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熊谷和徳『DANCE TO THE ONE』@オーチャードホール



 熊谷和徳のショウを観た。

 名実共に日本を代表するタップ・ダンサー。以前から存在は知っていたが、私が彼のパフォーマンスを生で観るのは今回が初めて。飽くまで中途半端なタップ・ファンの、しかも、映像を通しての認識に過ぎないが、この人に対するこれまでの私のイメージは、まさしく“日本のセヴィアン・グローヴァー”というもので、失礼を承知ではっきり言うと、それ以上でも以下でもなかった。

 事前の公演情報によると、今回はニューヨークのジャズ系ミュージシャン4名+女性タッパー1名と組んでいるという。4年前にセヴィアン・グローヴァーがジャズ・コンボを率いて行った来日公演('10年4月、コットンクラブ)が思い出され、今回のショウは恐らくその熊谷ヴァージョンのようなものなのだろうと勝手に想像していたのだが……違った。全然、違う。共通する部分も確かにあったが、実際に彼が見せてくれたのは、私の貧弱な想像を遙かに超えるものだった。感動した。セヴィアンの時以上の感動かもしれない。いや、正確には、セヴィアンの時とは違う感動があった、と言うべきか。熊谷和徳が作り上げたのは、タップを軸にサウンドとヴィジュアルが豊かな詩的イメージを紡ぎ出す、驚くほど完成度の高い全く独自のエンターテインメントだった。


熊谷和徳 Kazunori Kumagai
 '77年3月、仙台市生まれ。15歳でタップを始め、19歳で単身渡米。ニューヨーク大学に通いながら、セヴィアン・グローヴァーのブロードウェイ・ミュージカル『ノイズ&ファンク(Bring In 'Da Noise, Bring In 'Da Funk)』の出演者養成学校で訓練を受ける(最終オーディションに合格するも、労働ビザの問題で出演は叶わず)。“日本のグレゴリー・ハインズ”とも称され、'06年には米Dance Magazine誌で“観るべきダンサー25人”の一人にも選ばれた(ダイナミックで鮮烈なダンスがジャクソン・ポロックの絵画に喩えられ、“クマガイはタップが21世紀のアメリカが世界に誇るべき文化だということを証明してくれるダンサーだ”と賞賛された)。日野皓正、上原ひろみ、DJクラッシュ等々、ミュージシャンとの共演も多数。東京に自身のスタジオを構え、ワークショップ等を通して後進の育成にも力を注ぐ。現在はニューヨークと日本を拠点に活動中。嫁はカヒミ・カリィ。


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DANCE TO THE ONE〜A Tap Dancer's Journey
構成/演出/振付:熊谷和徳
映像クリエイティブディレクター:越智一心(command-E)/カヒミ カリィ
舞台監督:猪俣康徳(ザ・スタッフ)
プロデューサー:石飛由美子/安田麻里子/浜崎由佳
企画・製作:TBS


 '14年1月17〜19日の3日間(各日1公演)、Bunkamura オーチャードホールにて行われた熊谷和徳のショウ『DANCE TO THE ONE〜A Tap Dancer's Journey』。私は1月17日の初日を観た。

 観客の入りは7〜8割ほど。日本人タップ・ダンサーのオーチャードホール3日間公演(しかも初日)で、この集客力は大したものだと思う。観客の年齢層は幅広く、20〜30代の若い世代から、古いミュージカルが好きそうな演劇ファン風の中高年まで、色んな人が観に来ていた。印象的だったのは、白髪頭の年配客の多さ。“タップ”というジャンルが喚起するある種のステレオタイプなイメージが、観客の平均年齢を引き上げているのかもしれない(もちろん、年配の人にも観て欲しいのだが)。理想的な年齢幅だとは思うが、もう少し若い観客が増えてもいいような気がする。

 熊谷は活動が文化庁に認められ、タップ・ダンサーとして初めて国費留学し、'12年11月から1年間、活動の場を再びニューヨークに移していた。“凱旋公演”と銘打たれた今回のショウは、自身の原点でもあるニューヨークで自分を見つめ直し、再スタートを果たした彼のいわば“心の旅”──過去・現在・未来へのヴィジョンを具現化したものになっている。

 ショウは途中に20分の休憩を挟んだ2部構成。公演プログラム(会場入口で無料配布)に記載されているセットリストを基に、ショウの進行に沿って、以下、私が覚えていること、感じたことを細かく記述していくことにする(部分的に記憶違いがあるかもしれないことを予め断っておく)。


ACT 1

 開演間際、まだ客電が点いているオーチャードホール内には、飛行場の環境音──ジェット機の離着陸音、空港内の女性アナウンス等──が流れていた。JFK空港だろうか。実は、この“環境音”──私たちの身の周りにある様々なノイズ──というのが、今回のショウの大きなポイントのひとつでもあった。つまり、開演前からショウは静かに始まっていたのである。開演前のステージには“DANCE TO THE ONE”という公演名が投影された半透明の幕が下りていた。透過スクリーンに違いない(シャーデー・ファンの私は、これを目にした時点で“おおっ”となってしまった)

1. HOME

 開演。客電が落ちると同時に半透明の幕が上がり、ステージ左袖から熊谷和徳がたった一人で現れた。白スーツ、白シャツ、白ハットという全身白ずくめの出で立ち。足音を静かに響かせながらステージ中央まで来ると、無伴奏でいきなりタップを踏み始めた。まず、音の良さにビックリ。ステージには木製のボードが敷き詰められていて、その縁に1メートル間隔ほどで仕掛けられた2種類のマイク(バウンダリーマイクとスタンドマイク)が熊谷のタップ音をものすごい感度で拾う。ボードの下にもマイクが仕掛けられているのか、場所を移動しても全く音像が揺らがないのが素晴らしい。

 タップは床の種類によって大きくサウンドが変わる。個人的には、木製ボードのウォームな音(“コトコト、カタカタ”とした音)よりも、リノリウム系の床の硬質な音(“カチカチ、カツンカツン”とした音)の方が好みなのだが、熊谷のタップ音は木製ボードとは思えないほどクリアで抜けが良かった。

 熊谷は上半身をほとんど使わず、足で床を打つ、あるいは擦るなどして、ひたすら音を出すことに専念する。決められた振付で“見せる”ことに重点を置いたタップのスタイルを“ブロードウェイ・タップ”、器楽的要素や即興性の強い“聴かせる”ことに重点を置いた熊谷のようなタップ・スタイルを“リズム・タップ”という(両スタイルの違いは、映画『タップ』でグレゴリー・ハインズが舞台のオーディションに落ちる場面を見るとよく分かる)。現代的な黒人音楽(R&B、ファンク、ヒップホップ)とリズム・タップを結びつけ、ノスタルジックな古典芸能になっていたタップ・ダンスを現代に蘇らせたのが、グレゴリー・ハインズ、そして、その弟子格のセヴィアン・グローヴァーだった。熊谷のタップはこの2人から多大な影響を受けている。特に似ているのは、先にも名前を挙げたセヴィアン・グローヴァーである。

 セヴィアン・グローヴァー('73年生まれ。熊谷より4歳上)のタップ・スタイルは、ちょうどポピュラー音楽におけるヒップホップのように、'90年代以降のタップの流れを決定付けたもので、同世代〜後続のタッパーたちは多かれ少なかれ彼の影響を受けている(と思う)が、熊谷は実際にセヴィアンの舞台『ノイズ&ファンク』の出演者養成学校で訓練を受けていることもあり、特に類似が顕著だ。今回の舞台の冒頭「Home」の無伴奏ソロにおいても、そのスピード感、重いビート感、音をびっしり敷き詰めていくようなフレージング、身体の使い方、音の出し方など、セヴィアンっぽさが至るところに見受けられた(タップを踏みながらクルリと一回転するセヴィアン得意のターンもいつも通り見られた)

 ステージ中央の後方には、正面に7〜8段の階段が付いた高さ2メートル弱ほどのお立ち台がある。タップで階段と言えば、当然、ビル・ロビンソン(階段で踊るのを得意とした20世紀前半の大スター・ダンサー。グレゴリー・ハインズ主演の伝記映画も作られた)。この舞台セットはロビンソンへのオマージュでもあるのだろう。しばらく床で踊った後、熊谷はこの階段をタップを踏みながら一段一段上っていく。タップ音は相変わらず鮮明だったが、床に比べると微妙に音が反響していて、その自然なエコーが場所の高低差を感じさせてまた良かった。演目名の「Home(故郷)」とは、ニューヨーク、あるいは、彼の実際の故郷、仙台を示しているのだろうか(多分、どちらの意味もあるのだろう)。オープニングのこの無伴奏ソロは確かに良かったが、この時点ではまだ予想範囲内といった感じで、私は平然とステージを眺めていた。


2. ENLIGHTENMENT
-New Beginning- music by Kazunori Kumagai, arranged by Masa Shimizu

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摩天楼の上で踊る熊谷和徳(※イメージです。実際の公演の様子とは異なります)

 お立ち台の上に立ち、正面を向いてタップする熊谷。バンドのメンバーたちがステージに現れ、熊谷のタップ・ビートに新たな音色を重ねていく。演奏されるのは、熊谷自身とマサ・シミズ(ギター)の共作によるオリジナル曲。ジャズ、ロック、ファンクが混じり合ったような7拍子のアグレッシヴなフュージョン・ナンバーだ。

 ステージ後方の壁はシネマスコープのような横長の巨大スクリーンになっていた。「Enlightenment」が始まると、お立ち台の上で踊る熊谷の背後にニューヨークの高層ビル群の映像が画面下からドドーンと現れた。摩天楼に囲まれ、熊谷がビルの天辺で踊っているように見える。同時に、開演前に見られた透過スクリーンがステージ前方に下ろされ、そこにブルックリン橋を斜めから仰瞰──本記事冒頭の公演プロモ写真と同じアングル──で撮影した写真が大きく映し出される。手前にブルックリン橋、(透過スクリーンを通して)その向こうに摩天楼の上で踊る熊谷の姿。ニューヨークのダイナミックな光景がパノラマのようにステージいっぱいに広がった。すげえ。まるで予期していなかった鮮やかな視覚演出に私は度肝を抜かれた。

 当然、ここで私はシャーデーの'11年ツアーの「Cherish The Day」を思い出していた。構図は違うが、基本的には全く同じ演出である。熊谷和徳はシャーデーの'11年ツアーを知っているのだろうか?

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ゲスト・ダンサーのミシェル・ドーランス(実は色んな顔を持つ曲者)

 熊谷がお立ち台から下りて床に戻ってくると(このあたりで透過スクリーンが上がったように思う)、同じく白ずくめの衣裳に身を包んだ白人女性タッパーのミシェル・ドーランスが右袖から登場し、熊谷と2人でタップ。私は今回の公演で初めて存在を知ったが、ニューヨークでは割と知られたタッパーらしい。日本でもお馴染みの舞台『ストンプ』のオフ・ブロードウェイ版の出演者で、しかも、'01年にセヴィアン・グローヴァーが立ち上げたタップ・カンパニー、Ti Dii(その前の彼のカンパニーはNYOTsという名称だった)の結成メンバーの一人でもあったという強者だ。当然、この人もうまい。出てきた瞬間、思わず身を乗り出して凝視してしまったが、この人は顔立ちがジュディ・ガーランドにちょっと似ている(公演告知サイトやプログラムに載っている写真では気づかなかった)。体つきはジュディよりスマートで、両手を大きく振りながらダイナミックにステップを踏む。年齢は不明だが、見た感じは結構若い。なんだ、この人。ルックスがジュディ・ガーランドっぽいというだけで、私は一気に彼女に惹きつけられてしまった(単純)。

 バンドが全開の音量で演奏しても、2人のタップ音は全く掻き消されることがない。タップはパーカッションのように楽器として機能し、完全に演奏の一部になっている。当初、昼間だったスクリーン上のニューヨークの光景は、演奏が進むにつれて徐々に夜へと移行していく。ニューヨークという街のスケール感、躍動感が伝わってくる素晴らしいパフォーマンスだった。


3. LISTENING TO THE DAWN feat. Alex Blake

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カモメが飛ぶ穏やかな明け方(※イメージです。この写真しか思いつきませんでした)

 昼〜夜にかけてのエネルギッシュなニューヨークが概観された後、続く「Listening To The Dawn」では、明け方のニューヨークの穏やかな川縁の情景が音と映像によって美しく描き出された。カモメの鳴き声がSEで流され、後方スクリーンにはイースト川を飛ぶカモメたちの映像(背景にブルックリン橋が映っていたように記憶する)。これに導かれるようにして、「Maiden Voyage」風のゆったりとした曲が始まる。

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Masa Shimizu (guitar), Bill Ware (vibes), Alex Blake (bass), Kenny Wollesen (drums)

 バンドは4名。ステージ左側にマサ・シミズ(ギター)、ビル・ウェア(ヴィブラフォン)、右側にアレックス・ブレイク(ベース)、ケニー・ウォルセン(ドラム)。個人的に馴染みのない名前ばかりだったが、全員素晴らしかった(各人のプロフィール詳細は公演告知サイトでご確認を)。「Listening To The Dawn」ではベースのアレックス・ブレイクが大活躍。白髪頭の黒人のおっちゃんで、座りながらアップライトを弾く姿が猛烈にカッコいい。熊谷はタップで常にバンドの演奏に絡んでいて、この曲ではアレックスのベースと即興の掛け合いも披露。ベースのフレーズにタップで応じるのだが、熊谷はアレックスの迫力にちょっと押され気味だった(笑)。アレックスはスキャットしながら、弦をひっぱたくようにパーカッシヴに演奏する。「Slap That Bass」という曲があるが、まさにそんな感じである。この打楽器的なベース演奏がタップのサウンドと実にマッチしていた。聴き応え十分。どんどん面白くなっていく!


4. MASH DEEZ IN THE CITY

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ニューヨークの街の喧騒(※イメージです)

 暗転したステージにニューヨークの街の環境音──車の走行音やクラクション──が響き渡る。ステージ中央のお立ち台の上にミシェル・ドーランスが現れ、無伴奏でビートを刻み始める。街のノイズに耳を傾け、それをタップで表現するのだ。ミシェルにはしばらくスポットライトが当てられず、観客の意識は自然と音に向かうことになる。背景のスクリーンには、やがてタイムズスクエア付近の街の光景が映し出される。ミシェル・ドーランスによるこのソロ・ナンバーは、グレゴリー・ハインズがマンハッタンの路上で街のノイズに合わせてタップを踏む、映画『タップ』の一場面を彷彿させる。

 しばらくすると、ミシェルのタップ音にもうひとつ別の打楽器音が混じってくる。ケニー・ウォルセンがマーチング団員のようにバスドラム(もうちょい小さかったかも)をひとつ抱えてステージ右袖から登場。お立ち台から下りてきたミシェルと睨み合い、対決でもするかのように向き合いながら、スリリングなリズムの対話を繰り広げる。ミシェルのタップは男性の熊谷和徳にも劣らないほどパワフルだが、同時にとても軽快である。歯切れの良さやリズムの正確さは熊谷以上だと思った。また、熊谷と違い、ミシェルは上半身をかなり使う。踊りながら両手を大きく振るので(振付っぽくなく、自然な感じで振る)、動きがダイナミックで視覚的にも面白い。忙しなくパタパタと手足を動かす様子は、まるで少し糸のほつれたマリオネットのようでもある。ジュディ・ガーランド似のルックスも魅力的で、とても華のある人だと思った。基本的に私は、聴いていて純粋に気持ちが良いタップ(ビル・ロビンソンやエレノア・パウエルのような人)が好きなので、ハンドクラップも多用する軽快でドライヴ感のあるミシェルのタップには大いに魅了された。リムショットを交えながら絶妙の間合いで彼女のタップを引き立てるケニー・ウォルセンのドラム演奏もまた素晴らしかった(トム・ウェイツ『THE BLACK RIDER』で叩いていた人だと知ってビックリ)。このナンバーは間違いなく今回の公演のハイライトのひとつだろう。

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ダーウィン・ディーズ──右から2番目がマッシュ・ディーズ

 ちなみに、プログラムでは何の解説もされていないが、演目名「Mash Deez In The City」の“Mash Deez”は、ミシェル・ドーランスの別名である。実は彼女はこの名前で、ブルックリン出身のインディ・ポップ歌手、ダーウィン・ディーズのバンドでちょっと前までベースを弾いていた。デビュー盤『DARWIN DEEZ』(2010)がイギリス方面でヒットし、サマーソニックで来日もしているアーティストなので、知っている人も多いだろう。ミシェルは「DNA」「Free」といったダーウィン・ディーズの音楽ヴィデオにも出演している(いずれも私は過去にYouTubeで観たことがあった。「Free」は、無限ループする日常世界からダーウィンが抜け出そうとするシュールな作品。コーヒーをこぼす女の子がミシェル!)。Darwin Deez(本名 Darwin Smith)という芸名──バンド名でもある──の名付け親もミシェルらしい。公演後、ミシェル・ドーランスの経歴を調べる過程で私は初めてこの事実に気づいた。超ビックリ。一体、何なんだ、この人。


5. FOR THE MASTERS choreographed by Nicholas Brothers

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『Un All-Colored Vaudeville Show』(1935)で踊るニコラス兄弟

 開演前、プログラムで“choreographed by Nicholas Brothers”というクレジットを見た瞬間、私のテンションは一気に上がった。「For The Masters」は、ニコラス兄弟をはじめとする過去の偉大なタップ・マスターたちへのトリビュートである。後方スクリーンに、まず最初にバニー・ブリッグズの写真が映し出された。(以下、順序はよく覚えていないが)ジミー・スライド、ニコラス兄弟、ビル・ロビンソン、ジョン・バブルズ、ペグ・レッグ・ベイツ、グレゴリー・ハインズらの写真が続き、最後にサミー・デイヴィス・Jrの写真。写真の前だか後だか忘れたが、マスターたちの映像も流された(映像では、ティップ・タップ&トウ、ニコラス兄弟、ビル・ロビンソン、バック&バブルズなどが登場)

 熊谷とミシェルが揃って現れ、熊谷が観客に向かって“How you doin?”と英語でボソッと挨拶(公演中、熊谷がステージで発した唯一の言葉がこれだった)。それからミシェルと一緒に歌い、2人揃ってタップを踏んだ(その間、後方スクリーンにはずっとサミー・デイヴィス・Jrの写真が映されていたと思う)。曲は「Crazy Rhythm」。映画『コットンクラブ』でモーリス&グレゴリーのハインズ兄弟が歌い踊った曲である。彼らの役どころは、ニコラス兄弟のイメージを投影した兄弟タップ・コンビだった。そして、その「Crazy Rhythm」に乗ってカズ&ミシェルのコンビが踊ったのが、実際のニコラス兄弟のルーティン。要するに、この「Crazy Rhythm」はニコラス兄弟とハインズ兄弟の両方に対するトリビュートになっている。2人が挑戦したのは『Un All-Colored Vaudeville Show』(1935)のニコラス兄弟のルーティン(先に流されたマスターたちの映像の中にもこの映画の断片が挿入されていた)。いくつかの特徴的なステップとあわせて、両手でズボンをつまんで戯けるお茶目な振り、フェイヤードに頭を押さえられながらハロルドがクルクル回るコミカルな振りなどが再現された(スプリットまではやらなかった。熊谷和徳はスプリットができるのだろうか?)。カズ&ミシェルの即席コンビは、当然ながらニコラス兄弟ほど息が合っているわけでもなく、動きに同じような切れや軽やかさがあるわけでもない。しかし、こういうコーナーを設けて先人たちに敬意を示し、タップの歴史を観客に伝えることには、やはり大きな意味があると思う。“彼らみんなが合わさって僕なんです。彼らが作ってきたタップの歴史の上に今の僕がいるんです。僕の一番の役目は、その歴史を次の世代に伝えていくことだと思っています”──これはセヴィアン・グローヴァーの言葉だが、熊谷和徳も全く同じ姿勢でタップに取り組んでいることが、このトリビュート・パフォーマンスからはっきりと伝わってきた(欲を言うと、例えばビル・ロビンソンの伝記映画のエンドロールのように、タップ・マスターのオリジナル映像をスクリーンに映しながら、ステージ上で同じルーティンを完璧に再現して欲しかった。観客にはその方が分かりやすい)

 さて、本当の見ものはその後である。「For The Masters」は単なる先人トリビュートでは終わらない。「Crazy Rhythm」が終わると、熊谷とミシェルがそれぞれステージ両端に分かれて向き合い、無伴奏でものすごいタップ・ルーティンを披露した。過去のマスターたちの再現ではなく、マスターたちから学んだことを基に新たに創作された、現在の2人の全力のルーティンである。色んなことをやっていたので、たった一度観た(聴いた)だけではとても全貌を把握できないが、即興の掛け合いも含めながら、複雑で緻密なルーティンを見事に揃って踊った。セヴィアンも自分のカンパニーでこういう集団ルーティンをやる。情報量の多い複雑で長大なリズムのコンビネーションは、ラップの歌詞によく似ている(よく覚えていられるな、と私のような素人は単純に思う)。昔のタッパー──主にブロードウェイ系のタッパー──が歌うようにタップを踏むとすれば、現代のタッパーはラップするようにタップを踏む。'80年代以降、タップという表現がヒップホップの興隆と同期して再び脚光を浴びた理由もそこにあると思う。タップの過去〜現在を実演した「For The Masters」は、私にそんなことを確認させた。


ACT 2

 20分の休憩を挟んでの第2部。ショウの構成の流れ、賞味約1時間半という長さの点でも、途中に休憩を入れる必要はあまり感じられないが、特に素晴らしいショウの場合、この休憩タイムというのは、観客にとって単にトイレに行ったりするだけでなく、夢の世界にいるような幸福感を噛みしめられるひとときなので、あまり必然性がなくても結構嬉しかったりする。圧巻の「For The Masters」が終わった後、前半を反芻しながら、私はずっと幸福感に浸っていた。すごい当たりクジを引いたような気分だった。観に来て本当に良かった(ちなみに、休憩中の場内にはシナトラ「New York, New York」等のジャズ・ヴォーカル曲が流れていた)

6. "REUNION" music by Hank Mobley, arranged by Bill Ware

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 第2部は軽快なモダン・ジャズの演奏でスタート。曲は、ミルト・ジャクソンが参加していたハンク・モブレー『HANK MOBLEY AND HIS ALL STARS』(1957)の冒頭曲「Reunion」。いかにもモダン・ジャズらしいメジャー調のゴキゲンなアップ・ナンバー。この曲ではヴィブラフォンのビル・ウェアが活躍。白から黒い衣裳に着替えた熊谷とミシェルが登場し、バンドのメンバーたちとソロを回し合う(ずっとタップを踏んでいるわけではなく、足を止めて待機する場面もあった)。こういうジャズ曲は過去のタップ・マスターたちがずっと踊っていたもので、第1部最後の「For The Masters」からの繋がりを感じさせる。先人たちと同じ音楽で踊ってみようという試みだが、ジミー・スライドやバニー・ブリッグズのような仙人級のマスターたちの殺人的なスウィング感や軽みと比べると、正直、熊谷やミシェルの踊りはまだまだ全然青いなと思った(当たり前か)。しかし、古典に挑戦するのは大事なことだと思う。


7. DEDICATION

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未来へ向かって踊る熊谷和徳(※イメージです)

 場内に虫の音が静かに響き、後方スクリーンには大きな月のイメージ。透過スクリーンが下り、そこにも同様に大きな月が浮かび上がる。幻想的でピースフルな夜の世界が広がる。

 未来とは子供たち 子供たちをみていると そこに希望を感じる
 それと共に守らなければいけないとおもう 木や川や土や海や風や
 自然のすべての恵みを 美しいものすべてを 故郷へ捧げる

 
 公演プログラムには「Dedication」という演目に込められた熊谷和徳の思いがこのように記されている。マサ・シミズによる穏やかなアコギの独奏をバックに、大きな月の中で熊谷がリリカルなタップを踏む。演奏されるのは、ジャクソン5「I'll Be There」。マイケルに触発されたと思しきこの演目は、熊谷和徳版「Earth Song」、あるいは「Heal The World」と言ってもいいかもしれない。大きな月は『E.T.』だろうか? とはいえ、マイケルほど強くメッセージ性を打ち出すわけではなく、飽くまで個人のささやかな祈りを感じさせる、素朴な詩情が漂うパフォーマンスになっているのが印象的だった。

 熊谷和徳がタップに目覚めたきっかけは、マイケル・ジャクソンだったという(“5歳くらいのとき、マイケル・ジャクソンがタップを踊る映像を観て衝撃を受けたのを覚えています。「本物」を見たという感じがしました”とインタヴューで語っている。CBSの番組〈The Jacksons〉の映像だろうか?)。熊谷なりのMJトリビュート、そして、マイケルの遺志を引き継ごうという気持ちを、私は「Dedication」のパフォーマンスから強く感じた。

 ただ、アコギ伴奏の「I'll Be There」でタップというのは、さすがにちょっと無理があったかなとも思う。アメリカにショーン&ジョン Sean and John というとんでもなく素晴らしい黒人兄弟タップ・デュオがいて(最近ではクアドロンのMV「Hey Love」にも出演)、'09年8月に彼らがMJ追悼として「Will You Be There」に合わせてタップした「Our Michael Jackson Dedication」という感動的な神動画がYouTubeに投稿されているのだが、熊谷の「I'll Be There」タップを聴いている最中、私はそのショーン&ジョンの「Will You Be There」タップを思い出してしまい、悪しからず、ちょっとイマイチな印象を受けてしまった(別に比べる必要はないのだが……)。途中からドラムのケニー・ウォルセンを参加させ、もう少しステディなリズムで踊っても良かったのではないだろうか。


8. TO THE W.150 ST.
BOJANGLE'S PLAYGROUND music by Bill Ware & Kenny Wollesen

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ビル・ボージャングルズ・ロビンソン公園(マンハッタン西150丁目7番街)

 ニューヨークのハーレムには、ビル・ロビンソンの名を冠した“Bill 'Bojangles' Robinson Playground”という小さな公園がある(“Bojangles”はロビンソンの愛称。地図で見ると、ハーレムの北の外れ、ジャッキー・ロビンソン公園のちょっと東にある)。その住所をタイトルにした「To The W.150 St.」は、前述「Dedication」から次の演目への橋渡しとなるインタールード的な一幕。ビル・ウェアのヴィブラフォンとケニー・ウォルセンのマリンバ(ステージ右端のドラムの横に設置してあった)による温かな二重奏がフィーチャーされ、後方スクリーンには公園で遊ぶ子供たちのモノクロ写真が映し出される(記憶が曖昧だが、公園の音声も流れていた気がする)。笑顔で遊ぶ子供たちの写真の合間に、“未来とは子供たち〜”という上掲の熊谷のメッセージが一節ずつ丁寧に挿入されていく。ヴィブラフォンとマリンバの演奏のみで、タップのパフォーマンスはなかった(と思う)


9. DANCE TO THE ONE

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フレッド・アステア「Bojangles Of Harlem」(1936)

 “美しいものすべてを 故郷へ捧げる”という字幕で「To The W.150 St.」が終わった後、“DANCE TO THE ONE”という演目名がスクリーンに浮かぶ。ステージ中央に熊谷和徳がスポットライトを浴びてたった一人で現れた瞬間、今回の公演の最大の山場が訪れたことを察した。

 公演名にもなっている「Dance To The One」は、熊谷による即興の無伴奏ソロ・ナンバーである。過去の先人たちから学んだ様々なステップ(*)を織り交ぜながら、未来を見据え、永遠に繰り返される“現在”をまるで音で刻印するかのように、激烈なスピードでビートを刻んでいく。力強く、時に繊細に床を打つ熊谷。彼は自分の出すひとつひとつの音に耳を傾け、まるで音と戯れるようにタップを踏む。

 しつこいようだが、熊谷和徳のタップはセヴィアン・グローヴァーに似ている。同じマスターたちから技を盗んでいるので当然と言えば当然なのだが、今回の公演を観て、やはりちょっと違うなと思った。語彙や文体はよく似ているのだが、言おうとしていることが違う。あるいは、背負っているものが違う。セヴィアンのタップからは、アメリカにおける約400年にも及ぶ黒人に対する抑圧の歴史、そして、それに根差した強い黒人意識のようなものが常に感じられる。私は時折そこに息苦しさや暑苦しさを覚えるのだが、熊谷和徳のタップにはそういう閉塞感や重さがない。技術的なことは私には分からないので、飽くまで感覚的な物言いになってしまうが、熊谷はセヴィアンとはまた違うモチベーションで、違うタップを踏んでいるという印象を、私は「Dance To The One」ではっきりと受けた。

 「Dance To The One」の“The One”とは具体的に何なのか。熊谷和徳にとって大切な、ある特定の“もの/こと/人”。それは“未来”かもしれないし、“故郷”かもしれないし、あるいは、“愛”なのかもしれない。公演プログラム、また、実際の公演中にも特に言及はなかったが、そこには当然、東日本大震災に対する思いも込められているだろう(熊谷は仙台出身)。命の鼓動を思わせる力強いビートに、様々な困難を乗り越えて生きるひとりの人間の強い精神を感じた。

 驚異的なステップで一度観客の喝采を浴びた後、熊谷はタップしながら“ビル・ロビンソン階段”を上り、お立ち台の上に移動。観客に背を向けたままタップを踏む彼に、左右前方の2方向から照明が当てられ、ステージ後方の壁に巨大な踊る影が分身のように2つ浮かび上がった。フレッド・アステアが『有頂天時代(Swing Time)』(1936)で披露したナンバー「Bojangles Of Harlem」の引用だ。3つの巨大な影が映る壁に向かってタップを踏むアステアの映像から、真ん中の影を差し引いた状態を想像して欲しい。本当にそのまんまである。「Bojangles Of Harlem」のシルエット演出は、かつてマイケル・ジャクソンが少し捻りを加えてステージで再現しているが('96〜97年ツアーの「Smooth Criminal」冒頭)、熊谷和徳はほぼオリジナル通りに再現してしまった。すごい。まさかこんな光景を生のステージで見られるとは。また、元ネタの「Bojangles Of Harlem」は、ビル・ロビンソンに対するアステアのオマージュでもある。つまり、その前の演目「To The W.150 St.」からさり気なく繋がっているのだ。この演出は最高に素晴らしかった。

(*)「Dance To The One」の無伴奏ソロで私がひとつ“あっ”と思ったのは、グレゴリー・ハインズの小技である(小ネタと言った方がいいかもしれない)。前進しながら同じパターンの短いフレーズを何回か繰り返した後、フレーズの途中で一瞬、足を止めて間を置き、観客の気持ちをはぐらかす(ずっこけさせる)という技である。言葉で説明しても伝わらないかもしれないが、かつて『Tap Dance In America』(1989)というテレビ特番でグレゴリー・ハインズがやっていたのと同じことを熊谷はやった(グレゴリーのように観客の笑いは取れなかったが)。あと、スティーヴ・コンドスの高速ロール(小刻みでドラムロールのような音を出す)をやったのをよく覚えている。


10. "LOVE" IS THE COLOR
video image taken by Kazunori Kumagai, musical idea by Takaya Nagase

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海と一体化する熊谷和徳(※イメージです)

 気迫のこもった無伴奏ソロに続いて披露された「"Love" Is The Color」は、今回の公演のクライマックスであり、最大のハイライト・ナンバーでもある。ニューヨークで1年間過ごし、帰国1ヶ月前に今回のショウのことを考えながらニューヨーク州の最北まで一人で旅をしたという熊谷。公演プログラムの挨拶文の中に、その時のことが以下のように記されている。

 朝 海辺でぼくは持って来たカメラをとりだし 朝日を眺めていました
 永遠にくり返される波のリズムを眺めていると
 次第にたくさんのことを心のなかで回想していました
 この一年の旅のこと タップをはじめた頃からいままでのこと

 
 後方スクリーンには海辺の映像。寄せては返す波の様子を固定アングルで延々と撮り続けたものだ。クレジットによると撮影者は熊谷自身なので、実際に彼がニューヨーク州北部の海岸で撮影したものかもしれない。これに合わせて場内に波の音が響く。今回のショウでは、映像とシンクロしたこのような環境音(SE)が多くの曲で効果的に使われていた。環境音はイントロだけでなく、基本的にパフォーマンスの間もずっと流れている。ジェット機が離着陸する飛行場、カモメが飛ぶ明け方の川縁、車が行き交う街の大通り、虫の音が響く月夜、子供が遊ぶ公園、そして、人気のない朝の海辺。あらゆる場所に音楽(ビート)はあり、それに耳を傾け、タップを通じて世界と繋がる=ひとつになる、というのが今回のショウの大きなコンセプトであると思う。公演プログラムで7人目のメンバーとして紹介されているタカヤ・ナガセが環境音の担当者だろう(“サウンド”としてクレジットされている)。ステージにこそ登場しないが、この人物は非常に重要な役割を果たしている。

 そのタカヤ・ナガセが音楽的アイデアを出したという「"Love" Is The Color」。ビル・ウェアがピアノを弾く序盤は、さざ波が打ち寄せる穏やかな海を思わせる。熊谷和徳のタップを中心にしたバンドの演奏──ビル・ウェアは途中からヴィブラフォンへスイッチ──は徐々に高まりを見せ、反復する波はやがて巨大なうねりとなって観客を包み込む。身動きもできないくらい圧倒的なスケールのサウンド。客席全体を呑み込んだ大波は次第に静まり、最終的に海はまたいつもの穏やかな表情を取り戻す(ビル・ウェアは再びピアノへ)。すべてが終わった瞬間、鬼気迫る白熱の演奏に、この日一番の喝采が送られた。

 後から思えば、巨大な荒波のような演奏には、東北を襲った津波の記憶が幾分含まれていたのかもしれない。但し、印象としては、自然の脅威と言うより、飽くまで美しさを感じさせるものだった。会場で一度聴いたきりなので、具体的にどこがどう凄かったのか細かくは伝えられないが、ともかく“圧巻”のひとことに尽きるパフォーマンスだった。


11. ENLIGHTENMENT Reprise music by Masa Shimizu & Kazunori Kumagai

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最後は再びニューヨークへ(※イメージです)

 フィナーレとして、ショウの冒頭で披露された7拍子のエネルギッシュなナンバー「Enlightenment」が再び演奏される。後方スクリーンにはニューヨークの光景(が映されたような気がするが、記憶は定かでない)。久々にミシェル・ドーランスが登場し、バンドの演奏に乗って熊谷と2人でタップ。“タップ・ダンサーの旅”と副題の付けられたショウは、透過スクリーンに映し出された“WE ARE ALL ONE”の簡潔なメッセージと共に締め括られた。“私たちは皆ひとつ”──“人類皆兄弟”といった博愛主義的なニュアンスで捉えることもできるが、このメッセージには、先述した通り、耳を澄ますことによって世界の色々なもの/こと/人と繋がろう、通じ合おう、という意味があると思う。タップというシンプルで力強い表現を通して、このメッセージがとてもリアルに伝わってきた。公演終了後、オーチャードホールを出て渋谷の街を歩く私の耳は、いつもより敏感に周囲のノイズを捉えていた。タップのマジカルな力を改めて感じさせてくれる、本当に素晴らしいショウだった。


 熊谷和徳に対して、私はずっとセヴィアン・グローヴァーのエピゴーネンのような印象をどこかで抱いていた。プリンスと岡村靖幸の区別はついても、ジャネル・モネイと大西ユカリの違いがよく分からない音楽ファンのように(そんな奴いない!)、私がごく一部の有名ダンサーしか知らない偏狭なタップ・ファンだからそう思うのかもしれない。が、今回のショウを観て、私は自分なりに両者の違いを感じることができた。

 セヴィアン・グローヴァーという人は、ジョン・コルトレーンを崇拝している点からも窺い知れるが、基本的にジャズ・ミュージシャンと全く同じ姿勢でタップに取り組んでいる。ジャズ・コンボでタップによる即興演奏の可能性を追求した4年前の来日公演にも、その姿勢はよく現れていた。彼は非常に音楽家志向の強いタッパーだと思う。

 一方、熊谷和徳もミュージシャンたちと多くのセッションをしている。リズム・タッパーとして音楽家的な側面は共通するのだが、今回のショウで私が特に感銘を受けたのは、この人の演出家/エンターテイナーとしての表現力の豊かさである。純粋にタップや音楽そのものだけでなく、今回のショウは全体の構成や視覚演出がよく練られていて、舞台芸術として総合的な完成度がとても高かった。言いたいことがよく伝わってくるし、おまけに娯楽性も高い。誰が観ても文句なしに楽しめるショウだったと思う(透過スクリーンの渋い使い方──映像ではなく静止画を映して舞台セットの一部のように扱う──も良かった)

 ちょっと語弊があるかもしれないが、セヴィアン・グローヴァーがプリンス的だとすると、熊谷和徳にはマイケル・ジャクソン的なところがあるのではないか。少なくとも、私はその可能性を今回のショウに感じた。誰もやったことがない、誰にでも楽しめるような独自のタップ・エンターテインメントを、熊谷和徳にはこれからどんどん創作して欲しいと思う。

 同時に、今回のミシェル・ドーランスのように、ニューヨークの素晴らしいタッパーをどんどん招いて日本の観客に紹介して欲しい。数名の海外タッパーたちと日本で合同ツアーを行うとか、あるいは、熊谷のキュレーションで国内外のタッパーをたくさん集めて独自のタップ・フェスを開催するとか。そのスター性と知名度を最大限に活かして、日本とニューヨーク、そして、タップと日本人を繋ぐ掛け橋として、今後ますます活躍してくれることを願う。


ACT 1
1. HOME
2. ENLIGHTENMENT -New Beginning-
3. LISTENING TO THE DAWN
4. MASH DEEZ IN THE CITY
5. FOR THE MASTERS
ACT 2
6. "REUNION"
7. DEDICATION
8. TO THE W.150 ST. BOJANGLE'S PLAYGROUND
9. DANCE TO THE ONE
10. "LOVE" IS THE COLOR
11. ENLIGHTENMENT Reprise

Personnel: Kazunori Kumagai (tap), Michelle Dorrance (tap), Bill Ware (vibes), Alex Blake (bass), Kenny Wollesen (drums), Masa Shimizu (guitar), Takaya Nagase (sound)

DANCE TO THE ONE: A Tap Dancer's Journey
January 17, 2014 - Bunkamura Orchard Hall, Tokyo
January 18, 2014 - Bunkamura Orchard Hall, Tokyo
January 19, 2014 - Bunkamura Orchard Hall, Tokyo






 おまけとして、熊谷和徳とミシェル・ドーランスの過去のパフォーマンス映像を埋め込んでおく。ミシェルは、'12年ストックホルム・タップ・フェスティヴァルでのパフォーマンス(途中でムーンウォークも披露。スライド技も切れてる!)。熊谷和徳は、過去記事“Life is a Carnival!──ゴルチエ2014年春夏コレクション”でも紹介した、ミハラヤスヒロの'06〜07年ミラノ秋冬メンズ・コレクションでのパフォーマンス。今回のショウは、洗練された視覚演出を取り入れている点で、このパフォーマンスに通じる面白さがあった。

 熊谷和徳はまたすぐニューヨークへ戻るらしいが、その前に『TAPPIN' INTO TOMORROW』と題したもうひとつ別の公演を東京で行う。'14年2月1日〜2日の2日間、会場は豊島区立舞台芸術交流センター“あうるすぽっと”(一般3,000円、学生2,000円、豊島区民割引2,500円)。『DANCE TO THE ONE』を見逃した方、タップに興味をお持ちの方は、こちらへ足を運んでみてはいかがだろう。きっとマジカルな体験ができるはずだ。



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※過去記事の中から、今回の公演と特に関連性が高いものをリストアップした。“Dance to Jazz and All That Jazz”というカテゴリーには、主にダンス/ミュージカル関連の記事をまとめてあるので、暇な方はあわせてご覧ください。

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