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Selah Sue──どちらのスーさんですか?

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 ♪ピンポ~ン
 
 どちら様でしょう?
 ……スー? スーさん?
 どちらのスーさんですか?
 
 田中好子さん? 違う。
 ビビアン・スーさん? 違う。
 バービィー・スーさん? 違う。
 じゃ、スー・チーさん? 違う。
 アウンサンスーチーさん……なわけはないよね。
 もしかして、あんた、スージー・スー? 違う。
 え、スージー・クアトロでもないって?
 じゃあ、ペギー・スー?(って、それは曲名か)
 わかった、スージーQ(くっ、これも曲名だ)
 まさか、懐かしのステイシーQ?(もはやスーではない)
 
 やけに聞き覚えのあるハスキーな若い女の声。“スー”と名乗る謎の女性の正体を見極めるべく、私は思い切って玄関のドアを開けた。すると、そこには全く見知らぬ女の子がいて、俯き加減でこちらをじっと見つめていた。
 
 彼女の名は、セラ・スー。
 ベルギーからやって来た。


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SELAH SUE
CD: Because Music 825646740529, 4 March 2011 (Belgium)

This World / Peace Of Mind / Raggamuffin / Crazy Vibes / Black Part Love / Mommy / Explanations / Please [feat. Cee-Lo Green] / Summertime / Crazy Sufferin Style / Fyah Fyah / Just Because I do

Produced: Patrice, Farhot, Meshell Ndegeocello, Matt Kamil, Peter Steeno


 セラ・スーのデビュー・アルバムが素晴らしい。昨年の今頃、私は完全に“ジャネル萌え~”状態だったが、今年はこの“ベルギーのスーちゃん”で決まりだ。

 本名、Sanne Putseys(読み方わかんねー)。'89年5月3日、ベルギー生まれ。15歳('04年)からアコギで曲作りを始める。MySpaceから人気が広がり、次第にプロのミュージシャンやレコード・レーベルの注目を集めるようになる。'08年、1st EP『BLACK PART LOVE』を自主制作。その後、フランスのBecause Musicと契約し、'10年10月、同レーベルから2nd EP『RAGAMUFFIN』を発表。その翌月、プリンスがアントワープでのコンサートの前座に彼女を起用(11月8日、Sportpaleis公演)。'11年3月、鳴り物入りで登場した初のフル・アルバム『SELAH SUE』は、ヨーロッパ各国で大ヒットを記録。日本でもワーナーミュージック・ジャパンによって3月からデジタル配信、5月末から直輸入盤でCDの配給が始まり、目下、人気急上昇中のスーちゃんというわけである。

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微妙にシャルロット・ゲンスブール似のスーちゃん(実はちっとも似てない)

 スーちゃんの音楽には、ブルース、レゲエ、ダブ、ヒップホップ、R&B、ソウル、ファンク、ロックといった様々な要素が混在している。ジャネル・モネイ嬢の音楽性も同じように幅広かったが、曲ごとにサウンドや歌唱法を豹変させるジャネルの変則パターンと違い、スーちゃんの場合、アップ、ミディアム、スローといった常識的な曲調の変化は別にして、アルバム全体を通して音楽様式に一貫性がある。様々な音楽要素がごく自然に混じり合い、単純に“~調”とか“~風”と言い切れないサウンドになっている。ジャンルの折衷としては王道パターンだが、このキマり具合がとにかくカッコいいのだ。スタイルのなさがジャネルの面白さだとすれば、スーちゃんの面白さはその逆。音楽の垣根をいくつも越えながら、彼女は確固とした“スーちゃんスタイル”を築き上げている。

 ジャネルはプリンスとデヴィッド・ボウイに大きな影響を受けていた。この2人の先人に当てはめて言うと、同じ越境者でも、作品単位で音楽性がコロコロ変わるジャネルは“デヴィッド・ボウイ型”、ひとつの作品の中に様々な音楽要素が混在しているスーちゃんは“プリンス型”と言えるかもしれない(黒人のジャネルがボウイに近くて、白人のスーちゃんがプリンスに近いというのも妙な話だが)。殿下のお墨付きは決してダテではないのである。

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1st EP『BLACK PART LOVE』(2008)、2nd EP『RAGAMUFFIN』(2010)

 '08年の1st EP『BLACK PART LOVE』(6曲入り)には、『SELAH SUE』に収録されている楽曲群の初期ヴァージョンが収められていて興味深い。そこでスーちゃんは自分のアコギとシンプルな生バンドの演奏をバックに、かなりフォーキーな味わいの歌を披露している。それらを聴くと、彼女が決して音作りに凝りまくるようなタイプの音楽家ではなく、アコギ1本でどこにでも出掛けていくような、非常に古典的で素朴なシンガーソングライター・タイプの人だということが分かる。

 1st EPの収録曲は『SELAH SUE』で劇的に生まれ変わった。アルバムのプロデュースは、ドイツのDJ/プロデューサー、ファーホット Farhot と、同じくドイツの黒人シンガー、パトリス Patrice の2人がほぼ全曲を手掛けている(1曲、ミシェル・ンデゲオチェロがプロデュース担当)。『SELAH SUE』のスリリングなサウンドがこの2人の尽力によるものであることは間違いないのだが、しかし、1st EPの簡素な初期ヴァージョンと聴き較べても、『SELAH SUE』からは不思議と全くオーバープロデュースされたような印象を受けない。なぜか? 実はこの点にこそスーちゃんの凄さがあるのだ。

 『SELAH SUE』のサウンドは、先にも書いたように、ブルース、レゲエ、ダブ、ヒップホップ、R&B、ソウル、ファンク、ロックといった様々な音楽要素が混じり合ったものである。1st EPのサウンド・プロダクションには、それらの要素のすべてが含まれているわけではない。むしろ、ほとんど含まれていないと言っていい。にもかかわらず、1st EPにはそれらの音楽要素がひとつ残らずきちんと揃っているのだ。どこにあるかと言うと、それらは、背後のサウンドにではなく、すべてスーちゃんのヴォーカルの中にある。スーちゃんは自分の歌声だけで、それらの多様な音楽性を一度に体現してしまっているのだ。彼女はブルース歌手であり、レゲエ歌手であり、ソウル歌手であり、同時にラッパーでもある。彼女の歌声を通して、色んな音楽がいっぺんに聞こえてくる。曲ごとに歌い方を変えるのではなく、様々な音楽を取り込んで汎ジャンル的な独自のヴォーカル・スタイルを確立しているのである。1st EPのような飾り気のないバンド・サウンドや、アコギ1本での素のパフォーマンスを聴くと、彼女の備えている音楽的な素養の豊かさがよく分かる。スーちゃんは脱いでもスゴいのだ(ドキドキ)。

 プロデューサーであるファーホットとパトリスの2人は、彼女の汎ジャンル的なヴォーカルに、そのまま素直に汎ジャンル的なサウンドをあてがった。いわば、彼女に似合う服を作ったのである。彼らの的確な仕事ぶりはもちろん賞賛に値するが、そのサウンドはスーちゃんのヴォーカルがあって初めて成立している。スーちゃんの最大の魅力は、何と言っても、この色んなものが入ったシチューのような濃密なヴォーカルにある。


前にどこかで会ったことない?

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アデル『19』(2008)、エイミー・ワインハウス『FRANK』(2003)

 スーちゃんの声はとてもハスキーでブルージーだ。その個性的なヴォーカルは、同時に、強烈な既聴感を喚起するものでもあった。この声は前にも確かに聞いたことがある。初めて会った気がしないのだ。はて、誰の声だったかな……?

 スーちゃんとよく比較されているのは、2nd『21』(2011)がバカ売れ中のアデルである。確かに彼女の声もハスキーだし、音楽性にも共通点が少なくない。ヨーロッパの白人シンガーソングライターという点も同じだ。ただ、彼女の場合、ブルーアイド・ソウルとしてはスーちゃんより遙かに王道を行っているし、声質も(体型も)スーちゃんより太めである。また、同じフォーキーでも、スーちゃんにはアデルのようなカントリー色はない。アデルの音楽はもっと純粋にアメリカ的である。アデルとキャロル・キングなら分かるが、彼女とスーちゃんを較べるのはちょっと違うんではないか(ルックスだってスーちゃんの方が全然可愛いもんねー)。

 次に比較されるのは、アデルと同じ英国出身の白人シンガーソングライター、エイミー・ワインハウスだろう。同じブルーアイドでも、スーちゃんの個性はアデルよりエイミーにずっと近いものがある。レトロ・ソウル路線を前面に打ち出した2nd『BACK TO BLACK』(2006)でも良いが、聴き較べるなら、より幅広い音楽性を持ったネオ・ソウル路線の1st『FRANK』(2003)だろう。声の雰囲気も近いし、ヒップホップ、ブルース、ソウルといった基本要素も共通する。但し、エイミーの歌唱法はジャズを基盤にしているところが決定的に違う。スーちゃんの歌は決してジャジーではないし、また、ブルージーではあっても、エイミーのようにやさぐれてはいない(それに、ルックスだってやっぱりスーちゃんの方が可愛いもんねー)。


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メイシー・グレイ『ON HOW LIFE IS』(1999)、ケリー・ジョイス『KELLY JOYCE』(2001)

 ハスキーでフリーキーなスーちゃんのヴォーカルを聞いて私がまず連想したのは、メイシー・グレイである。スーちゃんの声は、歌い方によってメイシーと本当にそっくりな瞬間がある。強烈なブルース感覚を滲ませたスーちゃんのハスキー・ヴォイスは、メイシーの再来と言ってもいいかもしれない。ファンクとロックが混ざったプリンス的な音楽性も似ているし(スーちゃんはライヴで殿下の「Kiss」をカヴァーしている)、また、ヴィンテージ・ソウル(ロック)に通じるレトロ感を併せ持っている点もメイシーと被る。スーちゃんのアルバムにシーロー・グリーンが参加しているのも納得いくところだ。JB(ジェイムズ・ブラウン+ジェイムズ・ボンド)的なムード溢れるシーローとの共演曲「Please」(前年のシーローのアルバム『THE LADY KILLER』にも収録)は、「It's A Man's Man's Man's World」を使ったメイシー「Ghetto Love」と合わせて聴きたい曲である(ちなみに、スーちゃんはJBと誕生日が一緒!)。

 もう一人、ネオ・ソウル~レトロ・ソウルという文脈で思い出すブルース声の歌姫は、フランスのケリー・ジョイス。ヨーロッパで大ヒットしたデビュー作『KELLY JOYCE』(2001)は、メイシーの1st同様、レトロ・ソウルの先駆けとも言うべき名盤だ。スペンサー・デイヴィス・グループ「Gimme Some Lovin'」のリフを頂いた冒頭曲「Avec L'amour」から最高に盛り上がる。この絶妙のレトロ感とロック・テイストは、ゾンビーズ「Time Of The Season」をネタ使いしたメラニー・フィオナ「Give It To Me Right」(2009)などに通じるものがあると思う。'01年当時、私はメイシー作品と合わせて、このケリー・ジョイスのアルバムを聴きまくっていた('04年の2nd『CHOCOLATE』は微妙だった)。今回、改めて聴きながらふと思ったが、これ、ジャネル・モネイのファンにはどストライクではないだろうか?

Macy Gray - Ghetto Love (2007)
Kelly Joyce - Avec L'amour (2001)
Kelly Joyce - Vivre La Vie (2001)



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ローリン・ヒル『THE MISEDUCATION OF LAURYN HILL』 (1998)
エリカ・バドゥ『BADUIZM』 (1997)


 スーちゃんは“影響を受けたアーティスト”について訊かれると、真っ先にローリン・ヒルエリカ・バドゥの名前を挙げる。レゲエでソウルでヒップホップ、おまけにフォーキーなところは、まさにフージーズ~ローリン・ヒルである(実際、スーちゃんはローリンの「Lost Ones」「War In The Mind or Freedom Time」をカヴァーしている)。また、スーちゃんの鼻にかかったようなブルージーでコケティッシュなヴォーカルは、確かにエリカ・バドゥとも共通点がある(スーちゃんはバドゥの「Appletree」「Danger」もカヴァーしている)。但し、バドゥの歌い方は基本的にジャジーなので、単純にヴォーカルの雰囲気で言えば、むしろエイミー・ワインハウスの方がバドゥ的だろうし、ローリンのラップ+メリスマ多用のスティーヴィー風ソウル歌唱であれば、ジャネル・モネイの方がよっぽどローリン度が高いと言える(ローリン・ヒルがタキシードを着てロックをやるとジャネルになる)。ローリンやバドゥに較べると、スーちゃんのヴォーカルはやはり突出してブルース感が強い。声質の違いもあり、結局、表面的にはローリンにもバドゥにもそれほど似ていないのだが、しかし、スーちゃんの音楽が彼女たちネオ・ソウル時代のシンガーソング・ライターに大きく影響されていることは重要なポイントだろう。

Lauryn Hill - Lost Ones (1998)
Lauryn Hill - War In The Mind or Freedom Time (2002)
Erykah Badu - Appletree (1997)
Erykah Badu - Danger (2003)



LADY SINGS THE BLUES WITH HIP HOP BEATS

 ところで、スーちゃんは代表曲「Raggamuffin」で、その名の通り、ラガマフィン調のヴォーカルを披露している。「Raggamuffin」に限らず、スーちゃんの歌にはラガ調の節回しが多く含まれていて、その“ブルース+レゲエ”的な感覚が彼女の個性を非常に際立ったものにしている。この感覚はもちろんサウンド・プロダクションにも反映されている。その辺りを意識しながら聴くと、スーちゃんから受ける“前に会ったことがある感”の謎が解けてくる。

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モロコ『DO YOU LIKE MY TIGHT SWEATER?』(1995)
マルティナ・トプレイ・バード『QUIXOTIC』(2003)


 メイシー・グレイともちょっと違うなー、と思ったところで突然私の脳裡に蘇ってきたのが、「Fun For Me」を歌うモロコのロイシン・マーフィーの声だった。スーちゃんのアルバムのサウンド・プロダクションは、実は懐かしのトリップ・ホップによく似ているのだ。鼻にかかったような変な歌声とのコンビネーションもそっくり。白人歌手ということで先にロイシン・マーフィーを思い出したのだが、よく考えてみると、スーちゃんのヴォーカルはトリッキーの歌姫だったマルティナにも似ている。彼女もやはり鼻にかかったような掠れた声でメランコリックな歌を聴かせる。要するに、ブルージーなのである。

 彼女たちは一様に似たような声で、似たような歌い方をしている。まるで窒息しかけているカエルのような、決して美声とは言えない声で、いかにも気怠く辛そうに憂鬱な思いを歌う。この歌唱スタイルには、ひとつ明確な原典がある。彼女たちは、結局、みんなビリー・ホリデイと同じ歌い方をしているのだ。

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ビリー・ホリデイ

 程度の差はあるにせよ、トリップ・ホップの歌姫たちの多くは何らかの形でビリー・ホリデイの遺伝子を受け継いでいたように思う。マルティナと並ぶトリップ・ホップ最大の歌姫であるポーティスヘッドのベス・ギボンズにしても──彼女は全く違う声質の持ち主だが──代表曲「Glory Box」の歌唱は紛れもなくビリー・ホリデイ的である(スーちゃんのアルバム1曲目「This World」は何気に「Glory Box」に似ていると思う)。'00年代のトリップ・ホップ歌姫とも言うべきバイカー──Ninja Tuneのボノボ、Ubiquityのレディオ・シチズン等への客演で知られる才女──も、やはり強烈な“ビリー・ホリデイ声”の持ち主だ。つまり、彼女たちは“ブルース”を歌っているのである。

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ポーティスヘッド「Glory Box」(1995)、バイカー『BIJKA IN WONDERLAND』(2010)

 トリップ・ホップは様々なエピゴーネンを生んだし、ドラムンベースやビッグ・ビートといった派生音楽も生まれて実体が掴みにくい音楽になったが、私なりに定義づけるなら、それは基本的に“ヒップホップ+ブルース”ということになる。Lady sings the blues with hip hop beats(ヒップホップのビートで女がブルースを歌う)──モンク&カナテラのような男性ヴォーカルものや、インストもの(アブストラクト・ヒップホップと呼ばれた)もあったが、王道はこのパターンである。男性ヴォーカリストではトリッキーが代表格だったが、ぼそぼそ喋るような彼の歌唱スタイルは(ラップと言うよりは)トーキング・ブルースに近い。また、トリップ・ホップ(特にポーティスヘッド作品)にはギターのトレモロや低音弦のサウンドが頻出したが、これも結局、彼らのやっている音楽がブルースであることを示しているように思う(ゆえに、トリップ・ホップは自然とロックにも接近していくことになる)。

 しかし、トリップ・ホップは“ヒップホップ・ブルース”とか“ブルース・ホップ”とは呼ばれなかった。“トリップ+ヒップホップ”でトリップ・ホップなのである。“トリップ”とは何か?

 トリップ・ホップには、実はヒップホップとブルースの他に、もうひとつ極めて重要な要素が含まれていた。それは、ダブである。トリップ・ホップの発祥地であるイギリスのブリストルには、昔から多くのジャマイカ移民がいて、レゲエが身近な音楽だった。このため“ヒップホップ+ブルース”はダブの音響で歪められ、夢幻的なトリップ感を伴うことになった。トリップ・ホップというのは、言い換えれば“ダブ・ホップ”なのである。

Portishead - Glory Box (1994)
Tricky - Hell Is Around The Corner (1995)
Moloko - Fun For Me (1995)
Morcheeba - Trigger Hippie (1996)
Ollano - Nicola Six (1996)
Blue Foundation - Wiseguy (2001)
Martina Topley-Bird - Need One (2003)
Martina Topley-Bird - Ragga (2003)
Radio Citizen - The Hop [Feat. Bajka] (2006)
Bonobo - Days To Come [Feat. Bajka] (2006)
Radio Utopia - Get Up, Stand Up [Feat. Bajka] (2010)
Bajka - BAJKA IN WONDERLAND (2010)


 “ヒップホップ+ブルース+ダブ”がトリップ・ホップだと仮定すると、シャーデーの『LOVE DELUXE』(1992)もトリップ・ホップということになってしまうかもしれない。あのアルバムの主題はずばり“ブルース”だった(「Feel No Pain」「Cherish The Day」「No Ordinary Love」に顕著)。
 シャーデーの音楽のジャンルはもちろん“シャーデー”でしかないわけだが、ただ、私はあれをトリップ・ホップと呼んで呼べないことはないと思う。トリップ・ホップはそれくらい恣意的なジャンル名だし、恐らくそれは、ヒップホップをイギリス流に解釈した音楽に対するひとつの仮の総称に違いないからだ。名称はともかく、トリップ・ホップなる音楽が、“アフリカ系アメリカ人以外の人間がいかにヒップホップをやるか?”という課題にひとつの決定的な解答を示していたことは間違いないし、あれだけ爆発的に流行った理由も、結局、そこにあるように思うのである。

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 話をスーちゃんに戻そう。彼女の音楽も、トリップ・ホップも、そしてネオ・ソウル(あるいは、'90年代以降のR&B全般)も、ヒップホップを共通基盤としている。基盤と言うより、前提と言った方がいいかもしれない。問題は、その上に何が乗るかである。ネオ・ソウルやコンテンポラリーR&Bの場合、ヒップホップの上にソウルが乗っている(かつて“ヒップホップ・ソウル”という用語があったが、今では当たり前すぎて使われない)。トリップ・ホップの場合、ブルースとダブ(レゲエ)。スーちゃんの場合、ブルースとラガマフィン(レゲエ)である。こうして考えてみると、スーちゃんの音楽がトリップ・ホップに似ていることが非常に腑に落ちる。アメリカとベルギーの地理的関係からしてそうだが、スーちゃんの音楽におけるヒップホップの取り込み方は、完全にイギリス経由のそれである。

 実は、スーちゃんはソロ活動の他に、アディクテッド・クルー・サウンド Addicted Kru Sound というベルギーのダブステップのユニットにも参加している。

「ベルギーにはいいバンドがたくさんいるわ。でも、同時に売れ線のビッグ・アーティストもいるし、それはどこの国でも一緒だと思うけど。売れる人はすごい売れてるっていう。私の周りではいまダブステップが盛り上がってるわ。私も“セラ・スー”とは別に、アディクテッド・クルー・サウンドっていうダブステップ/ドラムンベースの生バンドで歌ってるの。ダブステップは大好きで、いま一番よく聴いてるわ。ソウルで私が影響を受けたのは、やっぱりローリン・ヒルとエリカ・バドゥ。あと、ダミアン・マーリーみたいなラガ・アーティストとか、ヒップホップとか、打ち込みものとか。全部大好きよ」(February 2010, The Couch Sessions)

 これは'10年2月のインタヴュー発言なので、自分のアルバムを出した現在もこのバンド活動を続けているのかは分からない。ただ、スーちゃんがダブステップのユニットと関わっているというのは実に納得のいく話である。

 トリップ・ホップ~ダブステップ、そして、ネオ・ソウル~レトロ・ソウルという、'90年代から'00年代にかけてのヨーロッパとアメリカのポピュラー音楽の流れ。スーちゃんはそれらのどこにもリンクするコスモポリタンなアーティストだ。様々な音楽性が感動的なまでに自然に同居しているのは、やはり、スーちゃんが最初から汎ジャンル的な音楽に囲まれて育った'89年生まれの若者だからだろうか。『SELAH SUE』の多様性・包括性に私は大いにしびれた。すごいなあ、スーちゃん。


 というわけで、スーちゃんから受ける“前に会ったことがある感”の謎は大体解けたのだが、それでも尚、私の中にはモヤモヤしたものが残っていた。他にもっと、ずばり似ている女性歌手がいたような気がするのである。声だけでなく、音楽性も結構近かったような……。

 『SELAH SUE』を聴きながらモヤモヤすること2日間、私は遂にその歌手を思い出した。3月の大地震のせいで何がどこにあるのか分からなくなっているCDの山の中から、私は苦労して1枚のアルバムを探し出した。

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テレーズ・モンカルム『VOODOO』(2006)

 カナダのケベック出身のシンガーソングライター、テレーズ・モンカルム。'63年生まれで、レコード・デビューは'94年。'11年現在まで計5枚のアルバムを発表。'06年の4作目『VOODOO』は彼女が初めて英語で歌ったアルバムで(最初の3枚は仏語)、当時、ヨーロッパで結構ヒットしたようだ。音楽性はジャジー&ブルージーなアコースティック・ポップ。声質は非常にハスキー。ビリー・ホリデイの影響も受けているが、いかにもロック世代の人らしく、全開で歌うとジャニス・ジョプリンのようになる。

 数年前、私はこの人の歌をネットラジオで偶然に耳にした。曲はユーリズミックスのカヴァー「Sweet Dreams」。夜の酒場が似合うジャジーな生バンド・サウンドに、彼女のブルージーな歌声が完璧なハマり具合を見せる。あまりのカッコよさに腰を抜かした私は、アーティスト名とアルバム名を確認すると、そのまま速攻でCDを注文したのだった。

Terez Montcalm - Sweet Dreams (2006)
Terez Montcalm - Sweet Dreams (Live 2007)


 『VOODOO』では、この「Sweet Dreams」の他にも「Voodoo Child」(ジミ・ヘンドリクス)、「Sorry Seems To Be The Hardest Word」(エルトン・ジョン)、「How Sweet It Is」(マーヴィン・ゲイ、ジェイムズ・テイラー)、「Love」(ナット・キング・コール)、「Close Your Eyes」「I Wanna Be Around」「For Heaven's Sake」「Be Anyhing」といった様々なポピュラー~スタンダード曲が取り上げられている。アレンジもシンプルながら洒落ていて、テレーズの自作曲とあわせて気持ち良く聴くことができる。洗練されたとてもいいアルバムだ。

 スーちゃんのヴォーカルはこのテレーズ・モンカルムによく似ている。おまけに、テレーズはギターを弾きながら歌う人である。テレーズの音楽性はスーちゃんほどコンテンポラリーではないが、2人とも基本的には似たようなタイプのアーティストだと思う。スーちゃんが1st EPの生バンド路線を続けていたら、かなりキャラが被っていたかもしれない(世代的に母と娘のようで面白い)。サウンド・プロダクションも大切だが、何より私は、このテレーズのようにオーセンティックな“歌”を追求するスーちゃんの姿勢に惚れてしまうのである。


あなたに夢中

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笑顔が素敵なスーちゃん

 こうして過去の記憶を色々と漁り、似ている歌手を何人も思い出してみたが、結局、スーちゃんと完璧に同じ歌手はいなかった。似ている声や音楽性の持ち主はいるが、やはりスーちゃんは私が知っている過去のどの女性歌手とも違う。“前に会ったことがある感”は私の気のせいで、彼女はやはり初対面の女性だった。スーちゃんにはスーちゃんの良さがある、というのが私の結論である。

 スーちゃんは決してずば抜けた美人ではないし、強烈なカリスマ性を持ったスーパースター型の人でもない。アルバム・ブックレットの写真ではバッチリ化粧もして、それなりに可愛く写っているのだが、実際には中の上くらいのルックスだと思う。ただ、この人の顔はいい意味で庶民的で、思わず応援したくなるような親しみやすさがある(あんまり親しみやすいので、“世良好子”などという日本人名を与えたくなるほどだ)。ハンドマイクでパワフルに歌う姿を見ると、髪型の雰囲気や小柄な感じが微妙にシンディ・ローパーを思わせたりもする。彼女はきっと同性から好かれるタイプだろう。ベルギーのスーちゃん、アルバムが売れて、そのうち日本にも来てくれると嬉しい。

 それにしても、私はどうしていつも似たようなタイプの女性ばかり好きになってしまうのだろう……(これが最大の謎だったりして)。


Selah Sue - Raggamuffin (Live Acoustic)
Selah Sue - Ragga Medley (Live Acoustic)
Selah Sue - Black Part Love (Live Acoustic)
Selah Sue - Daydreamer (Adele cover, Live Acoustic)
Selah Sue - Valerie (Zutons/Amy Winehouse cover, Live Acoustic)
Selah Sue - Ain't No Sunshine (Bill Withers cover, Live Acoustic)



追記('11年8月7日):
 ビリー・ホリデイの影響下にあるトリップ・ホップの歌姫の話の中に、バイカーに関する記述を加筆した(同時に視聴リンクも加えた)。彼女に言及しなかったのは重大な手落ちだった。
 ちなみに、メイシー・グレイ「Ghetto Love」はスタジオ録音版(4th収録)、ケリー・ジョイスは「Close To You」の秀逸なカヴァー(1st収録)、マルティナは「Too Tough To Die」(1st収録/スタジオ録音版)の視聴リンクを張りたかったが、残念ながらYouTubeには上がっていなかった。アルバムを買って聴いて欲しい(まあ、私が上げてもいいのだが……)。本文内で太字で記した女性歌手たちは、いずれもセラ・スーを気に入った人にお薦めできるし、また、彼女たちが好きな人は、間違いなくセラ・スーも気に入るはずである。




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