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ロシオ・モリーナ『アフェクトス』@昭和女子大学人見記念講堂



 とんでもなく素晴らしかったロシオ・モリーナの舞台『アフェクトス』。今回の来日公演は、'15年11月23日(月)に東京国際フォーラム ホールC、11月26日(木)に大阪の森ノ宮ピロティホールで各1回ずつ行われたが、実はその2公演の他にもう1回、彼女は日本で『アフェクトス』の公演を行った。国際フォーラム公演翌日の11月24日(火)、場所は東京・三軒茶屋にある昭和女子大学人見記念講堂。

 ロシオ・モリーナが昭和女子大学で公演することは、事前に全くと言っていいほど告知されていなかった。各プレイガイドはもちろん、『アフェクトス』日本公演公式サイト、フラメンコ関連の諸サイト、また、前日の国際フォーラム公演の会場でも、そのような情報は一切なかった。公演の存在そのものを知らなかったファンがほとんどだと思う。昭和女子大学の学生たちを対象にした非営利目的のイベントであるため宣伝されていなかったのだが、これは一般人でも希望すれば普通に観ることができた。私は直前にこの公演情報に気づき、国際フォーラム公演を観た翌日、昭和女子大学でもう一度『アフェクトス』を観る機会に恵まれた。この作品が死ぬほど好きな私にとっては、本当に願ってもないことだった。

 舞台自体の鑑賞記は改めて書くとして、今回は、昭和女子大学で行われたこのイベントが一体どのようなものだったのか、記録として細かく書き残すことにしたい。


文化研究講座──1秒でも遅刻すると出席にならない

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人見記念講堂の正面玄関に立てかけられた看板

 昭和女子大学でロシオ・モリーナの公演があることを私が知ったのは、前日の11月23日(月・祝)のことだった。何の気なしに“ロシオ・モリーナ”と片仮名でネット検索していたところ、昭和女子大学人見記念講堂サイトの公演スケジュール内に“2015年11月24日(火)文化研究講座:ロシオ・モリーナ舞踊団”という記載を見つけた。公演時間“18:15〜”とあるだけで、公演内容や料金等の情報は何も載っていない。ネットで検索してみても、この公演日程を掲載しているのは、昭和女子大学の公式サイトと、東京各地の地元情報を発信しているLIVING東京というサイト(サンケイリビング新聞社)の2つしかなかった。何かの間違いではないのか。問い合わせ先として人見記念講堂事務局の電話番号が載っていたのでかけてみると、祝日のため通じなかった。

 翌日の11月24日(火)──つまり、公演当日──の朝、改めて人見記念講堂事務局に問い合わせてみると、なんと、ロシオ・モリーナの公演は本当に行われるという。昭和女子大学の学生を対象に、飽くまで授業の一環として行われる公演なので、広く告知はしていないが、一般の人でも希望すれば参加可能だという。公演内容は『アフェクトス』。一般料金は3,000円(!)。1階席は学生用のため、一般客はすべて2階席での鑑賞になるという。マジか。2階の一番後ろでも立ち見でも何でもいい。国際フォーラムでS席8,500円、A席6,500円、B席4,500円で行われた感動の公演を、たったの3,000円でもう一度観られるのだ。信じられない。夢のような話じゃないか。席には非常に余裕があるので、会場の事務局窓口で当日券をお求めください、ということだった。

 その夕方。開演の30分ほど前に昭和女子大学に到着。会場である人見記念講堂は、大学の敷地内、正門を入ってすぐ左手にあった。正面玄関の外に“文化研究講座 ロシオ・モリーナ舞踊団”と書かれた地味な看板が立てかけてあり、周辺には学生と思しき若い女性たちの姿がまばらに見られた。ここで本当に演るのか……? 建物の右奥に講堂事務局の窓口があり、そこで3,000円のチケットを購入。

 講堂1階ロビーのフロア中央には、公演チラシ、簡易パンフレット、アンケート用紙の3点が、会議テーブルの上に“ご自由にお取りください”状態で置かれていた。いずれも人見記念講堂公演のためだけに用意されたものである。

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東京国際フォーラム公演(上)と人見記念講堂公演(下)のチラシ(拡大可)

 人見記念講堂公演のチラシは、東京国際フォーラム公演のチラシ('15年9月21日〜23日、東急シアターオーブで行われたフラメンコ・フェスティバルで配布されたもの)とはかなり違う。いずれもA4サイズで、基本的なデザインは似ているが、使われている写真や裏面の解説文は全く異なる。よく見ると“Afectos”という演目名のフォントも違ったりする(そして、“Rosario”の綴りが間違っている)。最大の特徴は、通常の商業イベントでないため、料金が記載されていないことだろうか。東京国際フォーラム公演の主催は“サンライズプロモーション東京”、人見記念講堂公演の主催は“学校法人 昭和女子大学”。ちなみに、表面の上段には、いずれのチラシにおいても今回の公演とは関係ない別演目の写真が使われている(国際フォーラム公演チラシ裏面上段の黒ドレス姿のロシオの写真も『アフェクトス』ではない)

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人見記念講堂公演のパンフレット(拡大可)

 パンフレットは、白黒両面印刷されたA3コピー紙を半分に折ってA4サイズにしたもの。非常に簡易的ではあるが、国際フォーラム公演ではパンフレットの類が何も販売・配布されなかったので、これは嬉しかった。内側には、出演者の紹介と演目に関する簡単な解説が載っている。演目解説には、フラメンコ情報サイト、フラメンコ・シティオに掲載されていた坂倉まきこさんの文章が引用されている。坂倉さんの元の記事は、ロシオの長年の相棒で、今回の公演でもタッグを組んでいるロサリオ・ラ・トレメンディータのインタヴューをフィーチャーしたもの。『アフェクトス』のパンフレット代わりにもなる大変素晴らしい内容なので、ファンにはフラメンコ・シティオで全文をお読みになることをお勧めする。

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文化研究講座入場券(裏面は白紙)

 チケットは上のようなものだった。“文化研究講座入場券”。会場名が人見記念講堂ではなく“創立者記念講堂”となっている。昭和女子大学の創立者は人見円吉という人物で、要するに同じ場所を指しているのだが、人見さんが創立したことを知らない一般人はちょっと戸惑ってしまう。学内ではこの呼称で通っているのだろう。こういう表記のアバウトさが、やはり通常の商業イベントとは一味違うなと思わせる。そして、右上には“このチケットでは単位認定されません”という注意書きが。むむ……。

 そもそも“文化研究講座”とは一体何なのか。ロビーに教授風の紳士がいたので訊いてみた。その方のお話によると、これは昭和女子大学のすべての学生の必修科目で、学生たちは4年間の在学中に講堂でこのような舞台鑑賞を20回することになっているという。それによって様々な芸術・芸能文化に触れ、感受性を養うというのが“講座”の目的らしい。なるほど。小中高でも“芸術鑑賞会”などと称して、時たまクラシックのコンサートなどに連れて行かれることがあった。要はそれの大学版だ。

 帰宅後に昭和女子大学のサイトを見てみると、学生向けの詳しい説明があった。ポイントをまとめると以下である。

○文化研究講座は全学生が毎年5回以上、必ず受講しなければならない卒業要件の講座。
○年間の講座予定を見て自分の気に入ったものを選んで受講する。
○チケット代は500円。
○座席指定はできないが、講堂の「前の方」「真中」「後ろの方」の三つの位置から選ぶことができる。
○開演時間から1秒でも遅刻すると出席にはならない。
○終演後、出口に設置されているICリーダーに学生証をタッチする。タッチしないで外に出てしまうと出席にならない。
○講座を受けた後、レポートを提出する。出席登録とレポート提出によって、初めて「1回出席した」ことになる。

 学生証をタッチする、レポートを提出する──この2点がとりわけ重要だ。人見記念講堂の公演スケジュールを見ると、2015年には4月〜12月の間に以下の全16回の文化研究講座がある。

2015年04月27日(月)
文化研究講座:新日本フィルハーモニー交響楽団
2015年05月21日(木)
文化研究講座:假屋崎省吾&横山幸雄「ピアノと花の華麗なる世界」
2015年05月25日(月)
文化研究講座:関野友記子ピアノリサイタル
2015年05月28日(木)
文化研究講座:金子みすゞ 詩の世界
2015年06月01日(月)
文化研究講座:ストラディヴァリウス・サミット・コンサート
2015年06月05日(金)
文化研究講座:山下洋輔×大倉正之助
2015年06月24日(水)
文化研究講座:鼓童 ワン・アース・ツアー 2015
2015年07月09日(木)
文化研究講座:ロシア・ナショナル管弦楽団
2015年07月14日(火)
文化研究講座:落語鑑賞会
2015年10月06日(火)
文化研究講座:川久保賜紀&村治奏一 デュオコンサート
2015年10月13日(火)
文化研究講座:狂言・能
2015年11月17日(火)
文化研究講座:松山バレエ団「くるみ割り人形」
2015年11月24日(火)
文化研究講座:ロシオ・モリーナ舞踊団
2015年12月01日(火)
文化研究講座:ケルティック・ウィンター・コンサート
2015年12月03日(木)
文化研究講座:パノハ弦楽四重奏団
2015年12月10日(木)
文化研究講座:ロジェ・ワーグナー合唱団


 この中から5つ選んで鑑賞するわけだ。私だったら『山下洋輔×大倉正之助』『鼓童 ワン・アース・ツアー 2015』『松山バレエ団「くるみ割り人形」』『ロシオ・モリーナ舞踊団』『ケルティック・ウィンター・コンサート』の5つか。“毎年5回以上”ということは、観たければもっと観ても良いのだろう。ロシオ・モリーナを学校の講堂に招き、授業として学生に見せるなんて、昭和女子大学はなんて素晴らしい大学なのだろう。今すぐ入学したいぞ。

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開演前のホール内の様子

 人見記念講堂の最大座席数は2,008席。前日の公演会場だった国際フォーラムのホールCは1,502席なので、それよりも少し広い。私は初めて訪れたが、造りも内装もとても立派な建物だった。ここは学内のイベントだけでなく、国内外のクラシックやポピュラー音楽の一般公演でもよく使われる。テレビ朝日〈題名のない音楽会〉の収録場所はここだし、今年のクリスマスには木村カエラのコンサート予定が入っていたりもする。

 私が入場した開演20分前の時点で、客席には100人もいなかった。ステージには国際フォーラム公演の時と全く同じ準備がしてある。本当にここで演るのか……? 閑散とした場内を見て再び不安になったが、開演時間が迫るとどこからともなく学生たちが現れ、席はどんどん埋まっていった。キャンパス内ならすぐに行けるし、開演前にトイレが混雑する心配もないので、みんなぎりぎりに来るのだろう。2階から見る限り、1,476席ある1階はほぼ埋まっているようだった(前の方しか見えなかったが)。2階は全部で532席ある。12列に分かれ、1〜6列目と7〜12列目の間が通路で仕切られている。私の席は通路沿いの7列目(G列)だった。1階席は学生用、2階席は一般用という話だったが、2階席の1〜6列目に座ったのは、どう見ても学生ばかりだった。もしかすると今回のロシオ・モリーナ公演は文化研究講座の中でも割と人気の高い公演で、2階にも学生席が設けられたのかもしれない。1〜6列目にはそこそこ人が入ったが、一般用の7〜12列目はガラガラ。10数人しかいなかったのではないか。私のいた右側エリアなど、私を含めて4人くらいしかいなかった。あと250人は入れる。3,000円なら(いや、8,500円払ってでも)観たいという人はいくらでもいたはずだ。もったいなさすぎる!

 開演時間の18時15分になると、ステージ左袖に学生と思しき若い女性が現れ、マイクを通して一般客と学生に向けて注意事項などを約3分半にわたって説明した。通常の商業公演ではあり得ないアナウンスで、この公演がどのようなものかよく分かる内容なので、以下にそのすべてを転写しておく。

「皆さん、こんばんは。2階席の皆様、本学主催の公演においでくださいまして、誠にありがとうございます。この公演は、本学の学生を対象とした開催のため、一般の公演と異なり、事前にいくつかの注意事項を説明しておりますので、あらかじめご了承くださいますようお願いいたします。公演終了後は、学生は出席登録をするため出口に列を作りますので、一般のお客様は学生の列には並ばずに、左右の扉から退出してください。
 開演の前に、地震発生の際へのご案内を申し上げます。記念講堂の建物は、地震または火災等に十分耐えられる構造になっています。もし地震が発生しても、支障ないと判断された場合は公演を続けますが、揺れが激しく、退避する必要がある場合は公演を中止し、非難・誘導の案内をいたします。その際、地震が収まるまで慌てずにその場所に待機してください。尚、各ロビーには避難経路図を掲示してありますので、最も近い非常口をあらかじめ確認しておいてください。
 学生の皆さんへ、公演について約束事を説明いたします。携帯電話の電源を切り、上演中の操作は厳かに慎んでください。画面の明かりは周囲の迷惑になりますし、出演者に対して大変失礼です。また、アラーム機能は解除してください。客席内での飲食はご遠慮ください。写真撮影、録音ならびに録画は禁じられています。上演中にアンケートやレポートを書くことも慎んでください。話し声、靴音などに気を配り、咳が出そうな時はハンカチで口を押さえるなどして、上演中、周りに音が響かないようにしてください。公演の雰囲気を大切にするために、静粛の環境作りにご協力お願いいたします。
 さて、今夜はロシオ・モリーナ舞踊団によるフラメンコです。この舞踊団は、まさにフラメンコ界の次世代を担い、世界を代表するトップランナーと目されるスペインの至宝、ロシオ・モリーナのデビュー10周年を記念して2014年に結成されました。静と動、緊張と緩和、モノトーンから浮かび上がる紅色の世界。世界中で絶賛され、昨年の日本公演では、伝統的な音楽と独創的で最も新しいとされる踊りと、古いカンテの融合が見るものの胸を打ちました。ロシオと彼女の率いる舞踊団は日本のファンの心も掴み、今年も期待が高まっています。曲目および曲目解説はお手元のプログラムをご覧ください。上演時間は90分。休憩はありません。尚、1階ロビーにアンケート用紙を用意してありますので、本日の公演について、皆さん、ご感想をお聞かせください。間もなく開演となります」

 携帯電話のアラーム機能を解除することは一般公演や映画館でも促されるが、操作するなとまでは言われない。観客は高い料金を払ってその興行を楽しみに観に来ているわけで、そんなことをする人間は最初からいないからである。一方、今回の公演は“文化研究講座”という大学の授業で、学生たちの多くは“単位を取るため”という消極的な理由で、半ば仕方なく観に来ている。公演によっては、上演中に携帯をいじったり、友達と喋ったりする学生もいるのだろう。

 20歳前後の日本の一般女子が好きな音楽は何だろう。EXILEだろうか。福山雅治だろうか。いきものがかりやきゃりーぱみゅぱみゅだろうか。それとも中島美嘉や木村カエラなのか。私にはさっぱり分からない。が、少なくともフラメンコでないことは確かだろう。“ロシオ・モリーナ? 誰それ?”という学生がほぼ100%だったに違いない。フラメンコなど見たこともない、あるいは、全く興味もない日本の若い女の子たちを相手にロシオは踊るのである。私はひどく緊張した。出演者でもないのに。

 アナウンスが終わると間もなく客電が落ち、『アフェクトス』の公演が始まった。


女子大生千数百人 vs 3人

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 作品は前日の東京国際フォーラム公演と同様に上演された。パフォーマンス、演出、照明などの舞台装置に省略は一切ない。3人の出演者──ロシオ・モリーナ(バイレ)、ロサリオ・ラ・トレメンディータ(カンテ、ギター、パルマ)、パブロ・マルティン・カミネロ(コントラバス、ループ)──は、フラメンコや諸々の音楽ファンが観に来る一般公演と同じように、全く手を抜くことなく自分たちの舞台を披露した。いや、それ以上だったかもしれない。自分たちのこともフラメンコのことも何も知らない日本の若い女性たちに対して、3人は手を抜かないどころか、これ以上ない全開のパフォーマンスをやってみせた。千数百人 vs 3人の完全アウェイで、逆に気合いが入ったのかもしれない。音で縦横無尽に剣を振るうようなロシオのバイレ、神秘的で包容力に満ちたトレメンディータのカンテ、楽器が壊れるんじゃないかと思うほど激しく弦やボディを鳴らすパブロ・マルティンのコントラバス──繰り出される音のひとつひとつから、3人の凄まじい気迫が伝わってくる。各人の音が渦を巻いて絡み合い、舞台は終始、もの凄い緊張感で進行した。私は何度も鳥肌が立ち、泣きそうになった。前日の国際フォーラム公演以上の感動だった。

 観客として私がひとつ心配だったのは、上演中の約90分の間、客席から全く拍手が起こらないのではないか、ということだった。どんなに凄いパフォーマンスが披露されても無反応で、終演時に一度だけ儀礼的に拍手が起こるのではあまりにも悲惨である。国際フォーラム公演ではひとつひとつのパフォーマンスが終わるたびに拍手が起きたし、フラメンコのショウらしく客席から“オーレ!(いいぞ!)”の掛け声も飛んでいた。しかし、人見記念講堂の女子学生たちにそのようなウェルカムな雰囲気はない。クラシックのコンサートならともかく、今回のようなショウでは、通常のポピュラー音楽のコンサートのように、ひとつのナンバーが終わったり、パフォーマンスの途中であっても出演者が何か凄いことをやったら、積極的に拍手や喝采を送るべきだ。その方が出演者も張り合いがあるし、それが観客の(というか、人間としての)礼儀というものである。金を払っているから何をしても──拍手をしなくても──いいというわけではない。ミュージカルなどの舞台公演をよく観に行く人なら、拍手するべきところで拍手が起こらなかった時の気まずさがよく分かるだろう。私にはあれが耐えられない。私は'14年に発売された『アフェクトス』のライヴDVDを何度も観ていて、演目の構成が頭に入っていたので、各パフォーマンスが終わるたびに率先して派手に手を叩くことにした。誰か一人が拍手すると、他の観客もつられて拍手するものである。叩き始めは常に私だったが、パフォーマンスが終わるたびに昭和女子大の学生たちからはきちんと拍手が起きた。

 『アフェクトス』は、ソファや洋服掛けが置かれたリビングルームのような空間を舞台に、出演者3人が様々な音の対話を繰り広げる非常に親密な雰囲気の作品である。なるべく近くで鑑賞した方が良いと思い、前日の国際フォーラム公演は1階席10列目で観たのだが、2階席の遠くからの眺めには、意外にもそれを上回るほどの感動があった。3人が何者で、どういう関係かは作品内で一切説明されないが、遠くから眺めると、舞台は小さなドールハウスのようで、出演者たちがまるで音楽を奏でる魔法の人形のように見えた。実際、第1場《INTIMO》冒頭でギターを抱えてパントマイム的な動きをするロシオの姿はマリオネットを思わせる。黒衣のいないスペイン版擬似文楽とでも言ったらいいだろうか。ロシオとトレメンディータが二人羽織のように重なって複雑なリズムを奏でる第2場1曲目「Chiribi Chiribi」なども、どこか人形劇めいた趣がある。音楽を奏でる不思議な人形の家を覗き込むような遠方からの眺めは、この作品のユニークな幻想味を一層際立たせるものだった。1階席10列目では分からなかった床の様々な照明演出──四角形に光や闇のスポットを作り出す──も2階席からははっきりと見えたし、自然なエコーがきいた生々しい音響も素晴らしかった。全く別の位置から2公演を観られたのは本当に幸いなことだった。

 ひとつ細かいことを書くと、人見記念講堂公演では、第4場《CAFE CON RON》の3曲目「Tangos」の最後で照明に大きなミスがあった。バックビートを強調した軽快なタンゴ(アルゼンチンのタンゴとは異なる)の演奏が、天井から吊り下がった電灯をロシオが消すと同時にプツリと終わる。これはライヴDVDに収録された'14年1月のフランス公演にはない新たな演出だった。ロシオが電灯を消した瞬間、唐突に演奏が終わり、舞台全体が暗転する──国際フォーラム公演ではそうだったのだが、人見記念講堂公演では、ロシオが電灯を消した瞬間、逆に舞台全体が明るくなった。照明が全部消えるのではなく、全部点いてしまったのである。電灯を消して明るくなるというのは、どう考えてもおかしい。一度明るくなってからすぐに暗転したが、これは明らかに照明係のミスだった。ちょっと残念だったが、3人のパフォーマンスの素晴らしさを思えば、そんなことは取るに足らないことだろう(あと、この日の《CAFE CON RON》で、ロシオはいつもの紅色のジャケットではなく、緑色のジャケットを着用していた)

 すべてのナンバーが終わり、出演者3人が挨拶のため姿を見せると、客席からは大きな拍手が沸いた。しかし、3人が退場すると拍手はすぐに止んでしまい、残念ながらカーテンコールは1回で終わった(国際フォーラム公演では2回だった)。客電が点くと学生たちは速攻で席を立ち、黙々と帰り始めた。1階ロビーに降りてみると、出口には学生たちの大行列ができていた。最初、私はうっかりその列に並んでしまったのだが、それは出口中央に設置されたICリーダーに学生証をタッチするための行列だった。そうか、開演前のアナウンスで言っていたのはこのことだったのか。行列ができると知っているから、みんな速攻で席を立ったわけだ(一般客は左右の扉からスムーズに外に出ることができた)

 ロシオ・モリーナの公演を観て、学生たちが何を思ったのか私には分からない。暗いと感じたかもしれないし、難解だと感じたかもしれないし、あるいは、何も感じなかったかもしれない。ただ、中には今回の舞台を観て、内心、少なからず衝撃を受け、フラメンコに興味を持った子もいるだろう。私は中学生の時、学校の視聴覚室でジョルジュ・ドンの『ボレロ』の映像を見せられ、衝撃を受けたことがあった。その時は“プリンスみたいだなあ”くらいの感想しか持てなかったのだが、その15分間の映像は長年、記憶の隅に留まり続け、それから20年くらい経って映像を探し当てて再見した時、私は作品の素晴らしさを思い知ることになった(先生が視聴覚室で見せてくれたのは、『モーリス・ベジャールと二十世紀バレエ団の芸術』のLDだった)。『アフェクトス』を観て、“何だかよく分からないけど凄い”と昭和女子大学の学生たちが感じたとしたら、私はとても嬉しい。この世には自分の知らない凄い人たちがたくさんいる。すごい芸術がたくさんある。その事実を知ることが大切なのだ。

 ロシオ・モリーナ舞踊団の人見記念講堂公演に関する私のレポートは以上である。先生、私にも単位をください!


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AFECTOS - Programa

1. ÍNTIMO
Recuerdo de Sevilla Mora
Cante del Centenil
Estudio Trío
2. EN TI MI PULSO
Chiribi Chiribi
Bulería Enriqueta La Pescaera
3. SAL Y PONTE DAMA HERMOSA
Solea
Petenera de la Dama Hermosa
4. CAFÉ CON RON
Guajira Los Encantes
Rumba café con ron
Tangos
5. AFECTOS
Bolero

Rocío Molina (Baile), Rosario "La Tremendita" (Cante, Guitarra), Pablo Martín (Contrabajo)


ロシオ・モリーナ舞踊団『アフェクトス』
2015年11月23日(月)
東京国際フォーラム ホールC
2015年11月24日(火)
昭和女子大学 人見記念講堂
2015年11月26日(木)
森ノ宮ピロティホール


※『アフェクトス』の鑑賞記は“ロシオ・モリーナ『アフェクトス』@東京国際フォーラム”という記事名で改めて書く予定(その前に'15年9月のサラ・バラスとアンダルシア・フラメンコ舞踊団、'15年11月のリズ・ライトの来日公演レポートを片付けたい。ディアンジェロや『バック・トゥ・ザ・フューチャー』のことをだらだら書いているうちに、どんどん時間が経ってしまった……)



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