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2013年宇宙の旅



 '14年3月2日(日本時間3日)に発表された第86回アカデミー賞で最多7冠──監督賞、視覚効果賞、撮影賞、編集賞、音響編集賞、録音賞、作曲賞──に輝いたアルフォンソ・キュアロン監督作『ゼロ・グラビティ(Gravity)』(2013)は、“世界よ、これが映画だ”と言うしかない圧倒的な視聴覚体験をさせてくれる全人類必見の素晴らしい作品だった。冒頭13分の驚異のワンカット映像から、観客は地上600kmの宇宙空間に完全に放り出される。無酸素、無気圧、無重力の死の空間から約90分して劇場の座席に帰還した観客は、3Dメガネを外すのも忘れてただただ茫然とし、重力のせいでしばらく立ち上がることもできない。宇宙ってヤバすぎる。宇宙飛行士ってスゴすぎる。自分が生まれた地球って奇蹟すぎる……そんなことを漠然と感じながら。

 『ゼロ・グラビティ』を観ると、スペースシャトル・エンデバー号で'92年と'00年の二度にわたって実際に宇宙へ行った毛利衛さんは、本当に半端なく凄い偉人だと思う。全く、よくあんな場所から生きて還って来られたな……(しかも、二度も!)。“宇宙からは国境線は見えなかった”という名言を残した毛利さんは、以下のようなことも仰っている。

「ジェフに初めて会ったのは、2012年6月でした。彼の音楽を初めて聴いた私は、正直、宇宙で聴きたいものではないと感じました。なぜなら、宇宙ではむしろ自分が地球にいることを感じられるような安心感を得たいからです。彼の音楽は、まさに宇宙そのものを表現していました」

 “ジェフ”というのは、もちろんジェフ・ミルズのことである。前回記事“ジェフ・ミルズの時間旅行”を書きながら、私は映画『ゼロ・グラビティ』と、ジェフ・ミルズが毛利衛さんの協力を得て作ったアルバム『WHERE LIGHT ENDS』(2013)のことを考えていた。上に引用したのは、毛利さんがミルズのアルバムに寄せたコメントの一部である。『ゼロ・グラビティ』に感動した人には、是非、この『WHERE LIGHT ENDS』という作品も知ってもらいたい。


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WHERE LIGHT ENDS
2CD: Axis/U/M/A/A UMA 1015-1016, 3 April 2013 (Japan)

 『WHERE LIGHT ENDS』は、自身の宇宙体験や宇宙から見た地球観を毛利衛さんがストーリーにまとめ、そこにジェフ・ミルズが音をつけた、いわば“耳で聴く宇宙叙事詩”である。毛利さんが館長を務める日本科学未来館の展示空間で流す音楽をミルズが依頼されたことや、“サイエンスとフィクションのつながり”をテーマに同館で行われた両者の対談('12年10月29日)を経て実現に至った。宇宙に魅せられ、以前から宇宙をテーマにしたアルバムをいくつも制作してきたジェフ・ミルズにとって、本物の宇宙飛行士である毛利さんとの作品制作はまさに夢のコラボレーションだろう。

「彼(毛利さん)には多くの質問をしたんだけど、いまだにうまく説明できないことが多くあることに驚きを覚えた。とくに宇宙の暗さ、闇の深さ、黒さは、僕たちが見ている黒さを越えた黒さがある。地球にはない黒さだから、その説明が難しいんだろう。他には、大気や湿気がないから、どれだけ外がクリアに、鮮明に見えるか、そのことを彼がいまだにうまく説明できないこと。もう20年も講演会などで話していることなのに、いまだに説明できないこと、それが実に興味深かった」(2013年4月1日、ele-king

 ミルズのこの発言からも窺い知れる通り、『WHERE LIGHT ENDS』は、例えば『スター・ウォーズ』のような荒唐無稽で空想的なSF作品とは違い、現実的な宇宙体験を描くことを重視している点で、『ゼロ・グラビティ』と非常に近いSF作品と言える。いや、宇宙飛行士の実体験に基づいているので、もはや“SF”(フィクション)とは呼べないかもしれない。スティーヴン・プライスが担当した『ゼロ・グラビティ』のサントラ音楽は、宇宙空間の閉塞感、暗さ、人知を遙かに超えたスケールで迫り来る死の恐怖をリアルに感じさせて圧巻だったが、ミルズの無機質なサウンドもまた想像を絶する宇宙空間に聴く者を連れて行く。私は宇宙に行ったことがないので“それっぽい”としか言いようがないが、毛利さんの“彼の音楽はまさに宇宙そのものを表現していました”という言葉は、何より作品のリアリティとミルズの感覚の鋭さを保証するものだろう。収録曲のひとつ「STS-47: Up Into The Beyond」をフィーチャーし、アルバムの世界をアメコミ風に表現した「Jeff Mills "Where Light Ends" Comic Video」という秀逸なクリップが制作されているので、宇宙へ飛びたい方は手始めにまずそちらをご覧頂きたい。

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『ゼロ・グラビティ』──毛利さん曰く“ロープがとてもリアル”

 毛利衛さんは『ゼロ・グラビティ』のアルフォンソ・キュアロン監督とも対談をしていて、“信じられないくらい正確な映画”、“まるで自分が宇宙にいるようだった”と映画の宇宙空間描写を絶賛している。キュアロンとの対談の中で毛利さんは、自分が地球に帰還した時の感慨を次のように語っている。

「宇宙から地球に戻り、宇宙船のハッチが開いて外の空気が入ってきた途端に、帰ってきたと実感した。微生物に囲まれている感覚がある。宇宙では空気も水も、あらゆるものが人工物。そういう生命維持装置とは全く違った。やっぱり、人間が生きるのは地球しかない。人類は地上5千万種の生き物の、たった一種。我々は、ほかの生き物とどう共生するかを考えなければいけない。あのときの私の気持ちを『ゼロ・グラビティ』は描いてくれた」(2013年12月19日、朝日新聞デジタル

 『ゼロ・グラビティ』と『WHERE LIGHT ENDS』を鑑賞して私が強く感じたのは、大気という薄い皮膜で覆われた地球は、宇宙の無限大のスケールからしてみれば、映画内でサンドラ・ブロックが搭乗した小さな脱出ポッドほどに脆く、頼りないものでしかないのではないか、ということである。そんな小さな環境に自分が生きて存在していられること、人間を含む無数の生命がひしめき合って存在していること、そんな当たり前のことがほとんど奇蹟のように思われた。極度の緊張を強いられるため、決して何度も繰り返し鑑賞したくなるようなものではないが、いずれも日常的に感じないことを感じさせ、考えないことを考えさせてくれる非常に稀有な作品であることは間違いない。

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対談するジェフ・ミルズと毛利館長('12年10月29日、日本科学未来館)

 “いくらまでなら真剣に宇宙旅行を考えるか”とインタヴューで訊かれ、ジェフ・ミルズは“1億円で行けるなら払う(笑)”と答えている。将来的に格安プランができたとしても、一般人には到底払える金額ではないだろう(少なくとも我々が生きているあと数十年の間は)。本当の宇宙旅行は無理でも、『ゼロ・グラビティ』はたった2,200円(3D料金込)を払うだけで擬似的に宇宙体験をさせてくれる。『WHERE LIGHT ENDS』はリミックス集が付いた2枚組で2,580円(税込)だ。超安い。訓練も何も必要なく、誰でも簡単に宇宙へ行けるのである。すごいと思いませんか?

 『ゼロ・グラビティ』は来月末('14年4月23日)にはDVD/BDが国内発売されるが、これは劇場の大画面、大音量、3Dで体験してこそ真価のある映画である。まだ上映している映画館もあるようなので、未体験の方は急いでシャトルに搭乗を!

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