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Janelle Monae──ジャネルの快適タキシード生活

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ワンダランド・アーツ・ソサエティの皆さん(暑くてもタキシード着用)

 非常にキャラ立ちのいいジャネル・モネイ嬢だが、彼女を個性的にしているのは、まず何と言ってもそのファッションである。

 彼女とその仲間たちは、常にタキシードに身を包んでいる。ステージやヴィデオのみならず、彼らは日常的にタキシード(もしくは、それに似たモノトーンの服)を着ているらしく、そのこだわりは徹底している。彼らにとってタキシードはユニフォームであり、完全に生活の一部なのである。

 常に白黒の服を着る理由について、ジャネルは次のように説明する。

「私の母は掃除婦、父はゴミ収集車の運転手だった。義父は今でも郵便局で働いている。私は、毎日ユニフォームを着て働く厳しい労働者階級の出身なの。白黒のユニフォームを着ることで、私はそういう生産的な営みをしている人たちに敬意を払っているの」(19 May 2010, 106 & Park, BET)

 一方、彼女はこんなことも言っている。
 
「自分というものに捕らわれ過ぎないようにしている。自分自身を大切にすることと、無私的であることの間でバランスをとりたいの」(29 June 2009, papermag.com)

 彼女は“バランス”という言葉を好んで使う。彼女にとって白黒のミニマルな服は、様々なペルソナを演じるための素地であり、同時に、ペルソナから自分を守り、精神的なバランスを保つための重要なアイテムであるようだ。タキシードで生活し続ける女として、彼女はギネスブックに載る野心も持っている。

「入浴もタキシード。泳ぐ時もタキシード。埋葬される時だってそうよ。タキシードは本当に定番の格好だし、とても品がある。私はタキシード生活が好きなの。着てると落ち着く(バランスが保てる)のよ。私は自分をキャンバスと捉えている。たくさんの色で溢れ返ってゴチャゴチャになるのはイヤだし、そうなると気が変になるわ。私がやってるのは実験なのよ。これでギネスブックに載りたいものだわね」(14 April 2010, honeymag.com)

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 以上がジャネル本人によって語られているタキシードを着る主な理由である。
 
 しかし、このファッションには他にも色々と意味が含まれているように思う。作業着でもなく、軍服でもなく、民族衣装でもない。この世にいくらでもユニフォームにできる服がある中で、なぜタキシードなのか。“ユニフォームを着る労働者階級へのオマージュ”という説明からは見えてこない、彼女のアーティストとしての出自を解く鍵がそこにあるのではないか。

 ここでは、タキシード、あるいは、それに似た白黒の服装の人物像を拾い集めていくことで、カンザス・シティでもメトロポリスでもない、ジャネル・モネイというアーティストの“出身地”、そして、彼女が歴史的に背負っているイメージなどを読み解いてみたいと思う。


TUXEDO JUNCTION: Portraits in Black and White
タキシードで繋がる色んな人々


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Marlene Dietrich (1901-1992)

 男物の礼服を着た女性像を辿ればこの人に行き着く。『モロッコ(Morocco)』(1930)で、マレーネ・ディートリッヒは燕尾服に身を包み、煙草をくゆらせて寄席の舞台に立つ。ブーイングを浴びせる客席の男どもを静観するディートリッヒの不敵な眼差しは、今尚、鮮烈だ。“男装の麗人”というイメージをフィルムに焼き付け、世界的に広めたのは彼女である。上の『モロッコ』撮影時のポートレイトは、実際にその劇中にも登場する(ゲイリー・クーパーが訪れるディートリッヒの住まいの壁に飾られている)。
 ジャネルは、自分のタキシードがディートリッヒから触発されたものだと発言しているらしい(具体的な彼女の言葉やソースは不明)。ディートリッヒは私生活においてバイセクシャルでもあったが、ジャネルからそういう匂いはあまり感じられない。いかにもアート好きな今時の普通の女の子という感じがするが、どうなのだろう。尚、言うまでもなく、ディートリッヒはマドンナの最大のロールモデルでもある。


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Josephine Baker (1906-1975)

 ジョセフィン・ベイカーはセントルイス出身のアメリカ人だが、'20年代半ばにヨーロッパへ渡り、フランスを中心に熱狂的な人気を得た黒人女性エンターテイナーである(白人とのハーフ)。“黒いヴィーナス”“黒い真珠”と称され、ミュージック・ホールや映画で活躍。パリに集う文化人たちは、彼女を美の女神として崇めた。'37年にフランスの市民権を取得。フランスで暮らしながら、後にアメリカの公民権運動を支持し、'63年にはワシントン大行進にも参加している。
 上の写真では燕尾服を着ているが、ベイカーを有名にしたのは、バナナを腰の回りにぶら下げただけの裸同然の格好でチャールストンを踊るパフォーマンスだった(時にはペットのチーターと共に舞台に現れもした)。アフリカの密林からやって来た妖しげな褐色の美女のイメージに、当時のヨーロッパ人は夢中になった。彼女の成功は、“未開人”“野蛮人”といったステレオタイプな黒人像に準じることでもたらされていた(同時代、ニューヨークのコットンクラブでも似たような演出で黒人を見せ物にしていた)。ジャネルは決して未開人キャラで売っているわけではないが、彼女の礼服姿は、ベイカーのような20世紀前半の黒人芸人たちのイメージを直ちに想起させる。


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Eleanor Powell (1912-1982)

 男装のミュージカル映画女優と言えば、やはりエレノア・パウエル。'30年代後半のMGMの大スター。当時のハリウッドの最大のスター・ダンサーはもちろんフレッド・アステアだが、女性ではこの人がダントツだった。スカート姿でロマンチックなボールルーム・ダンスなども披露したが、パンツルックの男装で踊るソロ・ナンバーがとにかく最高。彼女は振付も自分で行っていた。キャラやルックスも申し分なく、本当に魅力的な女性なのだが、男以上にダンスが上手かったせいで、役柄やプロットが限られてしまったのが彼女の悲劇だった気がする('40年代には単なるダンスの上手い女性として脇役に追いやられてしまった)。上の写真は、ジャリタレ時代のジュディ・ガーランドも出演している『踊る不夜城(Broadway Melody Of 1938)』(1937)。キャラやダンス・スタイルは異なるが、男装で男勝りのダンスを披露するジャネルは、微妙にエレノアの姿を思い出させる。


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Judy Garland (1922-1969)

 カンザス・シティ出身でミュージカル好きのジャネル。となれば、『オズの魔法使(The Wizard Of OZ)』(1939)で同郷のドロシーを演じたジュディ・ガーランドのこの姿がすぐに思い出される。タキシード・ジャケットを着て、黒いフェドラ帽を斜めに被った『サマー・ストック(Summer Stock)』(1950)の「Get Happy」は、彼女の代表的なミュージカル・ナンバー。「Get Happy」の演出は、マイケルも「Dangerous」のパフォーマンスで引用している。彼女が同じ格好で踊るソロ・ナンバー「Mr. Monotony」(『イースター・パレード』アウトテイク)も必見。


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Charles Chaplin (1889-1977)

 ジャネルの少し風変わりなタキシード姿やコミカルなキャラは、チャップリン演じる不格好な浮浪者のイメージに通じるものがある。ピチピチのジャケット、ダブダブのズボン、山高帽、ドタ靴、竹のステッキ、そして、チョビ髭──誰が見ても即座にそれと分かるチャップリンの大傑作ユニフォームは、ジャネルのヴィジュアル作りにもインスピレーションを与えているだろう。ジャネルは、マイケルも愛したチャップリンの名曲「Smile」をカヴァーしている。


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Alfred Hitchcock (1899-1980)

 チャップリンと同じくイギリス出身のこのマエストロは、いつどこでも英国紳士らしくモノトーンのダークスーツに身を包んでいた。ジャネルはこんな発言をしている──“私は自分を恐怖させるものに惹かれる。『サイコ』みたいにね。私のお気に入りのヒッチコック映画よ”(16 May 2010, nymag.com)。
 ちなみに、『サイコ(Phycho)』(1960)は、テレビ映画並の低予算と早撮りで制作された作品だった。製作費80万ドルで興行収入3600万ドル。全くもって神である。


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Salvador Dali (1904-1989)

 ジャネルにとってサルバドール・ダリの創作は大きなインスピレーションのひとつのようで、お気に入りとして「Portrait of Gala with Two Lab Chops Balanced on Her Shoulder」(1933)を挙げたりもしている。“自分の音楽を色で言い表したりするの。この曲は鮮やかな赤にしなきゃ、とかね”(16 May 2010, nymag.com)。夢幻的なイメージが綴られる「Sir Greendown」(『THE ARCHANDROID』収録)は、実際、ダリに触発された曲だそうだ──“あの曲調は私にすごく超現実的な光景を想起させる。サルバドール・ダリの絵に触発された作品なのよ”(11 May 2010, vibe.com)。
 上の写真は、写真家フィリップ・ハルスマンとダリのコラボ作品「Dali Skull」(1951)。

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「Dali Atomicus」(左)と宙を駆けるジャネル(右)

 ハルスマン+ダリ作品では、ダリが猫たちと宙に浮いている「Dali Atomicus」(1948/左)も有名だ。ジャネルが宙を駆けているモノクロ写真(右/コンサートの告知ポスターにも使われている)は、これにちょっと似た雰囲気がある。ジャネルの写真はコラージュだと思うが、「Dali Atomicus」は一発勝負のライヴ撮影。右側から猫、左側からバケツの水を放り投げ、ダリがジャンプ。その場ですぐに現像して出来を確認する。5時間、26テイクかけてモノにした涙の一枚である。
 ハルスマンは有名人がジャンプしている写真をたくさん撮っている。それらを纏めた写真集『Philippe Halsman's Jump Book』(1959)は、万人にお薦めできる名作である。

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『白い恐怖』──ダリが美術を担当した悪夢場面

 ちなみに、ダリはヒッチコック『白い恐怖(Spellbound)』(1945)で悪夢シーンの美術を担当してもいる。ヒッチコックの回想──“わたしがなぜ悪夢のシーンにダリの美術を使いたかったかというと、視覚的にシャープで明晰なイメージ──それも映画そのものよりもシャープで明晰なイメージ──がほしかったからなんだよ。あの鋭角的に構築されたイメージ──それはキリコにも似ている──がほしかった。長くのびた影、無限の距離感、あらゆる線がおどろくべき遠近法に収斂されて見事な空間をつくりだしている構図、形のない顔……。しかし、実際に仕事をしてみると、ダリはとても映画に撮れないような奇態なことをつぎからつぎへと考えだしてへきえきさせられたな。たとえば、彫像にひびが入り、亀裂から無数の蟻が這いだしてきて、イングリッド・バーグマンの顔にうようよたかって真っ黒になるなんてシーンがあったんだよ!”(『ヒッチコック 映画術』)。
 人体(掌)を這う無数の蟻のイメージは、実際、ダリ+ルイス・ブニュエルのコラボ作品『アンダルシアの犬(Un Chien Andalou)』(1929)に登場する。ジャネルは『アンダルシアの犬』も好きなはずである。


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Screamin' Jay Hawkins (1929-2000)

 ジャネルのマント姿、コミカルな表情や芝居がかった立ち振る舞いは、スクリーミン・ジェイ・ホーキンスとかなり被る。棺桶から登場し、杖の先に付けた骸骨(ヘンリーという)に煙草を吸わせるパフォーマンスでお馴染みの奇天烈ブルース・マン(棺桶の蓋が開かず、ステージで窒息死しそうになったこともある)。「I Put A Spell On You」(ニーナ・シモンもカヴァー。最近ではエステル「Wait A Minute」のネタ)や「Constipation Blues(便秘ブルース)」が有名だが、他にも数多くの名作や珍作を残している。ブードゥーやジャングルなどをモチーフにした怪しすぎる作風から、単にキワモノ扱いされることも多いが、もともとオペラ歌手も志望していた実力派。色んな意味で半端でない歌唱力を誇る。この人にはもっと長生きしてほしかった。


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James Brown (1933-2006)

 ジェイムズ・ブラウンはジャネルの最大のロールモデルの一人である。『THE ARCHANDROID』からの第一弾シングル「Tightrope」は、'60年代半ば~後半のプレ・ファンク期の作品(「I Got You」「I Got The Feelin'」あたり)をアップデイトしたような、JBモード全開の傑作ダンス・ナンバーだった。同曲でジャネルが披露する、片足や両足で滑らかにグライドするステップもJBの十八番(片足グライドは、'10年5~6月のブロードウェイ・ミュージカル『ドリームガールズ』来日公演で、ジェイムズ・アーリー役のチェスター・グレゴリーもやっていた。速度はJBの半分くらいだったが)。マイク・スタンドを掴んでの激烈なシャウトや、ポンパドール頭もモロにJB的である(ジャネルの髪型に関しては、他にもっと重要な元ネタがある。後述)。「Tightrope」のアルバム・クレジットでは、触発されたものとして、フランスの綱渡り師、フィリップ・プティ(映画『マン・オン・ワイアー』参照)の名前と共に、きちんと“ジェイムズ・ブラウンのケープ(マント)”が挙げられている。

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 アメリカのネットワーク・テレビ局の番組初出演となった'10年5月18日放送のCBS〈The Late Show with David Letterman〉で、ジャネルは「Tightrope」を披露。JBのマント・ショウを再現し、「Sex Machine」の一節を挿入した上、「Night Train」の掛け声(“One more time for the Night Train!”)まで引用するという、笑いが止まらないほど痛快な女JBぶりを見せてくれた(しかも、ダニー・レイ役でディディ登場。贅沢!)。
 黒人アーティストでJBから影響を受けていない人間などいないと思うが、ジャネルほど明瞭なのはさすがに珍しい。男性歌手であそこまでやるとただの物真似になってしまうが、ジャネルの場合、女で、しかも小柄というのが面白い。数年前にミズ・ダイナマイトというR&B歌手がいたが(今もいる?)、その呼称はジャネルにこそ相応しい。孫娘のような年齢のジャネルが自分と同じように歌い踊る様子を見て、JBも草葉の陰でさぞかし喜んでいるに違いない。


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James Bond (1953-)

 こちらもJB。ファースト・ネームは一緒だが、姓が違う。彼の名はボンド……ジェイムズ・ボンド。この人もタキシードがユニフォームである。ご存じ、'53年発表のイアン・フレミングの小説『カジノ・ロワイヤル』で誕生したイギリスの間諜。コードネームは“007”(淀川長治風に“ゼロゼロナナ”と読みたい)。劇場映画デビューは'62年の『007は殺しの番号(Dr. No)』。生誕から半世紀以上経った今も現役で活躍中。

 ジャネル──“音楽面で『THE ARCHANDROID』は宇宙を舞台にした壮大なジェイムズ・ボンド映画ね。自分の好きな作品からの影響がすべて詰まってるという意味で。『ゴールドフィンガー』風のスコアに、私の大好きなアルバム、スティーヴィーの『MUSIC OF MY MIND』や、デヴィッド・ボウイの『ZIGGY STARDUST』、(アウトキャストの)『STANKONIA』のような実験性に溢れたヒップホップ作品なんかが混ざってるのよ”(May 2010, jmonae.com)


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Stevie Wonder (1950-)

 スティーヴィー・ワンダーが嫌いな音楽ファンなどこの世に存在するのだろうか。当然、ジャネルはこの天才からも大いに影響を受けている。「Locked Inside」(『THE ARCHANDROID』収録)のアルバム・クレジットを見ると、触発されたものとして“スティーヴィー・ワンダーのサングラスに映るコラージュ(LP『MUSIC OF MY MIND』参照)”とある。実際、曲はスティーヴィー調の爽やかなミディアム。すごく似ているスティーヴィー作品があった気もするのだが、エステル「American Boy」と被ってしまい、なかなか思い出せない。最もスティーヴィーっぽいのはブリッジ部分で、これは「Golden Lady」のブリッジにそっくりだ。メリスマ歌唱や、16分の裏拍でメロディを作るセンスも実にスティーヴィー的。
 また、「Say You'll Go」(同じく『THE ARCHANDROID』収録)では、“「Girl Blue」でのスティーヴィーの革新的ドラム”がインスピレーションとして挙げられている。似たようなトライバルなリズムに、やはりスティーヴィー調の流麗なメロディが乗る。これも激しく既聴感を喚起する曲で、しばらく悶々とさせられたが、しつこく脳内検索をかけ続けるうちにその正体が判明。「Say You'll Go」は、ずばり、『HOTTER THAN JULY』の「Rocket Love」である(スッキリ!)。「Rocket Love」+「Girl Blue」に、「Lately」や「Overjoyed」を加味すれば、限りなく「Say You'll Go」に近づくだろう(というか、歌詞をよく見たら、実際、“Rocket Love”というフレーズが織り込まれているではないか。つまり、完全に意識的な引用ということになる)。
 ジャネルは、『MUSIC OF MY MIND』の他に、インタヴューで『INNERVISIONS』もお気に入りに挙げている。私もこの2枚が最も好きなので、ちょっと嬉しい。


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David Bowie (1947-)

 ライヴ・パフォーマンスを見る限りJBだが、アルバムを聴くと、ジャネルがDBからも莫大な影響を受けていることが分かる。彼女のSFオペラは、『ZIGGY STARDUST』(1972)、『DIAMOND DOGS』(1974)、『OUTSIDE』(1995)といった、デヴィッド・ボウイが得意とした演劇的なコンセプト作品にそっくりだ。ロックと黒人音楽が混ざったサウンド、メドレー式に繋がるドラマチックな構成、フリッツ・ラング『メトロポリス』を下敷きにしている点などを鑑みると、ジャネルのアルバムは『DIAMOND DOGS』に最もテイストが近い。『DIAMOND DOGS』は、ジョージ・オーウェルのディストピア小説『1984年』(1949)に触発された野心作だった。実際、ジャネルはインタヴューで、ハクスリー『すばらしい新世界』(1932)とあわせて、『1984年』を愛読書として挙げてもいる。ダリやドイツ表現主義に対する興味も、恐らくデヴィッド・ボウイの影響が大きいのだろう。

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 着たことがない服はないのではないか、と思うくらい、とにかくこの人は色んなファッションに身を包んでいる。中でもモノトーンの服はかなり着用頻度が高い(スーツ姿が多いので当然と言えば当然か。左下のタキシード姿は、'78年の映画『ジャスト・ア・ジゴロ』撮影時のもの。ディートリッヒ最後の出演作)。
 尚、ジャネルは、アルバムにも参加しているロック・バンド、オブ・モントリオールのライヴにゲスト出演し、ボウイのクラシック「Moonage Daydream」(『ZIGGY STARDUST』収録)を何度か歌っている。単なる想像だが、もしDB本人がジャネルとステージをシェアすることになった場合、共演曲には「Boys Keep Swinging」が選ばれるような気がする(“boy”を“girl”に変えて。ジャネルがカヴァーしても面白い)。


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Iggy Pop (1947-)

 ジャネルはJBのように踊る一方、ライヴでは非常にロック的なパフォーマンスも見せる。髪を振り乱してステージを忙しなく動き回り、マイク・コードを口にくわえたり、客席にダイヴしたりする彼女の姿を見るうちに思い出したのが、イギー・ポップ(a.k.a. 淫力魔人)。一応、タキシードを着ている写真を探したのだが、この人の場合、普通に服を着ている写真すら見つけるのが難しい(笑)。デビー・ハリーとコール・ポーター楽曲を歌う「Well, Did You Evah!」(1990)のヴィデオでは、タキシードを着た彼のクールな姿を見ることができる(アレックス・コックス監督。『アンダルシアの犬』の引用あり)。


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Muhammad Ali (1942-)

 最強の“ダンサー”であり、“ラッパー”でもあったモハメド・アリ。ジャネルは、アップテンポのロックンロール・ナンバー「Cold War」(『THE ARCHANDROID』からの2ndシングル曲)を触発したものとして、“モハメド・アリの核爆弾級の拳”を挙げている。パンチの利いた如何にもボンバイエな曲である(自由を賭けたアンドロイドの孤独な闘争が歌われる。米ソの“冷戦”をテーマにしているわけではない)。
 上のイカすタキシード姿は、アリが本人役で自ら主演した伝記映画『アリ ザ・グレーテスト(The Greatest)』(1977)のプレミア上映のため、'78年5月にカンヌ国際映画祭を訪れた時のもの(らしい)。実際のアリの拳に関しては、当ブログの画面右上にある私のプロフィール画像を参照。このブログも“モハメド・アリの核爆弾級の拳”に触発されたものである。


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George Clinton (1941-)

 ジャネル作品のSFオペラ・コンセプト、ロックと黒人音楽を交配した音楽性のモデルには、白人アーティストではデヴィッド・ボウイ、黒人アーティストではジョージ・クリントン率いるPファンク軍団の作品が真っ先に挙げられる。人類をファンクで救うファンケンシュタイン博士(Dr. Funkenstein)と、彼のファンクを阻止するサー・ノウズ・ドヴォイドオブファンク(Sir Nose D'Voidoffunk=鼻ながファンク欠乏怪人?)の攻防を、壮大なスケールのバカバカしさで描くクリントンのスペース・ファンク叙事詩は、パーラメント『MOTHERSHIP CONNECTION』(1976)から『TROMBIPULATION』(1980)まで、実況録音盤を含め、計7作品にわたって展開された。アルバムに添付された解説文、コンセプトをヴィジュアル化したアートワーク、付属のコミック・ブック等における無駄な凝りようも、ジャネルの創作を大いに刺激しているだろう。ジミ・ヘン~エディ・ヘイゼル風のロック・ギターが絡むスペイシーなサウンドにも、その影響は如実に顕れている。また、ジャネル作品のプロデューサー、ネイト・ワンダー&チャック・ライトニングが組んでいるユニット、ディープ・コットンの音楽性(パンク+ヒップホップ=パンク・ホップ)にしても、もろにファンカデリック的だ。

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ファンク人間のクローンを次々と作り出すファンケンシュタイン博士

 『スタートレック』『2001年~』『スター・ウォーズ』『未知との遭遇』などをごちゃ混ぜにしたようなクリントンのスペース・オペラだが、ファンクの救世主が地球に降り立つという根本的なアイデアは、よく考えると、まんま『ZIGGY STARDUST』だったりする。ファンケンシュタイン博士が黒人街の裏通りに降り立っている『MOTHERSHIP CONNECTION』の裏ジャケは、『ZIGGY STARDUST』ジャケのパロディに見えるし、冒頭曲「P. Funk」では、ドゥービー・ブラザーズ、ブルー・マジックと共に、実際、デヴィッド・ボウイの名前が挙げられる。グラム・ロックからの影響は、彼らのファッションにもよく顕れている。
 クリントンがボウイ作品に目を付けたのは、恐らく、ファンクを布教する上で物語性が有効だと直感したからだろう。ディスコの蔓延でファンクが危機的状態に追い込まれていた'70年代後半、宗教性を大々的に持ち込むことによって、クリントンはファンクを死守した。巨大なマザーシップがステージに降り立つライヴ・パフォーマンスは、伝説を越えて、もはやひとつの神話である(DVDで目撃しよう)。

 ジャネル──“マザーシップの着陸を私が見た時? ワオ! アイ・ラヴ・ジョージ・クリントン!”(16 May 2010, nymag.com)

 ちなみに、一番上の写真は、『TROMBIPULATION』発表時、サー・ノウズに扮したクリントン総帥。今回、クリントンがタキシードを着ている写真を必死に探したのだが、結局、これしか見つからなかった(笑)。


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Darth Vader (41 BBY - 4 ABY)

 ジャネルは『スター・ウォーズ』のファンでもある。『THE ARCHANDROID』収録の「Suite II Overture」では、触発されたものとして“レイア姫のシナモン巻きの髪型”、「57821」では“ルークのライトセイバーの青色”が挙げられている。ジャネルのマント好きには、ダース・ベイダーもそれとなく影響を与えているかもしれない。

 ジャネル──“『スター・ウォーズ』は大好き。音楽が本当に好きで。私はジョン・ウィリアムズの大ファンなの。彼はあらゆる音楽を作曲してるでしょ。『METROPOLIS』を作ってる時も、私たちはこれを単なる“アルバム”とは考えてなかった。インタールードなども含め、映画的体験のできる作品を考えてたわ。いま(インタヴューの)電話をもらう前も、メトロポリス組曲用のスコアに取り組んでいたところよ。アルバムに加える序曲(Overture)なんだけど。私はジョン・ウィリアムズの音楽があるから『スター・ウォーズ』を観ちゃう。何度も何度も繰り返しね”(14 April 2009, theurbandaily.com)

 ちなみに、C-3POの原型は、ラング『メトロポリス』のアンドロイド=マリア(と千秋実)である。


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Rachel (201X-20XX)

 アルバム表題やコンセプト、もろにマリア風なジャケ写真から、ラング『メトロポリス』にばかり気を取られてしまうが、冷静に考えたら、ジャネルの髪型は『ブレードランナー(Blade Runner)』(1982)のレイチェルである。レイチェルのポンパドールを黒人的にアレンジして出来たのが、つまり、ジャネルのあのヘンテコな髪型なのだ。アンドロイドが人間に恋をして逃亡する、という“メトロポリス組曲”の物語にしても、実に『ブレードランナー』的である。

 ジャネル──“『ブレードランナー』は大好き。映画に出てくる髪型もね。色んな造形にしてもそうだし、私はあのアンドロイド開発者に多くのインスピレーションを受けてるわ。あの映画から多くのスタイルを借りてるし、ファッション面で大いに刺激を受けた。それに、物語自体も魅力的で、'80年代的な音楽にしても、ちょっとぶっ飛んでるというか。ファッション面ですごく参考になったし、物語もすごくよく出来てる。『METROPOLIS』を作る上で、実際、私たちがインスピレーションを受けた映画のひとつよ”(14 April 2009, theurbandaily.com)

 『スター・ウォーズ』と『ブレードランナー』に関する上掲の発言は、“ジャネル・モネイの選ぶSF映画トップ5”というテーマで行われた'09年のインタヴュー記事からの引用である。そこでジャネルは5本+1本のSF映画を挙げ、それぞれに関してコメントをしている。ジャネルが選んだ作品は、順番に『ブレードランナー』(1982)、『メトロポリス』(1927)、『スター・ウォーズ』(1977)、『バック・トゥ・ザ・フューチャー』(1985)、『ターミネーター』(1984)、そして、“実は6本あるの”と断って、最後に『マトリックス』(1999)。う~ん、いかにも現代っ子? 彼女の“メトロポリス組曲”は、『メトロポリス』と『ブレードランナー』のチャンポンにタイムスリップ要素を加えたものなので、納得のいくところではある。
 『メトロポリス』やその他の作品に関するコメントも紹介したいところだが……“2つで十分ですよ!”ということで、先に進みたい。


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Klaus Nomi (1944-1983)

 ドイツからやって来た突然変異体、クラウス・ノミ。この人もタキシードがトレードマークだった。マリア・カラスを聴いて育ち、後にニューヨークのニュー・ウェイヴ・シーンに出現。オペラチックな歌唱と独特の演劇的パフォーマンスで、アンダーグラウンドの人気者に。エイズで死んだ最初の著名人としても知られる。ジャネルが見せるコミカルで演劇的なパフォーマンスは、彼のようなニュー・ウェイヴ期の変態アクトの姿を思い出させる。どうでもいい話だが、ノミはパティシエとして働いていたことがあり、彼の作るライム・タルトはめっぽう美味かったらしい。


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James Chance (1953-)

 ジェイムズ・チャンスは、'70年代末、ニューヨークのノー・ウェイヴ・シーンで活躍した白人のJBフォロワー。ジャズとファンクをパンク的な姿勢でフリーに奏でていた。パンキッシュなロックと、ソウル~ファンク~ヒップホップが混在するジャネルの音楽性は、黒人音楽を必死に再解釈していたポスト・パンク期の白人アーティストたちともリンクする。


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Lizzy Mercier Descloux (1956-2004)

 上記のジェイムズ・チャンスも所属していたZE Recordsの歌姫、リジー・メルシエ・デクルー。ニュー・ウェイヴ調のロックから、ファンク、ワールド・ミュージック、ジャズに至るまで、幅広い音楽性を志向。タキシードを着たボーイッシュなジャネルの写真を最初に見た時、私が何となく連想した人物のひとりが彼女だった。ジャネルの天衣無縫な雰囲気、自由度の高い音楽性は、この人に少し通じるものがある。


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2 Tone Records(1979-)

 スペシャルズのジェリー・ダマーズによって'79年に興されたイギリスのレコード・レーベル、2 Tone。スペシャルズの他、セレクター、ザ・ビート、マッドネスなどを擁した。スカ~レゲエを基調にした音楽性、モノクロのチェック柄とスーツ姿の男性像(ウェイラーズの'65年作『THE WAILING WAILERS』ジャケのピーター・トッシュの写真を元にしている)を配したレーベル・デザインで有名。所属アーティストたち(白人と黒人が混在する)の多くも、実際、細身のスタイリッシュなスーツに身を包んでいた。今のところジャネルの音楽性にスカやレゲエからの直接的な影響は感じられないが、白黒服で固めたワンダランド・アーツ・ソサエティのギャング的な佇まいには、2 Toneのイメージを容易に重ねることができる。労働者階級のレベル・ミュージックという点では共通性があるだろう。ジャネルは、触発されたアーティストとしてボブ・マーリーの名を挙げてもいる。


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The Blues Brothers (1978-)

 アメリカの2トーン・ギャングと言えば、ご存じ、ブルース・ブラザーズ。'78年、アメリカの人気テレビ番組〈Saturday Night Live〉から誕生したジェイク(ジョン・ベルーシ)&エルウッド(ダン・エイクロイド)の名コンビ。'80年には、ジョン・ランディス監督によって彼ら主演の大傑作ミュージカル・コメディ映画も作られた。バック・バンドはStaxのミュージシャンらを含む本格派。イギリスの2 Tone同様、その白黒ファッションは人種の混合をイメージさせる。'82年のベルーシの他界によってオリジナル・コンビは消滅したが、その後も、ブルース・ブラザーズ・バンドの存続、続編映画『ブルース・ブラザース2000』(1998/エリカ・バドゥも出演)、ユニバーサル・スタジオのアトラクションなどによって、ブルース兄弟の絆は生き続けている。


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Michael Jackson (1958-2009)

 JBやスティーヴィー同様、この人が後続の黒人アーティストたちに与えた影響力も計り知れない。人種の壁を越える音楽性、あらゆる人を魅了するダンス、映画並のクオリティを持った音楽ヴィデオ等々、ジャネルにとっても当然、マイケル・ジャクソンは多くのインスピレーションを与えてくれる偉大な先人であるだろう。ダンスに関しては、ジャネルは完全にJB直系で、マイケルのように振付を伴ったブロードウェイ・スタイルは取り入れていないが、'08年のショート・フィルム「Many Moons」では、しっかりムーンウォークを披露してキングにオマージュを捧げている。
 また、「Locked Inside」に「Rock With You」イントロの必殺フィルインが織り込まれている点も見逃せない。先述した通り、「Locked Inside」はスティーヴィー・ワンダーに触発された曲だが、同時に、マイケルっぽい曲でもある。これは、16分の裏拍でメロディを作るスティーヴィーの作曲センス(「You Haven't Done Nothin'」「As」など)を、マイケルがよく見習っているせいである(「Shake Your Body」「Jam」など。「Jam」は一度、スティーヴィーに鬼ファンキーなカヴァーをお願いしたいのだが)。あと、関係ないが、「Leave Me Alone」はモロに「Higher Ground」である。

 ジャネル──“あの曲(「Locked Inside」)はマイケル・ジャクソンとスティーヴィー・ワンダーに触発された。自分でプロデュースした最初の曲のひとつなんだけど。私がずっと感動させられてきた2人のコード進行やメロディにすごく触発されてるわ。あの感じを合体させたかったの。亡くなっても、故人は人の中で生きていくものだと思う。その人のスピリットは生き続けるのよ”(11 May 2010, vibe.com)


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Mickey Mouse (1928-)

 ジャネルはマイケルっぽいところもあるが、何気にミッキー・マウスにも似ていると思う。『THE ARCHANDROID』の「Suite III Overture」では、触発されたものとして、ディズニー映画『ファンタジア(Fantasia)』(1940/ミッキーも出演)、『ピーター・パン(Peter Pan)』(1953)、『メリー・ポピンズ(Mary Poppins)』(1964)が列挙されている。また、「Sir Greendown」では、ディズニーとサルバドール・ダリの合作短編アニメ映画『Destino』(1946/2003)が挙げられてもいる。
 というわけで、ディズニー作品からも影響を受けているジャネルなのだが、ここでわざわざミッキー・マウスを取り上げたのは、このキャラクターがどことなくブラックフェイスの戯画化された黒人像を思わせること、そして、それにジャネルが似ていることが面白いと思ったからである。


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Grace Jones (1948-)

 グレイス・ジョーンズは完璧な'80年代版ジョセフィン・ベイカーである(カルメン・ミランダにも近い)。そのヴィジュアル・イメージを決定付け、彼女を時代のアイコンにまで高めたのは、フランスのグラフィック・デザイナー/写真家、ジャン=ポール・グード。彼が作り出すグレイスのイメージの多くは、野獣的、あるいは異邦人的であり、白人社会に潜在する黒人のステレオタイプ像を、ユーモアを交えて芸術的に加工したようなものだった。基本的に白人向けの黒人像には違いないのだが、度肝を抜く奇抜なファッションとあわせ、徹底してフリーク的である点が、彼女を非常に特殊で面白い存在にしていた。その神々しい肉体は、人種も性別も超越し、ほとんどアンドロイドの域にまで達している。

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ジャン=ポール・グード撮影のグレイス(左)と、似たようなポーズをとるジャネル(右)

 ジャネルのマニッシュなルックスやコンセプチャルなヴィジュアル・イメージは、グレイス・ジョーンズを直ちに想起させる。ピンと来ない人は、ジャン=ポール・グードが監督した'82年の超傑作ライヴ映像作品『A One Man Show』で、JB風に踊る激クールなグレイスを観て欲しい。この人はライヴ・パフォーマーとしても一級である。スライ&ロビーと再タッグを組んだ復活作『HURRICANE』(2008)を引っ提げた'09年ツアーも死ぬほど素晴らしかった(ライヴ映像の発売を切望する)。
 グレイス・ジョーンズと言うと、一般的には『007 美しき獲物たち』(1985)に代表される、おっかないアマゾネスのイメージが強いと思うが、実際には非常にチャーミングで理知的な女性である。ユーモアのセンスも素晴らしい。私はこの人が大好きだ。


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Annie Lennox (1954-)

 簡単に言うと、白人版グレイス・ジョーンズ+女性版デヴィッド・ボウイ=アニー・レノックスである。よって当然、ジャネルは彼女にもよく似ている。ユーリズミックス初期は、この人もマニッシュでアンドロイド的なイメージが強かった(プレスリーのコスプレもあった)。音楽性は、表面的にはエレポップ~ロックだが、根幹は完全に黒人音楽ゆえ、スティーヴィー・ワンダー、アレサ・フランクリンらとの共演もごく自然に馴染む。オーウェル『1984年』がジョン・ハート主演で'84年に再映画化された際、サントラを手掛けたのもユーリズミックスだった(監督マイケル・ラドフォードの意向と合わず、実際に映画ではほとんど使用されなかったが)。映像作品も素晴らしく、中でもソフィ・ミュラー監督によるユーリズミックス『SAVAGE』(1987)、レノックスのソロ『DIVA』(1992/彼女の燕尾服姿にも注目)のヴィデオ・アルバムが傑出している。
 ジャネルとケリンド・パーカー Kellindo Parker(ギタリスト)のツーショットは、もろにユーリズミックス的である。私には、白黒のストラトを弾くケリンドがデイヴ・スチュワートにしか見えないのだが。


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Freddie Mercury (1946-1991)

 ジャネル作品のミュージカル趣味は、ロックとオペラを融合したクイーンのドラマチックな音楽性とも通じる。“メトロポリス組曲”のベースになっているフリッツ・ラング『メトロポリス』が、ジョルジオ・モロダーの音楽、彩色、再編集を加えて'84年に復刻された際、主題歌「Love Kills」を歌ったのがフレディ・マーキュリーだった。同年のクイーン「Radio Gaga」のヴィデオに、『メトロポリス』の映像が使用されている点もポイントである。


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Prince (1958-)

 ファンク大王、ジョージ・クリントンの失脚と入れ替えに、王子として即位したのがこの人だった(その前にリック・ジェイムズがいるが、彼はまさに“三日天下”ならぬ“三日殿下”だった)。プリンスもまた、ファンケンシュタイン博士が作り出したファンク人間のうちの一人。ファンクの伝道師として、Pファンク帝国衰亡からヒップホップ興隆までのタイムラグを見事に埋めた。圧倒的な創造力とヴァイタリティで、黒人音楽と白人音楽の壁を粉々に粉砕したことも重要。'90年代は、ヒップホップの勢いやワーナーとの確執によって低迷したが、ディアンジェロやアウトキャスト、アリシア・キーズのような、彼を聴いて育った次世代アーティストの登場により、再び時代の追い風を受けて復調した。もちろん、ジャネルも彼の子供の一人である。
 ジャネルと明快な共通点を持つプリンス作品としては、「Tightrope」と同じくJBマナーの「Sexy MF」(1992)、グラム全開の『PURPLE RAIN』(1984)、サイケな『AROUND THE WORLD IN A DAY』(1985)なども挙げられるが、最も雰囲気が近いのは『PARADE』(1986)かもしれない。様々なタイプの楽曲がメドレー式に次から次へと押し寄せる展開、加えて、これが同年公開のプリンス主演/監督映画『アンダー・ザ・チェリー・ムーン』(写真)のサントラになっている点が、ミュージカル調のジャネル作品と通じる(ちなみに、『アンダー・ザ・チェリー・ムーン』は、実は意外に侮れない、見所に溢れた愛すべき駄作である。アステアとフェリーニとプリンスを同時に愛するような映画ファン──あまりいないと思うが──の目には、とても面白く映る。これについては、ひとつ記事を書いてもいい)。

 『THE ARCHANDROID』収録のインタールード曲「Neon Gambo」のクレジットには、触発されたものとして、“『パープル・レイン』の〈泣き声を逆回転させてる〉場面”が挙げられている。映画『パープル・レイン』(1984)の劇中で、恋人のアポロニアが初めてプリンスの部屋を訪れる場面がそれだ。スピーカーから流れるプリンスの自作曲には、女の奇妙な声が重ねられている。喘ぎ声だと勘違いしたアポロニアに向かって、プリンスが“泣き声を逆回転させてる(She's crying. It's backwards.)”と言う。そして、これに触発されたジャネル「Neon Gambo」も、ある音源を逆回転させたものになっている(その音源の正体はジャネルの前作収録曲「Many Moons」)。この遊びは、『PURPLE RAIN』収録「Darling Nikki」のエンディングの逆回転メッセージ(Hello, how are U? I'm fine cuz I know that the lord is coming soon. Coming, coming soon)、あるいは、過去の自作曲の逆回転サウンドを織り込んだデヴィッド・ボウイ作品「Move On」(1979)にも通じる。

 ジャネルはペイズリー・パークに招かれたこともあるらしい──“彼(プリンス)は私の活動をとても応援してくれてる。『THE ARCHANDROID』を聴かせたら、とても気に入ってくれたわ。たくさんアドバイスもしてくれて。アルバムに感銘を受けて、色んな人に『THE ARCHANDROID』を聴くよう勧めてくれてるの。彼を見ているだけで刺激されるわ。新作も聴かせてもらったけど、ほんと素晴らしい出来よ”(11 May 2010, vibe.com)


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Sade Adu (1959-)

 トリはこの人で。シャーデー・アデュも'80年代は男物のファッションを好んで身に付け、マニッシュな雰囲気を漂わせていた。アニー・レノックスがアンドロイド的だとすると、彼女はマネキン的。お洒落なジャジー・ポップの歌姫として登場したシャーデーは、しかし、徐々に“ジャズ”というコンセプトから離れ、よりオーセンティックなソウル・ミュージックを志向するようになった。彼女の表現は後のニュー・クラシック・ソウル~ネオ・ソウルの潮流へと通じていく。そして、その豊かな黒人音楽の土壌から、更にジャネルのようなアーティストが現れた。
 ジャネルもやがてはタキシードを脱ぎ、コンセプトに依拠しない自然体のソウル(裸のソウル)を聴かせる日が来るようにも思うが、それはまだ当分先のことになりそうだ。


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Entartete Musik (1938)

 これは番外。礼服を着た20世紀前半の黒人音楽家や黒人芸人の写真はいくらでも挙げることができるが、今回はジョセフィン・ベイカーしか取り上げなかった。この1枚のイラストを紹介するだけで十分に思われるからだ。
 このおぞましい戯画は、'38年、デュッセルドルフでナチス・ドイツによって催された〈頽廃音楽展〉のパンフレット表紙を飾ったものである。当時、ユダヤ系音楽家の作品、非伝統的な現代音楽、異なる政治理念が反映された作品など、ナチスの気に喰わない音楽作品は何でもかんでも有害とされ、“頽廃音楽(Entartete Musik)”の烙印を押されて迫害を受けた。〈頽廃音楽展〉は、それらを集めて弾劾した展覧会。会場では、実際の録音物(ボタンひとつで作動するレコード・プレイヤーで試聴できた)の他、楽譜、写真などの関連資料が、プロパガンダ・テキストと共に展示された。“劣等人種”アフリカ系アメリカ人の音楽であるジャズも、“頽廃音楽”のひとつ。展覧会パンフレット表紙のブラックフェイス像は、オーストリアの作曲家、エンルスト・クルシェネク作のジャズ・オペラ『Jonny Spielt Auf(ジョニーは演奏する)』(1922)の黒人主人公ジョニーを描いたものである(襟元の花がダビデの星に変えられている)。

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'38年〈頽廃音楽展〉のジャズの展示コーナー

 ジャネルのタキシード姿や作品から私がまず連想するのは、このような20世紀の人種・民族差別の歴史である。
 クラシック演奏家などを除き、現在、一般的に人気のある歌手、音楽家、芸人などが、礼服を着てパフォーマンスをすることはない。礼服姿のエンターテイナー像が一般的だったのは、せいぜい20世紀半ばまでのことである。そして、礼服を着た黒人のエンターテイナーとなると、そのイメージは人種差別の記憶と無関係でいられない。

 タキシードやその原型である燕尾服は、ヨーロッパ発祥の極めて白人的なファッションである。20世紀前半の黒人芸人たちは、髪をコンク(ストレート・パーマ)にし、白人と同じ正装をすることで、白人アメリカ社会から受け入れられようとしていた。白人マナーのきちんとした身なりをすることで、自分たちも同じように洗練された、立派なアメリカ人であることを主張していた。
 しかし、当時の黒人芸人たちにとって、それらの高級な礼服は、どこまでいっても仕事着でしかない。なぜなら、いくら立派に正装していても、いくらスターで金を稼いでいても、ステージを降りれば、社会的身分の低い単なる“ニガー”でしかなかったからだ。

 タキシードをユニフォームとして着用し、それを“労働者階級への敬意”と説明するジャネル。彼女のタキシード姿は、その正装が仕事のためのユニフォームの意味しか持ち得なかったアフリカ系アメリカ人の過去を暗示する。アメリカで黒人の地位が向上し、礼服にも相応の社会的な意味が伴うようになった現在、黒人にとってタキシードは、単純にタキシードであり、決して仕事着ではない。それは、白人の正装である前に、アメリカ人の正装である。ジャネルはこれを再び“仕事着”にし、同時に、未来の新たな被差別者=アンドロイドに目を向ける。彼女のメトロポリス組曲は、抑圧される人種・民族の終わりなき歴史を照射する、仮想の“頽廃音楽”と言えるかもしれない。


DO ANDROIDS DREAM OF FRIED CHICKEN?
アンドロイドはフライドチキンの夢を見るか?


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 というわけで、タキシード~燕尾服を中心に、ジャネルのイメージに通じる白黒服の人物像を色々と見てきた。中にはかなり無理やりに挙げた人物もいるが、これらの人物像を集積することで、ジャネルの特異なアーティスト性がかなり明確に掴めるのではないだろうか。また、ここでもいくつか紹介した通り、『THE ARCHANDROID』のブックレットには、各曲を触発した作品名やアーティスト名などが細かくクレジットされていて興味深い。それらを見ても、彼女が過去の様々なジャンルのアート作品に影響されていることが分かる。

 通常の黒人音楽の枠組みに収まらない、自由で幅広い作風がジャネル作品の大きな魅力のひとつである。逆に言うと、曲単位で見た時に際立った特徴や新鮮味がないのが弱みでもあるのだが、タキシードのユニフォームに象徴される徹底したコンセプトへのこだわりや、高度な演出がそれを補っている。つまり、聴かせ方が非常に上手い(例えば、「Cold War」という曲は、それ自体は何の変哲もないストレートなロックンロール・ナンバーなのだが、“メトロポリス組曲”の中のひとつとして登場すると面白く聴けたりする)。ジャネルは典型的なアルバム型のアーティストである。

 黒人アーティストたちは、“恋愛やセックスをテーマにしたダンス・ミュージックが得意である”というステレオタイプからいまだ解放されていないと思う。“ヨー!”とか“ホー!”とか、言わなくてもいいのに言っているような気がする。これは、日本人アーティストが海外進出する際、“フジヤマ”“ゲイシャ”“ハラキリ”的な日本イメージをどこかで引き受けてしまうのと同じことだ。その方が分かりやすいし、売れるからである。
 黒人のイメージに縛られない自由で野心的な創作を行うジャネルは、そうした不可視の制約を打破していく非常に貴重な存在だと思う。彼女は音楽シーンにおいて、それこそ『メトロポリス』のマリアのような、抑圧された人々(アンダーグラウンドの面白いアーティストたち)を解放に導くキーパーソンになっていくかもしれない。ジャネル嬢の今後の活躍に大いに期待したいところだ。


 ところで。
 
 今回、ジャネルのユニフォームの原点を突き止めるべく、色々と彼女のインタヴュー記事を漁っていたところ、そのユニフォームに決定的な影響を与えた人物が存在することが判明した。それは実に意外で、しかも、日本でも一般的によく知られている超有名人だった。その人物とは……


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Colonel Sanders (1890-1980)

 “私はいつもユニフォームに惹かれてた。郵便局のお兄さんやお姉さんの格好を見るのも好きだったし。カーネル・サンダースには虜になったわ。彼の服装にとにかく憧れて。周りの人たちにとっては、単にわけの分からないヘンテコな格好だったけど。ケンタッキーに行っては、うわあ、この服、最高!と思ってたわ”(29 June 2009, papermag.com)

 カーネル・サンダース……。もっとも、幼少の頃は何となく憧れるだけで、実際にカーネル・サンダースのコスプレをするまでには至らなかったようだ──“小さい頃は本当にやってみようなんて思わないもの。なんであの子はいつもあんな格好してるのかしら、と人から思われるのが恐かったりしてね”。そんなジャネル少女も、小学校に入ってからは、3ヶ月も毎日マントを着続けたり、2ヶ月も海賊の格好をしたりするような大胆な行動に出るようになったという(かわいい!)。

 というわけで、ジャネルのタキシードの原点は、カーネル・サンダースである。ここまで様々な人物像を挙げてそのユニフォームの意味を考察してきた私の苦労は、一体何なのか。

 ユニフォームに憧れる気持ちというのは、私も個人的に身に覚えがあるのでよく理解できる。モッズでもゴスでもヒップホップでも何でもいいが、若い時は、ある決まったファッションを身に付けたがるものである(そのうち段々どうでも良くなってくるのだが)。'10年12月で25歳になるジャネル。さて、彼女は一体いくつまでタキシードを着続けることができるだろうか?


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早く脱がしたい!

※ジャネル・モネイに関しては、“イントロ”~“タキシード”~“メトロポリス組曲”~“ショート・フィルム”の全4章から成る壮大な組曲形式(?)の記事を構想していたが、この第2章“タキシード”でいきなり力尽きてしまった(人物リストが増えすぎて、予想以上に時間と労力がかかった。おかげで『ドリームガールズ』来日公演について書く機会を完全に逸したぞ)。続きはいつになるか全く分からない。いずれにせよ、久々に語りがいのあるアーティストなので、彼女については今後も注目していくつもりである。タイトロープ!

■ジャネル萌えー!な人のための特選サイト
ジャネル・モネイ『The ArchAndroid』は鬼の傑作
(全7回にわたる鬼のアルバム全曲考察。必読)
サラウンド - Music/Janelle Monae
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