだが、Dがそういう意味で“トーキョー!”と言っているようにはとても思えなかった(多分、東は“トーキョー”、西は“オーサカ”くらいの認識しかDにはない)。恐い上司に“佐藤”と呼ばれ、本当は遠藤なのに“佐藤”のふりをし続ける気の弱いサラリーマンのように、私たちはそれまでずっとDの“トーキョー!”コールに付き合い続けてきた。その誤解が、最後の最後になってようやく解けたのである。多分、アンコール前に楽屋に下がった際、“ここはトーキョーではなくヨコハマだ”と誰かに教えられたのだろう。Dが“ヨコハマ……”と言った瞬間、私たちとDの心は通じ合い、会場全体がひとつになった。いいんだよ、D。ヨコハマでもトーキョーでも、そんなことは……。俺たちが一緒なら、地名なんてどうだっていいんだ……。場内が素晴らしい一体感で包まれた瞬間だった。誰もが目に涙を浮かべていた(かどうかは知らない)

 “Thank you so much”と言った後、Dが弾き始めたのは、意外にも「One Mo'Gin」のリフだった。“よかったら手拍子してくれ”という誘いで、Dの優雅なピアノに合わせてみんなで手を叩いた。穏やかで親密な時間が流れる。そして、特徴的な和音で演奏を断ち切り、間を置いて観客に気を持たせると、Dはお馴染みのイントロを弾き始めた。最後はやはり「Untitled (How Does It Feel)」。

 コンサートの終幕を飾るに相応しいスケールと深みを持った、ファンの誰からも愛されるお約束曲。この曲はDにとっての「Purple Rain」なのだなと思った(タイトル・フレーズを連呼するサビの雰囲気も似ていたりする)。しばらくピアノの弾き語りで歌った後、Dが前に出てきてマイクスタンドに向かい、途中からフルバンドでの演奏になった。クリス・デイヴのドラム・ソロを導入にした前回のパフォーマンスも良かったが(なかなか歌い出さない“じらし”ギャグが最高だった)、今回は序盤でじっくりピアノを弾いて、またちょっと違う聴かせ方をしてくれた。クリス・デイヴから順にメンバーが一人ずつ退場していく終盤の演出は前回と一緒。何度見ても素晴らしいことは確かだが、さすがに前回ほどの感動はなかった。

 最後にDだけが残り、再びピアノの弾き語りになる。観客と一緒にサビを歌った後、Dはこう言ってステージを去った──“Feel so good. Thank you so much. アリガトウ. Peace and love, Japan. We love you. Thank you”。Dがそう言い終わった直後、非常に面白い終演BGMが場内に流れ始めた。宇宙からの交信メッセージのような摩訶不思議な鍵盤インスト曲。それは、アース・ウィンド&ファイア『That's The Way Of The World』のA面の終わり──「All About Love」の後──に収められている無題の小曲だった。もちろん、モーリス・ホワイトへの追悼の意が込められているだろう。この終演BGMが、まるでマザーシップが遠くへ飛び去った後のような奇妙な余韻を場内に残した。

 終演は9時58分。ゼップ東京公演よりも24分短い、90分きっかりのショウだった。「All About Love」のアウトロが終わった後は、J・ディラ「The Clapper」が流れた。そこで初めて“以上をもちまして本日の公演はすべて終了いたしました”という終演アナウンスが入ったので、「All About Love」のアウトロまでが公演だったと考えることができる。「The Clapper」が終わり、何もBGMが流れないのを確認すると、私は席を後にした。


NEVER AS GOOD AS THE FIRST TIME──二度目は一度目ほど良くない

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俺のバップ・ガンを喰らえ!──全く手加減をしなかったD

 結論を言うと、今回の公演は、主に前回の公演を見逃した人を対象とした“アンコール公演”だった。初めてDのライヴを体験する人には十分満足のいく内容だったと思うが、前回の初来日公演──特にゼップ東京公演──を観た人は、誰もが物足りなさを感じたことと思う。バンド編成や演奏時間は縮小されているし、ステージも遠い。そして、何より“二度目”という点。リピーターの多くは、前回と同じか、それを超える感動を期待して会場に足を運んだはずだが、今回、その期待に応えるような新たな要素はほとんどなかった。

 セットリストが変えられた冒頭3曲には確かに新鮮な感動があった。特に「Feel Like Makin' Love」は、伝統的なファンク道をストイックに突き進むあまりガラパゴス動物化しつつある現在のDに、現行R&Bとの明確な繋がりが久々に感じられたナンバーで、個人的には“ヨコハマ”のひとことと並ぶ今回の最大のハイライトだったが、前回の冒頭4曲(「Ain't That Easy」「Vanguard Theme」「Betray My Heart」「Spanish Joint」)の見事な流れに較べると、さすがに密度は薄く、大味だった印象は否めない。『Black Messiah』の次のフェーズを予測させるような何かが示されていたわけでも特になかった(ただ、新アレンジの「Feel Like Makin' Love」を聴いて、次回作がプリンスの『The Gold Experience』みたいなアルバムだったらいいな、とは思った。Dには、これまでのハードなファンク色を失うことなく、R&B回帰とポップ化を同時に実現してほしい。今のDに必要なのは、もっと大衆に“開かれた”作品──具体的に言えば、「The Most Beautiful Girl In The World」みたいなヒット曲──ではないだろうか)

 とはいえ、パフォーマンス自体が良くなかったわけではもちろんない。幾分ずんぐりしたとはいえ、Dは今回も絶好調で、テンションは最初から最後まで驚くほど高かったし、彼を支えるバンドの演奏も完璧だった。'15年ツアーでもしばしば代役を務めたロッコ・パラディーノは、父親そっくりの立ち姿で、今回もそつなく務めを果たしていた。「Four Play」のリフの弾き方がちょっと固いような気がした程度で、私にはロッコとピノの演奏の違いはほとんど感じられなかった(会場のあの環境で両者の差を明確に感じられた人は、よほど耳がいい人に違いない)。バンドの変化、公演時間の短縮は、決して今回のショウの絶対的な欠点ではない。

 野暮を承知で敢えて点数をつけるとしたら、前回のゼップ東京公演は100点、今回のパシフィコ横浜公演は91点くらいだろうか。マイナス9点の理由は、まず、11,500円も取る大ホール公演にしては時間がやや短かったこと(マイナス4点)。前回に較べて、ではなく、飽くまで一般的な大会場でのコンサートの長さに較べると、である。ブルーノートやビルボードライブじゃないのだから、やはり100〜120分はやってほしい。そして、ショウの進め方が性急で、全体的に力任せ、勢い任せだったこと(マイナス4点)。先にも書いた通り、今回のDは出だしからKO狙いで観客を攻めに攻めたが、私も含め、観客の多くは明らかに乗り切れていなかった(ちょっとプリンスの〈Nude〉ツアーに似ていたかもしれないが、構成はあそこまで練られていなかった)。ゼップ東京でこのセットをやったら、場内にはのっけから鮮血が舞ったと思うが、残念ながらDのパンチは空を切りぎみだった。今回のようにステージと客席が離れている広い会場では、じわじわと観客との距離を縮め、着実に酩酊させていくボディ狙いの周到な攻め方が必要だったように思う。クラブ公演ならこれでもいいが、ホール公演なら、もう少し“ショウ”(エンターテインメント)としての完成度や、観客の楽しませ方を考えてほしい(たとえば、JBのショウのようにゴーゴー・ダンサーを後ろに立てる、とか、プリンスのようにとりあえず上半身裸になってみる、とか)。JB、プリンス、あるいは、スティーヴィー・ワンダー、マイケル・ジャクソン……彼らは素晴らしいミュージシャンであると同時に、筋金入りのエンターテイナーでもある。ただ音楽を聴かせるだけでなく、観客の乗せ方、楽しませ方、魅せ方を知り尽くしていて、広い会場でも確実に人の心を掌握することができる。Dも相当に頑張っていることは確かだが、今回の大ホール公演で、エンターテイナーとしての力不足が少し露呈したようにも思われた。やっぱスタンディングのライヴハウスで観たいな……と観客に思わせてしまったとしたら、それは結局、Dのショウに大ホール級の強度が足りないということではないだろうか。あとは、横浜なのに“トーキョー!”を連発し、いまいち観客を掴まえきれなかったこと(マイナス1点)。公演地名くらい事前にちゃんと知っておけ(まあ、これは良しとしたい)

 ディアンジェロは現在の世界ヘヴィー級ファンク王者である。これに異を唱える者はいないだろう。ゼップ東京公演が問答無用のKO勝ちなら、今回は判定勝ちだったかもしれない。しかし、勝ちは勝ちである。そこは強調しておきたい。全く見事なファイト、見事な防衛戦だった。あれを観て、“ピノじゃない”とか“「Back To The Future」と「She's Always In My Hair」が……”などと物知り顔でいちゃもんをつける音楽ファンには、マイルス・デイヴィスの曲名を太字で突きつけてやりたい──SO WHAT?


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※会場ロビーでは4種類の黒Dシャツが売られていた(各3,500円)。“D'ANGELO AND THE VANGUARD BLACK MESSIAH”のロゴが入ったAタイプ(バックプリントには“JAPAN TOUR 2016”の文字も)、スペード柄をあしらったハードロック・バンドTシャツ風のBタイプ、『Black Messiah』のジャケ写真がプリントされたCタイプ(恐らくそうだったと思う。上の写真の通り、開演前に私が訪れた時点で既に売れ切れていた)、「The Charade」のサビの歌詞がプリントされたDタイプの計4種類。CとDはゼップ東京公演の時も売られていた。これらはDの公式通販サイトでも購入できる。ツアー・ポスター(10ドル)はちょっと欲しいかも……。


01. Devil's Pie
02. Red Hot Mama
03. Feel Like Makin' Love
04. Brent Fischer Interlude - Really Love
05. The Charade
06. Brown Sugar
07. Left & Right
08. Chicken Grease - What It Do
-encore-
09. One Mo'Gin [snippet] - Untitled (How Does It Feel)

Closing music:
Earth, Wind & Fire - All About Love [outro]

Pacifico Yokohama National Convention Hall, March 28, 2016
Personnel: D'Angelo (vocals, guitar, keyboards), Jesse Johnson, Isaiah Sharkey (guitar), Rocco Palladino (bass), Chris "Daddy" Dave (drums), Bobby Sparks (keyboards), Jermaine Holmes, Charles "Red" Middleton (backing vocals)

D'Angelo and the Vanguard: Japan Tour 2016
March 28, Pacifico Yokohama National Convention Hall, Kanagawa
March 29, Osaka International Convention Center, Osaka



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珍R&B入門 ディアンジェロでつながる人々 1989-94【5】
珍R&B入門 ディアンジェロでつながる人々 1989-94【6】
珍R&B入門 ディアンジェロでつながる人々 1989-94【7】
珍R&B入門 ディアンジェロでつながる人々 1989-94【8】
前座(ゼップ東京公演の開演前に場内で流れたJ・ディラ曲、43分間の完全トラックリスト)
D'Angelo and the Vanguard @ Zepp Tokyo 2015
結果にコミットする。
HARDROCKLOVER〜Phase 2「Dの来日公演」

プリンスを1位にしろ!
ウルトラミキサー
Prince──ファンクんロール
Prince──朝ご飯はあとまわし
Prince──ドロシー・パーカーのバラッド
Prince──カネなんかどうでもいい
12月の歌──I Think It Was December
Wendy & Lisa──ハネムーン急行
Liv Warfield──なんで嘘つくの?
4月の歌──Sometimes It Snows In April
Liv Warfield @ Blue Note TOKYO 2015
Prince──ボルティモア
Prince──シャーデーの「Sweetest Taboo」
HARDROCKLOVER〜Phase 1「プリンスの新譜」

オールスタージャンケン大会(JB vs プリンス)

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