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Marsha Ambrosiusの“馬鹿にしないでよ”


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STRONGER THAN PRIDE (2014)
Artist: Marsha Ambrosius | Director: unknown

 '00年代前半に女性ネオ・ソウル・デュオ、フロエトリーのヴォーカルとして活躍し、マイケル・ジャクソン「Butterflies」(2001)の作者としても有名な英リバプール出身/米フィラデルフィア在住のシンガー・ソングライター、マーシャ・アンブロージアスが、シャーデー「Love Is Stronger Than Pride」をカヴァーした。『LATE NIGHTS & EARLY MORNINGS』(2011)に続く彼女の2ndソロ・アルバム『FRIENDS & LOVERS』からの先行曲として、'14年2月13日にモノクロの美麗な音楽ヴィデオが公開された。

 このヴィデオ、シャーデーのファンはもちろんだが、できれば山口百恵が好きな人にも観て欲しい。これは彼女のある有名曲と非常によく似た作品だからである。




 マーシャ・アンブロージアス自身の制作によるトラックは、DJプレミアが手掛けたジェルー・ザ・ダマジャ「Come Clean」(1993)のサンプルを大胆に下敷きしたもの。オーセンティックなヒップホップ・ビートに乗って、恋人への断ち切れない思いがしなやかで官能的に歌われる。ビートが立っているせいもあり、微睡み感たっぷりのシャーデーのオリジナル版に比べると、ずっと覚醒しているような印象を受ける。甘美で浮世離れしたシャーデーの名曲を、ヒップホップ仕様で生々しく、程良い苦味を加えながら鮮やかに現代に蘇らせた好カヴァーだ。

 シャープなモノクロの音楽ヴィデオは、朝のアパート室内でのマーシャと恋人の諍いを描いている(以下、ネタバレ)。マーシャがアパートに帰宅すると、同棲中の男はシャワーを浴びている最中。脱ぎ捨ててあったジーンズの尻ポケットにコンドームを見つけたマーシャは、浮気されていることを悟り、男を問い詰めて喧嘩になるが、結局、彼を見限ることができず、最後はベッドインしてしまう……。この顛末が、面白いことに逆再生で描かれている。ヴィデオは、セックス後の2人が裸でベッドに横になっている場面から始まり、スローモーションで時間をゆっくり逆行し、マーシャがアパートに帰宅する場面で終わる。冒頭のベッド場面でマーシャは恋人と普通に甘い生活を送っているように見えるが、実はそうではなく、マーシャが男の不貞行為を許した後だったという事実が徐々に明らかになる。浮気されたにもかかわらず彼女が男を包容して受け入れるのは、歌詞にある通り、彼女の愛が自尊心よりも強いからだろう。

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Alt-Jの逆再生倒叙ミステリーMV「Breezeblocks」(2012/監督:Ellis Bahl)

 最初に結末を示し、逆再生で時間を溯って事の経緯を明かしていく倒叙ミステリー風の音楽ヴィデオはそれほど珍しいものではない。記憶に新しいところでは、殺人事件の顛末を逆再生で描いたAlt-Jのヴィデオ「Breezeblocks」(2012)がある。留守中、自宅に侵入した浮気相手のイカれたストーカー女に妻が拘束されているのを見つけた男が、乱闘の末に女を殺害してしまうという、まるで『危険な情事』(1987)のラストを逆再生で再現したような作品である。水が滴る蛇口のショット、主人公の男が帰宅する玄関口の場面でヴィデオが終わる点、また、依存症的な恋愛を描いた歌詞も含め、マーシャの「Stronger Than Pride」ヴィデオが「Breezeblocks」に触発されたものであることはほぼ間違いないと思われる。「Breezeblocks」の場合、主人公は最後に殺(や)ってしまうが、「Stronger Than Pride」の場合は“ヤってしまう”わけだ。

 「Stronger Than Pride」は、逆再生の倒叙法が、単に物語をサスペンスフルにするためのギミックではなく、主人公の心情と強く結びついた形で用いられている点が素晴らしい。セックスの後でベッドに横になった時、主人公マーシャは落ち着いて我が身を振り返る。ゆっくり巻き戻されていく映像は、そのまま彼女の記憶の“プレイバック”である。このヴィデオは、私に山口百恵「プレイバック Part 2」(1978)を思い出させた。

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「Stronger Than Pride」──コンドーム片手に“馬鹿にしないでよ”

 “馬鹿にしないでよ”の啖呵で有名な「プレイバック Part 2」(作詞:阿木燿子/作曲:宇崎竜童)は、男との諍いで家を飛び出た女が、一人で車を走らせるうちに過去を顧み、やがて男を許して戻っていくまでの物語を、映画的なフラッシュバックの手法を取り入れながら巧みに描いた歌である。「Stronger Than Pride」ヴィデオと同様、主人公の女は相手の男よりも年上のように描かれていて、喧嘩の理由こそ不明だが、彼女は最終的にガキっぽい男を達観し、“坊や、いったい何を教わって来たの”と呟いて愛する彼のもとへ帰っていく。「プレイバック Part 2」は、自尊心を傷つけられても男を愛し得る強い包容力を持った女の歌である。まさに“愛は自尊心に勝る(Love is stronger than pride)”だ。

 ドスの利いた啖呵のインパクトによって、この曲で山口百恵には“ツッパリ”のイメージが定着することになったが、'80年10月に芸能界を引退する直前に出演したラジオ番組で、百恵は「プレイバック Part 2」の主人公について彼女自身の解釈を次のように話している。

「全然、あたしは“つっぱった女性”とは取ってなくて、ものすごく包容力のある女性だな、っていうね……この歌に対して、あたし自身はそういう解釈をしてたんですよね。ものすごくくだらない喧嘩で“馬鹿にしないでよ”って言って飛び出しては来たものの、やっぱり“あの人淋しがり屋だから、あたし、いなくちゃ”って、そういう気持ちになって戻っていく、っていうね。ものすごく包容力のある素敵な女性だなあ、と思いながら歌ってたんですけど、あたしが歌うと、なぜそんな“つっぱってる”って言われちゃうのかなあ、って(笑)。ああ、やっぱり女として未熟だな、と思ったんですけど(笑)」(1980年10月12日、文化放送「決定!全日本歌謡選抜」)

 物語の構造自体はやや異なるが、「Stronger Than Pride」ヴィデオと「プレイバック Part 2」で描かれているのは、基本的に全く同じ女の話である。いずれも時間が過去へ溯るのは、女が自らの愛を確認し、相手の男を包容していく内省作業の過程で、記憶の反芻が不可欠だからだろう。マーシャ・アンブロージアスのヴィデオは、シャーデー作品と百恵作品の類似を明快に示すだけでなく、「Love Is Stronger Than Pride」という歌の本質をシャーデーのオリジナル版以上に鮮やかに伝える。

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シャーデー版『人魚姫』──「Love Is Stronger Than Pride」と「No Ordinary Love」

 水滴の音を効果的に使用したジェルー・ザ・ダマジャ「Come Clean」──サンプル元はシェリー・マン「Infinity」(1972)──は、かつてポール・ナイスによるシャーデーの傑作ブレンド・ミックス集『SADE BLENDS』(2007)で「No Ordinary Love」とミックスされたことがある。海原をゆっくり漂うような「Love Is Stronger Than Pride」、そして、海底に深く沈み込むような「No Ordinary Love」──シャーデーを陸に上がった人魚姫のように描いたソフィー・ミュラー監督のMVとあわせ、この2曲は“海”=“水”のイメージと結びつく。「Love Is Stronger Than Pride」をリメイクするに当たって、ポール・ナイスと同じく「Come Clean」の水滴音を引用したマーシャの音楽センスは抜群に冴えていると思う。同時に、ヴィデオでその水滴音は、人魚が住む幻想的な海ではなく、水道の蛇口やシャワーといった現実的で身近な生活環境の中に当てはめられ、「Love Is Stronger Than Pride」という歌を視聴者にとって一層共感しやすいものにしているのである(ヴィデオの文脈を踏まえれば、蛇口とシャワーは“男性器”、排水溝は“女性器”のメタファーとして捉えることもできる)

 「Love Is Stronger Than Pride」は過去にハービー・ハンコックやラサーン・パターソンによってもカヴァーされている。'10年秋、慈善コンサートで1曲だけシャーデーと共演する機会を得てアリシア・キーズが選んだのもこの曲だった。いずれも素晴らしかったが、さすが同性と言うべきか、マーシャのヴァージョンはド真ん中で的を射抜くような鋭さだ。秀逸なヴィデオも含め、この曲の決定的な解釈と言っていいと思う。以前から私が地味に唱えているシャーデーと山口百恵の“双子姉妹説”もこれで一層強化された。果てして、シャーデー・アデュはこの素晴らしいカヴァーを聴いただろうか?


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マーシャのエロい1st『LATE NIGHTS & EARLY MORNINGS』(2011)

 アリシア・キーズと同じJ Recordsから発表され、アリシアとの共作曲やローリン・ヒル「Lose Myself」(2007)のカヴァー、「Butterflies」の自演版(ボーナス収録)などを含むマーシャ・アンブロージアスの1stアルバムは素晴らしく濃密な内容だった。随所に覗くプリンス趣味や、瑞々しいMJオマージュにも耳を奪われる。アリシア・キーズをよりエレガントに、5割増しくらいでエロくしたような大傑作アルバムだ。近い将来に発売が見込まれる2nd『FRIENDS & LOVERS』も楽しみだが、これに先立ってマーシャは'14年3月初旬に無料EP『FVCK & LOVE』(すげえタイトル!)を発表したばかり。その名の通り、とろけるほどに甘美な愛と官能の世界が広がっている。「Stronger Than Pride」とこのEPだけで私はもうイッてしまいそうである。どこまでエロければ気が済むんだ。阿木燿子が黒人歌手だったらこんな風になっていたかもしれない。

 ちなみに、1st『LATE NIGHTS〜』にはポーティスヘッド「Sour Times」という意表を突くカヴァー曲が収録されていて、イギリス出身らしいマーシャのオルタナティヴなソウル感覚が垣間見られたりもするのだが、実は最近、「Sour Times」と並ぶポーティスヘッドの代表曲「Glory Box」をデビューEPでカヴァーしたニューヨーク出身の新人女性R&B歌手がいる。その子がまたちょっと面白いのだが……(続く)。



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