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Love Is Stronger Than Pride [video]

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LOVE IS STRONGER THAN PRIDE (1988)
Directed: Sophie Muller

 ソフィ・ミュラー監督によるシャーデーのクリップ第一弾。ここから彼女はシャーデーの映像作品をほぼ一手に担い、写真家のアルバート・ワトソンと並び、彼らのヴィジュアル表現において欠くことのできない存在となっていく。一方、シャーデーとのコラボレーションは、ユーリズミックス(およびアニー・レノックス)の一連の映像作品と併せ、ミュラーにとってもヴィデオ監督としてのキャリアを築く上で極めて重要な試金石となった。

 それまでのシャーデーのヴィデオは、基本的にミュージシャンとしての彼らを捉え、そのパフォーマンス映像を軸に展開するという、古典的な音楽ヴィデオのマナーに従うものだった。付加的要素として、そこに歌詞の内容を反映した物語が盛り込まれるケースもしばしばあったが、いずれにせよ、それらがシャーデーというバンドや、その楽曲を映像化する上で説明的性格の強いものだったのに対し、このソフィ・ミュラー作品以降、表現の質が、シャーデー・アデュのパーソナリティなり、曲のフィーリングを詩的イメージの羅列によって掬い取るようなものに大きく変わった。それは歌詞に呼応している場合もあれば、サウンド・イメージを象徴的に視覚化しているような場合もある。元の音楽作品に対する添え物の域を出なかった彼らのヴィデオは、飛躍的に自由度を増した映像表現によって、時に音楽そのものと不可分なほどに親密な関係を持つようになる。「Love Is Stronger Than Pride」は、従来の音楽ヴィデオの常套から解放され、シャーデーが最もシャーデーに相応しい語法を映像分野においても獲得した記念すべき名作だ。


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 揺らめく一面エメラルドの背景。そこに朧に浮かぶ鮮やかな紅。まず、この冒頭場面からしてそれまでのヴィデオとはまるで質が違う。背景は打ち寄せる波であり、紅色はアデュの着ているドレス(最初は肩から腰にかけてのクロースアップ)に違いないのだが、フォーカスが背景の波にあることで、海辺にいる人物の画でありながら、画面全体としてはかなりアブストラクトな印象を与える。ここでは単純に、二つの色彩の対比と、刻々と変化する曖昧なイメージの形相が美しい。カメラが少し引き、背景の海と同じエメラルド・グリーンのショールをもてあそぶアデュの後ろ姿を捉えるようになると、色彩と形相の絡み方はより複雑になり、美しさを増す。要するに、ただ単純に意味もなく映像そのものが素晴らしい。観る者を即時にノックアウトするこうしたイメージの瞬発力は、かつてのシャーデーのヴィデオには望めなかったものだ。

 エメラルドのショールを手に浜辺を歩くアデュの姿も相当に美しいが、白眉は何と言っても "Sitting here wasting my time" のミドル部分から映し出される全身砂まみれのアデュだろう。砂と戯れ、無為に時間を過ごす女。"There may even / Be snow" と歌われる通り、この砂は雪のイメージとも重ねられるわけだが、歌詞にも対応しながら、何より砂にまみれるアデュの身体・表情を捉えた画そのものが、サウンド同様に素晴らしく官能的で、言語には置き換えられない映像ならではの表現力が冴えを見せている。
 淡い陽光、打ち寄せるエメラルドの波、白い砂浜、そこに現れる鮮烈な情熱の紅……これらは音楽のうねりと完璧に同期していて、一度このヴィデオを観たが最後、「Love Is Stronger Than Pride」を聴いて、このヴィジュアル・イメージを想起しないことはほとんど不可能に近くなる。まるで音を目で見せられるような感覚。もし耳の不自由な人間に「Love Is Stronger Than Pride」がどういう音楽作品か説明するなら、多分このヴィデオを見せればいい。かなり正確なフィーリングが伝わるのではないだろうか。音楽ヴィデオとしては、これはひとつの理想的な在り方だろう。
 ちなみに、このヴィデオ撮影時のスチールは、アルバム『STRONGER THAN PRIDE』、およびシングル「Love Is Stronger Than Pride」のカヴァーにも使用され、そのサウンド・イメージを決定付けてもいる。特に、アデュの身を包んでいる紅色は、『STRONGER THAN PRIDE』のテーマ・カラーとも言うべきもので、恋に憑かれたアデュの心模様をずばり表しているようだ。
 
 ヴィデオは砂浜にいるアデュを様々に見せながら進行するが、ここには二つの世界が同時に平行して描かれている。ひとつは、歌詞に直結した、恋に浮かされて微睡むアデュの内的世界。もうひとつは、他の3人のメンバーが登場する現実世界である。メインで描かれる前者でアデュは情熱的な紅色のドレス姿、後者ではジャンパー&ジーンズの普段着で、両者は明確に区別がつけられている。
 監督にソフィ・ミュラーが起用されて以降、シャーデー・アデュ個人にカメラが肉迫することで、フォトジェニックな彼女の魅力が最大限に引き出されるようになった一方、他の3人のメンバーの登場機会は必然的に激減したが(ヴィデオによっては全く登場しないこともある)、しかしながら3人はここで、不毛な恋に耽溺するアデュを現実世界へ引き戻す重要な役割を担っている。砂と戯れ、ひとり微睡んでいたアデュが3人の呼びかけに目を覚まし、現実世界へ越境するシークエンスは、穏やかに進行するこのヴィデオの中で最も劇的な瞬間になっている。

 これら二つのシーンは、実は全く別の場所で撮影が行われた。紅色ドレスのアデュが登場する海岸はカリフォルニアのズマ・ビーチ('88年2月)、バンド全員が登場する海岸はエセックスのフリントン・オン・シー(同年3月)。フリントンはアデュが育ったクラクトン・オン・シーのすぐ近所で、彼女の地元と言ってもいい場所だ。そんなことを頭に入れて観ると、このヴィデオは一層味わいを増すかもしれない。

 また、この作品に関してもうひとつ特筆しておくべきは、砂浜のアデュに人魚のイメージが重ねられている点である。ここでアデュは尾ひれをつけて登場するわけではないが、波打ち際で砂にまみれて横たわる彼女の上半身のショットには、下半身が尾ひれになっていてもおかしくないくらいの妖艶さがある。冒頭に映る紅色ドレスのアデュは、打ち寄せる波を背景に、海から砂浜の方向へ(つまり、画面の手前に向かって)歩いているが、このショットは彼女が海から現れたことを示しているようにも取れる。そして、彼女が手にしているショールは、海の色と全く同じエメラルド・グリーンなのだ。
 この歌は失った恋人をひたすら想い続ける内容だが、その恋の不毛が、地上の男に恋をして陸に上がった人魚、というイメージによって暗示されているのではないだろうか。言うまでもなく、この悲恋の人魚イメージは、同じくソフィ・ミュラーが監督する4年後の「No Ordinary Love」ヴィデオに接続し、そこでより具体的に描かれることになる。


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Julia Fordham - LOCK AND KEY (1990)
Directed: Sophie Muller

 ソフィ・ミュラーという人はとても優れた色彩感覚を持ったヴィデオ監督で、時に不自然なまでに強調された色使いで、非常に鮮烈な美しい画を見せてくれる。'90年に彼女が手掛けたジュリア・フォーダム「Lock And Key」は、「Love Is Stronger Than Pride」同様、鮮やかな色彩と繊細な女性像の絡みが特徴的な作品ゆえ、併せて観ておくのも一興だ。楽曲の雰囲気自体「Love Is Stronger Than Pride」に近いせいか、自然のイメージを効果的に使った同傾向の柔らかな作品に仕上がっている。

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