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Keziah Jones @ Blue Note TOKYO 2015



 キザイア・ジョーンズのコンサートを観た。
 
 ナイジェリア、ラゴス出身のアフロ・ブルース・ファンカー。パーカッシヴなギター奏法と、そこから生み出されるハードで切れの良い独特のファンク・ロック・サウンド──“ブルーファンク”(ブルースとファンクの合成語)と本人によって命名されている──で知られる。ジミ・ヘンドリックスとフェラ・クティが合体して現代に蘇ったような、大変に熱い音楽を聴かせる人だ。'92年から'15年現在までに計6枚のアルバムを発表し、現代的で都会的な独自のアフロ・ファンクに磨きをかけ続けている。

 レゲエ風情の緩やかなリズムにキザイアのブルージーで艶やかな歌声が乗った'92年のデビュー曲「Rhythm Is Love」のカッコよさは、街角で彼がバスキングする姿を鮮やかにとらえた音楽ヴィデオ(ジャン=バプティスト・モンディーノ監督)とあわせて、当時、レニー・クラヴィッツなどを聴いていたロック少年の私にも非常に印象深いものだった。……が、この人に対する私の認識は、そのデビュー曲と、同年発表の1stアルバム『BLUFUNK IS A FACT!』から20年以上もずっと止まったままで、私が本格的に彼の作品を聴くようになったのはごく最近、今からほんの1年ほど前のことだった。きっかけは、YouTubeで何気なく見た彼の最新曲「Afronewave」のヴィデオ。架空のスーパーヒーロー=“キャプテン・ラギッド”に扮してラゴスの街を颯爽と駆け回るマント姿のキザイア、そして、ディアンジェロを思い切りタイトでポップにしたような切れまくりのモダン・アフロ・ファンク・サウンドに慌てた私は、すぐに最新盤『CAPTAIN RUGGED』(2013)、および、近年の彼のアルバムをチェックした。そこで初めて、キザイア・ジョーンズの音楽が初期のブルーファンクをとうに超え、'00年代から別次元に突入していたことを知ったのである。衝撃だった。

 キザイア・ジョーンズが凄いことになっていると私が気付いたのは、'14年2月、運悪く前回の来日公演(@ビルボードライブ東京/大阪)が終了した直後のことだった。嬉しいことに、それから14ヶ月という短いスパンで実現した今回の再来日公演。私が彼のステージを生で観るのは初めて。20数年の遅れを取り戻し、アフロニューウェイヴの渦に巻き込まれるべく、私はマントを羽織って勇んで会場へ駆けつけた。




 '15年4月8日〜11日の4日間、ブルーノート東京とモーション・ブルー横浜で計8回行われたキザイア・ジョーンズ来日公演。私が観たのは、ブルーノート東京3日間公演の最終日に当たる4月10日(金)の2ndステージ。さすがキャリアが長いだけあり、客席は8〜9割まで埋まっていた。

 メンバーは、ギター&ヴォーカルのキザイア、ベース、ドラムの3ピースに、パーカッションを加えた全4名(全員アフリカ系)。

 まず、民族衣装風の服に身を包んだウラ・サンバというナイジェリア人パーカッション奏者が一人でステージに現れ、5分ほどソロ演奏を披露した。設置されているのはコンガ、そして、電子ドラムパッドを手作りしたようなテーブル状のよく分からない打楽器。音に高低差のある四角い革張りヘッドが2列に計8つ並んでいて、それらを素手で叩いて演奏する。これはウラ・サンバ自身が作った“サンバベ(Sambabe)”というオリジナル打楽器らしい(ブルーノート東京のライヴレポートサンバベの写真が見られる。手作りドラムパッドとしか言いようがない外観)。ヘッドが8つもあるので、ドラムのタム回しのようなこともできる。彼はこれで軽快なビートを叩きながら、ヨルバ語と思しき言語でアフリカの民族的な歌を歌った。同時に、観客にコール&レスポンスを要求。何を言っているのかさっぱり分からないので、ちょっと困ってしまう。彼が歌う意味不明なフレーズをとりあえず聞こえたまんま復唱する観客。いきなり難易度が高い。

 そして、ベーシスト、ドラマーと共に遂にキザイア登場。彼の姿を見た瞬間、私の身体に電流が走った。くそカッコいい。黄緑地にヒマワリ柄がプリントされたアフリカン・テイストの長袖シャツとパンツに身を包み、頭にはトレードマークのホンブルグ・ハットを斜めに浅く被っている。身体はボクサーかモデル並みに超スレンダー。顔も超小さい。全身から発せられるただならぬオーラ。まるで『もののけ姫』のシシ神のような雰囲気だ。一目見て“超人”だと思った。ヤバい。ヤバすぎる。

 キザイアの鋭いギター・カッティングに導かれ、いきなり1stアルバム冒頭の重量級ファンク「The Wisdom Behind The Smile (Cash)」でショウはスタート。息の合った演奏で、バンドはガチッと固まった鋼鉄のようなサウンドを繰り出す。金属質な音の感触はロック的だが、ダイナミックなシンコペーションから生まれる横揺れのグルーヴは完全にファンクだ。エレキガット・ギターの弦を指ではじきながら、そこにキザイアが鯔背な歌声を乗せていく。まったく今更な感想だが、もう、カッコいいとしか言いようがない。

 「Million Miles From Home」「The Funderlying Undermentals」「Secret Thoughts」……初期のソリッドな定番曲が畳みかけるように次々と披露されていく。同時に、キザイアは頻繁にコール&レスポンスを行って会場を盛り上げる。普通は単純なフレーズを繰り返し復唱させるものだが、キザイアの要求するフレーズはメロディやリズムがかなり複雑な上、次々とフレーズを変えてくるので、観客はついていくのが大変である。キザイアのコール&レスポンスは、今まで私が観たコンサートの中で最も難易度が高かった(笑)。

 「Million Miles From Home」あたりに顕著だったが、キザイアの渇いた音色のガチャガチャしたギター・カッティングは、ナイル・ロジャーズのそれによく似ている。キザイアはナイロン弦の指弾き、ナイル・ロジャーズはスチール弦のピック弾きなのに、なぜこんなにも似ているのだろう。ストロークの速度なのか、あるいは、鳴らす弦の数や和音の選択に共通点があるのか。恐らくそういう細かいことではなく、ギターという楽器に対する根本的な姿勢が共通しているのだろう。彼らはギターをメロディ楽器ではなく、基本的にリズム楽器として捉えていて、例えばコンガを演奏するような感覚で弾いているのではないか。フレーズとして耳に残るような──つまり、リフとして機能するような──メロディアスなカッティング(例:JB「Sex Machine」、プリンス「Kiss」)ではなく、彼らの場合、ただ適当な和音を見つけ、あとはミュート音を混ぜながら16分音符を埋めるようにひたすらジャカジャカと弦を掻き鳴らす。そこで生じるドライヴ感こそが大事で、音律は二の次なのではないか。

 '70年代前半にはワウ・ペダルを使った似たような打楽器的リズム・ギターがファンクの定番サウンドだった(例:アイザック・ヘイズ「Theme from Shaft」)。ナイル・ロジャーズのリズム・ギターは、ワウ・ギターの重くて粘っこいカッティング・サウンドを軽量化してディスコに対応させたものだと思うが、キザイアのギターとあわせて聴くと、ナイルが非常に強いアフロ感覚を持ったギタリストだったということがよく分かる。彼は、ディアンジェロ、ミシェル・ンデゲオチェロ、コモン、ビラル、ケリス、メイシー・グレイ、シャーデーらも参加したフェラ・クティのトリビュート盤『RED HOT+RIOT』(2002)でも数曲でギターを弾き、見事なハマりっぷりを見せていた(そのうちの1曲「Zombie (Part One)」にはキザイアがバック・ヴォーカルで参加)。今度は逆にキザイアがシックをアフロビートで解釈したり、アフロ・ディスコ・アルバムを作ったりしても面白いと思うのだが……(その路線でサラ・アン・ウェブのソロ・アルバムを制作してくれたら言うことなし)


音大工(sound carpenter)、キザイア・ジョーンズ

 コンサート中盤では4thアルバム『BLACK ORPHEUS』(2003)から2曲続けて披露された。キザイアのギターが既にパーカッション的なので、はっきり言ってパーカッション奏者のウラ・サンバはいてもいなくてもいいような気がしたが(むしろサックス奏者が欲しい)、アフロビート色を前面に出した「Kpafuca」では彼のコンガ演奏がとても光っていた。アル・グリーンをソリッドにしたようなソウルフルなミディアム「Beautiful Emilie」も、同じくリズムを強化してハードに迫る。アルバム版にはなかった後半のディスコ調のグルーヴィーなベースラインが腰に来る。

 続けて、JB「Cold Sweat」を高速化したようなファンク「Walkin' Naked Thru A Bluebell Field(1stアルバム収録)を歌もコード・チェンジも省いたインスト版で演奏。延々とリフを引っ張ってファンク・ジャムを展開しながら、スキャットで再び熱いコール&レスポンスを繰り広げるキザイア。ドラム・ソロのような勢いで絨毯爆撃ビートを叩き出すドラマーも激熱だ。

 スロー曲は一切なく、鬼のようなアフロ・ファンクがひたすら続く。キザイアの肌は汗で黒光りし、はだけたシャツからは鋼のような腹筋が覗く。まるで腹筋で音楽を奏でているようだった。腹筋ファンク──そんな新たなジャンル名が思い浮かぶ。どんなパンチも跳ね返すソリッドな音、弾力性に富んだしなやかなグルーヴは、彼の腹筋をそのまま体現しているように思えた。まるで釈迦の手の平で玩ばれる孫悟空のように、観客はキザイアの無限大の腹筋の上で身を揺らす。すべては腹筋によって司られる。腹筋・イズ・ア・ファクト!

 キザイアのライヴは基本的にどこまで行っても腹筋の世界で、そのうちどの曲も同じように聞こえてくるのだが、コンサート後半でちょっとした変化が訪れた。“次の段階に行くぞ。トーキョー・ファンクだ!”と言って、キザイアはスツールの上に水平に寝かせたアコギを、まるでコンガでも演奏するように両手でパカパカと叩いた。『LIVE EP』(1993)に収録されていた「Blufunk Is Alive!(通称「Blufunk Is A Fact!」)というユニークな曲だ。アコギのボディと同時に弦をひっぱたいて音を出す。時折、開放弦の響きが“ウニョ〜ン”というフィードバック・ノイズを生み、トーキング・ブルース風情のキザイアのヴォーカルとも相まって奇妙なサウンドを作り出す。彼のパーカッシヴなギター演奏を印象づける、とても面白いパフォーマンスだった。

 「Blufunk Is Alive!」の前後には、キザイアの音楽的ルーツを明快に示すカヴァー曲が2つ披露された。まず、「All Along The Watchtower」。「Million Miles From Home」によく似たアップテンポのソリッドなアレンジ。鋭いギター・カッティングが曲を引っ張り、ジミヘン版ともまた違うキザイア流儀のカヴァーになっていた。キザイアは基本的にリズム・ギタリストなので、曲中であまり派手にソロを弾きまくるようなことはないが、歌の合間にオブリガート的に単音弾きを入れたり、エフェクターを踏みながらサイケデリックな音を出したり、“デロデロデロ……”と低音弦でトリルを弾いたりする姿は、もろにジミヘン(もしくは、プリンス)を想起させる。ブルースとファンクをアフロ感覚たっぷりに演奏する彼のバンドは、バンド・オブ・ジプシーズがその後辿り着いたかもしれない音楽性を想像させたりもする。

 もうひとつのカヴァー曲は、フェラ・クティ「Colonial Mentality」。ホーンの主旋律──エチオピア音楽にも通じる演歌っぽい哀愁メロディ──をギターで弾き、キザイアらしいブルージーな解釈で粋に聴かせた。似たようなセンスのメロディはキザイア作品の至るところで聴くことができ、一般的な西洋音楽との違いを印象づける(独特のエキゾチックなメロディ感覚は「The Funderlying Undermentals」でのギター・ソロやコール&レスポンスのフレーズにも顕著だった)。ドラムが入れるレゲエっぽいタメの利いたアクセントもクール。このカヴァーは実にカッコ良かった。

 「Colonial Mentality」の演奏後、キザイアが観客に向かってフェラ・クティのことを話した。

「フェラは多くのアフリカのミュージシャンたちに道を開き、自分たち独自のアフリカ文化を世界に発信するきっかけを与えたんだ。アフリカと言えば、型にはまった古くさいイメージしか持たれなかった頃にね。村だとか、頭に水瓶を乗せた女性だとか、太鼓を叩いて呪文を唱えるとか……。俺たちは都会で暮らしてるってのにさ(笑)。ラゴスには2千万くらいの人間がいて、みんな都会生活をしてる。言語や宗教だって様々だし。俺たちはちゃんと現代的な環境で生きてるし、アフリカの大半は近代的で都市化が進んでるんだ。だから、村というイメージは捨ててくれ(笑)。そんなのは大昔の話さ。フェラは“ちょっと待った。俺はアフリカの現代人だ。自分の音楽をやって、世界に本当の姿を見せてやる”と立ち上がった最初の人なんだ」

 キザイアは8歳の時、資産家だった父親の意志で勉学のためにラゴスを離れてロンドンに移住し、その後、音楽に目覚めてロンドンやパリでバスキングをしながら放浪生活を長く続けた。ブルース、ファンク、ソウル、ロックといった欧米のポピュラー音楽を血肉としながらも、彼は一貫して“ナイジェリア(アフリカ)”という自分のルーツにこだわった表現を行ってきた。その傾向は近年ますます強まっている。フェラ・クティのカヴァーと上記のMCからは、ナイジェリア人としてのキザイアの誇りや、アーティストとしての姿勢がよく伝わってきた。

 “もう1曲、フェラに捧げよう。なにせ彼はマスター(師/偉人)だからね……。女の子のことを歌った曲だからフェラに捧げるってのもアレだけど、まあ、リズムの歌ってことで”──そう言って彼は必殺のデビュー曲「Rhythm Is Love」を披露し、ステージを一旦締め括った。

 アンコールでは、冒頭と同じくウラ・サンバがサンバベのソロ演奏をしばらく聴かせた後、キザイアたちが現れ、コンサート序盤で披露されていた「The Funderlying Undermentals」を再び演奏(今度はインスト版)。キザイアは白地に茶色い模様が入った別の衣装で登場。演奏中、ステージ近くに座っていた観客をウラ・サンバが次々とステージに引っ張り上げ、アンコールは観客を巻き込んだジャム・セッションに。ステージには男女合わせて5人くらいの観客が上げられ、様々な打楽器が手渡された。普通なら総立ちで盛り上がるような場面だが、みんな最後まで座って観ていたのがキザイアたちにはちょっと気の毒だった。ウラ・サンバに捕まるのを警戒してみんな立ち上がらなかったのかもしれない(かく言う私も座っていた)。約75分のショウは、東京とラゴスの距離を微妙に感じさせながら幕を閉じた。

 近年の充実した楽曲群がたっぷり聴けるかと思いきや、蓋を開けてみれば、初期の定番レパートリーを中心にした飽くなき腹筋ファンク・ショウ。2枚の最近作『NIGERIAN WOOD』『CAPTAIN RUGGED』からは1曲も披露されなかった。絶対にやると思っていた「Afronewave」もなし。正直、これには驚いた。ギター、ベース、ドラムの3ピースを基本にしたロッキッシュなファンク・サウンドは、'95年の2nd『AFRICAN SPACE CRAFT』に極めて近い印象を与えるものだった。キザイアのライヴは大体いつもこういう感じなのかもしれないし、あるいは、最新作『CAPTAIN RUGGED』を引っ提げた来日公演を1年ちょっと前にやっているので、今回は敢えて定番曲を中心にしたベーシックな内容にしたのかもしれない。

 個人的には近年の曲をたくさん聴きたかった。'00年代以降のキザイアの作品は、音楽性や曲想の幅が広がり、かつてより格段にしなやかさと深みを増している。ヴォーカリストとしても、彼はもはや“ソウル歌手”と呼んでもいいくらいに成熟している。アルバムの充実したサウンドをステージに持ち込めるバンド編成や、キザイアのヴォーカルをもっとじっくり聴かせるようなパフォーマンスを私は望んでいた(サックスが吹けるマルチ楽器奏者を一人加えるだけでも全然違うと思うのだが)。今回の公演は個人的に期待していたものとは違ったが、それでも、初めてキザイアのライヴを体験する私にとっては十分に強烈だったと言っておきたい。多分、彼にはこれくらいのことはいつでもできるのだろう。

 終演後には受付のあるB1フロアでキザイアのサイン会が行われた。CDにサインを貰うついでにネカへの簡単な伝言を頼み、握手をした。ナイジェリアのファンク大使の手は、武骨でとても男らしかった。憧れずにはいられない。帰り道、私はとりあえず腹筋を鍛えようと思った。




01. percussion intro
02. The Wisdom Behind The Smile (Cash)
03. Million Miles From Home
04. The Funderlying Undermentals
05. Secret Thoughts
06. Kpafuca
07. Beautiful Emilie
08. Walkin' Naked Thru A Bluebell Field [instrumental jam]
09. All Along The Watchtower [Bob Dylan/Jimi Hendrix cover]
10. Blufunk Is Alive! [a.k.a. Blufunk Is A Fact!]
11. Colonial Mentality [Fela Kuti cover]
12. Rhythm Is Love
-encore-
13. percussion solo - The Funderlying Undermentals [instrumental jam]

Blue Note Tokyo, April 10, 2015 (2nd show)
Keziah Jones (vocals, guitar), Daniel Oyewole (bass), Samuel Onwudo (drums), Wura Samba a.k.a. Abiodun Oke (percussion)

Keziah Jones: Japan Tour 2015
April 08 - Blue Note Tokyo (2 shows)
April 09 - Blue Note Tokyo (2 shows)
April 10 - Blue Note Tokyo (2 shows)
April 11 - Motion Blue Yokohama (2 shows)


※次回、キザイア・ジョーンズの全アルバムを紹介する気合いの腹筋ディスク・レビュー“Keziah Jones: Discography 1992-2013”をお届けします。お楽しみに!



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