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Paradise [video]


PARADISE (1988)
Directed: Alex McDowell

 『STRONGER THAN PRIDE』からの第二弾ヴィデオ。'88年以降、シャーデーの音楽ヴィデオはすべてソフィー・ミュラー、もしくはアルバート・ワトソンが監督しているが、その中で唯一の例外がこれである。

 ミュラーやワトソンのハイセンスな映像に較べると、さすがに'80年代っぽい古くささは否めないものの、演出やロケの素晴らしさ、そして何より、シャーデー・アデュの浮世離れした特殊なキャラによって、負けず劣らずの魅力的なヴィデオに仕上がっている。後年の「By Your Side」(2000)にも通じるファンタスティックな作品だ。


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 監督を務めたアレックス・マクダウェルは、'90年代以降、ハリウッド映画のプロダクション・デザイナーとして活躍することになるイギリス人(『ラスベガスをやっつけろ』『ファイト・クラブ』『マイノリティ・リポート』『チャーリーとチョコレート工場』など)。'80年代には主にCMや音楽ヴィデオの美術を手掛けていたようだが、時にはこうして自分で音楽ヴィデオを監督する機会にも恵まれた。「Paradise」は、マクダウェルが監督として携わった数少ない作品のうちのひとつである(彼が監督した音楽ヴィデオは、他に'87年のレジーナ・ベル「So Many Tears」くらいしか見当たらない)

 プロダクション・デザイナーの監督作ではあるが、「Paradise」はオールロケで撮影されている。撮影はメキシコ・シティの下町にて、現地の住民たちの協力を得ながら、夜8時から朝8時まで12時間かけて行われた。プロの役者の代わりに、ヴィデオには実際の地元の住民たちが大勢出演している。メキシコというロケーションは、「Paradise」シングル盤のカヴァーに使われたソンブレロを被ったアデュの写真('87年7月、南仏プロヴァンスで撮影)に想を得たものと思われる。

 ヴィデオは、メキシコの下町で幼い少女がアデュと出会い、夜の賑やかな町を一緒に冒険する様子を描いている。ソンブレロを被ったアデュの殺人的なチャーミングさについては言うまでもないが、彼女とコンビを組んだ現地の女の子──マータ(Marta)ちゃんという──がこれまた超可愛らしい。チャップリン&ジャッキー・クーガン並みに魅力的なこの2人を中心に、監督のマクダウェルは、メキシコ庶民たちの生き生きとした表情、活気に満ちた下町の雰囲気を、曲調ともマッチした適度な躍動感で丁寧に画面に捉えていく。

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『忘れられた人々』に登場するメキシコの下町の回転遊具(人力で稼働する)

 メキシコ・シティのスラムが舞台と言っても、もちろん、ルイス・ブニュエル『忘れられた人々』(1950)のような悲惨さとは無縁の世界である。ヴィデオに登場するのは、回転遊具(回転木馬や回転ブランコ)で遊ぶ子供たち、路上でボクシングの練習に励む少年たち、仲睦まじく踊る老夫婦の姿などであり、町は飽くまでピースフルに活気づいている。アデュとマータちゃんが散策するメキシコの下町は、歌詞の通り、まるでパラダイスのような趣を呈している。


シャーデーはオバQである

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「Paradise」の最終場面──車が1台、いい感じで打ち捨てられている

 「Paradise」は、意外と往年のミュージカル映画のマナーに忠実な作品である。路上で踊る若者や、仲良く踊る老夫婦たちは、主役を盛り立てる“バック・ダンサー”に違いないだろうし、繰り返し画面に登場する少年たちの躍動的なボクシングにしても、一種のダンスとして捉えることができる(「Paradise」のライヴ・パフォーマンスでアデュが見せるボクシングのアクションは、このヴィデオに端を発している)。賑やかな夜の町をアデュが歌い踊りながら散策する「Paradise」は、MGMミュージカルへのオマージュだったジャネット・ジャクソンのヴィデオ「When I Think Of You」(1986/ジュリアン・テンプル監督)を思い出させもする。

 ある意味、幻想的とも言えるアデュと少女の冒険譚は、この12年後にソフィー・ミュラーが撮ることになる「By Your Side」ヴィデオとよく似ている。「By Your Side」は、長い活動休止期間中におけるアデュの人生経験を“旅”に見立て、MGMミュージカル風の人工的なセット美術を使って『オズの魔法使』(1939)のように幻想的に描いた作品だった。旅の途中で子供たちや踊る老夫婦が登場する(逆に言うと、“大人”が出てこない)点も共通するが、とりわけ似ているのは最終場面である。

 「By Your Side」では、セット撮影による幻想的な映像が続いた後、ロケ撮影による全く趣の異なる現実的なショット──アデュが同じ衣装を着たまま道端で花を差し出している──が最後に置かれ、彼女の現実離れしたキャラが強調されている。「Paradise」は、少女と別れた後、人気のない閑散とした明け方の道路をアデュが1人で歩きながら去っていく場面で締め括られる。この最終ショットは、賑やかで人情味に溢れたそれまでの楽園的な町の映像とは大きく趣が異なる。コンクリートのビルに囲まれたメキシコ・シティは、全く違う冷たい都会の表情を見せている。長回しのワンカット(しかも、大胆なロングショット)という点でも、この最終場面は特異だ。祭の後、あるいは、夢の後といった風情の寂れた道路を、アデュはソンブレロを被った同じ衣装のまま、意気揚々と踊りながら歩いていく。画面の中で、彼女の存在だけが明らかに異質である。

 この対比は一体何なのか。楽園のままでヴィデオが終われば、何も疑問は湧かない。殺伐とした劇画的なロケーションに対して、まるでよそ者のように、アデュだけほのぼのとした漫画調キャラのままだから不思議なのだ。明け方のストレンジャー。この劇中において、彼女はいかなる存在なのか? 彼女は一体、何者なのだろう?
 
 私は、オバQに違いないと思う。彼女は正太郎=マータちゃんに会いに来たオバケのQ太郎だったのではないか。ドラえもんやウメ星デンカでも構わないのだが、ルックスやキャラ的には、“オバQ”という捉え方が最もしっくりくる。ちょっと強引かもしれないが、楽園的な町の光景はマータちゃんの視点から見た世界(『オバケのQ太郎』)、最後の寂れた町の光景は私たち大人の視点から見た世界(『劇画・オバQ』)と解釈できるのではないか。

「シャーデーは面白いアーティストよね。典型的なR&Bアーティストや英国アーティストではない。彼女は普通に街を歩いているような人とは違った、何か神秘的な人間だと世間から思われていて、私はそういう世間の中に彼女を連れてこれないかと考えたの」

 「By Your Side」ヴィデオの最終場面について、ソフィー・ミュラーはその意図をこう説明している。アレックス・マクダウェルもアデュに対して似たような印象を持ち、似たような感覚でこの作品を撮っているのではないか。

 もしかすると、最後の長回し場面に特に深い意味はないのかもしれない。マクダウェルがどういうつもりでこの最終場面を撮ったのかは知らないが、何にせよ、この異質なワンショットのおかげで「Paradise」はマジカルな作品になった。シャーデー・アデュは、忘れられた“パラダイス”へ私たちを再び召喚するオバQに違いない。“パラダイス”というのは、もちろん、彼岸でも幻想でもなく、私たちが生きているこの世界のことである。「Paradise」という曲は、私にいつでもそのことを思い出させてくれる。


メキシコの国民的スター、ペドロ・インファンテ

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「Paradise」(左)、『El Gavilan Pollero』の同じ場面(右)

 最後に、トリビアをひとつ。「Paradise」には、町内の小さなスクリーンで映画が上映されている場面が出てくる。アデュとマータちゃんの踊るシルエットがスクリーン越しに映る場面──ボクシングをする少年たちのシルエットと呼応している──は、ヴィデオの中でもなかなか視覚的に凝った場面と言える。

 ここでスクリーンに映し出される映画は、'51年に公開された『El Gavilan Pollero』というメキシコ映画である。画面に登場する2人の男は、主演のペドロ・インファンテ Pedro Infante(白シャツ)とアントニオ・バドゥ Antonio Badu(ジャケット&黒シャツ)。ヴィデオ内では、映画が始まって35分過ぎくらいの場面が主に使われている。映写機はスクリーンの反対側にあり、カメラはスクリーンを真裏から捉えているため、画面は逆像になっている。

 主演のペドロ・インファンテ(1917〜57)は、飛行機事故で夭折したメキシコの俳優/歌手。私は「Paradise」を通して初めて存在を知ったが、彼はメキシコ人なら誰でも知っているような往年の大スターらしい。『Tizoc』(1956)という主演作では、'57年の第7回ベルリン国際映画祭で最優秀主演男優賞も獲得している。インファンテを紹介した数少ない日本語ウェブ・サイトの記述によると、メキシコでは他界から半世紀経った今でも出演映画が毎週末になると放送され、彼の歌ったCDも売れ続けているという。日本人に置き換えて言うと、例えば、美空ひばりや石原裕次郎(飛行機事故で夭折した歌手/俳優という点では坂本九か)、あるいは、三船敏郎や勝新太郎などの昔の出演映画が、'80年代の欧米アーティストの音楽ヴィデオに登場する感じなのかもしれない。メキシコのシャーデー・ファンにとって、「Paradise」はさぞかし特別な作品であるに違いない。



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