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Mahmundi──今どきのイパネマの娘



 Olha, que coisa mais linda,
 Mais cheia de graça,
 É ela, menina, que vem e que passa,
 Num doce balanço, a caminho do mar
 
 Moça do corpo dourado,
 Do sol de Ipanema,
 O seu balançado
 É mais que um poema
 É a coisa mais linda
 Que eu já vi passar
 
 ごらんよ なんて美しい
 溢れんばかりの気品
 彼女さ こちらにやってくるあの娘だ
 小気味よい足取りで 海へと歩いていく
 
 黄金色に灼けた肌は
 イパネマの太陽からの贈り物
 その足取りはまるで詩のよう
 こんなに美しい娘は見たことがない


 イパネマの娘 Garota de Ipanema (1962)
 Written by Antonio Carlos Jobim, Vinicius de Moraes


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SETEMBRO
Digital: no label, 30 September 2013

Vem {Selah} / Preludio / Quase Sem Querer / Arpoador / Setembro / Leve

Download free EP SETEMBRO

 アントニオ・カルロス・ジョビンが「イパネマの娘」を生んだ50年後、私は同じ海岸でひとりの美しい女性に魅せられた。彼女の名前はマムンヂ Mahmundi。マルセラ・ヴェイル Marcela Vale という本名を持つ彼女は、ブラジルのリオ・デ・ジャネイロで活動する褐色の肌を持った20代半ばの若い女性シンガー・ソングライターである。

 '13年秋──ブラジルでは春に当たる──に発表された彼女の2nd EP『SETEMBRO(9月)』(無料配信)が素晴らしい。イパネマ海岸の通りからドイス・イルモンス(双子兄弟の山)を望む風景写真。あまりにも美しいそのジャケット画像を目にした瞬間、“名盤”だと直感した。

 歌唱はポルトガル語だが、マムンヂの音楽は決してブラジルっぽさを前面に出したものではない。'80年代風のシンセや打ち込みを多用した親密な宅録サウンドが連想させるのは、ジェイムズ・ブレイクやジェイミー・ウーンのようなポスト・ダブステップ系シンガー・ソングライター、あるいは、インク、ライ、デニーシャ&シーン、ジェシー・ランザといったインディ/オルタナティヴR&Bアクトたちが聴かせる、浮遊感・漂泊感に満ちた今時の内省的なソウル・ミュージックである。地球は意外に狭い、というか、リオはもしかしたら新幹線で行けるくらいの距離にあるのではないかと錯覚してしまうくらい親しみやすいサウンドだ。昨今のブラジル音楽の動向に全く詳しくない私は、“リオにもこういう娘がいるのか”という単純な感動をまず覚えてしまう。

 感動はそれだけではない。ここからが重要な話なのでよく読んで欲しい。ここ1〜2年大きな盛り上がりを見せているインディR&Bシーンにはシャーデーの影響を感じさせるアーティストが少なくないが、実はこのマムンヂ嬢、これまで“シャーデーっぽい”と言われてきたどのインディR&Bアクトよりもシャーデー度が高い。ライよりも? そう、あのライよりも、だ(当ブログ比)

 まっさか〜(笑)、と言う人は、『SETEMBRO』の2曲目「Preludio」をとにかくまず聴いてみて欲しい。清涼感溢れるアトモスフェリックな'80年代風シンセ、重量感のあるシンプルでグルーヴィーなベース、ストイックにファンキーな単音リフを奏でるギター、クールな打ち込みビート、間を活かした広がりのあるダビーなミックス、そして、絶妙なヘタウマ感を漂わせるマムンヂ嬢の抑制の利いたソウルフルなヴォーカル。これがシャーデーでなくて一体何だと言うのだ。これ、最高すぎるだろ!

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『SETEMBRO』はアートワークも実に美しい(PDFで添付)

 同じシャーデーでも、ライが『LOVE DELUXE』〜『STRONGER THAN PRIDE』の匂いを漂わせていたのに対し、'80年代趣味が強いマムンヂの音からは『STRONGER THAN PRIDE』〜『PROMISE』の匂いがする。私が特にヤられたのは、『PROMISE』特有のあの晩夏の夕暮れのような何とも言えない清涼感・黄昏感をマムンヂの作品も同様に漂わせている点である。インティメイトではあるが、寝室に閉じこもっているわけではなく、窓は大きく開け放たれている。あるいは、薄暗い夜明けの室内ではなく、(アートワークの写真のように)日中の屋外にいる。ものすごく風通しがいい音だ。これまでのシャーデー似のインディR&B勢の作品に、この開放的な“『PROMISE』感”はなかったと思う。マムンヂは彼らほど明確にR&B〜ソウル的な音楽を志向しているわけではないし、推測ではあるが、シャーデー的なサウンドも決してライ(というか、ロビン・ハンニバル)のように確信犯的に狙っているわけではないような気がする。

 抑制の利いた呟くようなムマンヂの歌声は、一聴したところ欧米インディR&B勢のそれと似ているようだが、彼らに特有の微睡みの感覚──チルアウト感、あるいは、酩酊感と換言してもいい──が不思議とそこには全く感じられない。彼女は覚醒している。私がマムンヂに惹かれ、“どのインディR&Bアクトよりもシャーデー度が高い”と断言する最大の理由がこれだ。シャーデーは寝室でゴロゴロしたりせず、いつもはっきりと目が覚めていて、決して寝ぼけた歌は歌わない人だからである。

 シャーデーを思わせる呟くようなマムンヂのヘタウマ歌唱。その独特の歌唱は一体どこから来たのかと考えれば、やはりボサノヴァということになるだろう。スタン・ゲッツ&ジョアン・ジルベルト『GETZ/GILBERTO』(1964)冒頭に収録されている「イパネマの娘(The Girl From Ipanema)」のアストラッド・ジルベルトによる歌唱と比較するのが一番だが、ヴィブラートを使わず音を真っ直ぐ伸ばす(特に初期の)シャーデーのソフトな歌唱法は、ゴスペルを基盤とする従来の一般的なソウル歌手より、むしろボサノヴァ歌手の歌い方に近いものがある。マムンヂの歌唱にも全く同じボッサ感覚が潜んでいて(ブラジル人の彼女にとってそれはごく自然なものに違いない)、それが'80年代サウンドへの強いこだわりと共にインディR&B的な方向に傾斜した結果、図らずも(?)『PROMISE』期のシャーデーに近似してしまったのではないだろうか。独特のチルアウト感にしても、ブラジル特有のサウダーヂ(郷愁、憧憬、思慕)の感覚と深く関連したものであるような気がする。マムンヂのシャーデーとの似方は、飽くまでソウル・ミュージックの歴史の中でシャーデーを捉え、ネオ・ソウルの源流、もしくは現代的なベッドルーム・ソウルの雛型として『LOVE DELUXE』を溺愛しているだろうそこらへんのインディR&Bアクトのそれとは、ちょっと違うように思うのである(もっとも、ここまで似ていてシャーデーを意識していないわけはないと思うが)

 『PROMISE』に近いと言っても、サックス等の管楽器類は一切使われておらず、初期シャーデーのようなジャズ色はない。マムンヂの作品から強く感じるのは、'80年代のシャーデーが持っていた控え目で洗練されたトロピカルなポップ感覚である。具体的に言うと、彼女の曲は「I Will Be Your Friend」「Tar Baby」「Clean Heart」といった、アルバムB面にひっそり収録されている比較的地味なシャーデー作品に近い雰囲気がある。最もシャーデーっぽい先述の「Preludio」は、『STRONGER THAN PRIDE』期のシャーデーが「Cherry Pie」を「Give It Up」的に音数を削ってリメイクしたような感じだ。「Arpoador」はスティングがシャーデーに楽曲提供したような逸品(珍品?)で、EPのハイライトと言ってもいいアンニュイな傑作ポップ・ナンバー。「Quase Sem Querer」「Setembro」も実に'80年代シャーデー的だが、「I Never Thought I'd See The Day」に軽くダブステップをまぶしたような静謐な後者には現代っ子らしいセンスが光る。冒頭を飾る“南国のジェシー・ランザ”といった趣の浮遊感溢れるパーカッシヴなシンセ・ポップ「Vem」、そして、エレキ・ギターのミュート・カッティングを軸にしたポップ・ロック調の爽やかな最終曲「Leve(背景のアンビエント感とギターの重なり具合が微妙に『THE JOSHUA TREE』期のU2っぽい?)まで、'80年代シャーデーの涼やかさを漂わせながら、また違った可能性を感じさせる全6曲。シャーデー以上にヘタウマなマムンヂの歌唱が何とも味わい深く、全編にわたって強い印象を与える(「Arpoador」が特にヤバい)。最後の「Leve」を聴いていると、何か素敵なことが始まりそうな気がしてくる。閉ざされていたベッドルームの窓を開放し、室内に新鮮な外気を送り込むような、素晴らしい予感に満ちた傑作EPである。


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EFEITO DAS CORES
Digital: no label, March 2012

Calor Do Amor / Fotografe / Se Assim Quiser / Quase Sempre / Desaguar / #089 {Felicidade} / Bonus Tracks: Desaguar [Andre Camara Remix] / Calor do Amor [Experimental Dub Refix] / #068 [Instrumental Demo]

 もともとVelho Irlandesという4人組バンドをやっていたマムンヂは、'12年発表のこの1st EPでソロに転向した。'80年代志向の強い彼女だが、こちらはもっと純粋に'80年代シンセ・ポップ〜ニュー・ウェイヴ色が強い内容(音もかなりチープ)。別に悪くはないのだが、これと言って際立った個性や可能性が感じられるわけでもない。これだけ聴いたら“リオでもこういう音が流行ってるんだなあ”程度の印象しか持たなかっただろう(好きな人は好きだと思うが……)。シャーデー的なオルタナティヴ・ソウル感覚もこの時点では皆無。僅か1年半ですごい化け方をしたものだと思う。



 とはいえ、ソランジュが「Losing You」を(アフリカではなく)ブラジルで歌っているような冒頭曲「Calor Do Amor」の弾けまくったカラフルな'80年代ポップR&B感覚は純粋に気持ち良かったりする(ヴォーカルの脱力加減が絶妙)。海と大空のブルーが眩しい、海辺で撮影された色鮮やかな同曲ヴィデオ(上)も、リオの爽快な空気が伝わってくるようで魅力的だ。YouTubeで関連動画をクリックしまくっているうちに、私はいつの間にかリオの海岸に出てしまい、この曲を歌うマムンヂ嬢に出会ったのだった。デビューEP『EFEITO DAS CORES』(SoundCloudで全曲試聴可)は、マムンヂの公式Facebook内にあるダウンロード・リンクから無料で入手することができる。


 昨今のインディR&Bの大きな波は、かつてのネオ・ソウルと同様、シャーデーとリンクするところも大いにあり、個人的にもそれなりに高い関心を持ってきたのだが、聴いているといつまでも寝室にこもっていたくなるような作品が多く、その中毒性にさすがに辟易してきたところだった。ちょうどそんな時、陽光が降り注ぐイパネマ海岸でマムンヂ嬢に会った。彼女はまさに私が求めていたアーティストだ。シャーデーに似ている音を探している人はもちろん、そろそろベッドルームから抜け出したいと思っているインディR&Bファンにも自信を持ってお薦めできるアーティストである(名前は怪獣みたいだが……)。いずれ発表されるだろうフル・アルバムが楽しみだ。

 ところで、'11年10月22日、HSBCアリーナで1日だけ行われたシャーデーの初のリオ・デ・ジャネイロ公演。あの最高に熱かったリオ公演の会場に、果たしてマムンヂ嬢はいたのだろうか? 実際に彼女に会ったら、私は是非そのことを訊ねてみたい。




 最後におまけとして、マムンヂ嬢のライヴ映像を埋め込んでおく。'13年4月28日、場所はイパネマ海岸。画面右方向、路上で演奏する彼女の目の先には、『SETEMBRO』のジャケット写真と全く同じ光景が広がっているはずである。上掲のMVやプロモ写真ではカシオのキーボードだが、彼女はライヴではエレキ・ギターを弾きながら歌う。演奏されているのは同じく「Calor Do Amor」。オリジナル版のシンセ・ポップ・アレンジをガラリと変え、テクノ・ファンクみたいになっている。くそカッコいい。ジョビンよ、イパネマの娘は今もこんなに美しい!



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