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鳥男に気をつけろ



 とある屋敷で開かれた仮面舞踏会。そこに1人の謎の男が現れる。燕尾服に身を包み、頭には大きな鳥の仮面を被っている。右手に白い鳩の亡骸を持ち、鳥男は静かな物腰で舞踏室に入ってくる。無言のまま人々の注意を喚起すると、男の手から一瞬炎が上がり、次の瞬間、鳩は息を吹き返して室内を飛び回る。驚く人々の前で、男は両手やハンカチーフから見事な手際で次々と鳩を出現させる。どうやら彼は奇術師のようだ。

 しかし、彼はただの奇術師ではない。もし夜会にこんな客人がやって来たら気をつけた方がいい。彼はあなたの命を狙う刺客かもしれないからだ。


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ジュデックス(1963/仏)
JUDEX
監督:ジョルジュ・フランジュ
脚本:ジャック・シャンプルー、フランシス・ラカシン
撮影:マルセル・フラデタル
音楽:モーリス・ジャール
出演:チャニング・ポロック、フランシーヌ・ベルジェ、エディット・スコブ、テオ・サラポ、シルヴァ・コシナ


 『顔のない眼(Les Yeux sans Visage)』(1960)で有名なフランスの映画監督、ジョルジュ・フランジュが残した不思議な名作。今年2012年は、フランジュの生誕100周年、没後25周年に当たる。

 悪行で財を成した銀行家。銀行の創立20周年を祝う仮面舞踏会を控えた彼のもとに、ある手紙が届く。“これまでの罪を贖うため、財産の半分をお前の犠牲者たちに譲与せよ。今夜0時までに実行しなければ、お前の命はない”。予告状には、ラテン語で“裁き”を意味する“ジュデックス(Judex)”という署名が入っていた。舞踏会に現れた鳥男の正体は、手紙の送り主、ジュデックスである。彼は悪徳銀行家を成敗するためにやって来た。仮面舞踏会での名高い暗殺場面は、映画が始まって約12分後に登場する。

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これぞスムーズ・クリミナル──映画史上、(恐らく)最も鮮やかな暗殺場面

 人々の前で鳩を出す奇術を披露した鳥男。その後、舞踏会のホストである悪徳銀行家の挨拶が始まる。銀行家は手紙の警告を無視していた。挨拶の最中、置き時計が予告された真夜中0時を知らせる。鳥男が銀行家に静かに歩み寄り、何もない手の上に手品でシャンパンのグラスを出す。グラスを手に取り、挨拶を続けようとした瞬間、銀行家は突然その場に倒れる。客人として居合わせた医者が駆け寄って彼を診察する。“死んでる……”。騒然となる舞踏室から、鳥男がひとり静かに去っていく。

 モーリス・ジャールによる不気味で優雅なワルツとも相まって、この暗殺場面は何とも幻想的で不思議な雰囲気を漂わせている。奇怪な鳥の仮面を被った暗殺者は、まるでお伽話の世界から抜け出してきたクリーチャーのようだ。彼は銀行家に指一本触れない。銀行家も彼からシャンパン・グラスを受け取っただけで、中身は一滴も飲んでいない。グラスを手にしてから僅か5秒後に銀行家は崩れ落ちる。まるで手品のようだ。これほどまでに鮮やかで華麗な暗殺場面を私は他に見たことがない(実は、ジュデックスはここで銀行家を殺害しておらず、仮死状態にしただけだったことがその後の物語の展開で判明する)

 映画評論家の山田宏一は、鳥の面を被ったジュデックスのこの登場場面を次のように評している。

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『オペラ座の怪人』(1925)──仮装舞踏会に現れた髑髏面の怪人

「サイレント版の『オペラ座の怪人』(ルパート・ジュリアン監督/1925)のパートカラーによる仮装舞踏会のシーンに突如、真紅のケープに身を包んだ髑髏の面の怪人が出現するところ、あるいはアルフレッド・ヒッチコック監督の『泥棒成金』(1955)に黒人の召使に扮したケーリー・グラント(と誰もが思いこむ)が現われるサスペンスフルな仮装舞踏会のシーンに匹敵する映画的興奮に満ちた名場面である」(『山田宏一のフランス映画誌』/ワイズ出版/1999)

 山田氏が挙げた2本の古典映画の代わりに、私はここでマイケル・ジャクソンの2本のショート・フィルム──「Remember The Time」でフードを被った謎の芸人が王宮に現れて妖術を見せる場面、「Smooth Criminal」でナイトクラブに現れた謎の男が遠く離れたジュークボックスにコインを投げ入れる場面──を挙げておきたい。荒唐無稽でまやかしめいたマイケルの登場場面は、ジュデックスのそれと全く同じ映画的興奮に満ちたものだ。古典映画が好きだったマイケルは、ヒーローがどのように観客の前に姿を現すべきかよく知っていた。この『ジュデックス』という魅惑的な作品を、私はマイケルのショート・フィルムに熱中する現代の人たちに発見してもらいたいのである。


その名はジュデックス──美しく蘇った冒険活劇の記憶

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女賊に捕らわれたジュデックス──フイヤード版(左)とフランジュ版(右)

 『ジュデックス』は、『ファントマ(Fantomas)』(1913)、『吸血ギャング団(Les Vampires)』(1915)で知られるフランス映画黎明期の巨匠、ルイ・フイヤードの同名連続活劇(1916)のリメイクである。“連続活劇”というのは、20世紀初期に映画館で週変わりで上映された続きものの短編映画で、現在のテレビドラマに相当するものである(テレビがなかった当時、人々はわざわざ映画館に“テレビドラマ”を観に行っていた。毎回いいところで終わって“次回へ続く!”となる)。オリジナル版『ジュデックス』は、プロローグ+全12話から成る計5時間強の作品。フイヤードの他の冒険活劇『ファントマ』『吸血ギャング団』と共に、現在ではDVDで鑑賞することもできる('12年現在、日本では『吸血ギャング団』のみ発売)。この『ジュデックス』を、ジョルジュ・フランジュはフイヤードへのオマージュを込めて約半世紀後の'63年にリメイクした。

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ジュデックス(チャニング・ポロック)とヒロインのジャクリーヌ(エディット・スコブ)

 ジュデックスは黒マントとツバ広の黒帽子がトレードマークの義賊。普段、何を生業に生活しているのかさっぱり分からない、“月光仮面”的な神出鬼没の正義の味方である。彼は犬や鳩を操り、黒装束の手下たちと共に秘密基地に住んでいる。一応、正義の味方ではあるが、倫理を重んじる人畜無害な根っからの正義漢というわけでもない。彼はもともと悪徳銀行家を殺すつもりだったが、途中で気が変わって終身刑(秘密基地内の独房に永遠に監禁)にしようとする。先述の通り、ジュデックスという名はラテン語で“裁き”を意味する。いわば、彼は“法の外にいる大岡越前”なのである(どうでもいいが、ジュデックスを演じたチャニング・ポロックは加藤剛に似ている)。

 物語は奇想天外、荒唐無稽である。正義の味方ジュデックス、悪徳銀行家、銀行家の善良な娘ジャクリーヌ、銀行家の財産を狙う女賊とその相棒、銀行家が雇った冴えない探偵、冒険好きの少年、通りすがり(笑)のサーカスの女曲芸師らが入り乱れ、暗殺、盗み、拉致、誘拐、追跡といった様々な活劇が繰り広げられる。話の展開は笑ってしまうほどご都合主義だが、むしろそこが面白い。個性豊かな登場人物たち、想像力を刺激するガジェットの数々、全編に漂う摩訶不思議な怪奇ムードは、すべての夢見る(元)少年たちを大いに魅了することだろう。


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銀行家の屋敷に潜入した女賊ダイアナ(腰元に光る短剣がたまらない)

 この映画の中で最も魅力的な登場人物は、実は主人公のジュデックスではなく、悪徳銀行家の財産を狙うブルネットの女賊ダイアナである。彼女はジュデックス以上に大胆不敵、変幻自在で神出鬼没だ。ジュデックスの見せ場は冒頭の舞踏会場面くらいのもので、物語の主導権はその後もっぱらこのダイアナが握り、正義の味方は完全に後手に回ることになる。

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変幻自在の女賊ダイアナ(フランシーヌ・ベルジェ)

 ある時は家庭教師になりすましたスパイ。ある時は黒いボディスーツ姿の泥棒。またある時は尼僧に扮した誘拐犯。ジュデックスに掴まりそうになると、彼女は尼僧服から黒いボディスーツに早変わりし、水路から見事に逃走する。服装も髪型も登場する度にコロコロ変わる。金のことしか頭になく、目的達成のためなら手段を選ばない狡猾で非情な女だが、それでいてどこか憎めない、まるで峰不二子のようなキャラである。尾行してくる車をバックミラーで見ながらオープンカーを駆る横顔など、しびれるくらいカッコいい。一方、ダイアナに易々と秘密基地に潜入され、更には、彼女のアジトに颯爽と踏み込んだ瞬間、頭を殴られてあっさり気絶させられるジュデックスの抜け作ぶりはどうだろう。この映画における正義の味方ジュデックスの扱われ方はいかにも軽い。

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追い詰められた女賊ダイアナ──ベルジェの迫真の演技!

 監督のジョルジュ・フランジュが加担しているのは、善玉ジュデックスではなく、明らかに悪玉ダイアナである。フランジュはこの女賊を他のどの登場人物よりも丁寧に描き込んでいる。そもそもフランジュは正義の味方を描くことにあまり興味がなかったようだ(もともと彼がリメイクしたかったのは『ジュデックス』ではなく、悪人が主人公の『ファントマ』だった)。フランジュは、ミュジドラ演じる『吸血ギャング団』の女賊イルマ・ヴェップのイメージを投影しながらダイアナのキャラを膨らませた。この映画の真の主役は彼女だと言っても過言ではない。ダイアナ役には当初、ブリジット・バルドーが考慮されたそうだが(ギャラが高いため見送られた)、フランシーヌ・ベルジェで大正解だったと思う。クライマックスでジュデックスたちに追い詰められて顔を引きつらせる彼女の迫真の演技は、この映画の大きな見所のひとつだ(上の画像参照。バルドーにこんな間抜け面ができただろうか?)。相棒の情夫とカフェで踊る場面のとぼけた味も素晴らしい。とにかく絶妙なゲス女ぶりである。滑稽さの中に悲哀すら感じさせる悪女ダイアナの人間くささを、私は愛さずにはいられない。


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悪徳銀行家の善良な娘ジャクリーヌ(エディット・スコブ/中央)

 ジャクリーヌ役を演じたエディット・スコブもまた素晴らしい。ブロンドの彼女は、ブルネットの行動的なフランシーヌ・ベルジェと対照を成す、受け身で無力なか弱いヒロインである。女賊ダイアナにクロロホルムを嗅がされたり、背後からいきなり注射を打たれて誘拐され、度々危険な目に遭う。ダイアナが峰不二子なら、ジャクリーヌはまさしく『カリオストロの城』のクラリスだ。

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馬車に乗るジャクリーヌ──白と黒が対比された見事な構図、スコブの横顔の美しさ

 『顔のない眼』で初めてこの人の顔を見た時の衝撃は忘れられない。事故で顔面を失い、劇中でずっと不気味な仮面をつけている少女。彼女は一体どんな顔をしている(していた)のだろう。最後まで観客に明かされることはないだろうと思われた仮面の下の素顔が映画終盤でおもむろに画面に現れた時、私は驚愕した。(手術で復元された)それは、ガラス細工のような脆さを湛えた、まるで人形のように奇怪で美しい顔だった。エディット・スコブの常人離れした容姿によって『顔のない眼』は奇蹟の名作になった。

 『ジュデックス』では、『顔のない眼』でほとんど画面に登場することのなかったスコブの顔をたっぷり見ることができる。とはいえ、彼女はここでも特に演技らしい演技をしているわけではない。仮面を外しても、その顔は硬直したままで、表情はほとんど変化することがない。ジュリエット・ビノシュを人形化したような容姿のスコブは、まさしく人形のように無力で無抵抗、いわば、他の登場人物たちに玩ばれる美しい玩具のような存在である。女性としてのリアリティが欠落した、完全に記号化されたヒロイン。ほとんどオブジェと言ってもいいかもしれない。スコブは、少年の夢の中に出てくる理想化された女性像を体現し、このお伽話に永遠の輝きと深い詩情を与えるためだけに存在している。彼女はただ画面の中にいるだけで素晴らしい。


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『ジュデックス』には魅力的な場面が次から次へと登場する

 大時代的でノスタルジックな冒険譚『ジュデックス』は、しかし、単なるアナクロ映画ではない。ジョルジュ・フランジュが撮ったのは、ルイ・フイヤード作品の忠実なリメイク版でも、あるいは、(アンドレ・ユヌベル監督『ファントマ』三部作のような)その現代解釈版でもなく、恐らく、彼自身が持っているフイヤードの冒険活劇に対する幼少時の美しい記憶そのものだったに違いない。この映画はひとつひとつの画がただひたすら、わけもなく美しい。この“わけもなく”という点が大切である。わけもなく美しいものを、人は例えば“詩”と呼ぶだろう。幼少時に観た胸躍る冒険活劇の記憶は詩となり、すべて映画という夢の世界へ還元されていく。仮面舞踏会に現れた鳥男や、夜闇の中に怪しくうごめく黒い人影を、私はただ恍惚と眺める。

 余談だが、小学生の頃、私はポプラ社から出ていた江戸川乱歩の少年探偵シリーズの大ファンだった。今は知らないが、私が子供だった'80年代頃には、どこの小学校の図書室にも大抵これが置いてあったと思う。想像を掻き立てる怪しい挿し絵を見ながら夢中で読み漁り、真似して自分で探偵小説を書いてみたこともあった。当時、誕生日やお年玉などを駆使してシリーズの大半を買い揃えたが、いつの間にか手元から消えてしまった。

 『ジュデックス』は、幼少時から一度も再読していなかった乱歩の少年探偵シリーズの記憶と感動を、当時のまま、私の中に鮮やかに蘇らせてくれた。この映画にどの程度の普遍性があるのかは正直よく分からないが、私の目には何もかもが神聖なまでに美しく映る。この映画は、かつて冒険を愛した元少年たちのための永遠の“秘密の宝物”なのである。

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見事な鳩出し芸を披露するポロック(彼はかつてミュージック・ホールの奇術師だった)。この最終場面のスコブはまるで少年のようだ

※ルイ・フイヤードのオリジナル版では、幼少時にジュデックスの父親が悪徳銀行家によって破産させられ、自殺に追い込まれたという過去が説明される。つまり、この物語はもともと銀行家に対するジュデックスの個人的な復讐劇だったのだが、ジョルジュ・フランジュ版でそのへんの細かい経緯はすべて端折られている。

※'12年現在、『ジュデックス』は日本では未DVD化のまま。画面を4:3にトリミングしたVHS版はかつて発売されたことがある(ツタヤの大型店舗でレンタル可)。興味のある人には、Eureka!から'08年に発売されたイギリス版DVDの購入を強くお勧めしておく。同じくジョルジュ・フランジュ監督による『ファントマ』風の冒険活劇『Nuits Rouges』(1973)と2枚組になった無敵版である(ブックレットも超充実。Eureka!は“イギリスのCriterion”とも言うべきメーカー。ここの商品は完璧である)。

LE SANG DES BETES('49年発表『獣の血』。屠殺場の様子を記録したフランジュ最初期の伝説の短編。私たちが普段食べている肉がどのように作られているかがよく分かる)
LA PREMIERE NUIT('58年発表『白い少女』。地下鉄で幻の少女と出会う少年を描いた幻想的な短編。“少年の夢”というテーマは『ジュデックス』とも通じる)
LES YEUX SANS VISAGE in 4 minutes(4分でわかる『顔のない眼』)



帰ってきた鳥男──「IS IT OVER?」

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IS IT OVER? (2011)
Directed: Donnie Eichar & Brad Tiemann
Music: Thievery Corporation
Starring: Jason Thompson, Julie Marie Berman, and Lil Buck

 『ジュデックス』について必要以上に詳述してしまったが、この映画を紹介したことには、単に私個人がジョルジュ・フランジュ作品に関心があるという以外に、もちろんそれなりの理由がある。実はここからが今回の記事の本題なのだ。

 アメリカのDJデュオ、シーヴェリー・コーポレーションの「Is It Over?」という曲がある。白人女性歌手のシャナ・ハリガン Shana Halligan をフィーチャーした、ダウンテンポのメランコリックなナンバーだ。'11年11月に公開されたこの曲の音楽ヴィデオが、先述した『ジュデックス』の舞踏会場面のパロディになっている。これが面白い。

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 とある屋敷で開かれたパーティー。そこに鳥の仮面を被った1人の謎の男が現れる。右手に白い鳩の亡骸を持ち、客人たちが集う広間に静かな物腰で入ってきた鳥男。ソファでくつろぐ一組の男女カップルの前に立つと、鳥男は2人の目の前で死んだ鳩を蘇らせてみせる。“これはお見事”といった風情で拍手するソファの男。手品で出した花をソファの女に手渡した後、奇術師は魔法のような不思議なダンスを始める。女は徐々にその眩惑的な動きに引き込まれていく。最初は芸を楽しんでいたソファの男も、自分の女が奇術師に心を奪われていくのを感じて段々と不愉快になる。嫉妬に駆られたのか、口づけで無理やり女を制する男。動揺する2人を残して、鳥男は静かに立ち去っていく。

 鳥男の奇怪な外見はほぼ『ジュデックス』通り。時代設定は20世紀初頭から21世紀初頭に移されている。仮面舞踏会ではないが、豪邸での夜会に現れるという設定も一緒だ。ティルトアップ(足もとから顔へカメラを振る)で登場後、鳥男は屋敷の入口で鳩の死骸を拾って廊下を歩いていき、人々の前で鳩を蘇らせる。立ち去っていく後ろ姿を見せる廊下のショットも丁寧に再現されている。『ジュデックス』と大きく異なるのは、同じく奇術師という設定ながら、いかにも音楽ヴィデオらしく、鳩を蘇らせた後で彼が主題曲「Is It Over?」に合わせてダンスを披露する点(これがこのヴィデオの大きな見所にもなっている)。また、大勢の客人たちに向けて芸を披露する『ジュデックス』の鳥男に対し、こちらの鳥男はもっぱら一組の男女を相手にしている。女は鳥男のダンスを見ながら(いかにも無意識のうちに、という感じで)「Is It Over?」を口ずさみ、それを隣にいる恋人の男に度々止められる。鳥男に心を奪われていく女、それを制止しようとする男──2人の心の動きがこの演出によって上手く表現されている。ジュデックスは悪徳銀行家を暗殺するために現れた。ヴィデオの鳥男は誰も殺さず、一組の男女を動揺させただけで去っていく。彼の目的は何だったのか? 彼の正体は? このヴィデオは一体何を意味しているのか?

 もしかすると鳥男と女はかつて恋人同士で、彼は金持ちの男から自分の元彼女を取り戻しに来たのだろうか。女の表情を観察する限り、彼女が鳥男の正体を知っているかどうかは判断がつきかねる。このヴィデオはマイケル・ジャクソン「Remember The Time」(1992)──王宮に謎の芸人が現れ、王様から王妃を奪う──にも似ている。しかし、結末はあまりにも中途半端だ。鳥男は女を奪わない。彼は2人を戸惑わせ、彼らの関係に微妙に亀裂を生じさせただけで去っていく。

  Time ever passing
  I hear strange ghost
  Shadows remind me of the memory that's now broke
  Stranger than fiction
  I can't understand
  Are we ever really in control of dreams we have?
  Is it over?
  Is it over?
  
  時は過ぎていく
  おかしな幽霊の声がする
  亡霊たちが失われた記憶を呼び覚ます
  小説よりも奇異
  私には理解不能
  夢を制御することなんてできやしない
  おしまいかしら?
  おしまいかしら?

 「Is It Over?」はこんな歌である。“夢”というのは、夜眠った時に見る夢のことだろう。鳥男はダンスによって「Is It Over?」という曲そのものを司り、女はそれに誘われるようにしてこの歌を口ずさむ。歌詞の登場人物に照らすと、女は“私”、鳥男は“おかしな幽霊(strange ghost)”もしくは“亡霊(shadows)”として捉えることができる。“幽霊/亡霊”は、夢の中で何らかの形になって現れる、彼女自身が抱える漠然とした想念のメタファーに違いない。つまり、鳥男は女の潜在意識の化身なのではないか。この不思議なキャラクターは、実在の人物というよりは、女に警告を与える一種の霊的な存在として捉えた方がしっくりくる。“Is it over?”の“it”は“夢”を指しているように思われるが(つまり、“夢は終わったの? それとも私はまだ夢を見ているの?”。夢と現実の境界が消失した世界)、このヴィデオの文脈では、女と男の関係を指しているようにも取れる。“この男とは続かない”という主人公の女の第六感(または、俗に言う“女の勘”)──その直感/インスピレーションそのものが“鳥男”によって暗喩されている、というのが私の解釈である(このヴィデオ全体を女が見ている夢の世界の光景として捉えても良い)。

 金持ち男は、恐らく、遅かれ早かれこの女に振られることになるだろう(もしかすると、この晩にも)。ある意味では、ジュデックスと同様、このヴィデオの鳥男も刺客と言えるのではないか。

 謎の踊る鳥男は、『ツイン・ピークス(Twin Peaks)』(1990)の赤い部屋で踊る奇妙な小人を私に思い出させた。まるでジョルジュ・フランジュとデヴィッド・リンチが組んだような、摩訶不思議な、実に映画的興趣に溢れた作品である。“窃盗団(Thievery Corporation)”を名乗る音楽ユニットのヴィデオが『ジュデックス』ネタというところも洒落ている。

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主役を演じたジェイソン・トンプソンとジュリー・メアリー・バーマン

 主役の男女カップルを演じたのは、共に米ABCの長寿昼ドラマ『ジェネラル・ホスピタル(General Hospital)』への出演で知られるジェイソン・トンプソンとジュリー・メアリー・バーマン。実際に「Is It Over?」を歌っているシャナ・ハリガンは、客人の1人としてカメオ出演している。主役のトンプソン&バーマンの後方で立って踊っている白ドレスのロングヘアの女性が彼女だ(シーヴェリー・コーポレーションの2人も客人の中に紛れているかも?)。

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鳥男を演じたダンサーは……

 さて、問題は鳥男である。先ほど“魔法のような不思議なダンス”と説明した彼のダンスとは、ポッピングのことである。重力に逆らうような、浮遊感のある奇妙な動きを見せる。このパントマイム的なダンスが、奇術師というキャラと、幻想的な曲調に見事にマッチしている。彼の踊りには詩のような趣がある。踊りを通じて、まるで主人公の女性に本当に何かを語りかけているようだ。かつてマイケルが「Human Nature」や「Stranger In Moscow」のステージ・パフォーマンスで見せた繊細でリリカルなポッピングが好きな人にとっては、大いに感じるものがあるはずである。

 この鳥男は一体何者なのか? もちろん、物語内における彼の正体ではなく(それは既に考察した)、単純に、ここで鳥の面を被って踊っている役者(ダンサー)は誰なのか、という話である。

 白い手袋をつけているので分からないが、実は彼は黒人である。そして、彼はもしかすると、既にあなたがどこかで見たことのある男かもしれない。彼の素顔は? 鳥男の正体はいかに?!


 TO BE CONTINUED 続く!

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